第九十五話「いざべネセクト王国へ」
「昼頃に出発でいいかい?
すぐに行きたいところ悪いけど、べネセクト王国の女王陛下に会うなら、大学としても色々準備しなければならないからね。
そうだろ、サラ?」
「そうだねぇ。
一筆手紙を書くのと、金銭もいくらか準備しなければいけないわさ」
そう言いながら俺の方を見てくるバリー寮長とサラ。
まあ、俺としても第五寮の部屋に保管しているお金と宝石を交渉のために持って行きたいので準備が必要だ。
それに念のためにフェラリアに預けている紫闇刀を回収して装備しておきたい。
準備に多少時間がかかってしまうのは仕方がないだろう。
それに、べネセクト王国の女王陛下に会うのだ。
服装は大学の制服でいいとしても、多少身なりを整えておかなければな。
「分かりました。
それでは準備が出来次第、またここに来ます」
「あいよ、悪いね」
バリー寮長が返事をし終えたのを見計らって、後ろに控えるサシャとピグモンとドリアンに目で合図をして、俺は学長室を出た。
準備時間は昼まで。
それまでに、なんとしてもべネセクト王国の女王に申し出を断られないようにしっかりと準備をしなければ。
ジュリアを見つけなければという焦燥感で、俺は自然と足早になるのだった。
ーーー
「え!?
ジュリアちゃんが失踪したの!?」
研究室でそう叫んだのはフェラリアだった。
この後ある魔術の授業の準備をしていたらしいフェラリアは、俺の報告を聞いて驚いて持っていた杖を床に落としていた。
なぜフェラリアの研究室に来たかというと、預けていた魔剣を回収するためだ。
ちなみにピグモンには、第五寮の俺の部屋に置いてあるイスナール金貨と宝石を取りに行ってもらっているため、研究室に来たのは俺とサシャとドリアンだけである。
「そうなんです。
それで、べネセクト王国に行ってジュリアを探す神器を使わせていただけるようお願いしに行くことになったので、一応魔剣も持って行っておこうと思いまして」
俺がそう説明すると、フェラリアは合点がいった様子。
「なるほど。
べネセクト王国の千里鏡を借りようってわけね。
確かに、あの神器を使えばジュリアちゃんの居場所はすぐに分かると思うけど。
でも、以前大学側が借りようとしたときは、滅茶苦茶な金額を要求されたって話だわ。
大丈夫かしら?」
と、心配そうに言うフェラリア。
もちろん、それはサラから聞いている。
「分かりません。
ただ、俺もそれなりにメリカ王国から金銭を持ってきていますし。
最悪、魔剣を交渉に使うのもありかと思っています」
これは本心だ。
シリウスから誕生日プレゼントでもらったメリカ王国に代々伝わる秘剣である紫闇刀は流石に渡したくないが、最悪、サシャの烈風刀であればサシャも使っているわけではないし、交渉材料として使ってもいいと思っている。
もちろん、九十九魔剣が価値が高く希少な物だというのは理解している。
だが、それ以上にジュリアの方が大事であるし、サシャもジュリアのためなら烈風刀を渡してくれるだろう。
ジュリアはこの二ヶ月一緒に旅をしてきた、いわば仲間だ。
剣一本で仲間を助けられるなら安いものである。
それに、俺は大学でジャリーと別れるとき、ジャリーからジュリアのことを任せられた。
メリカ王国の王子として、ジャリーの約束を反故にするわけにはいかないだろう。
だが、フェラリアはそれに対してはやや苦い表情。
「九十九魔剣を交渉で使うのは出来ればやめてほしいわね……」
まあ、フェラリアの気持ちも分かる。
フェラリアからしたら研究対象である魔剣が一本減るのは他人事ではないのだろう。
俺だって出来れば魔剣を交渉に持ち込みたくはない。
「分かっています。
魔剣は最終手段です。
出来れば、俺が持っている金銭だけで解決したいところですね」
俺がそう言うと、ため息をつくフェラリア。
そして、フェラリアは研究室の隅の机の上に置いてあった魔剣を二刀持ってきた。
「まあ、ジュリアちゃんのためだわ。
最悪、魔剣を交渉に使うのは仕方ないけれど。
出来るだけ魔剣を取られないように努力して頂戴」
「ええ、もちろんです」
そう言って、俺はフェラリアから紫闇刀と烈風刀を受け取った。
烈風刀はサシャに渡し、俺も腰に紫闇刀を差す。
すると、何かを思い出したようにフェラリアが口を開いた。
「あ、そういえば。
初めて会った時、エレイン君達はあの大盗賊団『灰鼠』を壊滅させたとか言っていなかったかしら?」
「……?
