邂逅
(16) 邂逅
そんなある日の夜、いつもの任務を終え幹部棟へ戻る途中で、ダグラスは年配の男性に声をかけられた。いつものように感情を乗せない視線をちらと向け相手を確認する。
(あれは…、確か皇宮侍従長?)
少しだけ悩んで、無視する訳にはいかないと判断して足を止めた。
『何かご用でしょうか』
『さるお方から、内々にお渡ししたいものがございます。私と一緒にご足労いただけますか』
『私、ですか?』
『ええ、ダグラス・ゲーリック・ケント第一魔法騎士隊長殿、あなた様で間違いありません』
『………わかりました』
久々に聞くフルネームで呼ばれ、役職名まで付けられては、頷かない訳にいかない。嫌な予感しかないが、有無を言わさぬ彼の言葉に渋々了承した。白髪頭を後ろから見つめ、少しの変化も見逃すまいと周囲を警戒しながら彼に着いて行った。
(どこまでいく気だ?)
すでに皇城の奥深くに足を踏み入れている。任務ならいざ知らず、ヒューバードが暮らす宮は別宮で、こちらの宮には入るのも初めてだ。この宮自体が、中央からかなり離れている。
(ちょっとまて、この宮の主は確か……)
すでに歴史から姿を消した人物の名前が、頭に浮かぶ。そうだとしたら、一体誰に呼ばれているのか。何かとんでもないことに巻き込まれている予感に、背中に冷たい汗が流れ落ちる。
『あの、侍従長殿』
前だけを見つめて足を進める侍従長に、思わず声をかけるが、もう間もなくでございます、と返されて取り付く島もない。
(一体どういうことだ?)
幸い、帯剣したままである。本来皇宮ならば必ず立っているはずの近衛兵は、敷地に足を踏み入れて以来どこにも見当たらない。逆に抜刀しても人の目がないということだ。
(俺の考えた通りの場所なら、確かに、もう近衛兵は必要ないはずだが…)
いざとなったら、自分の身くらいは守れると早まりかけた鼓動を落ち着かせた。それからさらに奥へ進み、重厚だが古びた扉の前でようやく足を止めた。
『こちらでございます』
『ここは?』
『どうぞ、中へお進みください』
『…………』
何も語らず深く腰をおる侍従長に、ダグラスは仕方なくその重そうな扉の前に一人立った。頭を下げ続ける侍従長はここで待つようだ。
(できることなら入りたくないが、このまま帰るのは無理だろうな)
姿こそ見えないが、内宮に入った辺りから監視されている。何かおかしな動きをすれば、すぐに飛び出してくると予想できた。腹を決めてその扉に手をかけ、きしんだ音を立てる扉を開いた。
『………?』
中は薄暗く、奥にランプの明かりが小さく見える以外は、はっきりとわからない。このまま進んでいいものか、躊躇していると後ろから声を掛けられた。
『どうぞ、そのままお進みください。中でお待ちです』
(だから、誰がだよ。少しは説明しろよっ)
相変わらず頭を下げたまま進言する侍従長に、心の中で悪態をつき、部屋に足を踏み入れた。
通された部屋は私室を兼ねた寝室のようだった。次第に慣れてきた目に部屋の調度品が映る。古そうなそれらは手入れはされているのか、どれも鈍い輝きを放ち、少なくとも上等な品であることがわかる。
かなり広い部屋とはいえ、すぐにランプまで辿り着いた。ベッドサイドの机に置かれたランプが唯一の光源だ。すべての窓は分厚いカーテンが引かれている。この部屋で一番存在感を放つ大きなベッドは、一部天蓋が開いているが、中は薄暗くそこに誰かいるのかすらわからない。
そこからどうすれば正解か考えを巡らせていると、意外にも明るく低い声が発せられた。落ち着いた年配者の声だ。
『よく来てくれた。もっと近くへおいで』
『………』
ここまで来たのだから、どうとでもなれとベッドのすぐそばに立った。
『すまない、天幕を開けてくれないか。情けない事に動くのが少々辛くてね』
その指示を素直に承諾し、ダグラスの立つ片面全ての天蓋を紐でまとめた。ようやく声の主が視界に現れた。
年は四十から五十手前くらい、頭は金髪で白い物がちらほら混ざっているように見える。長く伸ばしたそれは、半身をベッドヘッドに預ける人物の腰近くまであった。男性でここまで長いのは珍しい。目の色ははっきりとは見えないが青系統なのはかろうじてわかった。いわゆる貴族に多い色合いである。
『ありがとう、突然呼び立ててすまなかった。そこの椅子を持ってきてここに座ってくれ。顔をよく見せてほしい』
『………』
未だ名乗らぬ相手にどう返していいのかわからず、体調の悪そうな様子に文句の一つも言えないまま、言われた通りに従う。どういう事情か知らないが、命の危険はなさそうだ。
椅子に座り改めて近くで顔を上げると、すぐに視線が重なった。柔らかい笑みを浮かべてダグラスを見つめて、噛みしめるように言った。
『……あぁ、彼女によく似てきたね』
ダグラスの目が見開かれた。膝の上の手をぎゅっと握りこみ、低い声で問い返した。
『っ…、母をご存じなのですか』
『うん。よく知ってるさ。君の母である前に、僕の妻だからね』
『!』
あっさりと吐かれたその言葉の意味は考えるまでもない。
『……あなたは、俺の父親…?』
『ああ、そうだ。君は僕の息子だ』
ようやく話が動き始めます。




