第六十話「曖昧な決着」
あのジェラルディアとかいう大男の威圧感を目の前にして、心臓がバクバクする。
紫闇刀を前に構えているものの、恐怖で手が小刻みに震えている。
これでは、勝負にならない。
「ママッ!
ママーー!」
前方では、爆破刀によって出来た大きな穴の中で横たわるジャリーに治癒魔術をかけているサシャと、その隣で泣きながらジャリーを呼びかけるジュリアがいた。
それを、興味深そうに見下ろしているジェラルディア。
ジェラルディアの身体の傷はすでに無くなっている。
魔大陸出身という話は聞いていたが、まさか不死なのだろうか?
剣王イカロスと会っているという話が本当であれば、その可能性は高い。
「ほう……!
そこの黒妖精族は、今戦った黒妖精族と顔が似ているな!
まさか子供か?
黒妖精族の治癒はフェラリアにやってもらおうと思っていたが、そちらにも治癒魔術師はいたか!
良いパーティーではないか!
まあ、我は不死であるから、治癒は必要ないがな!
ぐはははは!」
と言って笑うジェラルディア。
その大笑いが気に入らなかったようで、ジュリアは立ち上がって、思いっきりジェラルディアを睨み付けた。
「あんた!
何笑ってんのよ!
ママを傷つけておいて、絶対に許さないわよ!」
そう言って、腰の不死殺しに手をかけるジュリア。
その後ろでは、パンダのトラもファイティングポーズをとって構えている。
おいおい、ジャリーを単独で倒せるほどの化け物が相手だというのに、戦う気か?
俺は、すでに心が折れかけているというのに、ジュリアは強いな……。
と、諦めるように思っていると、後ろから声が聞こえた。
「エレイン様!
ジュリアちゃん!
俺も加勢するぶひ!」
叫んだのは、ピグモンだった。
ピグモンは大斧を持って、俺を護衛するように俺の前で構える。
ピグモンまで……。
と、思っていると、ジェラルディアが笑いながら再び叫ぶ。
「ぐはははは!
メリカの王子は震えているというのに、護衛は優秀なようだな!
吸血鬼や『灰鼠』を討伐できたのも、護衛のおかげということか!
こんな臆病王子を護衛するのも、大変というものだな!」
なんて言って、笑っている。
明らかな挑発だった。
だが、それが、震えていた俺の闘志を燃やした。
仮にも俺は元勇者である。
そんな俺のことを、「臆病王子」と言ったのは許せない。
それにこいつは、何も分かっていない。
吸血鬼フレディ・ベラトリアムを最後に殺したのは俺である。
あれは俺が、不死殺しを持って勝負を挑まなければ、勝てない戦いだった。
それに、盗賊団『灰鼠』を倒したのだって、俺がピグモンを許したから勝てたのだ。
ピグモンと共闘することが出来た俺だからこそ、勝てたのである。
それを何も知らずに嘲け笑うジェラルディアが、許せなかった。
そして、俺はゆっくりと深呼吸してから、口を開く。
「誰が臆病王子だ!
俺は、ジャリーの肩に穴を空けたお前を許さないぞ、ジェラルディア!」
俺の叫びを聞いて、二ヤリと笑うジェラルディア。
「ぐははは!
ここまでお膳立てしてやったんだ!
お前の剣、楽しみにしておるぞ!」
ふん、やはり挑発だったか。
だが、それはいい。
俺の闘志を再燃させてくれただけありがたい。
そして、俺はピグモンとジュリアを見回す。
「ピグモン!
ジュリア!
俺があの魔剣を止める!
