第五十九話「ジャリー対ジェラルディア」
俺は、紫闇刀を持ち、壊れた扉を抜けて、庭へと出た。
そこには、色とりどりの花々に囲まれた上半身裸の男、ジェラルディアが腕を組んで待っていた。
ジェラルディアは、俺が庭に現れると、二ヤリと不敵に笑う。
「ぐははは!
逃げなかったのは褒めてやろう!
さあ、剣を取れ!
我が、お主の実力を見てやろう!」
と、ジェラルディアは大声で叫ぶ。
俺もその大声に身体を震わせながら、前に紫闇刀を構えた。
すると、いつの間にか、紫闇刀を構えた先にジャリーが立った。
そして、ジャリーはすでに剣を抜いている。
「えっと、ジャリー?
あの人は、イスナール国際軍事大学の人で、俺の実力を知るために俺と戦いたいらしいんですが……」
「それは、護衛として許可できない。
木刀であればまだ分かるが、真剣であれば死ぬ可能性が高い。
それならば、お前が戦う前に私があいつを殺す」
と、恐ろしいことを平気で言うジャリー。
言いながら、ジェラルディアの方に向けて思いっきり殺気を放っている。
いやいやいや。
このジェラルディアと言う人は、何故だか分からないがメリカ王国の王子だと知りながら俺のことを擁護してくれている。
そんな方を殺してしまうのは、かなりまずい。
ここは俺が戦い、実力を認めてもらい、穏便に済ませるべきなのではないだろうか。
まさか、真剣同士の戦いとはいえ、五歳の子供を斬り殺すなんてことはしないだろう。
向こうも実力はあるようだし。
「ジャリー。
ここは俺が……」
と、俺が、ジャリーにそう言い聞かせようとしたとき。
再度、ジェラルディアは大声で笑う。
「ぐはははは!
そこの黒妖精族!
その立ち振る舞いを見れば、分かる!
お主、かなり強いな!
それに、主の前で剣を構え、壁になるとは健気ではないか!
エレインと戦う前に、お主とも戦ってやろう!」
そう言って、ジェラルディアはジャリーに対して殺気を放ち始めた。
ジャリーのとはまた違う、異質な雰囲気。
その威圧感から、ジェラルディアの底知れない強さが伝わってくる。
言葉は分かっていないであろうジャリーも、殺気を向けられていることには敏感に反応していた。
耳をピクピクとさせながら、少し姿勢を落とし、踏み込む準備は出来ているという様子。
もう俺の言葉なんて届かないし、止まる気もなさそうだ。
そんなジャリーに対して殺気は放っていながらも、腕を組んで余裕な表情で佇んでいるジェラルディア。
剣は抜かないのだろうか?
このままでは、本当にジャリーに殺されてしまうが。
一触即発という雰囲気。
その瞬間。
「こら!
私の庭で決闘なんて許しませんよ!」
と、壊れた扉がある入り口から頬を膨らませたフェラリアが出てきた。
俺は、一瞬フェラリアに目を奪われるも、すぐにジャリーの方に視線を戻す。
しかし、もうすでにそこにジャリーはいなかった。
前を見ると、ジャリーは前傾姿勢ですでに駆けていた。
そして、ジェラルディアまで、あと二歩分という距離感。
ジェラルディアは、いまだに腕組みをしたままである。
これは、反応出来ていないのか?
と思っていると、ジャリーが斬りこんだ。
ジェラルディアの右肩に向かって、上段から振り下ろされる剣。
そして、それはそのまま命中したのだった。
しかし。
右肩から斬り降ろして、そのまま右腕ごと持っていくだろうと思われたジャリーの一撃は、予想とは異なり、右肩から斬り降ろされることはなく、剣は右肩の上に乗っているような状態になっていた。
それを見るや、ジャリーは瞬時に剣を振り上げ、物凄いスピードで後退した。
ジェラルディアはその様子を、腕を組みながら眺めた後、目線を右肩に向ける。
左手で右肩を撫でて、左指に少し付着していた自分の血を舐める。
「ほう!
我に掠り傷程度ではあるが、傷をつけられるか!
お主、中々やるな!
ぐははは!」
と、笑っているジェラルディア。
その様子を、眉に皺をよせながら、ジャリーは睨みつけていた。
「チッ。
無剣流か」
ジャリーは吐き捨てるように、そう呟いた。
無剣流?
