母の想い 1
(25) 母の想い 1
時は戻り、現在の森である。肌を刺す寒さの日が少なくなり、もう随分と暖かい日が多くなった。森に残っている雪もあと数日で消えるだろう。気が付けばダグラスはこの森で三ヶ月を過ごしていた。ミリアが来てからは二ヶ月だ。
「荷物はこれで最後か」
「はい。これで終わり」
屋根を全面張り替え終えた三日後、二人は旅装に身を包んでいた。今日、皇都へ向けて出発する。円を使わずあえて旅をすることを選んだ。色々理由はあるが、大きな理由はミリアの経験値を上げるためだ。幸いにも無理やり取らされた休暇はまだ半分ある。のんびり旅をしても余裕がある。
(屋根と気になる箇所の補修もした。これであと数年は持つだろう)
母親と過ごした唯一の思い出の残る家だ。すでに家の中に物は無く、元々少なかった家財の消えた小さな家は、やけにガランとして少し広く見える。
悲しい記憶が同居するこの場所に、足を運ぶまで十年以上かかった。来ようと思えばおそらくいつでも来られただろう。ただ、来ようと思わなかっただけで。
いざ訪れてみると、思い出されるのは意外にも楽しかった日々だった。辛くないと言えば嘘になるが、それでも来て良かったと思えるほどには、彼にとってある程度区切りがついていたのだろう。
「途中から感傷に浸る暇もなかったしな」
「何か言った?」
「いや。もういいなら扉を塞ぐぞ」
「あ! そうだ。ちょっと待って」
「忘れ物か?」
ミリアはパタパタと室内に戻っていく。すぐに戻ってきた彼女の手には小さなペンダントが握られていた。それを見たダグラスが目を見開いた。
「――それ」
「これ、ダグラスのお母さんのじゃない? 昨日、掃除をしてたらベッドのマットの下で見つけたの」
彼女の手の平に置かれた小さなペンダントは、いつか見たままの姿でそこにあった。ダグラスの頭の中に、一気にある日の記憶が蘇ってくる。
『ダグ、私の可愛いダグ。ねえ、あなたが大きくなって守ってあげたい女の子ができたら、これを渡してあげて欲しいの』
『なに、これ?』
『ペンダントよ。こうして首にかけて使うの。……これはね、あなたのおばあさんから貰ったの。つまり私のお母さんね。お母さんはそのまたお母さんから。代々娘に受け継いできた物よ。でも私はあなたしかいないし、きっと妹もできないわ。だからあなたのお嫁さんに渡してあげて』
『ぼく、お嫁さんいないよ?』
『ふふ。ダグがずーっと大きくなって、すっごく好きな人ができたら、の話よ』
『かあさんのこと、大好きだよ』
『まぁ! 私もダグが大好きよ! ね、ちゃんと覚えていてね。そんなに高い物じゃないけど、もうこれしか残ってないの…』
『かあさん、どうしたの? 大丈夫?』
『…大丈夫。ちょっと昔を思い出しちゃっただけ。まだ先の話だけど、忘れないでくれると嬉しいな』
『うん、わかった。でも、かあさんより大好きな人なんて、できるのかなぁ』
『もう、なんて可愛いの! 大丈夫、大きくなったらあなたもきっと出会うわ。いい? ダグラス、この先あなたの思い通りにならない事がきっと起こるわ。……ごめんね、それは私達のせい。だけど、だからこそあなたも本当に大好きな人と一緒になってほしいの。わかる?』
『うーん、よくわかんないけどわかった』
『ほんとにわかってる? ま、まだまだ先の話だけどね』
『ぼく、大きくなったらかあさんを守る騎士になるんだ。だからすぐ大きくなるよ、それまで待っててね』
『それは楽しみね! ……ずっと、待ってるね』
泣き笑いのような顔でほほ笑む母親の姿が、浮かんでは消えていく。母親に守られて、無邪気に将来の夢を語れた頃。この後すぐだった。母親が殺されたのは。
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