ええ、そうですよ。
サシャの烈風刀も、その盗賊団を倒したお時に盗賊団の団長が持っていた物をそのまま貰った形で手に入れましたからね」
俺がそう言うと、フェラリアは嬉しそうに少し笑みを浮かべる。
「それだったら、べネセクト王家との交渉も簡単になるんじゃないかしら?
だって、『灰鼠』は王家も手が出せなくなるほど強い盗賊団で、懸賞金が一万ゴールドもかかっていたのよ?
そんな大盗賊団を倒したエレイン君だったら、べネセクト王家も一回くらい神器を使わせてくれるんじゃないかしら?」
「あ、確かに」
フェラリアの言葉に、俺は思わず納得してしまった。
確かに、キース率いる盗賊団を倒したのはべネセクト王国のスラム街でだった。
当時、そんなに有名な盗賊団とは思ってもおらず、ピグモンのためにどうにか倒したという形だったが。
べネセクト王国も手に焼く有名な盗賊団だったのであれば、盗賊団を俺の手で倒したことを伝えれば交渉の余地はあるかもしれない。
「じゃあ、交渉に『灰鼠』の名前を出してみます」
「ええ、そうするといいわ!
あの大盗賊団を倒したと言えば、かなり優遇されるはずよ」
俺がフェラリアの言葉に頷く。
すると、フェラリアは言葉を続ける。
「そういえば、べネセクト王国までどうやって行くのかしら?
馬車だとかなり時間がかかっちゃうわよ?」
「転移鍵を使わせていただけるみたいです」
俺がフェラリアの質問にそう答えると、フェラリアは驚くように目を見開いた。
「転移鍵使用の許可が降りたの?
私もジェラルディア将軍も授業があるけど、誰が付き添いで行くのかしら?
まさか、あなたたちだけで行くと言って転移鍵の使用許可が降りるとは思えないのだけれど……」
どうやら、フェラリアも転移鍵を生徒だけでは使用出来ない決まりになっているのを知っているらしい。
「バリー寮長ですよ。
べネセクト王国で神器を使わせてもらおうという提案も、バリー寮長がしてくれたんです。
ただの寮母さんだと思っていたら、かなり博識なようで……」
俺の回答を聞いて、すぐに納得のいった表情に変わったフェラリア。
「ああ、バリーさんが付き添いなのね。
それなら、安心ね」
「安心?」
俺は、フェラリアの反応に疑問が湧いた。
正直、俺はなぜバリー寮長がサラに転移鍵を渡されたのか、いまだに謎だと思っている。
だって、バリー寮長はただの寮母さんであり、フェラリアやジェラルディアのように大学の教授で何かの専門家というわけでもないだろう。
すると、フェラリアはニコリと笑って口を開く。
「ええ、バリーさんがついて行くなら安心よ。
だって、あの人は元S級冒険者ですもの。
サラ大学長と昔パーティーを組んでいて、ポルデクク大陸では相当有名だったのよ?