ユードリヒア帝国の三大流派の一つと言われている、例の流派のことか?
なぜ、急にそれを呟いたのだろうか。
別に、ジェラルディアは、何か剣を使っているという様子は無かったが。
俺が疑問に思っていると、ジェラルディアは満足そうに笑う。
「ぐははは!
我の無剣流奥義『気堅守』で守った身体に、血をつける者が現れたのは久しぶりだ!
お主、帝国の上級剣士か、剣帝のレベルにあるようだが……」
と、ジェラルディアが言っている最中に、すでにジャリーは再び駆けていた。
今度は、反対の右側面からの攻撃。
剣を振り上げてジェラルディアに向かって踏み込む。
そして、踏み込んだ時。
ジャリーの背後の影から、ジャリーがもう一人増えていた。
あれは、実体のある分身、影剣流奥義『影分身』だ。
俺が、影分身だと認識したときには、ジャリーの背後にいたもう一人のジャリーは消えていた。
右側前方からジェラルディアに向かって水平に斬りこむジャリーと、左側後方からジェラルディアに向かって上段から水平に斬りこむジャリー。
いわば、挟み撃ちだった。
そして、二人のジャリーは、ジェラルディアの首を左右から狙っていた。
これは獲った、と思われたそのとき。
ジェラルディアは、組んでいた腕を解いた。
そして、ジェラルディアの腕は消える。
それは、まるでジェラルディアの腕だけが無くなっているかのような、そんな光景。
これは、前にも何度か見たことがあるような。
確か、メリカ王国で最初に会った光剣流の上級剣士や、ドバーギンの大穴で吸血鬼フレディ・ベラトリアムが使っていた光剣流奥義『光速剣』に似ている。
あれは、腕ごと剣が姿を消すほどの速さで剣撃を放つ技だった。
では、これはなんだ?
と思っていたら、前方から小さな悲鳴が聞こえた。
「ぐっ……!」
それは、ジャリーの声だった。
先ほど左側後方に現れたジャリーの分身体は、ジェラルディアの右手で心臓を一突きにされたようで、ㇲッと消えた。
そして、本体の方のジャリーはといえば、ジェラルディアの心臓を狙った左手の一突きをどうにか逸らしたようだが、左肩を貫通されていた。
そして、思いっきり手刀をジャリーの左肩から抜くジェラルディア。
「ママッ!」
叫んだのは、俺の後ろにいたジュリアだった。
ジュリアは、不死殺しを構えて、走り出そうとする。
「来るな!!」
だが、ジャリーはジュリアが来るのを叫んで拒む。
その叫びに、ジュリアはピタッと動きを止めた。
そして、ジュリアが止まったのを確認すると、ジャリーはジェラルディアを見上げる。
「お前、何者だ……。
無剣流と光剣流を使える者など、初めて見たぞ……」
ジェラルディアを睨み上げながら、ブツブツと呟くジャリー。
「ふむ!
何を言っているかさっぱり分からぬが、その影法師と影分身!
お主は、影剣流の使い手のようだな!
影剣流を使う者と戦うのなんて、それこそ、剣王イカロス・オリハルコン以来だぞ!
懐かしいのう!
我の首が狙われていたから、咄嗟に手刀で光剣流奥義『光速剣』まで使ってしまったぞ!
心の臓を狙ったのに避けるとは、やるではないか!
ぐはははは!」
「なっ……!」
なんて、大声で笑っている。
俺は、その言葉に戦慄した。
馬鹿な。
イカロス・オリハルコンといえば、五千年前に存在した剣王である。
そして、そのイカロスと戦ったことがあるかのような口ぶりのこの男。
一体、何歳なのだろうか。
などと考えている間に、ジャリーは左腕をプランと降ろしながらも、右手に持った剣を前に再び構えていた。
「ほうほう!
まだ、やる気か黒妖精族よ!」
ジャリーの闘志を見て、嬉しそうな声をあげるジェラルディア。
そして、次の瞬間。
ジャリーは再び消えた。
影法師か?
と思って、ジェラルディアの背後を見るが、そこには誰もいない。
そして、あたり一帯を見回すも、ジャリーの姿はない。
これは……。
「『暗影』だわ!
