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転生王子の情報戦略  作者: エモアフロ
第三章 少年期 入学編
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第八十七話「エクスバーン先輩」

「エクスバーン様のお部屋へご案内いたします」


 俺とサシャとアンナが大浴場を出ると、大浴場の入口のところにラミノラが立っていて、感情の見えない単調な声で俺達にそう言った。


「ああ、分かった」


 俺は返事をしたものの、正直、展開が急すぎてついていけていない。


 そもそも、エクスバーンがあんな小さな少年だとは思っていなかった。

 第一階級だと聞いていたから、それなりの年齢なのだろうと想像していたら、まさか俺と変わらないくらいの年齢だったとは。

 サシャみたいに、寿命が長いせいで成長が遅いタイプの可能性も一瞬考えたが、エクスバーンは魔族なのでそれはない。

 

 魔族は基本的に寿命は長いが、人族と体の成長スピードは変わらない。

 成人するとそこから体が成長することはなく、寿命が尽きるまで老化しないのが魔族の身体的特徴である。


 つまり、エクスバーンは俺と変わらない年齢である可能性が高い。

 それであれだけの魔術を使えるのだから驚きものだ。


「では、ついてきてください」


 俺が風呂場での一件のことを思い出していると、ラミノラがポツリとそれだけ言ってツカツカと前を歩き始めた。

 俺達はやや戸惑いながらも、ラミノラについて行くのだった。


 歩いている最中、ラミノラの方を見上げると、大きな胸でパツパツになっている青い制服が目に入る。

 その大きな胸にやや目を奪われるながらも、左胸のあたりに目を向けると紫色に輝いている記章が見えて、俺はやはりなと思った。


 シュカの攻撃を一本のダガーで全て防いでいた光景はいまだに忘れられない。

 あのときのシュカは、両手に持ったクナイで光速剣を放っていた。

 あの攻撃を防ぎ切ったということは、少なくとも俺やジュリアよりも上位の剣士であり、相当な腕があることが分かる。

 第二階級の記章をつけているのも納得だろう。


 ちなみに、シュカはあのあとすぐに姿を消した。

 おそらく、今もどこかで俺達を見張っていると思う。

 シュカの姿を消す技は魔族のエクスバーンにはお見通しのようだったが、相変わらず姿を隠しているあたり、隠れるのが好きな奴である。


 そんなことを考えながらジロジロとラミノラの体を横から見上げていると、不意に右手に痛みが走った。


「エレイン様。

 女性の体をそんなにジロジロと見てはいけませんよ」


 ラミノラとは反対側にいたサシャが、そう言いながら俺の手を強く握る。

 反射的にサシャの顔を見上げると、サシャもラミノラの大きな胸をジトッと不機嫌そうに見つめていた。


 俺は、サシャもジロジロ見ているじゃないか、と口から出そうになったのを咄嗟に喉の奥に留める。

 たぶん、サシャはラミノラの大きな胸に嫉妬しているのだろう。

 まな板胸でも、サシャにはサシャの魅力があるからいいじゃないか。

 と、俺がなんとなく心の中でサシャのことをフォローしていると。


「こちらが、エクスバーン様のお部屋です」

 

 階段を降りたロビーのところでラミノラが立ち止まり、ロビーの端にある大きな扉の前に立ってそう言った。


 あれ、ここは?

 と思って、扉とロビーを挟んで反対側にある壁を見ると、今日話をしたメイビスの部屋の扉がある。


 なるほど。

 どうやら、メイビスとエクスバーンの部屋は向かい合わせにあるらしい。

 ということは、第一寮の入口入って左側をメイビスが占領し、右側をエクスバーンが占領しているということか。

 まあ、二人しか第一寮に住んでいないから必然的にそうなるのだろうが、随分贅沢な使い方で羨ましい限りである。


 すると、ここまで何も喋っていなかったアンナが急に声をあげた。


「わ、私は外で待っていますね!

