第八十五話「吸魔石の在処」
「吸魔石は、世界中に点在する全ての迷宮で採集が可能です。
ただ、その採集ポイントが厄介なのですが……」
メイビスは苦い顔をしながら、そう説明をしてくれる。
なるほど。
つまり、特定の迷宮ではなく、どの迷宮でも採れる石ということか。
生前、俺は迷宮に何度も潜ったものだが、こんな魔術を吸い取るなんていう危険な石を見たことはない。
やはり、生前の世界とこの世界では、採集出来る鉱石なども変わってくるということだろうか?
「それで?
その厄介な採集ポイントというのは、どこですか?
迷宮最深部でしか採れないとか、そういうことですか?」
と、俺が答えを予測して聞いてみるも、メイビスは首を横に振った。
「違います。
ですが、場合によっては最深部より危険な場所です」
「最深部より危険な場所?」
そんな場所があっただろうか。
迷宮というのは、深くまで行けば行くほど出現するモンスターが強くなっていくものだ。
つまり、最深部以上に危険な場所など無いはずだが……。
そう俺が思考するのを余所に、メイビスは神妙な面持ちで口を開いた。
「罠部屋です」
俺は、この瞬間、鳥肌が立った。
それと同時に、嫌な記憶をたくさん思い出してしまった。
罠部屋というのは、迷宮を探索しようとする者を排除するような仕掛けが施されている部屋のことである。
生前、罠部屋には本当に苦労させられたものだ。
よくある罠部屋の例としては、大量のモンスターが待ち伏せしている空間である。
大抵、落とし穴や転移罠によって特定の空間に移動させられたりして、そこに大量のモンスターが待ち受けているというパターンがお決まりである。
確かに、罠部屋は場合によっては最深部よりも危険性が高い。
昔のオレも、よくこの罠に引っかかり絶望したものである。
俺は、過去の失敗を思い出して気持ちが暗くなるのをこらえながら、絞り出すようにメイビスに質問をする。
「罠部屋にしか、吸魔石はないんですか……?」
正直、罠部屋にしか吸魔石が無いというのであれば、この依頼は簡単には受けられない。
この世界の迷宮がどれほどの危険があるのかは知らないが、生前の世界と同程度であるならば、絶対的に今の五歳の俺の実力では採集不可能だろう。
すると、メイビスは淡々とした口調で再び説明を追加する。
「ええ。
しかも、ただの罠部屋ではなく、魔術封じの罠部屋にしかありません」
「なっ……!」
思わず、声を上げてしまった。
そして、俺はまた思い出したくもない記憶を思い出してしまった。
あの忌まわしき魔王城の記憶だ。
仲間を一人失いながらも、人類の希望となるべく、なんとか魔王のところまで到達しようと魔王城を進んでいたとき。
気づかぬ間に、罠部屋にかかってしまったときのことは今でも忘れられない。
あのとき、敵の強力な魔獣や魔人が大量に現れ始め、一気に敵の数を削ることが出来る範囲攻撃を必要としていた。
そして、仲間の魔術師に範囲攻撃の上位魔術を撃ってもらうべく、俺達は呪文を唱える時間をなんとか稼いだ。
だが、いざ魔術が発動されるというタイミングで、何も起きなかったのである。
あのときの絶望感はいまだに忘れられない。
あの後、敵が大量に押し寄せてきて、どうしようもなくなってしまい、魔王の元を目指すなら一点突破するしかなかった。
しかし、当然それは魔術の使えなくなった魔術師について来られるはずもなく、味方を一人置いて行く選択を迫られてしまったのである。
そして、魔術師の彼女は泣きながら、
「私のことは置いて、先を目指して!
どうか、この世界を救って!」
それだけ言い残して、魔獣や魔人を引き付けるようにして姿を消してしまったのである。
そして、俺とザリフとクリスティーナは、彼女の言いつけ通り魔王を倒すべく一点突破を試みた。
俺は、彼女の犠牲を無駄にしないためにも、なんとか魔王を倒そうと試みたが、結果として歯が立たなかった。
魔術封じの罠部屋という言葉を聞いただけで、そこまで鮮明に思い出してしまい、歯噛みする。
五年たっても絶対に忘れることの出来ない辛い記憶である。
すると、隣でドリアンが口を開いた。
「魔術封じの部屋か。
俺も、昔、ガラライカ姐さんの迷宮探索に同行させられたときに、かかってしまったことがあるな。
俺やガラライカ姐さんは、剣だけでもモンスターを圧倒出来たから良かったが、同行していた魔術師はかなり厳しそうだったな」
と、思い出すように言うドリアン。
その言葉に、メイビスが食いつくように反応する。
「そうなんですよ!
