第六十一話「旅の終わり」
「ぐっ……!」
穴の中から、小さな声が聞こえた。
「ママ!」
フェラリアが出した炎で暖まっていたジュリアは、その声の元へと駆け寄る。
どうやら、サシャの治癒魔術でジャリーは息を吹き返したようだ。
右肩に穴が空いていたから心配だったが、無事サシャの『完全治癒』で身体の穴も塞がり、一命をとりとめたらしい。
ひとまず安心である。
すると、ジェラルディアが俺の方を睨みながら口を開いた。
「フェラリアはそう言ったが、我はお主らに負けたつもりはない!
邪魔が入らなければ、勝っていたのは我だ!」
と、大人げなく叫ぶジェラルディア。
いやいや。
五歳の俺に対して、何を本気になってるんだこの人は。
ジャリーに対して言うのであれば分かるが、俺やジュリアはまだ小さな子供。
ジェラルディアからしたら勝って当たり前だろう。
それほど、ジュリアに隙を突かれたのが悔しかったということか。
俺は呆れるようにしてジェラルディアを見ていると、フェラリアが会話に混じる。
「はあ……。
エレイン君はまだ小さな子供だというのに、将軍は本気になりすぎですよ……」
と、俺の心の声を代弁してくれる。
だが、ジェラルディアは譲らない。
「ふん!
相手が何歳だろうと本気になるべきだ!
この五千年で、相手を侮って死にかけたことなんて何度もある!
その教訓だ!」
なるほど。
ジェラルディアのその年の功ともいえる言葉には、俺も共感した。
相手が何歳だろうと侮ってはいけない。
相手は俺のような転生者かもしれないし、見た目年齢よりも実は老けていることだってこの世界ではあるのだ。
そして、ジェラルディアは俺の方を真剣な目で見た。
「エレイン!」
「は、はい!」
「お主は、その見た目の割にはやるようだな!」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、見た目の割にだ!
まだまだ、全然なっていない!
我が、大学でお主を鍛えてやる!
楽しみにしておくんだな!」
そう言って、ジェラルディアは二ヤリと怖い笑みを浮かべる。
俺はその顔を見て、背筋が震えあがった。
この人、負けたからって、俺を大学で扱く気だ……。
と、少し恐怖するが、大学へ行くという目標はこれで叶いそうだ。
「ちょっと、将軍!
まだ、この子を大学へ入学させることを許可した覚えはありませんよ!」
と、慌てて叫ぶフェラリア。
だが、ジェラルディアは譲らない。
「我が許可する!
フェラリア!
お主の権限より我の権限の方が上なのは知っているだろう!
我に従え!」
「……っ!」
ジェラルディアに言われて悔しそうな表情をするフェラリア。
実際、将軍と言われていることや、先ほどの戦闘力、それから五千年も生きていることを加味すると、かなり地位の高い者だと考えられる。
その者に大学の入学を許可されたのは、かなり大きいのではないだろうか。
と、少し嬉しく思っていると、ジェラルディアは俺を睨む。
「だが、一つだけ問おう!
エレイン!
お主は、イスナール国際軍事大学で何をする気なんだ!」
俺に問うジェラルディアの目には殺気が込められている。
俺が、ここで何か間違った発言をすれば殺す。
そういった表情をしているように見える。
俺は、その様子に息を飲みながらも、口をゆっくりと開く。
「お、俺は、イスナール国際軍事大学に入学したら、仲間を作りたいと思っております」
「ほう、仲間か……」
「はい。
俺はまだこの世界に生まれから五年しかたっておりません。
この世界のことをまったく知らないのです。
しかし、メリカ王国は閉鎖国家であり、他種族と関わることのない国。
あの国にいれば、他種族と関わることも出来ないし、バビロン大陸のことしか知ることが出来ません。
俺は、バビロン大陸のみならず、ポルデクク大陸、テュクレア大陸、キナレス大陸、魔大陸のことを知りたいのです。
そこで、目につけたのがイスナール国際軍事大学というわけです。
イスナール国際軍事大学なら、様々な種族の者が世界から集まっているという話を聞いております。
そこで仲間を作れば、世界情勢を知ることができるというものです」
俺は、ここに来た目的を全て嘘偽りなく述べた。
それを聞いてジェラルディアも大きく目を見開く。
隣のフェラリアまで、驚いている様子。
「ふむ!
お前は、やはり賢いな!
まだ、五歳だったのか!
五歳でそこまで考えているとは、立派なものだ!
当分、メリカ王国は安泰だな!
ぐははははは!」
と、ひとしきり笑ったあと。
ジェラルディアは、再び俺を見つめる。
「それで?
お前が言う世界情勢とやらを知ったあと、お前はどうするんだ?
