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決意

 


  (14)  決意



 マギーと別れた二人は早々にキーヴァを引き取り、森へ歩を進めた。しばらく走らせてからダグラスは馬を止めた。



「冷えちまったが、食おう」


 町を出てからずっと無言だったダグラスは、ミリアを下ろすとキーヴァを木につないだ。小さな包みの中にはすこし形の崩れた揚げパンと、揚げ芋、携帯用水筒には少しぬるくなった果実水が入っていた。さらにダグラスのポケットから小さなリンゴが出てきた。



「美味しそう…」

「ああ。揚げ物は食べたことがないだろ。大量の油で調理する。美味いが食べすぎると後で酷い目にあう」


 ミリアはパンに口をつける。揚げたパンに蜂蜜がたっぷりとかかっている。



「甘くて美味しいっ」

「……甘すぎるな」


 二人同時の感想が真逆で、ミリアは小さく噴き出して笑った。声を出して笑ったことで、塞いでいた気持ちが少しましになった。それからは二人で分け合って、お腹に詰め込んでいった。


 甘さにやられて食べあぐねていた、彼のパンまでミリアは平らげ、リンゴを半分ずつ食べると、最後に果実水でのどを潤した。




「美味しかったぁ。ふう、さすがに晩ご飯が入らないかも…」

「絶対食うよな」

「絶対じゃないわ。――あ、でもマギーさんのバケットは食べる!」

「やっぱり食うんじゃねえか」


 町を出てからようやくダグラスも小さく笑った。きっと今日も幸せそうな顔で、せっせと口に運ぶのだろう。小さな声で言い訳を連ねる彼女を目を細めて見つめ、おもむろに懐から白いレースを取り出した。



「それは?」

「後ろ向け。髪、結び直してやる」


 出がけにダグラスが整えた髪は、長距離の移動でだいぶ崩れている。手早く味気ない紐をほどくと、買ったばかりの髪紐で高い位置で結んでやる。ミリアの緩く波打つ豊かな髪は下ろせば腰まで届く。結んでも背中の中ほどだ。


「できたぞ。……よく似合ってる」

「ほんと? 可愛いレース。嬉しい、ありがとう!」


 ようやく弾けるような笑顔を見せて笑うミリアに、ダグラスは苦笑を返した。




「すまない、屋台の先でこれを買っていて遅くなった。お前には、怖い思いさせた。悪かった」


 ミリアは軽く頭を下げるダグラスの手を、ぎゅっと握った。



「ううん、ダグラスはちっとも悪くないわ。ちゃんと助けてくれたもの。それに、髪紐もうれしい。買ってくれてありがとう」


 きれいな笑みを返すミリアを見つめて、彼女の手を握り返した。その手を見下ろして、ミリアはポツリとこぼした。




「今日ね? 知らない男の人に腕を掴まれた時ね……すごく怖かったの。ダグラスは初めて会った時も怖いとは思わなかったのに、……あの人は近づかれただけで怖くて」

「ミリア…」

「でも、ダグラスが来てくれてすっごく安心したの。もう大丈夫だーって」


 ミリアは嬉しそうに顔を綻ばせる。無性に彼女を抱きしめたくてしょうがない。もはや湧き上がる感情を抑える気になれなかった。



「……お前は俺が守る。約束する。だから…、お前はそうやって笑ってろ」


 ダグラスはそっとミリアの手を解くと、そのまま腕を彼女の背にまわしてふわりと彼女を抱き寄せた。すぐに広い背中に細い腕が回り、ぎゅっとしがみついてくる。



「ありがとう、ダグラス。私、人間になってから毎日がずっと楽しいの。全部ダグラスのおかげよ。本当にありがとう」

「……お前は本当に……」


 回した腕に少しだけ力を入れてふわりとミリアを抱きしめた。そのまま言葉を途切れさせるダグラスに、彼女は首を傾げた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 一度だけぎゅっと抱きしめてから、腕から解放する。



「いいや、なんでもない。今度マギーにちゃんと紹介する。バケットの礼も兼ねて一緒に行くか。……まともな寝具も欲しい」


 最後にぼそりと本音が漏れる。ミリアはダグラスを見上げてとびきりの笑顔を見せた。


「うん! 楽しみだわ!」

「帰るか。アッシュが待ってる」

「はいっ」


 静かな森にミリアの元気な返事が響いた。




 森の家に帰りついた二人は、町で調達した資材で大急ぎで家の補修をどうにか終わらせた。屋根に上がってみると、思っていたよりその痛みは激しく、いくつか小さな穴も開いていた。


 少しして降り始めた雨は、すぐに叩きつけるような雨風に変わった。夜になると一層雨脚は強まり、次第に雪に変わり大荒れの吹雪は一晩中続いた。一時雨漏りしたが、直におさまった。凍り付いたのだろう。


 窓にも板を打ち付けていたが、それでも朝には一枚割れていた。被害はほぼそれで終わりなんとか無事やり過ごせた。嵐が過ぎた庭先はひどい有様だったが、ミリアが張り切って片付けてくれたので、今は元通りだ。


 その庭先から改めて屋根を見上げて、ダグラスは小さく息を吐いた。




「春になったら屋根を張り替えるか」

「屋根を? 全部?」

「ああ。もう全体がもろくなってるから、ちょっと補修したくらいじゃ、次までは持ちそうにない」

「………次?」


 ダグラスの言葉の中の一言に、ミリアは目を瞬かせて聞き返した。



「次って、ダグラスはここに住んでいるんじゃないの?」

「……」


 どう答えればいいのかしばし考えるが、隠すつもりもない。彼はミリアの肩に手を置いてしっかりと目を見て言った。



「ここへは、休暇で来ただけだ。いつまでも居られる訳じゃない。いずれ俺は戻らないといけない」

「戻る……」


 眉を下げてダグラスを見上げるその瞳は、いつになく不安に揺れている。



(そうか。ミリアには、戻る場所がない)


 迷ったのは一瞬だった。


「ミリア、俺と一緒に皇都へ行こう」


 次の瞬間、ダグラスは力強くそう言った。



 それから厳冬が過ぎ、深い森の奥にも春の兆しが見え始めた頃、ダグラスはハリーを飛ばした。行き先は皇都ガーロである。



読んでいただいて嬉しいです!

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