長い夜
(17) 長い夜
ダグラスを息子と呼んだ目の前の人物は、まだ名乗りを上げていない。身構えるダグラスを尻目に、男性は実にあっさりと名前を告げた。
『僕はオーエン。オーエン・ウィリアム・ターナー。前の皇帝の弟だ』
告げられた名前に、驚きより、やっぱりと言う感情が先に来た。だがすぐに疑念が渦巻く。この宮は皇弟だったオーエンが生前使っていた宮のはずだ。そう生前である。ダグラスはぐっと目つきを鋭くすると、慎重に口を開いた。
『失礼ですが、オーエン様は随分前に亡くなったはずでは…』
『ああ、そういうことになってる。だけど、こうしてちゃんと生きている。……死にかけてはいるがね』
『どういうことですか……』
静かに語るオーエンの声色に、悲壮感はない。だが、彼の語る内容は決して軽々しく頷けるものではない。目の前で儚げに笑うオーエンの瞳は、少し緑ががった深い海の色だった。
(目が……)
図らずとも、自分との共通点を見つけてしまい、ダグラスはようやく現実の話なのだと実感がわいてくる。あまりに荒唐無稽な話に、どこか別人の話のように聞こえていたのだ。
『俺は、父親の事は何も聞いていない…』
『そうだろうね』
オーエンは真っ直ぐにダグラスを見つめながら、その目は別の誰かを見ているようでもあった。
『アイーシャが僕の名を君に言わなかったのは、彼女にそうしなさいと僕が言ったからだ。面倒事に巻き込まれないために。……結局、彼女を守る事が出来なかった。本当に済まない』
深く頭を下げるオーエンにダグラスは何も言えなかった。言いたいことは山ほどあったはずなのに、言葉が出てこない。何とか出した声は酷く頼りなげに響いた。
『今更です。謝られても、…母はもう戻りませんし』
顔を上げたオーエンは、泣き笑いのような顔を一瞬みせると、表情を変えた。
『僕は君に恨まれこそすれ、許してもらえるなんて思っていないよ。当然だ。でも、もう君も大人になった。全てを知った上で、これからの人生を歩んでほしい。だから、ちゃんと説明する。今晩は僕につきあってもらえるかな。明日は休みだよね』
『……よくご存じで』
不信感を隠さない目を向けるダグラスに、オーエンはこの日一番の笑顔を見せた。
『こんな状態だからね。皇城中に僕の目があるって言えば、わかるかな? 実に便利だよ。こうして寝ていても知りたい情報は手にできる。だから、君の成長記録もちゃんと取ってあるよ。後で見せようか? 僕の宝物なんだけど、君になら特別に見せてあげてもいいよ。あ、君は知らないだろうけど、あの森での記録もちゃんとあるからね。こっそり描かせた年代ごとの肖像画もあるよ。いやぁ、子どもの成長って早いよね』
『……、……』
なんと返せば正解なのかわからず、ダグラスは口を噤んだ。先ほどまで確かにあった緊張感が、見事にどこかへ消え去っている。なんとなく目の前で己の父親だと名乗る人物が、彼のよく知る皇帝に重なって見えるのは気のせいではないだろう。
(そうか、あの人の叔父…でもあるのか。ってことは、こっちが大元…?)
ダグラスは体の力が抜けるのを感じた。そして、彼の長い長い夜が始まった。
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