第九十七話「マロンの提案」
「……大学の入学権利では不満ということでしょうか?」
「当たり前よ~。
私、人が失踪するような危ない大学に行きたくないもの~」
「……」
コロナリカの強烈に皮肉の効いた言葉に、俺達は無言になってしまう。
そんな俺達の様子を見て笑みを浮かべながらコロナリカは追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「それに、実質の価値がイスナール金貨千枚分しかないっていうのも気に食わないわね〜。
イスナール様の神器を安く見られているのかしら~?
千里鏡を貸してほしかったらイスナール金貨一万枚は持ってきなさ~い?」
「なっ……」
コロナリカの言葉に俺達は絶句してしまう。
イスナール金貨千枚ならまだしも、一万枚というのは途方も無い金額である。
俺は現在、イスナール金貨は千枚ほどしか持っていない。
メリカ王国から持ってきたメリカ大金貨とメリカ王国では価値があるとされている宝石数点も持ってきてはいる。
しかし、メリカ大金貨を見せれば、俺がメリカ王国の人間であることがバレてしまうし、宝石を見せても宝石の価値を理解してもらえるか分からない。
そう考えると、イスナール金貨一万枚という金額は現状出すことが難しい額なのである。
すると、バリー寮長が口を開いた。
「お待ち下さい、女王陛下。
前回、千里鏡をお貸しいただいたときは、イスナール金貨千枚で交渉が成立したはずです。
それを踏まえると、今回も額としてはイスナール金貨千枚が妥当じゃないでしょうか?」
バリーの声はいつにもなく低い声でコロナリカに迫るように言う。
しかし、コロナリカは意に介さない様子。
「何言ってるの~?
それは、前回の話でしょ~?
前回は初回だったから少し安くしてあげたけど、今回は一万枚必要って話よ~?
それに、金額を決めるのは私なんだから、おばさんにとやかく言われる筋合いはないわ~」
コロナリカはバリー寮長を馬鹿にするような口調でそう言う。
その言葉にバリー寮長はプルプルと震えながら、こめかみに血筋を浮かばせているのが見えた。
今にも暴れだしそうなバリー寮長の怒りの表情に、後ろの俺達も戦々恐々だ。
そんな最悪の空気を切り裂いたのは、入口の扉を勢いよく開けた一人の兵士だった。
「失礼致します!」
扉を勢いよく開いて、中にズカズカと歩を進める黄金の甲冑を着た兵士。
「おい、無礼者!
客人と女王陛下の歓談中であるぞ!」
コロナリカの脇に立っていた執事のマロンが、そちらに振り返って怒声をあげる。
「ご無礼申し訳ありません!
しかし、そちらの客人からお預かりした武器がありえない物だったので、即刻伝えに参りました!」
「……?
ありえない物?」
兵士の言葉を聞いて怪訝な顔をするマロンとは対照的に、確固たる意思を持ってこちらに歩を進める兵士。
その右手には細長い刀剣が持たれていた。
「……あ」
それを見て反応を示したのはサシャだった。
俺も、その緑の刀剣には見覚えがあった。
烈風刀である。
兵士は俺たちの前まで来てコロナリカの前で跪くと、差し出すようにしてコロナリカに烈風刀を見せる。
「客人から回収したこちらの刀剣。
見覚えがあるなと思いよく見ましたら。
なんと!!
先日謎の壊滅をした大盗賊団『灰鼠』の団長キースが所持していた九十九魔剣『烈風刀』でございます!」
「なんですって!?」
兵士の説明が終わると同時にマロンが驚いた声をあげる。
俺たちの周りに整列していた兵士達やコロナリカの後ろにいる大臣達もザワザワとし始める。
「……確かなのか?」
「はい、間違えありません!
私も『灰鼠』と対峙したときに、この刀剣に何度か吹き飛ばされたことがあるので鮮明に覚えております!」
興奮気味にそう叫ぶ兵士。
兵士の説明を聞いて、今度はこちらを向くマロン。
「あなたたち。
なぜ、烈風刀をお持ちなのでしょうか?
こちらは、『灰鼠』のリーダーであるキースが持っていた物のはずですが……?」
その質問に答えるべきは俺だろう。
俺はゆっくりと顔を上げた。
「烈風刀はキースを倒したときに奪った物です」
「倒した!?」
俺の言葉を聞いて、驚きのあまり声を上ずらせるマロン。
だが、自分の声を気にせずに質問を続ける。
「倒したというのはどういうことですか!
