第八十三話「第一寮」
魔法陣分析の授業で初めて転移を体験してから三日が経ったが、俺はまだあの体験を忘れられずにいた。
あれから三日間、あの簡易型転移魔法陣という魔法陣について考えていたが、考えれば考えるほど、あの魔法陣が物凄い物だと気づき始めたのだった。
メイビスは、あの簡易型転移魔法陣を大量生産出来るような魔法陣と称していた。
実際にあの簡易型転移魔法陣をどの程度の期間で作ることが出来て、どの程度の距離を移動できるのかは知らないが。
もし、大量生産出来るほど短い期間でいくつも作ることが出来て、この世界のどこへでも移動することが可能なのだとしたら、それはとんでもない話である。
もし一瞬で世界のどこへでも行けるならば、あの簡易型転移魔法陣には様々な使い方がある。
今までは、大陸を移動するために船や馬車といった物を使用して何カ月もかけて移動していたところを、あの魔法陣があれば一瞬で移動することが出来てしまう。
それだけでも革命的だ。
それに、あれを軍事利用することも可能だ。
例えば、諜報活動をするために敵国に潜りこむ際に使用することも出来るし、脱出する際にも使用することが出来る。
なんなら、誰か一人が着地用の魔法陣の羊皮紙を大量に持って敵地に突っ込めば、敵地に奇襲をかけることも容易だ。
転移するのに魔力が要らないというのも物凄い。
誰でも使えるため、より軍事利用に最適である。
これからあの簡易型転移魔法陣が広まっていけば、戦争のやり方が変わるし、どの国もあの魔法陣を欲しがるのではないだろうか。
それほどの物凄い魔法陣だと、この三日間考えた末、結論付けた。
それならば、やるべきことはまずメイビスとの仲を深めることである。
そして、メイビスに簡易型転移魔法陣について詳しく聞いて、どうにかしてあの魔法陣の利権を獲得するべきだ。
俺はそう考えて、あの授業が終わったあと、すぐにアンナに連絡してもらった。
そして、メイビス側から返答があり、今日の午後にメイビスの研究室で会う約束を取りつけたのである。
午前中、剣術の授業を受け終えた俺は、いつものようにイスナール語入門の授業を受けに行くピグモンとジュリアを見送り、本部棟の一階で魔術の授業を受けに行ったサシャを待っていた。
すると、入口の方から聞き慣れた声が聞こえた。
「エレイン様~!
お待たせいたしました~~!!」
俺が入口の方を見ると、青い制服姿で腰に烈風刀を差したサシャがこちらに手を振って走り寄ってくる。
今までメイド服を着ていたので、サシャが制服を着始めたときは違和感があったが、そろそろサシャの制服姿にも見慣れてきた。
そして、その後ろには、トンガリ帽子を被ったアンナと右腕がない巨体男ドリアンが連れられて歩いてきた。
「お疲れ、サシャ、アンナ、ドリアン。
今日の魔術の授業はどうだった?」
「今日は、アンナに補助魔法を少し教えてもらえて、とても良かったです~!」
「いや、本当にサシャさんはすごいです!
すぐに新しい魔術を覚えていて、俺感動しましたよ!」
「もう、ドリアンさんは褒めすぎですよ~!」
と、いつものサシャとドリアンのやり取りが始まる。
ドリアンがサシャを褒めてはサシャが照れるやり取りも、もう見慣れた光景だ。
いつもと違う点といえば、
「ドリアンさんもすごかったですよ!
氷魔術をあそこまで上手く使えるなんてビックリしました!
まるでフェラリア教授みたいでしたよ!
流石、好成績を修めているだけはありますね!」
と、アンナがドリアンに話しかけている点である。
前はドリアンから距離をとっていたアンナだったが、どうやら三日経ってドリアンと打ち解けたらしい。
まあ、こんな巨体で大剣まで背負っている男が近くにいたら、最初は怖がるというものだろう。
むしろ、よく三日という短い期間で打ち解けたなと感心しているところである。
ドリアンはサシャと出会ってから相当丸くなった。
あれだけ人相や口が悪かったドリアンも、今では俺やサシャには敬語しか使わないし、基本的に敵対心をあまり見せなくなった。
本心ではどう思っているのか知らないが、サシャに惚れているのは本心のようだし、このまま上手く利用させてもらおう。
ガラライカとのパイプ役にもなるしな。
そう思いながらドリアンの方を見ると、
「おう!
