第九十一話「魔大陸事情」
「……参りました」
そう言って、俺は目の前の人物に対して頭を下げる。
すると、目の前の人物は二ヤリと口角を上げる。
「ぎゃははは!
まだまだだのう、エレイン!」
そう勝ち誇ったように笑うのは、俺の対面の玉座のような豪華な椅子に座るエクスバーンだった。
そして、俺とエクスバーンを挟む机の上には、白と黒の駒がいくつか置かれた駒台が一つ。
これは、魔大陸で流行っているボードゲームだという。
一対一で対戦する方式で、俺とエクスバーンが現在対局していたところだ。
ちなみに、既に三戦やって三連敗と全敗している。
「それにしても、良く出来たゲームですねぇ……」
俺は、エクスバーンに負けて悔しいという気持ちは一切無く、ただただこのゲームの精巧さに感服していた。
ゲームのルールは簡単。
縦横九マスの正方形の盤上で、白と黒の駒に分かれて相手の駒を取り合い、王の駒を取った方が勝ちというルールである。
面白いのは、五千年前のパラダイン戦争を模しているという点だ。
白い駒が人族側、黒い駒が魔族側でそれぞれ戦っているという設定らしい。
駒をよく見てみると、小さな人形のように作りこまれているのが分かる。
白側の王の駒は、スラッとした細身の女性が象られている。
これが、魔王パラダインを封印したといわれている、ポルデクク大陸の全ての人間から信仰されている五千年前の神イスナールということらしい。
そして、黒側の王の駒が、魔王パラダイン・ディマスタというわけだ。
パラダインの駒は、見た目はただの骸骨だった。
骸骨が鎧を羽織り、剣と杖を両手に持っている。
パラダイン戦争を模して、イスナールを王とする人族の軍とパラダインを王する魔族の軍とが戦う縮図がボードゲームになっているようだ。
そして、王の配下として、前一列に九人の一般兵の駒。
後列には四人の魔術師の駒と二人の騎兵の駒。
それから、王の隣には、王の側近と思われる強そうな魔術師と剣士の駒が一人ずつ配置されている。
それぞれ動き方に違いがある。
一般兵は前方に一マス進めて、移動先のマスに敵がいたら相手を倒せる。
魔術師は全方位に一マス進めるが、魔術を前方ニマスに撃つことが出来、魔術を放つ場合は移動出来ない。
騎兵は縦横に何マスでも進め、移動先のマスに敵がいたら相手を倒せる。
側近魔術師は、魔術師の進化系で、前方五マスに魔術を撃つことが出来る。
側近剣士は、縦横斜めに三マス分移動出来、移動先のマスに敵がいたら相手を倒せる。
そして、王は全方位のマスに一マスだけ移動出来、移動先のマスに敵がいたら相手を倒せる
というように、それぞれの駒の特性に合わせた動き方があって面白い。
そして、これらの動きを俺とエクスバーンで一ターンごとに交互に動かしあって、王を倒した方が勝ちというわけだ。
中々頭を使う良く出来たゲームである。
俺の後ろに立っていたサシャも、こういったゲームを初めて見るのか、興味深そうに盤上を眺めている。
ちなみに、ドリアンとアンナは来なかった。
二人ともエクスバーンを嫌厭しているのか、それとなく行くことを拒んでいたので、結局エクスバーンの部屋にはサシャと二人で来たのである。
俺とサシャが興味深く盤上を眺めていると、お盆を持ったラミノラがやって来た。
「珈琲のおかわりです。
ご自由にお飲みください」
ラミノラは機械のような単調な声でそう言って、黒い液体が入ったコップを俺とエクスバーンの側に一つずつ置き、もとあったカップを回収して部屋の隅の方へと行ってしまう。
この珈琲という飲み物。
生前の世界でも見たことがない飲み物で初めて飲んだのだが、中々面白い味わいである。
紅茶などとは違って、ただただ苦い。
最初はその苦さに戸惑ったが、飲んでいる内にどこか落ち着いてくる。
そんな味わいである。
どうやら、魔大陸でしか採れない豆を使っているようで。
後ろでサシャも飲みたそうにこちらをチラチラ見てくるので、後で原料を少し分けてもらえるか聞いておこう。
「おい、エレイン。
もう一戦するぞ。
駒を並べるのじゃ」
そう言いながら、エクスバーンはニマニマと笑いながら自分の黒い駒を並べ始める。
エクスバーンは俺に三連勝しているだけに、なんだか楽しそうである。
「先輩はお強いですね」
俺が褒めるようにそう言うと、駒を並べていたエクスバーンは嬉しそうにこちらを見上げた。
「そうじゃろう?