まさか、あなた達があの『灰鼠』を壊滅に追いやったとでも言うのですか!?」
先程までの落ち着いていたマロンはどこへやら。
大声で俺を質問攻めにするマロンを見て、俺は逆に冷静になってきた。
「はい。
俺達は大学に入学するために旅をしていた途中でベネセクト王国を通ったのですが、その際に例の盗賊団に金貨を奪われたので、盗賊団のアジトへ赴き、そこにいた盗賊は全員討伐しました」
「なっ……」
マロンは俺の説明を聞いて言葉が出ないほどに驚いている様子。
周りにいる兵士達も全員俺に注目している。
すると、コテンと首を傾げながらコロナリカがマロンの方を向いて口を開いた。
「マロン~。
『灰鼠』って何~?
あたし聞いたことないんだけど~?」
そう質問するコロナリカ。
そのコロナリカの無邪気な質問にハッとした様子のマロンは、咳払いを一つしてから説明を始めた。
「コロナリカ様。
『灰鼠』はベネセクト王国一の盗賊団ですよ。
『灰鼠』はベネセクト王国内のみならず近隣諸国の貴族達の物まで盗んでいたので、近隣諸国から我が国に討伐依頼が殺到していたのですが、『灰鼠』は力の強い者が多い上に、団長のキースはこの魔剣『烈風刀』を持っていたので我が国の兵士では太刀打ち出来ず困っていたのです。
そのため、コロナリカ様のお母様であるコロナシ様が女王であらせられた時代に、イスナール金貨一万枚の懸賞金をかけたのですが、中々討伐されずにいました。
しかし、つい一ヶ月ほど前、急に『灰鼠』は壊滅したという情報が出回っていたので私も真偽が分からずにいたのですが、どうやら烈風刀がここにあるのを見るに、本当のようですね。
おそらく、この方達が『灰鼠』を討伐したのでしょう……」
信じられないものを見るかのように烈風刀を見つめながらそう説明するマロン。
「ふ~ん」
マロンの説明をつまらなそうに聞くコロナリカ。
そんなコロナリカにマロンはある提案をした。
「コロナリカ様。
ここは、あの者たちに無償で協力するべきかと」
その瞬間。
コロナリカは物凄い形相でマロンを睨んだ。
「は~?
あんた、何いってんの~?
こいつらが盗賊を倒したからって、なんで私がこいつらにタダで協力してあげなきゃいけないのよ~!」
マロンに噛みつくような勢いでそう捲し立てるコロナリカ。
しかし、マロンは決心したような表情で一歩も引かない。
「コロナリカ様。
先程も申し上げましたが、盗賊団である『灰鼠』にはイスナール金貨一万枚の懸賞金がかかっておりました。
本来であれば、私達はこの方々にイスナール金貨一万枚をお支払いせねばなりません。
ですが、コロナリカ様が千里鏡を使う権利にイスナール金貨一万枚かかるとおっしゃるのであれば、『灰鼠』討伐の代わりに千里鏡を一度使用する権利を差し上げることで、私達の支払い義務を相殺するのが英断かと思います。
ただでさえ、最近はコロナリカ様の無駄使いで我が国のお金は減ってきていますので、ここは是非協力していただきたいです」
冷静にコロナリカに説明をするマロン。
しかし、コロナリカは腕を組みながら鼻を鳴らす。
「無駄遣いなんてしてません~。
私は、買いたい物を買ってるだけだし~。
それに懸賞金って~。
それはお母様が昔言った話でしょ~?
なんで、そんなのを私が今更守らなきゃならないのよ~!
