時間軸
(42)時間軸
オーエンと連れ立って彼の宮へ来たダグラスは、有無を言わさず湯殿に放り込まれた。汗と汚れを落としてさっぱりした頃には、段々と頭が鈍ってきた。飲まされた即効性の睡眠導入剤は、素晴らしい効き目のようだ。すぐに寝台に座っているのもつらくなり、そのまま寝転がった。
『必死で取り返そうとしているくせに』
『面倒を見ていただけの相手なら、わざわざ探さないよね』
書物庫を出てからずっと口を閉ざしたままのダグラスは、ヒューバードに言われた言葉が、濁った思考の中に何度も繰り返し響いていた。
(大事にしたいし、守ってやりたいとも思う。俺はあいつを保護する立場だから、そう思うのは当然だろう)
誰に聞かれている訳でもないのに、一人言い訳を探している自分に気づくが、かといって素直にヒューバードの言葉に頷けるほど、ミリアに対する感情は整理できていない。
(もしも知らない場所で泣いているなら、胸を貸してやるくらい、なんでもない…)
ふと、泣いているミリアの隣に見知らぬ男が立つ光景が頭に浮かんだ。その男はミリアに手を伸ばそうとしていた。
(…やめろっ)
思わず腕をあげたつもりでいたが、実際には指がぴくりとしただけで、そのままダグラスは深い眠りに取り込まれていた。
ふいにヒューバードの声が聞こえる。
「…――ねえ、ダグ。聞いてる?」
「――え」
「やっぱり、聞いてない」
おもむろに顔を上げ、瞬きを繰り返す従弟に、自称兄は苦笑する。
「…あ、えーっと。悪い」
「別にいいけど。何考えてたのか、だいたい想像つくし。で、僕と同じのでいいのかい?」
ヒューバードがグラスを掲げてみせるが、ダグラスは首を横に振った。ここは、日が暮れた後のヒューバードの私室だ。パットと三人でささやかな酒宴のようになっている。
「いや、俺はやめておく」
「アッシュも一緒だし、すぐにどうこうって訳じゃないとは思うけどな」
「ああ、わかってる。酒を飲む気分じゃないだけだ。……あ、そういえば魔玉石は精霊の国でも通知が届くだろうか?」
「あー、どうかな?」
「さっきの本に何か載って居ないですか?」
「ちょっと待って、確認しよう」
皇帝権限で持ち出した禁書本をテーブルに置き、三人が頭を突き合わせて確認していく。
「……あ、ヒュー様、ここ」
「なになに、……ん? 時間軸?」
「時間?」
ヒューバードがテーブルに乗り出して、パットが指さしていた箇所を速読していく。古い言葉で書かれたその禁書本は、さらりと読むには適していない。
「……あ~、そういうことか。これは魔玉石の仕組みでは厳しいかな。つまり、彼らの国の時間の流れる速度と、こっちの世界の時の流れる速度が違うと書いてある」
「時の流れ…?」
「うん、あっちで一日でも、こっちだとそれ以上ってことみたいだね」
「は?」
「それ以上って、具体的にどのくらいか、わからないんですか?」
「うん、倍かそれ以上としか書いてないね。ミリアちゃんが消えたのが、日没直後だっけ」
「そうだ」
「ってことは、だいたい丸一日か。まだあちらは半日か、それ以下?」
「魔道具についての記述はないな。魔道具自体が普及したのは最近だから、この本が書かれた時代に使われてなかったんだろう」
「待ってる方が長いっていうのも、嫌ですね」
ぽそりと口にしたパットの言葉はそのまま静かに消えた。広い室内に束の間沈黙が下りた。
「…ミリアが、一人で長い時間を過ごすよりかは良い」
口を開いたのはダグラスだ。その台詞に目を丸くしてヒューバードとパットは目を見合わせた。その言葉の裏にどんな思いが隠されているのか、少し考えたらわかりそうなものだ。
(なんだかなぁ。嬉しいような、もどかしいような)
ヒューバードは苦笑するしかなかったが、その表情は優しいものだった。
頑張って書いています。読んで頂いてありがとうございます。




