田舎町ウィロー 2
(12) 田舎町ウィロー 2
澄み切った冬の空は雲一つない。日差しが木にさえぎられる森と違って、町ではぽかぽかと暖かく感じる。
「それにしても、いいお天気。ほんとに嵐なんて来るのかしら」
小さく呟くと、荷物を小さく固めてすぐ傍の石垣に腰を下ろした。ここに着いてすぐは膝が笑っていたが、だいぶ体のこわばりが取れてきた。手足を動かすと、疲れはあるが動けない程ではない。帰りもキーヴァに乗ると思えば少し身構えるが、ダグラスのおかげで行きは楽をさせてもらった。
「帰りはちゃんと、一人で乗れるかしら…」
「君一人? すごい荷物だねぇ」
爽やかな声が近くからして、ミリアははっと顔を上げた。いつのまにそこにいたのか、ミリアの横に若い男が立っていた。
「持てる? どこまで行くの?」
親しげに話しかけている男に、ミリアはどうしたものかと考えた。見知らぬ人に話しかけられた時の対処法など聞いていない。
「おーい。聞いてる?」
反応のないミリアに焦れたのか、男はフードの中を覗き込んできた。その近さに驚き、急いで立ち上がって少し距離を取った。
「っ、だ、大丈夫です」
「わっ、目が綺麗な緑だね。君、ここらで見ないな。どこから来たの? こんな大荷物、大変だろ。手伝ってあげる」
「いえ、あの、大丈夫です。一人じゃないわ」
「大丈夫、大丈夫。俺こう見えて力あるんだ。君可愛いから、どこでも運んであげる」
そう言うと男は、勝手に地面に置いてある荷物に手を伸ばし始める。一人ではないと言っているのに、聞こえていないのか、それともわざとそうしているのか、どんどん荷物を肩に担いでいく。
「あの、困るわ!」
「怪しいもんじゃないから。任せてよ」
(自分は怪しくないっていう人が一番怪しいって、おじいさんが言ってた!)
荷物を持っていかれると焦ったミリアは、慌てて荷物を持つ男の腕を掴んだ。その拍子に被っていたフードがふわりと背中へ落ちる。
(どうしよう! 持っていかれちゃう)
ダグラスに荷物を任されたのはミリアだ。彼女は男の手から荷物を取り返そうとするが、ミリアの背中に流れ落ちた見事な金髪に、男は目の色を変えた。彼女の頭の先からつま先までを、不躾な視線で舐めるように見た。
「ひゅ~…、すごい髪。なに、君、まさか皇都の人? 見た感じ貴族様…ってことはないよね。この町は初めて? ねえ、俺良いところ知ってるよ。荷物はどっか預けてさ、一緒に見て回ろうよ」
荷物を取り返そうと掴んだ腕は、いつの間にか反対に手首を掴まれていた。加減のないその強さに、鈍い痛みが走る。森で初めてダグラスと会った時でさえ、加減をしてくれていたのだと今更わかる。
「やっ、離して」
「大丈夫だって、俺この町なら詳しいんだ」
「私はどこも行かないわっ。…手、離して!」
逃さないと言われているように掴まれた腕の痛みと、笑顔なのに少しも目が笑っていないその表情にジワリと涙が滲んだ時、ふっと男が目の前から消えた。
ミリアが顔を上げる間もなく、慣れた匂いに包まれていた。何よりも安心できるその匂いと温もりに、全身に安堵感が広がっていく。
「――俺の連れを、どこに連れていく気だ」
「ひっ」
小さな悲鳴と共に荷物が落ちる音がした。ミリアがそっと顔を上げると、視線の先には眼光鋭いダグラスがいて、ミリアは彼の左腕にしっかりと抱き込まれていた。さらに横に目線を向けると、ダグラスの右手には抜身の長剣が握られていた。その切っ先は、男の顎先へヒタリと向けられている。
(剣、抜いてるっ)
確かに寝る時以外、彼は常に帯剣していたが、抜いた所を見るのは初めてだった。
「っ、ダ、ダグ」
「答えられないのか? どんな理由で彼女を連れて行こうとした。答え次第では…」
先ほどまで大きく恐ろしかった男は、こうしてダグラスに並ぶと途端に小者に見えてくる。にやけていた顔はすでに顔色をなくし、鈍い光を放つ剣先を見つめて両手を上げている。
「た、ただ俺は、彼女の荷物を運んでやろうと…」
「嘘だな。ではなぜこいつの腕を掴んでいた」
「そ、それは…っ」
にぎやかな通りはダグラスが剣を抜いた事で、一気に剣呑な雰囲気に包まれていた。店先の客も、道行く人も足を止めてこちらを見ている。
走ってきたのか、少し乱れた黒髪が日差しの元にさらされていた。そこでようやくミリアは、自分のフードが取れている事に気が付いた。
(フードが…っ)
皆の目線が、頭を指さしているかのように思えてくる。ミリアは視線から隠れるように、ダグラスにぎゅっとしがみついた。そんなミリアをちらりと見て、さらにしっかりと抱き寄せた。
「大丈夫か」
「うん。…もう帰ろう?」
「………次はない。とっとと消えろ」
ダグラスが剣先をおろすと、男はすぐさま踵を返して駆けだした。
「なんなんだよ! ちょっと声かけただけだろ!」
完全に間合いの外に出てから、捨て台詞のように叫んでから、路地奥に逃げ込んで消えた。騒ぎの中心人物が剣を収めた事で、辺りの緊張感は緩んだが、物珍しそうな視線は向けられたままだ。
男が消えた路地をにらんでいた彼は、しばらくしてからようやく腕の力を抜いた。二人の距離が物理的に離れていく。
「ごめんなさい…」
「いや、…遅くなってすまなかった」
「……ううん」
ダグラスはうつむくミリアに怪我がないことを素早く確かめると、彼女のフードを被せてやる。落ちている荷物をまとめて持つと、空いた左手でミリアの手を引いて足早にその場を離れようとして、ふいに明るい声に呼び止められた。
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