 まだお風呂に入っているドリアンさんに、エレインさんがエクスバーンさんの部屋にお呼ばれしたことも伝えなきゃならないですし!」


 と、やや顔を強張らせながら言うアンナ。

 それを聞いて、俺はすぐにアンナの気持ちを察した。


 アンナはエクスバーンの水龍(ウォータードラゴン)を見て、尻もちをついてプルプルと震えていた。

 それに、エクスバーンはメイビスの悪口を言っていたし、アンナからしたらエクスバーンは少年といえど相容れない存在なのだろう。

 エクスバーンの部屋に行きたくないという思いから、ドリアンの迎えを理由にやんわりと入室を拒否しているというところか。


「ああ、分かった」


 俺はアンナの気持ちを全て察した上で頷くと、アンナはピューッと来た道を戻るように二階の方へと去って行ってしまった。

 そろそろ風呂を上がるであろうドリアンを迎えに行ったのだろうが、急いでこの場を去ったのを見るに、それほどの恐怖をエクスバーンに植え付けられたのだと見受けられる。


 そんなアンナを後目に、ラミノラはエクスバーンの部屋の扉をノックした。


「エクスバーン様。

 エレイン・アレキサンダー氏を連れて参りました」

「うむ。

 入るのじゃ!」


 扉に向かってラミノラがそう言うと、中からそんなエクスバーンの声が聞こえた。

 その声に呼応するようにラミノラが扉を開ける。

 そして、俺とサシャはゆっくりと部屋に入るのだった。


 まず俺は部屋に一歩入って驚きで息を飲んだ。


 部屋の中は真っ黒だったのである。

 床と壁は黒一色。

 至る所に燭台(しょくだい)があり、(ろう)の炎で部屋の明かりが灯されている。


 まるで、生前見た魔王城のような不吉な見た目の部屋である。

 魔族の家の内装はどこもこんな感じなのだろうか。


 そう思いながらも部屋をキョロキョロと見回すと、中央にパーティーなどで使うような長い机が一つあることに気づいた。

 机の周りには椅子がたくさん並べられているが、誰も座っていない。

 だが、その最奥の上座の席には玉座にも似た大きな椅子があり、そこに人影が一つ。


 エクスバーンが座っていた。


「ああ、来たかエレイン!

 話の続きをするでのう!

 適当に座るのじゃ!」

「は、はい」


 俺はエクスバーンの指示通り、エクスバーンの座る席と長い机を挟んで対面に位置する下座の席に座った。

 そして、サシャもいつものように、俺の後ろに立つ。

 それに呼応するかのように、ラミノラもエクスバーンの後ろにいつの間にか立っていた。


「エレイン!

 お前、何歳じゃ!」


 俺が席に座るや否や、エクスバーンは大きな声で俺にそう質問した。


「五歳です」

「ほう、我の一つ下か。

 ふむふむ」


 俺が年齢を言うと、何やら嬉しそうにニヤリと笑いながらこちらをジロジロ見てくるエクスバーン。

 俺がエクスバーンの一つ下ということは、エクスバーンは六歳なのか。

 背丈が近いから歳も近いのだろうなとは思っていたが、やはり正解だった。


 そして、エクスバーンは質問を続ける。


「エレイン!

 お前、我のことを尊敬すると風呂場で言っていたな?」

「はい!

 俺は、あんなに凄い魔術が撃てるエクスバーン様のことを尊敬しています!」


 俺は出来るだけ声を張り上げてそう言ったが、完全に嘘だった。


 別にエクスバーンのことは尊敬などしていない。

 嫌いなメイビスの名前を出しただけで、いきなり殺傷性のある上位魔術をぶっぱなしてくる相手だ。

 魔術を詠唱無しで発動させたのは凄いとは思ったが、人格がまだ幼いエクスバーンを尊敬など出来るはずがない。

 実力はあっても性格に難があれば、その人を尊敬出来るはずもないのは自明の理である。


 だが、もし本当のことを言えば、また魔術が飛んでくるに決まっている。

 あんな魔術、紫闇刀を持ってしても、まともにくらえばタダでは済まない。

 それならば、嘘をついた方が得というものだ。


「ふむふむ、そうかそうか」


 先ほどから、エクスバーンは俺の答えを聞いて顔を二ヤケさせながらも、それを隠すように真面目な表情をしようと努めている。

 だが、全く隠せておらず終始ニヤニヤしていて気持ちが悪い。


 なぜ、こんなにニヤニヤしているのだろうか。

 そんなに、俺に褒められたのが嬉しかったのだろうか。


 エクスバーンの表情を見ながら彼が何を考えているのか考察をしていると、エクスバーンは急にその場を立ち上がった。

 そして、俺に向かって右手で指を差す。


「エレイン!

 特別に、お前を我の子分として認めてやる!」


 と、俺に自信満々に言うのだった。


 俺はそれを聞いた時、エクスバーンがニヤニヤと嬉しそうにしていた理由が分かった気がした。

 理由が分かったと思ったのは、おそらく俺とエクスバーンが似た境遇だからである。


 俺もエクスバーンも一国の王子。

 周りに仕えるのは、自分よりも身分の低い者達。

 そうなると、必然的に対等に話せる人間はいなくなる。


 基本的に、親以外からは敬語を使われるし、人と話すときも何か微妙な距離感を感じる。

 俺も三歳くらいのときはそれに悩んだものだ。

 対等に話せる人がいないと、孤独に感じるものなのだ。

 だからこそ、俺にとってこの世界で初めて出来た友達であるフェロの存在はとても大きかったし、フェロがいたからこそメリカ城では孤独を感じなかった。


 だが、エクスバーンにはそんな友達がいままでいなかったのだろう。

 誰も対等に話してくれる者がいない中、同じ王子という位を持ち、自分のことを尊敬してくれる、ほぼ同じくらいの年齢の俺という存在を見つけて、俺と仲良くなりたいと思ったのだろう。

