ゲート
(35)ゲート
ミリアは真っ白い世界に取り込まれていた。傍にはアッシュがぴたりとくっついているが、いかんせん視界がまったくなく上下左右がわからなくなる。
「アッシュ、アッシュ。絶対、離れないでねっ」
ミリアはアッシュの首に両腕をまわして縋りついている。アッシュはずっと低いうなり声をあげている。
(でも、この感覚。……覚えがある)
次第に光が弱まっていく。しっかりアッシュを抱いたままミリアは目を凝らす。そして光が完全に消えると、そっと立ち上がった。アッシュは傍を離れず、大きなしっぽでミリアをくるりと囲んでくれた。
ようやく辺りの明るさに目が慣れてきて、様子が見えてくる。まず緑が目に入る。いろんな木々に囲まれた森のような場所。一言に森と言っても、高い木が乱立する、うっそうとした元の森ではない。その証拠に、夕暮れの薄闇から、辺り一面十分に見渡せる昼間の明るさに変わっている。
「ここは、どこ…?」
「ミリア! 元気そうだねー。良かった」
(! この声っ)
急に聞こえた声は、どこか聞き覚えがあった。声に振り向いたミリアは大きな眼を見開いた。
「えっ、えっ!?」
それもそのはず、目の前に小さな人が浮かんでこちらに手を振っていたのだ。いつの間にか、アッシュのうなり声が止んでいる。
「ああ、やっぱり君の瞳はすごく綺麗だな! さすが俺様っていうか…ん? ミリアの首のその石……。へぇ、また珍しいもの持ってるね。まだあっちの世界にそんなの残ってたんだぁ。まあ、悪いものじゃないし、大丈夫かな?」
(間違いないわ、この声だわ。…ペンダント? これがどうかしたの?)
無意識に胸元の小さなペンダントを、指先で触れてちらっと視線を落とした。つけてもらった時と変わらず、きらりと光を返している。ひらりひらりと目の前を行ったり来たりする相手は、よく見ると小さな羽が生えている。小さな体に丈の短い上着を着て、腰にはひらひらとした布を巻きつけている。短い髪は茶色で瞳は金色をしていた。
「変なのがくっついてきたと思ったら、なるほどね。ミリアの護衛? へぇ?」
ふわふわと浮かぶ相手は、ミリアがまじまじと観察をしている間も、少しもじっとしていない。ひとしきりミリアの周りを飛んだ後、今はアッシュの鼻先に浮かんで彼を相手している。
(やっぱり、全然見覚えがないわ)
「あなたは誰? どうして私を知っているの?」
「そりゃ知ってるよ。君をこっちの世界に呼んだのも、君の瞳に魂を吹き込んだのも、俺様だもん。君のじいさんに頼まれてね!」
ミリアは、はっと息を飲んだ。
「私のおじいさん……? あのお店のおじいさん?!」
「そうだよ。あのじいさん、ああ見えて俺様達が見える珍しい人間だったからね。昔はそんな人間がもっとたくさん居たんだけど、いつの間にか随分と数が減っちゃってて。人間の一生は短いからさー。あ、あっちの世界とちゃんと繋がるのは年二回なんだけど、抜け道は結構あるんだよ。だから、暇になったらあっち行って、ちょこちょこ遊んでたんだぁ。今日も抜け道を使ったって訳」
たったこれだけの会話に含まれる情報量が多すぎて、ミリアの許容量を超えそうになっている。
「ちょ、ちょっと待って。一つずつ教えて!」
ミリアは見た目だけなら、夢みがちなお嬢さん風だが、実は好奇心も旺盛で、新しいことが大好きなしっかり者だ。決められた事を毎日きっちりとこなす勤勉さもある。毎朝のアッシュの毛づくろいや、床のモップ掛けがいい例だ。そして理解を深めるために、情報をまず整理してから頭の中で考えていくタチである。
その間、アッシュはずっとミリアの傍で大人しく座っている。しっぽはゆらゆらとミリアを励ますように撫でている。ミリアもアッシュから手を離さないでいる。彼女はちらりとアッシュを見た。
(アッシュが警戒を解いているわ。危険ではないってことね)
アッシュの賢さはダグラスから聞かされているし、ミリアも同感だ。彼がずっと彼女の傍を離れないのは、ミリアを守っているのだと、アッシュ本人から聞いた。これまでアッシュがダグラスと共にどれだけの月日を過ごしてきたか詳しくは聞いていないが、ミリアもダグラスと同じくらいアッシュを信用している。
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