やはり、戦争でもしたいのか?」
そう言って見つめる目には、俺を試すかのような目付き。
やはりジェラルディアも、入学を受け入れてはいながらも、メリカ王国の王子がイスナール国際軍事大学で何をするのか警戒しているといったところだろうか。
だが、この答えは既に決まっている。
「いえ、戦争をしたい訳ではありません。
俺は平和主義者ですので。
むしろ、無駄な戦争をしないために世界情勢を知りたいのです」
それを聞いて、ジェラルディアは口角を上げながら笑う。
「ぐはははは!
メリカの王子は平和主義者か!
それは良いことではないか!
だが、戦争をしないためというのは、いささか一国の王子としては弱気な発言な気がするが?」
「そうですか?
俺は、そうは思いません。
王とは、『外敵を蹂躙し、民衆に安住の地を与え、国を発展させる者』のことだと自負しております。
逆に言えば、敵でなければ戦う必要もないのです。
俺は、敵が誰であるかをしっかりと自分の目で見定めたい。
その思いで、イスナール国際軍事大学へ入学しようと思っているんです」
俺は、自分の言葉で言い切ると、ジェラルディアは驚いたように目を大きく見開いていた。
フェラリアも同様の表情をしている。
そして、隣ではピグモンがなにやらキラキラとしたような目で俺を見つめている。
そんなにすごいことを言った覚えはないのだが。
五歳にしては、言い過ぎだっただろうか?
と、思っていると、今度はフェラリアが口を開いた。
「エレイン君、ごめんなさい。
私は、あなたのことを見誤っていたわ。
ただのメリカ王国のボンボン王子だと思っていたけど、そんなことなかった。
あなたは、その歳で素晴らしい考えを持っているようね。
敵が誰であるのかを、しっかりと自分の目で見定めたい。
この考えに私は感動したわ。
これまでの歴史を知ってなお、ポルデクク大陸の国々を敵視せずに冷静に自分の目で相手を見定めようとする姿勢。
その姿勢は、私にもなかった考え方。
私も、ただ歴史を知っているからというだけでバビロン大陸を敵視していたけど、あなたの考えを聞いて、それが恥ずかしく思えてきたわ……」
と、俺を褒めるかのように言うフェラリア。
別に、謝られることではないような気がするのだが、俺を認めてくれたのは嬉しいので素直にその気持ちを受け取っておく。
すると、隣でジェラルディアはまた笑う。
「ぐははははは!
これが、新しい世代ってやつだな!
フェラリア!
お前のように、バビロン大陸を敵視ばかりしているのは、もう古いってことだ!」
「わ、分かったわよ!
認めればいいんでしょ!
私も、エレイン君の入学を認めるわよ!」
そう言って、フンッと腕を組みながらそっぽを向くフェラリア。
ジェラルディアは、フェラリアの態度に満足気だ。
「エレイン」
すると、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、ジャリーだった。
ジャリーの身体を見ると、いつもの黒い軍服の右肩の部分だけ穴が空いている。
ジェラルディアの手刀で空けられたものだろう。
「ジャリー。
もう大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。
それより、お前こそ大丈夫だったのか?
ジュリアが、勝ったと言っていたが……」
「勝ったというには、微妙なところですけどね。
一応、勝てたみたいです」
そう言うと、ジャリーは驚いていた。
それもそうだろう。
ジェラルディアは正真正銘の化け物だった。
あれに勝てたのは、フェラリアが邪魔をしたからだ。
ジュリアの不死殺しが、ジェラルディアの首に当たっていたとしても、勝てたかは斬ることができたのかは分からない。
正直、俺も勝てた気がしていないというのが心情だ。
そして、ジャリーは、ジェラルディアの方を見た。
二人ともかなりの高身長なので、俺から見たらかなり高いところで見つめ合っているように見える。
「エレイン。
私が言うことを訳してくれ」
「は、はい!」
俺は、咄嗟に返事をする。
ジャリーは、何を言うつもりだろうか。
「ジェラルディア。
お前は、私よりも強い。
無剣流と光剣流を使える者など初めて見た。
そこでお願いがある」
「……ほう?」
ジェラルディアは、俺の訳を聞いて、眉をひそめる。
「エレインだけでなく、あそこにいる私の娘、ジュリアも大学に入学させてくれ。
そして、ジュリアに光剣流と無剣流を教えてやってほしい」
「なっ……!」
「えっ……!」
俺は、通訳しながら驚いてしまった。
ジャリーの後ろにいるジュリアまで驚いている。
ジュリアまで、イスナール国際軍事大学に入学させるだって?
それだと、ジュリアはジャリーと離れ離れになってしまうではないか。
俺が、あまりの予想外の話に驚いていると、ジェラルディアはそれを聞いて真剣な表情でジャリーを見た。
「相分かった!
真剣で斬り合ったお主との仲だ!
それくらいの頼みなら聞いてやろう!
それに、お主の娘は才能がある!
我が育てれば、相当に強くなるだろう!」
と、ジェラルディアは承諾したのだった。
「ママ!