お前らは、俺のサポートしつつ、あいつの裏をとれ!」
「わかったわ!」
「了解ぶひ!」
俺の叫びに呼応するように、大きな返事が返ってくる。
そして、その瞬間に、それぞれが駆け出した。
俺が正面からジェラルディアに向かって走り出すと、その前をピグモンが走る。
流石、いつも自分のことを壁役と自称しているだけはある。
俺の壁役として、前を走ってくれているのだろう。
そして、俺達とは別に、ジュリアとトラも勢いよく駆け出した。
俺達なんかよりずっと速い二人。
ジュリアとトラは、ジャリーが倒れていた右方からジェラルディアを急襲する。
「はああああ!」
「メェ~~~!」
ジュリアは、ジェラルディアの頭を狙うように、空中へジャンプしながら不死殺しを振り下ろす。
そして、それに合わせるように、トラはジェラルディアのバランスを崩すべく、ジェラルディアの膝裏へ、低い体勢からの回し蹴りを入れようとする。
見事な上下からの攻撃による連携である。
しかし、ジェラルディアには効かなかった。
ジェラルディアは、爆破刀をジュリアの不死殺しの剣筋に合わせるようにして、頭上に振り上げる。
そして、ジュリアの不死殺しの刀身とぶつかったとき。
爆破刀の刀身から炎の柱が生み出される。
「熱ッ!」
ジュリアは、頭上に現れた炎柱に身を反っていると、後からやってきた衝撃破に吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
ジュリアが小さく悲鳴を上げて吹き飛ばされているとき、トラの回し蹴りはジェラルディアの膝裏に直撃するところだった。
しかし。
「メェッ!」
回し蹴りがジェラルディアの膝裏に直撃したとき、トラも小さく悲鳴を上げたのだった。
トラは、痛そうに足をさすっているように見える。
その様子を見て、ジェラルディアは満足気だ。
「ぐはははは!
我の『気堅守』で守られた身体に蹴りをいれるなど、愚か者だのう!
今の我の身体は、鉄より堅い!
格闘パンダごときが、崩せるほど柔な身体はしておらん!
あの黒妖精族の剣は異常だったがな!」
と言って、チラリとジュリアの方を見るジェラルディア。
くそ。
トラの蹴りが当たってもビクともしないとは。
あの無剣流奥義とか言っていた『気堅守』という技。
中々に厄介である。
だが、気になった点が一つある。
ジェラルディアが、まずジュリアの剣撃を爆破刀で処理したことだ。
ジャリーと戦った時は、初太刀は防がずに身体で受けたにもかかわらず、ジュリアの初太刀は爆破刀で受けた。
おそらく、この違いは魔剣『不死殺し』にあるのではないだろうか。
ジェラルディアは、自分のことを不死だと言っていた。
それならば、不死殺しの攻撃はおそらく通用するだろう。
だからこそ、ジュリアの一刀をわざわざ剣で防いだのだと思われる。
この戦い、やはり鍵は不死殺しか。
俺は、そう考えながら、ピグモンとともに突っ込む。
このとき、もはや、俺がジェラルディアに認められればどうにかなるという考えは微塵もなかった。
ジャリーがやられた時点で、俺の中では既にこいつは敵だ。
紫闇刀を振り上げながら、とにかく走る。
すると、目の前のピグモンは、ジェラルディアの右脇腹に向かって思いっきり大斧を振るった。
素早い攻撃だが、ジェラルディアの反応の方が早い。
ジェラルディアは、爆破刀をピグモンの頭上から振り下ろす。
「させるかああ!」
「むっ!」
俺は、爆破刀の剣筋に合わせて、下段から紫闇刀をピグモンの頭に当たらないように振り上げた。
そして、爆破刀の刀身に紫闇刀の剣先がぶつかる。
その瞬間。
炎の柱は上がらなかった、
そして、例の地面にクレーターを作るほどの衝撃破は起こらなかった。
予想通りである。
これは賭けでもあった。
烈風刀や爆破刀のような、魔術のようなものを放出する系統の魔剣は、その技に魔力が込められているという予想をした上での賭けである。
紫闇刀は、魔力がある術しか吸い込まない。
もし、爆破刀の爆破や炎柱に魔力が込められていなかったら、俺はあの爆破をピグモンもろともくらっていただろう。
だが、実際にはくらわなかった。
賭けに勝ったのである。
そして俺の紫闇刀を凝視しながら、ジェラルディアは驚いた表情をした。
「そうか、紫闇刀か!
魔力を吸収して……ぐあっ!」
ジェラルディアは呟いている途中に、小さな悲鳴をあげた。
ジェラルディアの脇腹を見ると、ピグモンの大斧が思いっきり振られていた。
ジェラルディアは、少し地面を滑るように横によろける。
「ぐっ!
なんだこの威力は……!