ありがとな、アンナ!」
と、アンナに礼を言っていた。
もはや爽やかさすら感じるドリアンの笑顔を見て、俺と戦った時のドリアンはどこへ行ったのやらと思いつつも、その思いは一旦置いておいて話題を変える。
「それで、アンナ。
メイビスと会うのは今日だったよな?」
「はい!
この後、昼食を食べ終えたら、エレインさんをメイビス様の研究室へ案内しようと思いますが。
サシャとドリアンさんは来ますか……?」
と言って二人の顔を見回すアンナ。
「エレイン様が行くなら、私ももちろん行きます!」
「俺も、サシャさんが行くならついて行きます!」
と二人が元気良く返事したことで、二人ともついてくることになったのだった。
どうにかドリアンには、サシャに注ぐ忠誠を俺にも分けてほしいところだな。
と、二人の返事を聞いて苦笑いしながらも俺は頷く。
「じゃあ、四人で行こうか」
こうして、俺達は四人で昼食を食べた後、メイビスの研究室へと向かうのだった。
ーーー
「着きました!」
大学の敷地内を北に向かってしばらく歩いていると、先頭を歩くアンナがそう声を張り上げながらこちらを振り返るので、俺も前方を見る。
そこには、大学の建物とは思えない、どこぞの大貴族でも住んでいるのだろうかとも思わせる、三階建ての大きなお屋敷があった。
こんなところに、こんな大きな屋敷があったのか。
もはや敷地面積でいえば本部棟よりも大きいのではないだろうかとも思えるこの屋敷を見て、息をのんでいると。
「第一寮か。
久しぶりに見たが、やはりでかいな」
なんて、後ろにいたドリアンが呟く。
俺は、それを聞いて、反射的に首を傾げる。
「第一寮?
俺達は、メイビスの研究室を目指してたんじゃないのか?」
と、俺は素直な疑問をアンナに向けて吐いた。
第一寮といえば、第一階級の生徒が住む寮である。
初めて見たので圧巻ではあるのだが、俺達が目指していたのはメイビスの研究室だったはずだ。
もしかして、研究室に行く前に寮にいるメイビスを迎えに来たのだろうか。
などと考えていると、アンナが俺の方を見て頷いた。
「そうですよ。
ここは第一寮で、第一寮の中にあるメイビス様の部屋がメイビス様の研究室なんです」
そういうことか。
寮で借りている部屋を研究室として使っているということか。
贅沢な使い方だな。
俺が寝泊りしている第五寮では、一部屋が人一人寝たら埋まってしまうほどの狭さであるため物置程度にしかならないが、第一寮は借りた部屋を研究室に出来るほど部屋も広いということか。
そういえば、シュカが現在第一寮に住んでいるのはメイビスとエクスバーンだけだと言っていた。
こんなに大きな屋敷を二人で使っているとは、羨ましい限りである。
そんなことを考えながら、俺は屋敷へと歩むアンナについていく。
すると、丁度屋敷から誰かが出てきた。
「なんだい、あんた達。
訪問かい?」
その屋敷から出てきた人から、そう声がかかる。
かなりの大柄な人だなと思って見上げると、見覚えがあるおばさんの顔。
「バリー寮長じゃないですか」
俺が反射的にそう呟くと、バリー寮長は俺の方を見た。
「ああ、あんたはこの前第五寮に入寮した、確か……エレインだったね。
せっかく第四階級になったのに第五寮に泊まり続けたいなんて言い出した変わり者はあんたくらいだったから、よく覚えてるわ」
と、俺を見下ろしながら言うバリー寮長。
すると、前方のアンナが口を開く。
「バリー寮長。
メイビス様の研究室に訪問に来ました」
「ああ、あんたはメイビスのところのアンナだね。
メイビスから訪問があることは聞いてるよ。
あんた達の訪問を許可しよう。
くれぐれも、寮を汚さないことだね」
それだけ言って、バリー寮長はどこかへと去って行ってしまった。
俺は、すかさずアンナに聞く。
「なんでバリー寮長がここにいたんだ?
バリー寮長は第五寮の寮長だろ?
訪問許可するとか言ってたけど……」
と俺が言うと、アンナは笑いながら口を開く。
「ああ、入学したての人は皆そう思いますよね。
実は、バリー寮長は、第五寮から第一寮までの全ての寮で寮長をしていて、全ての寮を一人で管理しているんですよ」
「は!?」
俺は、その話を聞いて素っ頓狂な声を上げてしまう。
いや、余りに非現実的な話だ。
一人で五つの寮を管理など出来るはずがないだろう。
この大学に何人の生徒がいると思っているのだ。
と、俺が訝しげにアンナを見やると。
それを庇うようにドリアンが後ろから口を挿む。
「本当だぞ。
俺の住む第三寮の寮長もバリー寮長だしな」
と、当然のような顔をして言う。
ドリアンがここで嘘をつく理由もない。
アンナの話は本当だということか。
五つの寮を一人で管理するなんて本当に出来るのだろうか。
俺はバリー寮長について考えていると。
「噂によれば、バリー寮長は何人かいるって話ですよ」
なんて、ニヤニヤしながら言うアンナ。
それだけ言い残して、アンナは屋敷へと歩き始めてしまう。
何人かいる?
