山小屋
(31) 山小屋
きしんだ音を立てて、山小屋の扉を開ける。よどんだ空気が鼻につくが、見渡した限り、一晩過ごすには問題なさそうだ。ダグラスは軽く室内を見まわし、必要な物がそろっているのを確認する。
「どうやら、大丈夫だな。ミリア、今夜はここで過ごすぞ。薪を集めてくる。軽く掃除を頼めるか? どうやら数年ぶりの使用らしい。さすがに埃っぽい。掃除道具は備え付けがあるはずだ。窓を開けていく、寒くなったら閉めろ」
「あ、ほんとだ。掃除道具が揃ってる。あら? 薪ならここにたくさんあるわ」
「ああ。ここの物資は自由に使っていいが、次来る奴のために使った分は補充するのがルールだ。どうにかたどり着いた奴が、いきなり薪も何もない小屋じゃ困るだろ?」
「…確かに、そうね」
「少し戻った所に沢が見えた。キーヴァに水を飲ませるついでに、飲み水と薪を確保してくる。掃除が終わったら火をおこしといてくれ」
「わかった。さ、アッシュお掃除よ!」
「わふっ」
張り切るミリアに柔らかな笑みを向けるとダグラスはキーヴァを連れて出ていった。おそらく、この間に少し辺りを早駆けさせてくるのだろう。走るために生まれたような馬に今回のゆっくりとした行程は、逆にストレスをため込んでしまうので、適度に走らせる必要がある。
残ったミリアは、まず小屋の中の毛布を外に持ち出し箒ではたいた。途端にものすごい埃が舞い上がった。
「ごほっ、すごいほこり…」
「くしゅっ」
さすがのアッシュもくしゃみをしている。一生懸命叩き続けてようやく埃が落ち着いてきた。そのまま木の枝にかけて、風に当てておくことにした。小屋に戻ると自分やアッシュの足跡がくっきりと残っていた。床の色だと思っていたのは、降り積もった埃だったようだ。
「これは腕がなるわ。アッシュしばらく外に出ていてくれる? 一回、履きだしちゃうから」
「わう」
ミリアはアッシュが出たのを確認して、勢いよく箒で床の埃を集めて、掃き出して行く。ミリアは手ぬぐいをマスク代わりに口にあてている。隙間から入ったであろう土埃と、どこから入ったのか綿毛のようなふわふわした塵も、数年分ともなるとかなりの量である。
「これは、一度まるごと水洗いしたいくらいね」
だが、季節は春とはいえすでに陽が中天を過ぎて久しい。今から床を濡らすと夜までに乾かないだろう。
「しょうがないわ。モップ……はないわね。うーん、雑巾だけか。あ、そうだ水がない」
粗方掃き出したが、どうしても埃っぽいのが気になる。置いてあった箒の穂先がだいぶ傷んでいたので、細かいチリが残ってしまった。ダグラスの家では二日と開けずミリアは床にモップをかけていた。ちなみにミリアが来る前にダグラスがモップを使ったのは初日だけである。
隅から隅まで二回きっちり履きだした後、ミリアは顔を上げた。
「アッシュ! ねえ、あなた沢の場所わかる?」
ミリアに呼ばれたアッシュは、入口から中に顔をのぞかせる。
「わふっ?」
「そうそう、ここは井戸もないし、飲み水も雑巾を洗うほど残っていないわ。沢で水を汲んできたいの」
「わおん」
「だって、ダグラスはまだ帰らないと思うのよ。キーヴァを走らせているだろうし、薪も集めるって言っていたもの。だから、お願い。一緒に行って? アッシュ」
アッシュはじっとミリアを見つめている。灰色の目は一度瞬きをした。
「ほんと? ありがとうアッシュ! よかった一人では不安だったの。アッシュが居れば大丈夫ね」
ミリアの言葉にアッシュはぎょっとした顔をする。よもや一人でも行く気だったのか、とでも言いたげである。
「うふふ。さ、早く行きましょ。掃除が終わらないと座ることもできないもの」
ミリアは小屋に置かれていた小さめの木桶を手に取ると、アッシュと小屋を後にした。先ほどより傾いた陽が、木々の合間からその煌めきを落としていた。