正直、僕はそれなりに魔術が使えるので迷宮に潜ることも出来るし、その経験もあるのですが。
いかんせん、吸魔石があるのが魔術封じの部屋なので、僕だけでは採集出来ず、もどかしいところなんですよね。
どうやら、魔術封じの部屋は、吸魔石が壁に大量に埋め込まれているようで、一つの吸魔石では大気中の微量の魔力しか吸えないところを、大量に埋め込むことで術者の魔術発動を阻害するほどの魔力吸収力になっているようでして。
冒険者ギルドの方にも依頼を出したりしているんですが、迷宮奥地の罠部屋でしか採集出来ないというのと、素手で触ったら魔力を吸われて気絶してしまう危険性から、中々受け付けてもらえないのが現状なんですよね……」
そう苦々しい顔で説明するメイビス。
どうやら、本当に吸魔石が足りなくて困っているようだ。
そして、俺はこの時初めて知った。
魔術封じの部屋の効果は、この吸魔石によるものだったということを。
魔術封じの部屋は前世の世界にもあったので、おそらく吸魔石も前世に存在していたということだろう。
つまり、あの憎き魔王が言っていた通り、俺には情報が足りていなかったのだ。
魔術封じの部屋が、この吸魔石によるものと知っていれば、前世の世界でも何か対応が出来たかもしれない。
俺が昔のことを思い出しながら歯噛みしていると、メイビスがこちらを真っすぐに見てきた。
「剣術の授業で初日に好成績を認められ、吸魔石を素手で触ることが出来るエレイン君でしたら適任だと思ったのですが、いかがでしょうか?」
そのメイビスの真剣な表情から、本気で俺に頼んでいることがひしひしと伝わってくる。
俺としても、これから親交を深めていきたいメイビスの頼みなら、是非承諾したいところではあるのだが、内容が内容だけに簡単に首を縦に振ることはできない。
「……少し考えさせてもらってもいいですか?」
俺がそう言うと、メイビスは少し残念そうな顔をしてから頷いた。
「分かりました。
ちなみに、もし吸魔石を取っていただけるようでしたら、私が持っている情報の提供は惜しみませんし、先日お見せした簡易型転移魔法陣を描いた羊皮紙も何枚かお渡ししましょう。
言っていただければ、製法もお教えします。
是非、ご検討ください」
そう言って、頭を下げるメイビス。
「え。
簡易型転移魔法陣の製法まで教えてもらってしまっていいんですか?」
簡易型転移魔法陣の製法は俺が喉から手が出るほど知りたい情報である。
それに、メイビスからしたらつい先日完成した発明品で、大事にしておきたい物だろう。
それを、簡単に俺なんかに教えてしまっていいのだろうか。
そう思った俺は疑問を口にすると、メイビスは深々と頷いた。
「魔法陣を研究している者にとって、それほど吸魔石が重要ということですよ。
吸魔石が無いと、そもそも魔法陣が描けませんからね……」
と、悔しそうに言うメイビス。
なるほど。
メイビスとしても、それほど吸魔石が必要ということか。
確かに、吸魔石が無いと魔法陣を描けないなら、魔法陣を研究しているメイビスにとっては吸魔石が手に入らないことは、相当辛いのだろう。
この羊皮紙と本で埋まった部屋を見るだけでも、メイビスが魔法陣を熱心に研究してきたことは伝わってくる。
メイビスの熱を閉ざさないためにも、やはり俺がどうにかして吸魔石を採集してくるべきか。
などと考えていると、隣にいたサシャがジトッと俺を何も言わずに見つめてくる。
その視線から、「絶対に迷宮なんかに行かせませんからね」という思いが言わずともヒシヒシと伝わってくる。
このあと、またサシャから何度もお叱りを受けるんだろうなと思って俺が一つため息をつくと。
先ほどまで苦い表情をしていたメイビスがパッと笑顔に変わり、パンと手を叩いた。
「エレイン君。
僕の話を聞いてくれてありがとうございました。