我は、王宮で三番目に『パラダインゲーム』が強いからのう」
と、鼻高々に胸を張って自慢するエクスバーン。
どうやら、このゲームの名前は『パラダインゲーム』というらしい。
「三番目?
先輩の上に二人も強い人がいるんですか?」
「そうじゃ。
父上とラミノラは、我よりも強いぞ」
俺は、これを聞いた瞬間チャンスだと思い、すぐさま質問をする。
「父上?
そういえば、先輩のお父様は魔王だと聞いていますが」
俺がそう質問を投げかけると、エクスバーンは二ヤリと笑う。
「我の父上は、あのパラダイン・ディマスタ様の側近としてパラダイン戦争にも参加した大魔術師メテオバーン・ヘルストライクじゃ!
この駒も父上を模して作られているんじゃぞ!」
そう言いながら、エクスバーンは黒い駒の王であるパラダインの隣にいる、側近魔術師の駒を取って自慢するように俺に見せる。
ローブを羽織り、杖を持った、小柄な男の駒。
確かに、エクスバーンに似て、二本の黒い角が頭から生えており、顔の造形もエクスバーンに似ている気がする。
この人が、エクスバーンの父親なのだろう。
それにしても、エクスバーンの父親がパラダイン戦争に参加していたというのは、物凄い話しである。
パラダイン戦争は、五千年も前に起きた戦争。
もはや、神話のような話である大昔の戦争に参加して、五千年たって今もなお生きながらえて魔王をやっているというのは、人族の俺からしたら想像も出来ない。
ジェラルディアといい、メテオバーンといい、何千年も生きているというのは、それだけで凄まじい。
その上、エクスバーンはまだ六歳。
推定五千歳を超えているというのに子供を作っているというのも、やはり人族の俺からすると想像を超えている。
父親との歳の差が五千歳以上あるというだけでも物凄い。
ともかく、目論み通りにエクスバーンを誘導できた。
元々、エクスバーンと会う目的は、魔王や魔大陸事情について教えてもらうこと。
これを起点にどんどん聞いて行こう。
俺は白い駒を並べながらも、軽く雑談するように質問を続ける。
「メテオバーン様ですか。
初めて名前を知りました。
どのようなお方なんですか?」
「ふむ、そうじゃのう……」
少し考える素振りをしてから、再びこちらを見て口を開くエクスバーン。
「とにかく、魔大陸で一番魔術に長けているのじゃ。
パラダイン様が封印されてから、魔王になったのが父上じゃ!」
そうドヤ顔してふんぞり返りながら説明してくれるエクスバーン。
少し考えてそれかい。
と、俺はがっくりするように肩を下ろす。
まあ、六歳の少年にちゃんとした説明を求める方が酷というものか。
だが、ここで折れるわけにはいかない。
白い駒を並べ終えると、俺は再び質問を続ける。
「それはすごいですね!
じゃあ、魔大陸はメテオバーン様がおひとりで統一されたということですか?」
「ううむ、それは違うのう」
エクスバーンは、俺が駒を並べ終えるのを見るや、一般兵の黒い駒を一マス前に動かしてからこちらを見る。
「今、魔大陸には二人の魔王がいるのじゃ」
「ほう」
今度こそ、知りたかった情報を手にすることが出来たと俺は確信した。
メリカ城で読んだ本のによると、確か魔王は五人いるという話だった。
しかし、その本はいつ書かれた本なのか分からず、最新の情報が得られないまま終わってしまった。
そのため、魔大陸の現在の統治状況はどうなっているのか気になっていたのだが、どうやら現在の魔王は二人らしい。
「俺が本で読んだ情報だと、魔王は五人いるという話でしたが……」
「父上から、昔はそういう時代もあったと聞いておるぞ。
じゃが、父上が他の魔王達を下したおかげで、今は父上と憎きブリタニアだけじゃのう」
俺とエクスバーンは互いに駒を動かし、盤上に集中しながらも、そんな会話を続ける。
「ブリタニア?」
俺がそう聞くと、エクスバーンは盤を見つめながら顔をしかめる。
「ブリタニアはもう一人の魔王じゃ。
吸血鬼じゃから、吸血王などとも呼ばれておるがのう。
父上は魔大陸の南、ブリタニアは魔大陸の北を支配しておって、今も戦争中じゃ」
そう説明しながらも、駒をいつもより強く置くエクスバーン。
相当、ブリタニアのことが嫌いなのが伝わってくる。
ブリタニアは吸血鬼だという説明を受けて、ドバーギンで戦ったフレディ・ベラトリアムのことを思い出す。
フレディ・ベラトリアム一人を倒すだけでも、俺とジャリーとジュリアとサシャとデリバの五人がかりでギリギリだった。
吸血王などと言われているブリタニアなる人物がどれほど強いのか、もはや想像もつかない。
それに、簡単に言うが今も戦争中というのは物凄い話だ。
それはつまり、五千年前に魔王パラダインが封印されてから今まで、魔大陸ではずっと戦争が続いていたということを意味するからだ。
そして、その五千年もの戦いの中で台頭し王となったメテオバーンとブリタニアは強者であることは間違いない。
五千年というあまりに長い年月に圧倒されながらも、俺はその重要な情報を脳内に焼き付ける。
そして、白い魔術師の駒を動かしてから、さらに質問を続ける。
「メテオバーン様と並んで残っているブリタニアという人も、やはり強いんですか?」
ダンッ!