いや、どういうことだ?
分身か?
少しモヤモヤとするが、置いて行かれるわけにもいかないのでアンナを追いかける。
そして、ようやく第一寮の中へと足を踏み入れたのだった。
屋敷の中に踏み入れると、バリーのことなど一瞬忘れてしまうくらいには物凄い光景が目に入ってくる。
まずロビーの中央には大きなシャンデリア。
それから、いくつか壁に飾ってあるセンスの良い大きな絵画に、美術品の数々。
まるで、大貴族の屋敷のようであり、メリカ城にも引けをとらない大広間である。
「あの扉の中が、メイビス様の研究室です」
俺が屋敷を見回していると、アンナが大広間の端にある大きな扉を指してそう言った。
俺達がその扉の前に向かうと、アンナは扉の前で立ち止まり、咳払いを一つする。
「メイビス様!
アンナ・ダージリンです!
エレインさんを連れてきました!」
と、扉の前でアンナがいつにも増して大きな声を出してそう行った。
すると、中から声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ入ってください」
聞き覚えのあるメイビスの声。
それが、聞こえると同時にアンナが扉を開ける。
アンナに続いて俺がその部屋に入ると、視界に見えたのは一面紙だらけの部屋だった。
かなりの広い部屋なのは分かる。
おそらく、メリカ城に住んでいた時の俺の部屋より少し大きいくらいだろう。
だが、あたり一面が紙だったのだ。
至る所に羊皮紙と本が積まれている。
そのたくさんある羊皮紙には魔法陣が描かれていたり、メモのような文字が書かれていたり。
一応、用途ごとに整頓して積まれているようにも見えるが、あまりの量にもはや整頓されているようには見えない。
というか、汚い部屋だな。
なんて思いながら部屋を見ていると、部屋の中央にメイビスはいた。
メイビスは、三日前に見た制服姿ではなく、白いバスローブを着て椅子に座りながら本を読んでいた。
女性のような白くて長い綺麗な髪を後ろにくくってポニーテールのようにしている。
透き通るような白い肌とくっきりした目鼻立ちと細身の体も相まって、もはや女性のようにも見えるその姿を見て、アンナが少し顔を赤くしていた。
「め、メイビス様!
どうしたんですか、そのお姿は!」
アンナは妖精族特有の長い耳の先端まで真っ赤にして、横から垂れる三つ編みをいじりながら恥ずかしそうにそう叫ぶ。
すると、メイビスがやっと本から目を離して、こちらに目を向けた。
「ああ、すみません。
寮の大浴場で水浴びをした後でしたので。
こんな恰好で失礼しますね」
と、ニッコリと笑いながらそう言うメイビス。
確かに、白い髪が少し濡れているようにも見える。
それを見て、俺は反射的に叫んだ。
「この寮には、大浴場があるんですか!?」
今言ったメイビスの言葉は聞き流せなかった。
なぜなら、俺は無類の風呂好きだからである。
メリカ城に住んでいたときは毎日のように大浴場に入っていたものだが、旅に出てからはあまり入れずにいた。
ダマヒヒト城で大浴場を貸してもらったのが最後だろう。
そのため、毎日濡れた布で体を拭く生活をしているので、風呂が恋しいのである。
「ええ。
大浴場なら、この屋敷の共有スペースにありますよ。
もし入りたければ、僕の許可した人なら入れますので、是非帰りにゆっくりつかって行ってください」
「いいんですか!
ありがとうございます!」
俺は、あからさまにテンションが上がっていたと思う。
それほど、風呂が恋しかったということだ。
俺のテンションの上がりっぷりを面白そうに観察しながらメイビスは近くのソファがあるところを指さした。
「その前に、お話しましょうか。
そこのソファに座って待っていてください。
今、お茶を用意するので」
それだけ言って、部屋の奥の方へと消えてしまうメイビス。
俺達はソファに座るものの、目の前の長机の上にある大量に積まれた羊皮紙や本を見て、こんなところにお茶を出せるのだろうか、と思いながらメイビスのお茶を待つのだった。