なんで!」
後ろでジュリアが叫ぶ。
当然だ。
そんな急な話、俺も聞いていなかったくらいだ。
ジュリアも知らされていなかったのだろう。
そして、ジャリーはジュリアに振り返る。
「ジュリア。
この男は、私より強い。
この男に教われば、お前も私より強くなるだろう。
私より強くなったお前に会えることを楽しみにしてるぞ」
とだけ言って、その場を離れるジャリー。
「ママ!
ママッ!」
と言って、ジュリアはジャリーを追って行ってしまった。
まさかの出来事に俺は呆然としていると、フェラリアが手をパンと叩いた。
「それでは、エレイン君!
イスナール国際軍事大学へ行きましょうか!
準備してください!」
「へ?」
急にそんなことを言うフェラリアに戸惑う俺。
「えっと。
まだ来たばかりですし、今戦いが終わったところです。
もう少しここにいさせてもらってもいいですか?
イスナール国際軍事大学まで、ここから十日はかかりますし、少し休みたいところなのですが……」
と、俺が懇願するように言うと、フェラリアはニコリと笑った。
「ラッキーだったわね、エレイン君。
実は、ジェラルディア将軍がイスナール様の神器『転移鍵』を持っているから、それを使えばここから一瞬で大学まで転移できるのよ」
なんだって。
転移できる神器なんて物があるのか。
そういえば、ジェラルディアが来たときにそんな話をしていたな。
転移鍵という単語は初めて聞いたが。
それならば、もう休む必要もない。
むこうに転移してから休めばいいのだ。
「わ、分かりました!」
俺の返事に満足そうに頷いた後、ジト目でジェラルディアを見るフェラリア。
「それから、ジェラルディア将軍。
私の庭にできた穴と入口の扉の修理費は、あなたに請求しますからね!」
「なっ、なぜ我が!」
「言い訳は聞きません!」
と、フェラリアは頬を膨らませながら、家の中へと入って行ってしまった。
その様子をポツンと眺めるジェラルディアは、なんだか儚げだった。
ーーー
それからしばらくして、移動の準備を終えた。
とはいえ、あまり準備をすることもなかった。
ジュリアの説得に時間がかかったくらいだ。
ジャリーが急にジュリアを大学に置いていくような発言をしたから、ジュリアは泣いていた。
長々と端の方でジャリーが説得していたようで、今はパンダのトラを抱えながら、なんとか泣くのに耐えているように見える。
大丈夫だろうか?
そして、俺達は今、馬車に乗りながらジェラルディアに注目を集めていた。
ジェラルディアは、腰元から小さな鍵を取り出す。
その鍵は、黄金の輝きを放った高価そうな鍵である。
そして、ジェラルディアは俺達に背を向けると、叫んだ。
「イスナール国際軍事大学の正門まで!」
そう言って、何もない空中に鍵を差したのである。
そして、ジェラルディアはクルリと鍵を空中で回す。
何をやっているんだ?
と不審に思いながら見ていると。
ガチャリという音がした。
そして、その音とともに、空中に大きな扉が開いたのである。
あまりに不可思議な光景である。
扉の中は真っ暗の闇。
空中に急に生まれたその空間は、明らかに普通ではない。
空間が裂けるようにできた大きな扉に俺達全員が呆然としていると、ジェラルディアは叫んだ。
「さあ、入れ!
この向こうがイスナール国際軍事大学だ!」
扉の中は、全く見えない暗闇。
本当に、通れるのだろうか。
御者台にいるサシャが不安そうな目でこちらに振り向く。
俺は考えた。
本当にこの扉を通れば転移できるのかを。
何かの罠である可能性まであるのではないかということを。
しかし、考えた結果、ジェラルディアが嘘をつく理由はないことに気づく。
そして、俺はサシャの方を見て頷いた。
「サシャ!
あの扉に突っ込め!」
「……!
分かりました!」
そう言って、サシャは手綱をとる。
馬車が、前方の闇の扉に向かって思いっきり走り出す。
そして、扉の中に入るとき。
俺は目をつむった。
もしかしたら、俺はここで死ぬのかもしれない。
死んだとしても悔いはない。
チャレンジした結果だ。
なんて、思っていると。
「……エレイン様!
本当に転移しました!」
と、前方からサシャの歓声が聞こえる。
俺は、ゆっくりと目を開けると、光が入ってきた。
あたりを見回すと、道が舗装されている別の街がある。
そして、馬車の前方には大きな門があった。
門の中には、たくさんの大きな建物があるのが見える。
ここが、イスナール国際軍事大学か?
こうして、俺達の旅は急な終わりを迎えたのだった。
これにて、第二章完結です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
よければ、高評価(星やブクマやレビュー等)していただけると、励みになります!
それから、次回第三章の設定を練るため、一週間ほどお休みしたいと思います!
次話の投稿は11/7(日)になると思いますが、よろしくお願いします!




