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転生王子の情報戦略  作者: エモアフロ
第三章 少年期 入学編
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第八十九話「魔法陣分析」

「今日は、召喚用の魔法陣を描いていきたいと思います~!」


 拡声(エアスピーカー)の魔術で大きくなったフェラリアの声が、階段状の丁度真ん中あたりに陣取っていた俺達の席の元までしっかり届く。

 どうやら、今日の魔法陣分析の授業は、召喚用の魔法陣について学ぶらしい。

 壇上にいるフェラリアは、俺達に背を向けて、壁に貼られた二メートル四方くらいの大きな羊皮紙に、魔法陣を描き始めた。


 これが、通常の魔法陣分析の授業風景である。

 毎回、フェラリアが壇上で何かの魔法陣を描き、それを実演として発動してみせる。

 それが終わると、魔法陣に描かれた印と呼ばれる記号について解説をしてくれるのである。


 俺が初めて魔法陣分析の授業に訪れた日は、メイビスが研究発表と言って簡易型転移魔法陣を披露していた。

 実は、あれはかなり特殊な事例らしい。


 魔法陣分析の授業では、生徒が開発した新たな魔法陣を随時募集しているという。

 だが、そもそも魔法陣というのはかなり難解で、それぞれの記号の形や意味を覚えるのすら難しい。

 その上、魔術の数だけ魔法陣の描き方があるため、多くの生徒達はその無限にある魔法陣の描き方のバリエーションを覚えるだけでも大変のようで、新しい魔法陣を開発するどころではないらしい。


 そのため、今では新しい魔法陣を発表するのはメイビスくらい。

 メイビスが来る日はメイビスの新魔法陣の発表会になっているとアンナは言っていた。

 その偶にあるメイビスの発表会に、偶然、俺の初出席が重なっただけで、いつもはフェラリアが主体となって授業をしているようだ。

 階段状になっている生徒の席を見回してもメイビスが居ないのを見るに、今頃メイビスは第一寮で研究をしているのだろう。


 現在、俺含めた生徒達は、フェラリアが魔法陣を描いているのを見ているだけ。

 フェラリアは壁に貼った大きな羊皮紙に、腕くらいありそうな大きな筆で、せっせと魔法陣を描いている。

 その最中、床に置いてある大きな器に光る液体が入っていて、筆を何度も付け直していた。

 

 メイビスは、吸魔石に魔力を吸わせ、砕いて水と混ぜることで魔法陣を描くインクが出来上がると言っていた。

 おそらく、あれがメイビスが言っていた吸魔石が入った液体なのだろう。


 ところで、フェラリアは吸魔石の入手に困ってはいないのだろうか?

 あのメイビスが吸魔石の入手に困っているのであれば、フェラリアも困っていそうではあるが。


 なんて思いながら、フェラリアが描く魔法陣を眺めていると。

 隣でアンナが口を開いた。


「サシャ。

 あの魔法陣、何を召喚するか分かりましたか?」

「うーん……。

 何かの獣を指定しているみたいだけど。

 何個か見たことない印があって、私には分からないかなぁ。

 アンナは分かった?」

「私も何の獣かまでは分かりません。

 ただ、ポルデクク大陸内から召喚するという場所指定の印があるので、ポルデクク大陸内に生息するモンスターでしょうね。

 それに、おそらくあの吸魔液の光具合だと、あまり魔力が入っていないように見えるので、Dランクくらいの低級モンスターだとは思いますが……」


 そんなサシャとアンナの会話が隣で繰り広げられていた。

 俺は、その二人の会話を聞いて感心していた。


 正直、俺にはあの魔法陣を見て、あの魔法陣が何の魔法陣かなんて一切分からない。

 魔法陣の知識が全く無いから当然なのだが、どうやらアンナとサシャは印についてある程度理解があるらしい。

 大学三年目のアンナはまだいいとしても、先週大学に通い始めたばかりのサシャが印について理解あるのには驚きだ。

 流石、ルイシャの娘である。


「はい、描けました~!