確か、『黒龍の友』という名前のパーティーを組んでいたらしいけれど、相当前にもう解散しちゃったらしいわ」
と、説明してくれるフェラリア。
俺は、その説明に開いた口が塞がらなかった。
バリー寮長が元S級冒険者というのは驚きである。
S級冒険者といえば、ギルドからの依頼だけでなく国からの依頼をもこなし世界を飛び回る、いわばプロ中のプロである。
なぜ、そんな人が大学で寮母をやっているのか知らないが、元S級冒険者が付き添ってくれるのであれば確かに安心だろう。
「そ、そうだったんですね……。
じゃあ、何かあればバリー寮長に頼ろうと思います。
それでは、そろそろ時間なので行きますね」
最後にもらった情報に驚きながらも、俺はその場を立ち上がる。
そして、サシャとドリアンを引き連れて部屋を出ようとしたとき。
後ろからフェラリアが真剣な口調で声をかけてくる。
「エレイン君。
私の方でもジュリアちゃんを探しておくわ。
もし、べネセクト王国でジュリアちゃんの場所が分かったら、私にも知らせて頂戴。
何か助けられることがあるかもしれないから」
「ええ、分かりました。
協力感謝します」
俺は、胸の前で両手を結んで一つ礼をしてから、急ぐようにして部屋を出るのだった。
ーーー
第五寮の俺の部屋から金貨と宝石を持ってきたピグモンと合流し、俺達は本部棟のサラ大学長の部屋へと戻ってきた。
すると、部屋に立っていたバリー寮長がこちらに気づいた。
「おや、あんた達。
もう準備は出来たのかい?」
そう俺を見下ろしながら喋りかけてくるバリー寮長。
俺の身体よりも大きい、巨大なリュックを背に掛けている。
あの中に一体何がつまっているのだろうか。
「ええ、準備出来ました。
いつでもいけますよ」
俺がそう答えると、今度は奥の椅子に座るサラが口を開いた。
「エレイン。
コロナリカには気を付けるんだよ。
あんたがメリカ王国の王子であることは言わない方が良いだろう。
コロナリカは、バビロン大陸を嫌っているからねえ。
ダマヒヒト王国のクレセアと一緒だとは思わないことだわさ」
そう忠告するサラの顔はいつにも増して表情が固い。
それほど、厄介な相手だということだろう。
「分かりました。
気を付けましょう」
そう返すと、サラは大きく頷いた。
そして、机の上から一枚の羊皮紙を取り出す。
「それと、コロナリカに手紙を一枚書いておいたわさ。
コロナリカに会えたら、渡しておくんだねぇ」
俺はそれをサラから受け取る。
手紙には、大学の生徒であるジュリアが失踪した件。
それから、イスナール神器である千里鏡を一度使わせてほしい件について書かれている。
この手紙にどれほどの力があるかは分からないが、少なくとも俺達がイスナール国際軍事大学の生徒であることは証明できるだろうから、ありがたく受け取っておく。
「じゃあ行くよ」
バリー寮長はそう言うと、空中に持っていた転移鍵を差す。
「べネセクト城、正門前まで」
バリー寮長がそう呟きながら転移鍵をクルリと回すと、ガチャリと音が鳴る。
そして、空中の空間が切り裂かれ、大きな扉となって開く。
「うおお、なんだこれ!」
転移鍵を初めて見たドリアンは、後ろで興奮するように叫んでいた。
だが、ドリアンのことは気にしない様子で、バリー寮長はこちらを見る。
「ほら、順番に入りな」
俺は、そのバリー寮長の指示に頷く。
そして、空中に出来た大きな扉に向かって歩を進める。
こうして、俺はべネセクト王国へと転移した。
ーーー
扉を抜けると景色は全く変わっていた。
目の前に見えるのは、メリカ城の正門にも匹敵するレベルの大きな石造りの城門の前。
そして、その両端には門番と思われる鎧を纏う兵士が、俺のことを見て驚いている様子。
そんな驚く兵士を余所に、サシャ、ピグモン、ドリアン、バリー寮長が順番に空間の狭間から現れる。
「おー、本当に転移した。
すげーなー」
「二回目ですけど、やっぱりすごいですね……」
「あ!
ここは、べネセクト城の正門前ぶひ!」
と、ドリアン、サシャ、ピグモンがそれぞれ声を上げる。
それを見た城門前の兵士達がこちらを見て叫んだ。
「おい!
お前たち、何者だ!
どこから現れた!」
そう言って、兵士は持っていた槍をこちらに向ける。
まずい。
完全に不審者扱いされている。
転移していきなりまずいことになってしまった。
すると、俺達の前にバリー寮長が立った。
「私の名前は、バリー・ハリス!
イスナール国際軍事大学の者だ!
べネセクト王国のコロナリカ女王陛下に用があって来た!」
胸を張って大きな声をあげるバリー寮長。
屈強な門番の兵士よりも一回りも身体が大きいバリー寮長の大声は、凄まじい威圧感だ。
そして、その大声に門番の兵士も反応を示した。
「バリー……ハリス?
も、もしかして、あの伝説のパーティー『黒龍の友』のバリー・ハリスさんですか!?」
と、バリーを見て驚いたように視線を送る門番の兵士。
「ああ、そうだよ。
分かったら、城に伝えに行ってくれるかい?」
「わ、分かりました!」
バリーがそう言うと、門番の兵士は足早に正門から城の方へと走り、俺達のことを連絡しに行ってしまった。
どうやら、バリー寮長はフェラリアが言っていた通り、本当に有名人なようだ。
俺達は、その様子を見てポカンと口を開けながら呆然としてしまう。
「さて、少し待とうか」
バリー寮長はそう言って、その場に佇むのだった。