昔馴染み
(13) 昔馴染み
「――あんたもしかして、ダグラスじゃないかい?」
名を呼ばれて反射的にミリアを引き寄せてから、後ろを振り返った。声の主はふっくらとした初老の女性である。大きなエプロンをつけているから近くの店の者だろう。
「誰だ、あんた。なぜ俺を知っている」
「いやだ、ほんとにダグラスかい? まぁまぁ大きくなって!」
「………?」
ますます眉間に皺を寄せるダグラスに、相手は物おじしない性格なのだろう。女性は肉厚なその手で、バシバシとダグラスの背中を叩いて顔をほころばせた。
「覚えていないかい? アイーシャがあんな事になっちまって、あんたも姿が見えなくなるし、ずっと心配してたんだよ。あたし、あんたの母さんと仲良くしてたんだけど、あんたは知らないかねぇ」
「……………パン屋の?」
「そうそう! パン屋のマギーだよ。思い出したかい? いやぁ、立派になって、あんたすっかり良い男っぷりじゃないか。あたしもうれしいよ。今はどこにいるんだい? 元気でやってるのかい? それにしてもこんな可愛い子まで連れてるなんてさー」
「マギー、……すまないがあまり目立ちたくないんだ」
「ああ、……じゃあ、うちにおいでよ。お茶でも飲んでいきな」
「いや、せっかくだが。時間がない」
「なんだい、そうかい。ああ、そうそう。さっきのエドナんとこの三男坊だろ。すまないね~、知らない若い子を見つけたらすぐちょっかい出すから、困ってんだよ。こんな田舎だし気持ちがわからいでもないけど、町の評判に関わるからね。あたしからちゃんと言っておくから。懲りずにまた来ておくれよ」
「すまない。よろしく頼む」
「まあ、ちょっと待ちなよ」
そのまま、立ち去ろうとするダグラスの腕をしっかりとつかむと、マギーは近くの店の前に立つ初老の男性に声を張り上げる。
「あんた、そこの籠取っておくれ! ――ほら、これ持っていきな。焼きたてだよ。あたしの自慢のバケットだ、その子と食べな。……元気でやるんだよ。また顔見せに来ておくれ」
「マギー…それは」
「あんたも一緒においで。ダグラスをよろしくね」
「あ、はい。ありがとうございます。マギーさん」
「……行こう」
マギーのおかげか、すっかりいつもの賑わいを取り戻した通りから、二人は足早に離れていく。笑顔で手を振るマギーに、ミリアは一度振り返って小さくお辞儀をすると、そのままダグラスについて歩いて行った。
「……ふぅ。ダグラス、あんた生きてたんだね」
小さくなる二人の背中を見つめて、マギーは小さく呟いた。
余談になるが、アイーシャことダグラスの母は、訳あって彼が小さい頃に森に移り住んできた。目立つ容姿のアイーシャは滅多に森から出なかったが、それでもひと月に一度は、町まで買い出しに出た。
そんなある日、アイーシャが男に絡まれていたのを、明るく正義感の強いマギーに助けられたのをきっかけに、町に来た時は二人でお茶を飲み、おしゃべりをする友人になった。
そんな二人の関係は、アイーシャが死ぬ直前まで続いていたのだが、それをダグラスはアイーシャの話でしか知らない。世話になっているパン屋のおかみさんが居ると聞いた程度である。アイーシャと共に町へ出たのは数えるほどしかないからだ。
そのアイーシャが何者かに無残に殺され、ダグラスも消えた後。ふた月経っても姿を現さないアイーシャを心配していたマギーは差出人不明の手紙を受け取った。そこに書かれていた場所へ行き、葬られた彼女の墓の存在を知るとその場に泣き崩れた。その日からこれまで、マギーは毎月花を手向けに足を運んできたのだ。
「アイーシャに嬉しい報告ができそうだ。……ほんと、よかったよ」
マギーはエプロンの裾でそっと瞼をぬぐうと、明るい顔で店へ戻っていった。
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