 それでは、召喚するので、皆さんこちらを見てくださいね~!」


 俺がサシャに感心している間にフェラリアは魔法陣を描き終えたらしく、そんなアナウンスがかかる。

 アナウンスを聞いて壇上に注目すると、フェラリアは壁に貼られた巨大な羊皮紙に描かれた魔法陣の中心に手を置いていた。


「召喚!」


 そんなフェラリアの短い叫び声がホール内に鳴り響く。

 

 その瞬間。

 魔法陣から、フェラリアの三倍くらいある大きな獣が、フェラリアの手を魔法陣から押し出すようにして現れた。


「あっ、あれは!」


 それを見た瞬間、サシャがそんな声をあげた。

 俺も声には出さなかったものの、サシャと同じ気持ちであった。


「ブオオオオオオ!」


 聞いたことがある獣の鳴き声。

 あの獣は、べネセクト王国を出てすぐくらいのときに見た。

 そして、ジャリーが瞬殺したのも記憶に新しい。

 巨大猪(ジャイアントボア)だった。


 体長五メートルくらいはある巨大猪(ジャイアントボア)は、鼻息を荒げながらフェラリアの手を押し出すようにして魔法陣から出てきた。

 それと同時に、ホール内がざわめきだす。


 まあ、生徒達がざわつくのも当然だろう。

 巨大猪(ジャイアントボア)は、モンスターとしてのランクはDかCくらいでそこまで高くないとはいえ、凶暴であることには変わらない。

 ジャリーは瞬殺していたが、あの巨大猪(ジャイアントボア)の突進をまともにくらえば、何も装備していない普通の人間であれば重傷を負うだろう。

 一部では、あまりにも巨大なその見た目から、悲鳴を上げる生徒までいる。


「みんな落ち着いてね~!

 この子は、私が召喚したので暴れたりしないから安心して頂戴!

 その証拠に、今も大人しいでしょ?」


 と、ニコリと笑いながら言うフェラリア。


 確かに、フェラリアの言う通り、巨大猪(ジャイアントボア)はフェラリアの手に懐くように匂いを嗅いでいるだけで、全く暴れたりはしていない。

 これは、パンダのトラを召喚したときにも見たことがある。

 所謂、従属というやつなのだろう。


 これに関しては、前にトラを召喚したときサシャが少し説明してくれた。

 魔法陣に込められた魔力が切れない限り、モンスターは従属され続け、魔力が無くなるとモンスターも消えるのだとか。

 つまり、魔法陣を作るために使っている吸魔石にどれほど魔力が込められているかが、召喚において重要なのだろう。


 巨大猪(ジャイアントボア)が大人しいのを見るや、ホール内の生徒達も落ち着きを取り戻し、ざわつきが止む。


「それでは、魔法陣の解説をしていきますね~!

 まず、こちらの印を見てください~!」

 

 生徒達のざわつきが止むのを見るや、フェラリアの魔法陣解説が始まった。


 俺も、しっかり手元の羊皮紙にメモを取りながら、授業を受けるのだった。



ーーー



「それでは、今日の魔法陣分析の授業はおしまいにしたいと思います~!

 みなさん、お疲れ様でした!」


 そんなフェラリアの締めの言葉と共に、魔法陣分析の授業が終了する。

 このときには、俺はぐったりと机の上に突っ伏していた。


 正直、魔法陣が思ったより難解すぎる。


 印の一つ一つに意味があるとは聞いていたが、その一つ一つが初見であるため、俺にとっては新しい言語を覚えるような感覚だった。

 それだけであれば良かったが、普通の言語と違い、印の組み合わせや配列の仕方によって組み合わせが多種多様に変わってきたり、印だけでなく魔法陣に描かれた円陣の模様によっても色々変わってくるようで。

 中々覚えることが多すぎてついていけないのが現状だ。


 隣では、サシャとアンナが魔法陣について話し合っていて、その隣でドリアンが机に突っ伏して寝ている。

 ドリアンは、授業が始まったときから寝ていた。

 ドリアンとしては、サシャと授業を受けるのが目的であって、こんな難解な魔法陣について理解を深めようとは思っていないのだろう。

 

 俺は、そんなドリアンに呆れながら、ナップサックにメモをした羊皮紙と羽ペンをしまって席を立ち上がると。


「エレイン君。

 ちょっといいかしら?」


 通路に出ようとしたところで、目の前にフェラリアが立っていた。

 先ほどまでの授業中の明るいテンションとは違い、ジロリと蔑むかのように腕を組みながら俺のことを見下ろしている。


「ええと。

 フェラリアさん、どうかしましたか……?」


 そう俺がフェラリアの様子を伺うように問い立てると。

 フェラリアは、グワッとすごい顔をして俺を睨む。


「どうしましたか……じゃないわよ、まったくもう!

