第六十八話「試合稽古」
「お前たち、こっちに来い」
そう言われて辿りついたのは闘技場の中央付近だった。
そこには、たくさんの剣術の授業を受けに来た生徒達が集まっている。
すると、ジェラルディアが大口を開けた。
「皆の者、注目!」
ジェラルディアがそう叫んだ瞬間、闘技場内で剣を振ったり談笑していたりした生徒達は、一斉に背筋を正し、ジェラルディアの前に走って集まり、整列しながらこちらを見上げる。
その様子に俺とピグモンとジュリアは圧倒された。
これが軍隊か、と思わされた気持ちだった。
そして、ジェラルディアは言葉を続ける。
「おはよう諸君!
ジェラルディアだ!
新入生の入学式はまだ少し先だが、先に特別入学をした生徒がこの授業に来たから紹介しよう!」
そのジェラルディアの声を聞いて、ステージで整列していた数百人はいるであろう生徒達はザワザワとしだした。
注目は完全に俺達に集まっている。
そんな生徒達のざわつきを無視して、ジェラルディアは俺達に手招きをする。
その手招きに従って俺がジェラルディアに近づくと、ガシッと肩をつかまれて引き寄せられた。
「こやつの名前は、エレイン・アレキサンダー!
メリカ王国の第二王子だ!
昨日付けでイスナール国際軍事大学に入学したから皆の者、仲良くするんだぞ!
ぐはははは!」
と、いつものように高らかに笑い始めたジェラルディア。
その瞬間、俺は空気が凍ったのを感じた。
闘技場内にいる生徒達は、ジェラルディアのように笑いはせず、皆俺に冷ややかな視線で殺気を送り始めたのだ。
当然である。
メリカ王国には、ほぼ全ての種族が戦争で負けた経験が歴史上あるはずだ。
誰もが、ジェラルディアやクレセアのように、バビロン大陸の人間に寛容な訳ではない。
むしろ、ダマヒヒト城で会ったデトービアのように、バビロン大陸の人間を憎むかのように敵対するのが当たり前なのだろう。
まさか、いきなり俺がメリカ王国の王子であることをジェラルディアがカミングアウトするとは思っていなかったため、俺も混乱していた。
この紹介によって、俺はこれから大学で迫害を受け続けることになるのではないだろうか。
勘弁してほしい。
そんな俺の考えなどを余所に、ジェラルディアは続けて口を開く。
「それから、こやつはジュリア・ローズ!
そして、こやつはピグモン・バラライカ!
二人とも、エレインの護衛だ!
エレイン含めて、三人とも剣の実力はそれなりにある!
お主らの良き強敵になると良いと思っている!」
そんな紹介をされるも、ジュリアはイスナール語が分からないからか、ジェラルディアの紹介など無視をして、俺の後ろにいるシュカを今にも斬りかかる勢いで睨んでいる。
ピグモンは、少し緊張した様子で「よ、よろしくお願いするぶひ!」とお辞儀していた。
それを見てから、ジェラルディアは次にシュカの方を見る。
「そして、最後に!
こやつは、お主らも知っているであろう!
第一階級の成績優秀者!
シュカだ!」
と言って、俺の後ろにいたシュカを引っ張っりだして紹介する。
シュカの表情は黒装束で見えないが、やや面倒くさそうにしている。
そんなシュカの態度とは裏腹に、生徒達は黒装束のシュカを見て再びざわめきだした。
「シュカは大学に入学した三年前には、すでに剣術の授業で好成績を修めていたんだがな!
今は、エレインを護衛する任務についているため、この授業にも参加するようだ!
エレインがメリカ王国の王子だからといって寝首を掻こうとしたら、シュカに殺されるだろう!
注意しておくんだな!
ぐはははは!」
そのジェラルディアの言葉に、先ほどまでとは生徒達の雰囲気も変わる。
いくつかの生徒達は、シュカを見て拍手をしていた。
拍手をしていない生徒達は、顔に恐怖心が宿っているようにも見える。
おそらく拍手をしている生徒は、シュカの部下といったところか。
そして、恐怖している生徒達は、シュカのその異様な雰囲気に飲まれているのだろう。
忍は暗殺を主な仕事としている、いわば殺人のプロだ。
それに、シュカは第一階級で二百人の部下がいる。
それを知っている生徒達の目には、恐ろしい相手のように写っているのだろう。
俺はその反応を見て、シュカが味方で良かったと心底思った。
ジェラルディアは笑ってはいるが、今のは俺を暗殺するなよといった警告のつもりだったのだろう。
とはいえ、シュカがいればメリカ王国の王子だとバレたとはいえ、一先ず暗殺されることはなさそうだ。
すると、ジェラルディアが再び口を開く。
「今日の剣術の授業は、月に一度の試合稽古にする!