ひとまず、今日のところはここで終わりましょうか。
考えが決まったら、また僕のところに来てください。
それから、最初に言った通り、第一寮には大浴場がありますので、是非ゆっくり入って行ってください」
「ありがとうございます!!」
俺は、立ち上がって食い気味に返答をした。
久しぶりに大浴場に入られる。
そう考えるだけで、先ほどまでの暗い気持ちは一気に晴れた。
「じゃあ、アンナ。
いつものところに体を拭く布はあるので、皆さんを案内してあげてください」
「分かりました!」
メイビスがアンナにそう指示すると、アンナはすぐに立ち上がり俺達を誘導するように部屋の入口の方へと行って扉を開ける。
「二階に大浴場はあるので、皆さんついてきてください!」
アンナがそう言うので、俺とサシャとドリアンが立ち上がってアンナの方へと向かうと。
後ろからメイビスに呼び止められた。
「ああ、そうそうエレイン君。
多分、この時間は大丈夫だとは思いますが。
もし、大浴場に君位の年の子がいたら注意してくださいね」
「……?
ああ、分かった」
誰のことを言っているのだろうか。
良く分からなかったが、俺はとにかく大浴場に入りたかったので、適当に返事をしてすぐにアンナの方へと向かうのだった。
ーーー
「エレイン様が迷宮で危険な目に会ってしまったら、レイラ様やシリウス様にもう顔向けできなくなってしまいます!
絶対、迷宮なんて行かせませんからね!」
「ああ、分かってるよサシャ……」
サシャはお風呂の中で、俺を抱えながらくどくどと俺に説教でもするかのように捲し立ててくる。
俺がサシャのまな板胸に頭を乗せながら、説教を聞くのに耐えかねていると。
「サシャ。
そこらへんにしたらどうかな?
エレインさんも、もう分かっているでしょう?」
と、助け船を入れてくれるアンナ。
そして、アンナのこの一言のおかげでサシャの説教は収まったのだった。
救世主アンナである。
ちなみに、ドリアンは隣の男子用の大浴場に一人で浸かっている。
どうやら、この寮の大浴場は男子用と女子用に分けられているようで、本当は俺もドリアンと一緒に男子用の大浴場に行こうと思っていたのだが、サシャに捕まえられて女子用の大浴場に連れてこられてしまった。
俺がサシャに女子風呂に連れて行かれるのを見て、ドリアンが「ちっ、エレインめ。俺だってサシャさんと風呂に入りたいのに……」と小さく呟いていたのが聞こえた。
それを聞いた俺は、五歳児に嫉妬するなよ、と素直に思った。
サシャは俺を抱きながら風呂に入れるのをメイドの仕事とでも思っているのだろうか。
小さなころから一緒に風呂に入っているからもう慣れたものだが、一体サシャは俺が何歳になるまで一緒に風呂に入る気なのだろうか。
まだ五歳だから大丈夫かもしれないが、あともう少しすれば一緒に風呂に入る歳でも無くなってくるように思えるのだが。
なんて、久しぶりの風呂に暖まりながら、なんとなく考えていると。
入口の方から二つの声が聞こえた。
「ぎゃははははは!
久しぶりのお風呂じゃ~!」
「エクスバーン様!
走ったらいけませんよ!
転んでお怪我してしまったら、大変です!」
なんて声が聞こえてくる。
声が聞こえた方を振り返ると、小さな子がこちらに向かって走っているのが見える。
そして、その小さな子は思いっきりジャンプをしたのが見えた。
それと同時に、俺は防御をするように顔の前に腕を立てる。
バシャンッ!!
その小さな子が風呂の中に思いっきり飛び込んで、水しぶきが出来る。
「きゃあ!」
俺を抱えたサシャが、その水しぶきを見て短い悲鳴を上げると。
水中から、一人の少年が浮かび上がってきた。
そして、俺と目が合う。
「誰じゃお前は!」
その小さな少年は胸を張りながら、俺に向かってそう叫んだのだった。