 なんで、メイビス君の研究室には行って、私の所には一回も来てくれないのかしら?」


 そう言いながら、頬を膨らますフェラリア。


 なるほど。

 だから、フェラリアは機嫌が悪かったのか。

 と、やっと俺は理解した。


 言われてみれば、入学した当初から魔剣の研究をしたいから紫闇刀貸してね、というようなことは言われていた。

 それに、この前初めて魔法陣分析の授業に出て、俺が魔力が全く無いということを知った時に、メイビスだけでなくフェラリアからも研究室に来てと言われていた。

 完全に忘れていただけなのだが、無視するような形になってしまったのは申し訳ない。


「すみません、忘れていました」


 俺が、素直にそう謝ると、フンッと機嫌悪そうに鼻を鳴らすフェラリア。


「私の誘いをすっぽかすなんて、やってくれるわねまったくもう!

 でも、もう逃がさないんだから!

 エレイン君には、今から私の研究室に来てもらいます!」


 そう言って、俺の手を引っ張るフェラリア。

 だが、俺は引っ張られそうになるところを、足を踏ん張ってその場に留まる。


「待ってください。

 俺は、この後エクスバーン先輩の部屋に行かなくちゃいけなくて……」


 そう。

 俺にはこの後、子分としてエクスバーンの部屋に行くという任務があるのだ。

 エクスバーンの信用を損なわないためにも、この後に他の予定を入れるのは避けたいところ。


 しかし、フェラリアは俺のその言葉を聞いて、余計に険しい表情になった。


「エクスバーン君?

 私、あの子生意気だから嫌いなのよね」


 と、素っ気ない口調で言うフェラリア。


 まあ、確かにエクスバーンが生意気なのは本当だし、あまり好かれる性格をしていないようには思う。

 だが、ここまで素直な気持ちをズバッと言うとは思わなかったので、不意をつかれたように俺が唖然としていると。

 フェラリアは、言葉を続けた。


「じゃあ、エクスバーン君には私から言っておくからさ。

 今日は、私の研究室に来てちょうだい?

 ね?」


 そう言って、俺に向けてウインクをするフェラリア。


 いや、本当に大丈夫だろうか。

 昨日、毎日エクスバーンの部屋に行くと宣言した手前、初日からサボったらエクスバーンは怒りそうなものだが。

 フェラリアの言葉で、エクスバーンが果たして収まるのだろうか。


 俺は、少し考えた後。

 まあ最悪、フェラリアの研究室でちゃっちゃと用事を済まして、第一寮へ向かえばいいか。

 という結論をだし、俺は口を開いた。


「分かりました。

 フェラリアさんの研究室に行きましょう」


 俺は諦めたようにそう言って、一先ずフェラリアの研究室へ足を運ぶことにした。



ーーー



「さあ、くつろいでちょうだい!」


 俺達は、フェラリアの研究室に連れてこられると、フェラリアが開口一番にそう言った。


 フェラリアの研究室は、大学の西にある第一魔術訓練棟や第二魔術訓練棟に併設するようにしてあった。

 他の訓練棟と変わらないほどの大きさの建物で、建物丸々一つが研究室となっていた。

 大学の教授なだけあり、流石の豪華仕様である。


 研究室の中はメイビスの研究室と同様に紙やら本やら魔術器具で溢れていたが、メイビスの研究室と違って、とても綺麗に整えられていた。

 フェラリアの家も物で溢れてはいたが綺麗に整えられていたし、フェラリアは割とこまめに掃除をする綺麗好きなタイプなのだろう。


 俺とサシャとアンナとドリアン、がそれぞれ研究室の真ん中にあった丸机を囲むように座ると。

 フェラリアが紅茶を全員分出してくれた。


「あ、これはチャンパーですね!」


 出してくれた紅茶を見て、サシャがすぐに反応した。


「ああそうそう。

 (うち)に来たときも出したんだったっけ。

 前にあげた葉っぱは使ってくれているかしら?」

「もちろんです!

 毎日美味しく飲ませて貰っています!」

「本当?

 じゃあ、帰りに追加でまたチャンパーの葉っぱをあげるわね」

「いいんですか!?

 ありがとうございます!」


 サシャとフェラリアの間で、そんな紅茶トークが繰り広げられる。

 最近毎日飲んでいるが、飽きることなく飲めるこのチャンパーとかいう紅茶を飲んでいると。

 ふと、フェラリアがこちらを向いて、パンと胸の前で手を鳴らす。


「さて!

 じゃあ私の研究に付き合ってもらおうかしら?」


 そう言いながら、俺の方を見てフェラリアはニコリと笑うのだった。


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