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魔性の女

 


  (20) 魔性の女



『元々叔父上は宮にこもって研究ばかりしていたから、今さら閉じこもってもバレなかった。一年くらいは』

 そこで言葉を切ると、ヒューバードが表情を消した。



『あの女、キーラに生まれたばかりの君の存在を知られてしまった』

『……第二皇妃』


 正妃亡き後、政治に興味のない皇帝をいい事に、実権を握った女だ。今もなお「静養」という形で離宮にいる。




『あの女はまだ幼い君を脅威と判断した。後に自分の息子と争うのは僕以外では君だろうと。仮にも皇帝の甥だからね。叔父上のことは、軽んじていたんだろうね。引きこもりの変人だと』



(あながち、間違いではない)


 ふっと口元が緩みそうになるのを、慌てて引き締めた。



『何度か危ない目にあったけど、ああ見えて叔父上は強いし、警護も精鋭揃いを配備していて、いざとなったら妻子を守れると思っていたんだ』


『だけど、そうはならなかった…』

『うん。僕はその場に居なかったから、随分後から聞いた話だ。ある時、叔父上がどうしても出席しなければならない催事があって、当然あの女も出席するから大丈夫だろうと、宮を留守にした』


『でも、警護の者は居ましたよね』

『もちろん。だから卑怯な手を使ったんだよ。毒を盛ったんだ、幼い君の食事に』

『毒?!』


『ああ。小さい子用の食事は、君専用だから狙いやすい。後で調理場の人間が一人死体で発見された。弱みを握られていたのか魔が差したのか、まぁそんな事情どうでもいいさ。それで、君の異変に気づいたアイーシャ様が、すぐに口に指を突っ込んで吐き出させたけど、体の小さい幼児だからね。その影響は大きくて、七日間生死の境をさまよったと聞いた』

『…………』


 もちろん、まったく記憶にないが、ぞっとする話だ。それを傍で見ていた母は、どんな思いだったのだろう。




『そこで、叔父上は苦渋の決断をした。それを手助けしたのは、まさかのうちの母だった。叔父上が万が一の時の協力者として選んでいたのは、母だったんだ』

『正妃様が』

『そう。それで君はそのまま死んだことにして母の指示で森へ逃がした。実際、皇族の血を引いた子さえ消えれば、皇城を出たアイーシャ様にまでは危険は及ばないだろうと。正式な妻だとは思ってなかったんだろう』


 どうして私利私欲のためにこんな非道なふるまいができるのか、ダグラスにはまったく理解ができない。




『何も知らなかった僕はしばらくして宮に遊びに行った。そしたらそこは誰も居なくて、叔父上は研究室に籠ったきり出てこなくなった。それから何度訪ねても叔父上には会えなくなった。公の場にも一切出なくなって、実際、死亡説も流れたんだ』

『でも、…生きてた』

『そう、叔父上はあの女の目を欺くために、徹底して表舞台から姿を消すことで、あの女の興味を削ぐことに成功した』


 話がここで終わりならよかったのに、とダグラスは思う。ただ事実はもっと残酷だ。




『――では、なぜ母は殺されたんですか』


『きっかけは、僕の母が亡くなったからだ。あの女はすぐに実権を握った。僕が()()()真っ先に粛清した宰相と、当時からつながっていた。そして君が生きているのが、知られてしまった。母が生きていたら円の使用もできなかったはずだ』


 ヒューバードの母は事件の直前、末娘エマの出産で命を落としてしまった。そこから不幸は連鎖していった。



 自らの命を投げうって、我が子を凶刃から守った優しくて強い母だ。自分が死ねばよかったなどという考えは、彼女の死を冒涜することになる。きっと彼女は子を守れた事を、誇りに思っているだろう。母親の笑った顔が浮かんでは消えていく。



『円は高位魔法を使う。母亡き後、監視を強化していたから、彼らが動いたのがわかった。すぐに後を追ったけど、すでにアイーシャ様は回復魔法ではどうしようもない状態で、そのまま眠るように逝ってしまわれた…』


 あの日の記憶は断片的だ。追体験させられるかのようなヒューバードの言葉に、その断片的な記憶が頭の中をよぎっては消えていく。


 回復魔法は疲労や目に見える傷は治せても、傷ついた内臓や、失った血が戻ることはない。致命傷を負った時点で、魔法であろうとなんだろうと助かる見込みはほとんどなかったのだ。




しばらく過去話が続きます…

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