俺が、そう質問をした瞬間。
エクスバーンは、持っている騎士の黒い駒を盤が揺れるほどの強さで置く。
「あやつは、卑怯者じゃ……」
顔をしかめながら憎々し気にそう言うエクスバーン。
「卑怯者?」
俺が駒を動かしながら、オウム返しのように聞くと。
エクスバーンはこちらを向いて、強い口調で説明し始めた。
「あやつらの一族には、吸血能力というのがある。
それが厄介なのじゃ。
あやつらに血を吸われるとあやつらの眷属になってしまうからのう。
我らの国の兵も、あやつらに血を吸われてたくさん失ったのじゃ」
俺はそれを聞いて、ようやくエクスバーンが先ほどからブリタニアという者に対して辟易している理由を理解した。
おそらく、多くの味方をブリタニアの眷属にさせられてしまったのだろう。
俺も吸血鬼との戦闘経験があるだけに、その怖さは理解しているつもりだ。
一瞬でも隙をつかれれば、相手の駒になってしまうというのは恐ろしいものである。
すると、エクスバーンはやや震えた声で言葉を続ける。
「五人じゃぞ……。
あやつらは、五人しかいないんじゃ……」
「五人?
何がですか?」
俺がそう聞くと、エクスバーンはメテオバーンを象った黒い駒を動かしたのち、睨むように俺の方を見上げる。
「兵の数じゃ!
父上は、五人の吸血鬼と戦っているのじゃ!」
苦々しい表情で、吐き捨てるようにそう叫ぶエクスバーン。
俺は最初、エクスバーンが何を言っているのか分からなかった。
だが、言っていることの意味を理解したときには、衝撃が走った。
「まさか……!」
俺が勘づいたようにそう言うと。
エクスバーンは駒を動かしてから頷く。
「あやつらは、眷属を増やして我らの万を超える兵力に対抗してきたのじゃ……!」
とんでもない話である。
つまり、魔大陸北部には、自我がある兵士はブリタニア含めて五人だけ。
それ以外は、全員吸血行為で作った眷属ということか。
それも一人や二人ではなく、万を超える数だという。
五千年経った間に、魔大陸がそんなことになっていたとは。
おそらく、魔大陸北部はブリタニアの眷属で溢れているということだろう。
眷族達の凶暴性を俺は知っている。
自我がないだけに、捨て身の攻撃までしてくる眷属達は、敵に回せば厄介なことこの上ない。
魔王メテオバーンがどれだけ強いのかは想像も出来ないが、苦戦していることは間違いないだろう。
「万を超える兵士というのは、具体的に何人ほどいるんで…………」
俺が、さらに質問をしようとしたとき。
「終わりじゃ」
エクスバーンは、メテオバーンを象った黒い駒を指さしながらそう言った。
どうやら、いつの間にかメテオバーンの駒が詰み筋にいたらしい。
俺の白いイスナールの駒に丁度魔術が当たる位置にいる。
「あ、参りました……」
俺がそう言って頭を下げると、少し元気無さそうにエクスバーンは口を開く。
「今日のエレインは質問ばかりじゃのう。
我は少し疲れてしまったぞ。
今日はもう寝るから、また明日来い。
明日は、お主の国の話を聞かせるでのう……ふあぁ」
それだけ言って、エクスバーンは大きく欠伸をした。
どうやら、エクスバーンはもうおねむの時間らしい。
元々フェラリアの研究室に行ってから来たので、時間は遅かった。
もう夜真っ只中だし、お子様のエクスバーンには限界なのだろう。
玉座の上でそのままスヤリと寝てしまったエクスバーンに素早く毛布を掛けるラミノラ。
それを見て、俺も今日はここまでだなと察した。
「サシャ、行こうか」
「はい、エレイン様」
俺は立ち上がると、エクスバーンとラミノラに一つお辞儀をしてから、エクスバーンの部屋を出た。
忙しくて更新が少し遅れました。すみません(;_;)