私は絶対こいつらにお金を払ってもらうまで千里鏡は貸さないんだから~!」
マロンに反抗するようにそう叫ぶコロナリカ。
強情な姫様だ。
せっかくマロンがこう言ってくれているのに、どうしても俺達からイスナール金貨一万枚を巻き上げたいらしい。
サラやバリーが言っていたとおり、自分勝手で我儘というのは本当のようだ。
コロナリカの態度に、ついにマロンも呆れてため息をついた。
「コロナリカ様……。
先代の女王であられたコロナシ様は、ベネセクト王国内のみならず、年に一度開かれるポルデクク大陸の九つの国の王が集まって話し合う会議『ポルデクク連合会議』の場においても『灰鼠』に懸賞金をかけることを宣言しました。
ですので、もしこの方々にイスナール金貨一万枚をお支払いしないとなると、それはポルデクク連合に対する裏切りとなってしまい、他国からの制裁対象にもなり得る可能性があります。
それを回避し、かつ我が国の支出を減らすためにも、彼らの願いを無償で聞くことでイスナール金貨一万枚のお支払いの件をなしにしていただいたほうが良いと思うのですが?」
極めて冷静かつ合理的な説明である。
これだけしっかりと事情を把握した上で、丁寧に説明できるあたり、マロンが有能な宰相であることが見て取れる。
おそらく、コロナリカが女王になってからマロンも苦労しているのだろう。
なんて思っていると、マロンの早口の説明に気圧された様子のコロナリカが再び口を開く。
「わ、分かったわよ~。
まさか、お母様が連合会議でも懸賞金を出していたなんて知らなかったわ~……。
死ぬ前に余計なことしてくれちゃって~……」
と、納得しつつも、今度は死んだ母親の悪口を言い出す始末。
どうやら、この女王は相当性格が歪んでいるようだ。
そんな女王を差し置いて、マロンがこちらを見て口を開いた。
「バリーさん。
そういうことでよろしいかな?」
「ああ。
こちらとしては、千里鏡さえ使わせてもらえれば何でもいいよ」
マロンに話しかけられたからか、先程までのかしこまった口調からいつもの口調に戻っているバリー寮長。
そして、バリー寮長はこちらに振り向く。
「エレイン、あんたはそれでいいかい?」
「え、ええ……」
バリー寮長に凄まれて、相槌を打つように首を縦に降る。
その様子を見て、マロンも頷いた。
「それでは!
我々ベネセクト王国は、長年苦しめられてきた大盗賊団『灰鼠』を倒したこの者たちを称えるとともに、その報酬としてイスナール金貨一万枚の代わりにイスナール様の神器である『千里鏡』を一度使用する権利を贈呈することに決定致します!」
こうして、マロンの宣言を皮切りに女王コロナリカとの謁見は終了した。
コロナリカは少々不満気ではあったが、何も言えない様子。
どうやら俺達は無事に千里鏡を使わせていただけるらしい。
コロナリカを説得してくれたマロンには感謝しかない。
ーーー
謁見の間を出ると、メイドさん達から武器を返された。
そして、武器や荷物を返されている最中の俺達の元にマロンがやってきた。
「謁見、お疲れさまでした」
そう言って、俺たちに向かってペコリと頭を下げるマロン。
すると、大きなリュックを背負い直したバリー寮長が口を開く。
「いや、あんたのおかげでどうにかなったんだ。
こちらこそ礼を言うよ。
あの我儘女王を諌めるなんてやるじゃないか」
「いえいえ。
偶々、そちらのエレインさんが、長年苦しめられてきた宿敵『灰鼠』を倒してくれていたので、交渉が簡単にいっただけです。
普段のコロナリカ様でしたら、あんなに簡単に折れてはくれませんよ……」
そう苦笑いを浮かべながら言うマロン。
それを聞いてバリー寮長はこちらを向く。
「そういえば、エレイン。
あんた、あの『灰鼠』を倒したんだってねぇ。
小さいのに頑張ったじゃないか」
バリー寮長は珍しく笑みを浮かべながら俺を褒めてくれた。
「いえいえ、そんな。
俺の護衛が強かっただけですよ。
それに、今はその護衛も……」
ここで、俺はジュリアのことを思い出して気分が沈んでしまう。
早くジュリアのことを見つけなければ。
その思いで、すぐに紫闇刀を腰に差す俺を見てマロンが真剣な面持ちで口を開いた。
「ええ、できる限り私もあなたの護衛探しに協力したいと思っております。
それでは、千里鏡の場所にご案内しますので、ついてきてください」
こうして俺たちは、マロンに案内されるがままに千里鏡の元へと歩みを進めるのだった。
本日、新作「子連れスナイパー伝説~魔王を狙撃する者たち~」の連載をはじめました!
よければそちらも読んでいただけると嬉しいですm(__)m