 『友達』ではなく『子分』になれと命令するあたり、プライドの高いエクスバーンらしいが。


 とはいえ、これはチャンスだ。


 元々、俺はエクスバーンと交流を持ちたいと思っていた。

 なぜなら、エクスバーンは魔王の息子らしいからだ。

 魔王の息子であるならば、当然魔大陸事情や魔王事情に詳しいだろう。

 俺は、その情報が喉から手が出るほど欲しいのである。


 もしかしたら、俺を殺した魔王がこの世界でも魔王をしているかもしれない。

 もしくは、この世界に俺と同じように転生しているかもしれない。

 それを知るためにも、まずは魔王について詳しくなりたいのである。


 それならば、俺はエクスバーンと親交を深めるべきだろう。

 エクスバーンは無詠唱で上級魔術を発動させていたりと、魔術の才能も垣間見えた。

 『子分』という形態らしいが、形態はどうであれ仲良くしておいて損はない。


「ありがとうございます!

 エクスバーン様の子分になります!」


 俺は精一杯嬉しそうな声を作ってそう言うと。

 少しエクスバーンは嫌そうな顔をした。


「おい、エレイン。

 その『エクスバーン様』という呼び方も止めるのじゃ」

「え?

 じゃあ、なんとお呼びすれば?」

「そうだのう……うーん……。

 じゃあ、我のことは、『先輩』と呼べ!」

「わ、分かりました、エクスバーン先輩!」

「うむ!

 それでよい!」


 俺がそう呼ぶと、エクスバーンは満足そうに大きく頷いた。


 まあ、確かに年齢はエクスバーンの方が一個上だし、大学歴もエクスバーンの方が長いので『先輩』と呼ぶのは合っているが。

 『子分』と扱われるからには『親分』と呼べとか言われるのかと思っていたが、まさか『先輩』と呼ばされるとは。


 だが、気持ちは分かる。

 俺も、色んな人に『エレイン様』と呼ばれていたので、メリカ城にいた時期は、俺を呼び捨てに読んでくれるフェロが新鮮に思えた。

 エクスバーンもそんな気持ちなのだろう。


 すると、エクスバーンは俺の目を真っすぐに見た。


「エレイン!

 お前は今日から我の子分じゃ!

 これから毎日この部屋に来い!」

「ま、毎日ですか……」


 偶になら別にいいが、毎日この部屋に来なければならないとなると厄介だな。

 午前と午後の授業でヘトヘトなときにわざわざ北の第一寮まで来なければならないのか。

 俺もそんなに暇じゃないんだがな。


 なんて思っているのがバレたのか、急にエクスバーンは寂しそうな顔で俺を見る。


「もしや、嫌なのか?

 毎日浴場に入っていいし、美味い菓子も用意しておくぞ?

 魔大陸の面白いボードゲームもあるぞ?」


 俺が少し嫌そうにしたのを察したのか、なんとか俺を引き留めようと、そんな提案をするエクスバーン。

 そして、エクスバーンのその言葉を聞いて俺は思い出した。

 

 よく考えてみれば、第一寮には大浴場がある。

 エクスバーンに毎日会いにこなければならないというのは面倒だが、それをすることで毎日大浴場で風呂に浴びられると思えば、決して悪い話ではないかもしれない。


 それに、隣にはメイビスの部屋もあるし、メイビスの部屋に行けば魔法陣の勉強も出来るじゃないか。

 なんて、素晴らしい提案なんだ。


 そう思った俺は、先ほどとは表情を一変させて答える。


「嫌なわけないじゃないですか!

 俺は先輩の子分ですよ?

 当然、毎日来させていただきます!」

 

 そんな俺の表情を見て、エクスバーンは満足そうに頷いた。


「そうかそうか!

 それならよい!

 じゃあ、今日はもう遅いから帰るとよいぞ。

 また明日もここへ来るでのう……ふあぁ」


 エクスバーンはそう言いながら欠伸(あくび)をする。

 なんだか、目をこすっていて眠そうだ。


 そういえば、第一寮に来てからもうかなり時間がたっている。

 この部屋の窓はカーテンで隠されているようで、外がどうなっているか分からないが、今はおそらく夜だろう。

 子供のエクスバーンはもうおねむの時間というわけか。


「分かりました。

 じゃあ、俺はもう帰ります。

 それでは、先輩また明日」

「ああ、またのう。

 それから、シュカ。

 姿を隠しているのは構わないが、もし我に何かしようとすればお前を殺してやるからのう」


 と、最後に何もない端の方を見ながら物騒なことを言うエクスバーン。


 おそらく、あそこにシュカがいるのだろう。

 俺には全くシュカの気配は感じないが、魔族には分かるらしい。

 まあ、シュカがエクスバーンに何かをするということは無いだろうし、放っておこう。


 俺は席を立ち、胸の前に手を結んでお辞儀をしてから、サシャを連れて部屋を出る。

 そして、これから毎日風呂に入る権利を手にしたことに、ガッツポーズをするのだった。


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