墓参り
(27) 墓参り
皇都への道はウィローと反対の方向になるので、マギーには先日別れの挨拶をしてきた。もちろんミリアも一緒だ。あの日の出会いから二度ほど訪ねており、ミリアはすっかりマギーのお気に入りである。
生前の母親を知るマギーの昔語りは、この地の思い出に鮮やかな色を付けてくれた。予想以上に彼ら親子の事情通だった彼女のおしゃべりを、あわててダグラスが止めるという場面もあった。
マギーは新米母アイーシャの、子育ての悩みや苦労を聞く良き相談相手だったようで、幼いダグラスの微笑ましい話や、彼自身が覚えていないいたずら話まで、笑ってたくさん聞かせてくれた。それをダグラス本人よりも、ミリアが目を輝かせて聞いていて、マギーはそんなミリアの様子をとても嬉しそうに見ていた。別れの時はマギーを泣かせてしまったが、最後は明るく笑って送り出してくれた。
最後の日に、ダグラスが母親の墓参りをするつもりだと話をすると、マギーは数日前にも花を手向けてきたと言った。これまで欠かさず参ってくれていたらしく、彼女に丁寧に礼を述べた後、ミリアと二人で訪ねた。そこは墓地とは思えない美しい場所だった。小さな墓石の前には、マギーが手向けてくれたであろう花が置かれていた。
― 最愛の妻アイーシャへ 永遠の愛を捧ぐ オーエン ―
墓石に彫られた言葉だ。オーエンという名前はこの国では珍しくない。家名を刻んでいないのはあえてそうしたのだろう。そしてオーエンが拘っていたアイーシャの隣とやらは、呆れ果てる規模だった。
(隣も何も、他に墓なんかないじゃないか)
『――家でも建てるつもりか?』
『家? 家がどうしたの?』
『…いや、なんでもない』
もはや隣という概念ではない。小高い丘の頂上には木がなくアイーシャの墓と一面の花畑があるのみだった。オーエンに墓がウィローにあると聞いた時は、なぜウィローに?と思ったが、実際にこの場に立つとうっそうとした森ではなく、ここを選んだ理由がわかった気がした。
『ここならマギーさんも来てくれるし、ダグラスのお母さんもきっと淋しくなかったと思うわ。お花も綺麗だし』
『そうだな…』
ダグラスは小さな墓石の前に膝をつくと、持ってきた花を添えて目を瞑った。
(母さん、来るのが遅くなってごめん。…父さんに会ったよ。色々思うところはあるけど、すごい人だってのは分かる。今も、母さんにべた惚れだよ。こっちが恥ずかしいくらいにね)
飄々とした年齢不詳なオーエンの姿を思い出す。年を重ねた今も十分魅力的だが、二人が出会った頃の三十代という年齢なら、若々しさに落ち着きが加わり一層男気が増す頃だ。その彼が笑いかけでもしたら、二十歳にもならない娘などイチコロだっただろう。
(……母さん、面食いだったんだね)
口元に浮かんだ笑みをすっと消し、ダグラスはきつく目を瞑った。
(あなたの子に生まれた事を、俺は誇りに思います。産んでくれて、守ってくれて、……ありがとう)
オーエンのことだから、アイーシャの森や町での行動も筒抜けだったのだろう。彼女がこの国で友人と呼べる唯一の相手がマギーだ。
(なんとなくだが、……きっとあの人、ここに何度も来てる)
墓石の裏に隠すように、古ぼけた小さなスツールが置かれていた。年季の入ったそれは、返事のない相手と語り合うのにぴったりに思えた。妙に整備された一人だけの墓所。ここだけ見事に咲き誇る花々、ふと一人で墓前に座るオーエンの姿が思い浮かび、その想像は妙に確信を得ているように思えた。
ミリアに母親の死の真相は語っていないが、ただの死でないことは肌で感じているのかもしれない。彼女は何も言わず、一緒に手を合わせていた。
(母さんが生きていたら、きっとこいつを可愛がっただろうな。俺以上に)
その光景は笑顔あふれる酷く優しい世界だった。ダグラスは墓石に手を伸ばしそっと表面を撫でた。
(どうやっても過去は変えられない。だったら、前へ進むしかない)
ダグラスは深く頭を下げて、ゆっくりと立ち上がった。柔らかな春風に花が小さく揺れている。ただがむしゃらに生きてきた男に、立ち止まってこれからの人生を考えるいい機会をオーエンは与えてくれたのかもしれない、とダグラスは思う。
(考えよう。これからのことを)
母親の墓前で彼は確かに地に足を付けて立った気がした。
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