エリン
(36)エリン
「別にいいよ。何から知りたいの?」
その声にミリアははっとして顔を上げた。
「えっと、まずあなたの名前を教えて?」
「わふっ?」
声を出したアッシュを、ちらりと見たミリアはしーっと人差し指を口に当てた。
「だって、名前がわからないと呼べないもの。自己紹介は大切よ?」
「ははっ、名前が最初? いいよぉー! 俺様はエリン。君らの言葉でいうと精霊…またの名を妖精かな。ミリアはお気に入りだから、特別に名前を教えるんだからね」
「まあっ! やっぱり妖精さんだったのね。教えてくれてありがとう。よろしくね、エリン。知っているだろうけど、私はミリア。この子はアッシュよ。…次の質問、いいかしら」
礼儀正しく自己紹介をするミリアにエリンは笑顔で、くるりと回って見せた。少しもじっとしていない。
「どうぞ~」
「ここはどこ? 私はなぜここへ来たの?」
「ここは、俺様達の国と人間の国の間かな。俺様達はゲートって呼んでる」
「ゲート…入口、通路みたいなものかしら。元居た場所と近いの?」
「うーん、次元が違うっていうか、世界が別だから近いような遠いような? 答えるのは難しいや」
(近いけど遠いのね…。魔玉石は今は使わない方がいいわね)
「いいわ。じゃあ、次の質問に答えて? なぜ私はここへ来たの? エリンが連れてきたのよね?」
「どうしてここに来たかは、ちょっと後回しでいい? 連れてきたのはこの俺様だよ! すごいでしょー」
「確かにすごいわ。でも、なぜ理由を後にするの?」
「んー、ちょっと長くなるんだよねー。…次の質問は? もうないの?」
ほんの少しだが、エリンの声のトーンが下がった。慌ててミリアは声を上げた。
「まだまだあるわ! お願い、ちゃんと最後まで答えてほしいの。どっか行っちゃわないでね、エリン」
ミリアはこの小さな彼が、元の世界へ帰る鍵を握っていると確信している。山小屋からミリアが外に出なければ、もしかしたらこのような事態にはならなかっただろう。勝手に外に出た責任はミリアにある。
そう思うと胸がきりりっと痛む。見た目に反して案外過保護な彼は、姿を消したミリア達を酷く心配するだろう。エリンからできるだけ必要な情報を聞き出して、どうにかして元の世界へ帰らなければならない。
(私が人間になった理由も知りたいけど…。今はそれよりも聞かなきゃいけないことがあるわ)
「うん、どこにも行かないよ~。だって俺様が連れてきたんだもん。それにミリアはお気に入りだから、答えてあげる」
その答えにミリアはゆっくりと頷く。
(その言葉を、鵜呑みにしては…ダメ)
昔、おじいさんが彼女の手入れをしながら語ってくれた話には、よく妖精が登場した。彼が特別な目を持っていたというのなら、それも納得できる。
そして繰り返し聞かされたのは、彼らは総じて気まぐれだということ。気が向いたら快く手を差し伸べるが、飽きるのも早い。万が一機嫌を損ねてしまうと、とんでもない災厄が降りかかると何度も聞いた。目の前のエリンが機嫌よく居てくれる内に、必要な情報は手に入れたい。
「じゃあ、次の質問ね。私は元の世界に帰れるの?」
無駄な駆け引きをやめ、一番聞きたい事を聞いた。両手を合わせてエリンの答えを待った。
「うーん、どうしても帰りたい? こっちにずっと居てくれてもいいんだけど」
「もちろん、帰りたいわ! だって急にこっちに来てしまったのだもの。きっと彼が心配しているわ…」
ダグラスの顔を思い出すと、じわりと瞳に涙の幕が張ってしまう。
(ダメダメ、ちゃんと答えを聞き出さないと)
「彼って黒髪のでっかいあいつの事? ん~…まぁ、あいつだったらいいかな? じゃあ帰してあげるよ」
「ほんとっ?」
「でーもー、ここに呼んだのは俺様なんだから、俺様がいいよって言ったらだよ?」
「……確認してもいい? それは、どれくらい時間かかるのかしら?」
頬がひきつりそうになるのを、必死に我慢して穏やかに聞いた。
「それはミリアをここに呼んだ理由とも重なるから、んー、一日二日じゃ無理かなー? とにかく用が終わるまでだよ! あ、あっちの世界と時間の流れが違うから、あっちの時間はもっと過ぎちゃうけどー」
「そんなっ…お願い、できるだけ早く帰してっ…」
「だから、ミリア次第だってば。なんだかミリアも急いでるみたいだし、じゃあさっそく行く?」
「えっ、どこへ? ここを離れるの?」
「ミリアをここに呼んだ張本人のところだよ」
そういうとエリンは笑った。
読んで頂いてありがとうございます!