そこの豚、中々やるのう!」
ジェラルディアは、右の脇腹を抑えながら言う。
脇腹を見ると、ジャリーに剣で斬られていたときより血がでている。
その様子を見て、少しドヤ顔をするピグモン。
やはり、ピグモンの力はかなり強い。
こういうときに頼りになる男である。
そして、この一瞬の間。
相手の隙を突くのが上手いジュリアが、この好機を逃すはずがなかった。
ジュリアは、影法師でジェラルディアの背後をとっていた。
そして、ジェラルディアの首に向かって、音もなく剣閃を放つ。
ジェラルディアは、音もないその隙をついた攻撃に反応出来ているようには見えない。
獲った。
と思ったとき。
ジュリアとジェラルディアの周りに、何枚かの羊皮紙のようなものが撒かれる。
その羊皮紙に魔法陣が描いてあるのが見える。
「発動!」
そんな短い叫び声が、すぐ後ろから聞こえる。
俺が振り返ると、手元に魔法陣が描かれた羊皮紙を持ったフェラリアが、その魔法陣の上に手を置いて叫んでいた。
そして、その瞬間。
ジュリアとジェラルディアの周りに撒かれた魔法陣から魔術が発動した。
これは、最初にフェラリアに会ったときにも見た、氷の魔術だ。
みるみるうちに、ジュリアとジェラルディアは魔術で凍り、身体が動かなくなる。
氷漬けになってしまった。
「ジュリア!」
俺は、ジュリアの元に急いで走り寄り、紫闇刀で氷を吸収する。
魔術であれば、紫闇刀で吸える。
だが、中のジュリアは大丈夫だろうか。
と思うと、ジュリアが氷から出てきて、口を開いた。
「え、え、え、え、エレイン!
さ、さ、さ、寒いわ!」
意識を確認できてひとまず安心するが、歯をガチガチとしながら、ジュリアの身体が震えている。
これは、まずい。
一瞬で、体温が下がってしまったのだろう。
低体温症などになっていたらまずい。
と思っていたら、後ろから声が聞こえた。
「今、ジェラルディア将軍の氷を炎で溶かすから、それで暖をとりなさい」
そう言ったのは、フェラリアだった。
フェラリアは、先ほどと同様、ジェラルディアの周りに魔法陣が描かれた羊皮紙をいくつも撒くと、手元の羊皮紙に手を当てて、「発動!」と唱えた。
すると、ジェラルディアの周りに大きな炎が生まれた。
そして、氷が一瞬で溶ける。
氷が解けるとジェラルディアの表情はムッとした表情に変化した。
「おい、フェラリア!
これはどういうことだ!
戦いの邪魔をするでない!」
と、氷が溶けた瞬間に叫びだすジェラルディア。
それに対して、フェラリアもかなり怒っている様子。
「どういうことだは、こっちのセリフです!
ジェラルディア将軍が爆破刀を使ってしまったせいで、私の庭がこんなになってしまったじゃないですか!」
言いながら、怒りが抑えられないという様子で庭を指で指し示す。
そこに指された庭を見ると、あんなに綺麗な色とりどりの花々で一杯だった庭が、穴ぼこだらけでボロボロになっていた。
これは、流石にフェラリアが可哀想だ。
と思ったが、ジェラルディアのムッとした顔は収まらない。
「フェラリア!
女のお前には、分からないかもしれないが、戦いは始まったら止められないものだ!
庭がこうなってしまったのも、戦いが始まってしまったからだ!
ゆえに、正当防衛である!
むしろ、戦いを止めたお前の方が悪い!」
と、大声で自分の正当性を主張するジェラルディア。
いや、流石にその主張は通らないのではないだろうか、と思っていると。
フェラリアが、ますます怒りをため込んだ表情で、ジェラルディアに負けない大声を叫ぶ。
「戦い戦いと言ってますけど!
私がジュリアさんの攻撃を止めてなかったら、将軍、下手したら首飛んでましたけどね!
だって、あの魔剣は、『不死殺し』という名前からして、不死のあなたに効果があるのでしょう?」
「ぐ……ぐう……」
フェラリアのジェラルディアに負けないような大声とその正当性がある言葉に、ジェラルディアは文字通りぐうの音が出ている様子。
フェラリアはそれを見て勝ち誇った様子。
そして、俺達の方を振り返った。
「エレイン君。
あなたたちの勝ちよ」
唐突に言われた、勝利宣告。
俺は喜んでいいのか悪いのか、良く分からなかったが、スッと肩の荷が下りたのだった。