今紹介した四人も参加する!
交流戦といこうじゃないか!
ちなみに、お主らは当然知っていると思うが、この月に一度の試合稽古で優勝した者には、好成績を認める証として黒龍の鱗の欠片を渡している!
これを本部棟の受付に持っていけば、お主らの階級も上がるだろう。
勝った者には褒美があるというのは、分かりやすくて良いだろう?
皆の者、心してあたるんだな!
ぐはははは!」
サラッと重要なことを言ったな。
優勝したら、好成績を認める証として黒龍の鱗の欠片をもらえるだと?
確かデトービアは、イスナール国際軍事大学を主席で卒業すると、黒龍の素材で出来た鎧がもらえると言っていた。
やはり、この大学には黒龍の鱗がどこかで保管されているのか?
とても気になるところである。
それから、優勝すれば好成績を認めるという言葉も聞き捨てならない。
つまり、この試合稽古というので優勝すると、階級を上げる条件にもなる好成績に認定されるというわけだろう。
俺の今の階級は第五階級だが、フェラリアは魔剣を大学の研究のために貸し出せば『希少素材の提供』にあたるとして、第二階級に上がる条件である『大学の発展に貢献した者』をクリアできると言っていた。
それならば、あと俺が第二階級に上がるために必要な条件は、複数の教科で好成績を修めることのみ。
俺がこの試合稽古で優勝をすれば、第二階級にグンと近づくというわけだ。
しかし、問題はここにいる生徒の中で、おそらく俺が一番小さいということだ。
目の前に整列している生徒たちは、種族や背丈に皆違いはあれど、基本的に成人しているように見える。
俺のような小さな子供など一人も見当たらない。
体型の違いというのは、そのまま戦いで差が生まれると言っても過言ではない。
体が大きい方が力があって有利だったり、はたまたスラッとした体型の方が素早く動けるから有利だったりと、色々体型に関しては議論が別れるところかもしれないが、五歳の俺の小さな体よりは成人している体の方が有利だろう。
ザノフがイスナール国際軍事大学には小さな子供の生徒も何人かいるとメリカ城では言っていたが、あれは嘘だったということか。
ここにきて、圧倒的な体格差を目の当たりにして、ため息をついていると。
ジュリアが俺の肩をトントンと叩く。
「ねえ。
あいつはなんて言ってたのよ」
「ああ。
なんか、試合稽古をやるらしいぞ。
ここにいる生徒全員と戦うらしい。
優勝したら、好成績を認める証として黒龍の鱗の欠片をもらえると言っていた」
「ふーん……」
すると、ジュリアが俺やジェラルディアの前に出る。
そして、目の前にいる大勢の生徒達に向かって口を開くジュリア。
「ワタシガ、カツ!」
ジュリアの大声が闘技場内に響き渡り、生徒達は静まり返る。
驚いた。
ジュリアは、大勢の生徒達に向かって覚えたてのイスナール語で宣戦布告したのだった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
ジュリアはジェラルディアの隣にいたシュカの方を向いて、右手で指を差す。
「ゼッタイ、コロス!」
どこでジュリアは、そんな言葉を覚えたのだろうか。
最近、サシャとよく勉強しているなとは思っていたが、いつの間にかそんな汚い言葉を覚えてしまったか。
しかし、そのジュリアの殺気をむき出しにした唸るような声に、整列している生徒達も押し黙る。
シュカの表情は見えないが、目はジュリアのことを見つめていた。
俺とピグモンは呆気に取られていると、ジェラルディアが大口を開いた。
「ぐはははは!
シュカに宣戦布告するとは!
ジュリア!
お主、中々面白いな!
だが、授業中に生徒を殺すのは我が許さんぞ!
腕を斬るくらいで我慢しておくんだな!
まあ、シュカの腕を斬るのは我でも難しいかもしれんがな!」
なんて言って涙を流しながら笑っている。
相当、ジュリアの片言の宣戦布告がツボに入ったらしい。
いや、笑い事ではないのだが。
先ほどから、目の前にいる大勢の生徒達の俺達に対する視線が痛い。
殺気のこもった視線もいくつか伺える。
授業に出るだけでここまで波乱になるとは、この先が心配である。
だが、俺も負けてられない。
ジュリアは宣戦布告していたが、俺だって優勝を目指させてもらう。
俺も好成績を獲得して、早くあの第五寮の狭い部屋を抜け出したいのだ。
体型の違いなんて言っていられない。
体型が違えど、剣で斬れぬ者はいない。
全力で優勝を目指そう。
俺は、そう決心して試合稽古へと臨むのだった。
ーーー
試合稽古は、ジェラルディアにランダムで選ばれた者同士で戦い、負けた者は観戦席で待機するシステムらしい。
そして、最後に残った者が優勝ということだ。
つまりは、ランダムなトーナメントマッチである。
ここには三百か四百人近い人数の生徒がいる。
優勝を目指すなら、十勝くらいはしなければならないだろう。
ここにいる生徒達は、学年はバラバラのようだが、全員がジェラルディアに育てられた生徒たちだ。
下手したら、光剣流の光速剣や無剣流の気堅守まで覚えている可能性もある。
生徒達の実力が未知数であるため、中々緊張する試合になりそうだ。
すると、生徒達が闘技場の端に寄ったところで、ジェラルディアが口を開いた。
「初戦は、エレイン!
お前からだ!
エレインと戦いたいやつは前に出ろ!」
ジェラルディアがそう叫ぶと、ザワザワしだす生徒達。
俺も初戦から戦うことになるとは思っていなかったので、一気に体に緊張が走る。
すると、一人の生徒が前に出てきた。
身長二メートルはあろうかという高身長で、筋肉が物凄い大柄で褐色肌の男。
あまりの巨体に、青い制服がパツパツになっていて今にも破けそうだ。
左胸には赤い記章をつけているのが見える。
第三階級か。
そんな大柄の男が、俺の体よりも大きそうな大剣を持って俺のことを睨んでいる。
「ほう、ドリアンか。
いいだろう。
では、二人とも真ん中へ来い!」
ジェラルディアに言われて、俺とドリアンという男がステージの中心へ歩こうとすると。
「エレイン様!
待つぶひ!
大丈夫ぶひか?
あの男、相当な巨体でパワーがありそうぶひよ!」
と、心配そうに俺に言うピグモン。
「ピグモン殿に同意でござる。
あの男は、大学でも有名で、狂犬のドリアンなんて言われているでござる。
実力はあるが、素行が悪いことで有名で第三階級止まり。
それでも実力は本物でござる。
エレイン殿。
気を付けて挑むでござる。
何かあれば、拙者が間に入るゆえ……」
ピグモンだけでなくシュカも心配の声を掛けてくれた。
そんなに心配されると、こちらまで余計に不安になってくるというものだ。
しかし、その瞬間。
「ふん!
あんたたちは、何も分かってないわね!
エレインなら大丈夫よ!
あんなデカいだけの男に、エレインが負けるはずないんだから!」
と、腕を組んで胸を張りながら叫ぶジュリア。
正直、このジュリアの言葉は嬉しかった。
ジュリアは俺のことを信頼してくれているようだ。
ならば、俺も負けるわけにはいかない。
「ピグモン、シュカ、大丈夫だ。
俺は勝ちに行ってくる。
ここで見守っていてくれ。
それから、ジュリア。
ありがとな」
俺がそう言うと、ジュリアは頷いてくれた。
そして、俺は決闘をしに、闘技場の中央へと歩を進めるのだった。
ーーー
「ルールは、殺さなければなんでもありだ。
何の武器を使ってもいいし、魔術を使うのもあり。
相手に『参りました』と言わせたら勝ちだ。
『参りました』と言わずとも、戦闘不能だと我が判断したら、試合を止める。
その場合も勝ちになる。
簡単だろう?」
闘技場の中央で、俺とドリアンという巨体の大男の間に立つジェラルディアは、ルールの説明をする。
なるほど。
つまりは、相手を殺さずに戦闘不能にしてしまえばいいということか。
そう考えながら、俺はドリアンを見上げる。
俺の体十個分はあるんじゃないかという巨体に、俺の体くらいありそうな大剣。
目の前で見ると、物凄い圧力である。
すると、ドリアンが俺を見下ろしながら口を開いた。
「お前、メリカ王国の王子なんだってな」
「あ、ああ」
俺が相槌をうつように返事をすると、ドリアンの目が血走るかのように豹変した。
「俺はなあ!
おめえみたいな、坊ちゃんが一番嫌いなんだよ!
金持ちの道楽気分で大学に来やがって!
俺が殺さない程度に、いたぶってやるよ!」
そう叫びながら大剣を構えるドリアン。
俺も負けじと紫闇刀を構える。
その様子を確認したジェラルディアは大きく息を吸い込む。
そして。
「始め!」
ジェラルディアの合図によって、戦いの火蓋が切られる。
「うおおおおお!」
「はあああああ!」
俺とドリアンはお互いに走り寄るのだった。