これで、ママの勝ちね!」
前にいたジュリアは、それを見て歓声をあげた。
そう。
この技は、吸血鬼フレディ・ベラトリアムと戦った時に見せた、影剣流奥義『暗影』だろう。
おそらく、ジャリー最大の奥義である。
目を凝らすと、影が高速で動き回っているように見えるが、ジャリーの姿はない。
そして、気づくとジェラルディアの身体には、いくつか傷がつき始めていた。
肩、脇腹、太もも、と、ジェラルディアの様々な身体の部位に小さな切り傷がついていく。
すると、ジェラルディアは困った表情をしていた。
「影剣流奥義『暗影』か……。
これだと、我の『光速剣』では捉えられんなあ……。
……仕方ない」
ジェラルディアは、身体の至る所に切り傷を作りながらも、腰に差していた桜色の刀剣を抜いた。
あれは、俺も初めて会った時から気になっていた。
細い刀身に、少し反れた曲線を描くその形状。
形が明らかに、九十九魔剣のそれであるからだ。
すると、家の入口の前にいたフェラリアが慌てたように叫ぶ。
「ジェラルディア将軍!
まさか、ここで『爆破刀』を使う気!?
そんなことしたら、ここの庭が壊れちゃうわ!」
「ぐははは!
仕方なかろう!
これは、正当防衛だ!」
「そこまで、やる必要ないでしょう!」
フェラリアは、かなり焦っている様子。
爆破刀?
あの魔剣の名前だろうか。
どういった能力なのだろう。
と思っていると、ジェラルディアが『爆破刀』をその場で振る。
そのとき、ゴゥンッと大きな爆発音が庭に鳴り響いた。
俺は、そのあまりの大きな音に耳を塞ぎながらジェラルディアの方を見ると、庭の花があった場所に大きな炎の柱が一瞬上がり、炎が静まると、そこにはクレーターのような大きな穴が出来ていた。
驚きの破壊力にその場にいた人間は、全員目を丸くしていた。
振った先で出来る、あの大きな炎柱と、その後に庭に出来ている穴の深さ。
どちらを見ても、破壊力がとんでもないことが分かる。
「ぐはははは!
我の『爆破刀』にかかれば、『暗影』にも負けん!」
そう言って、ゲラゲラ笑いながらジェラルディアは自分の周りに爆破刀を振りまくる。
庭のいたるところに炎の柱が上がり、クレーターがどんどん出来ていく。
まずい。
暗影は、影になるとはいえ実体はある。
ジェラルディアは、爆破刀であの爆発を連発させている。
あんなに周りを爆発させていたら、ジャリーも逃げ場がないのではないだろうか。
と思っていたら、前にいたジュリアが悲鳴を上げた。
「ママッ!」
ジュリアの視線の方向を見ると、ジャリーがいた。
ジャリーは、影から実体の状態に戻って膝をついていた。
その身体からは煙がでている。
なんとか、剣を地面に刺して倒れないでいるが、もう動けないといった様子である。
それを見て、ジュリアが駆け出した。
その後ろをサシャが追う。
おそらくサシャは、ジャリーを治療するために走り寄っているのだろう。
だが、俺はこのとき動けずにいた。
衝撃的だったのだ。
あの最強だと思っていたジャリーが負けたということが。
ジャリーは一対一の勝負で負けるところなど見たことがなかった。
それに、今回の戦いでは、『影法師』や『影分身』だけでなく、『暗影』まで使っていた。
『暗影』は、ジャリーにとっての最強奥義だったはずだ。
そこまでしたジャリーに勝ったジェラルディアという、あの男。
実質、ユードリヒア帝国の三剣帝を越えたということになる。
デトービアがダマヒヒト城で言っていた話に、誇張はなかったということか。
それに、決め手となった、あの桜色の魔剣はヤバい。
『爆破刀』と言っていたが、地形を変えてしまうほどの恐ろしい威力である。
すでに、ジェラルディアの周りが穴ぼこだらけなのが、それを物語っている。
俺は、ジャリーが負けたという衝撃的な光景に、震えていたと思う。
手や足の震えが止まらなかった。
綺麗な花畑の中だというのに、初めて自分の死を予感している。
そんな俺を、ジェラルディアは二ヤリと笑いながら睨みつけた。
「おい!
そこで震えている王子!
次は、お前の番だ!」
ジェラルディアにそう言われ、俺は震えが止まらない。
俺が戦ったら、殺されてしまう。
そんな考えが、頭を過ぎる。
俺は、顔を真っ青にしながら、紫闇刀をへっぴり腰で構えるのだった。




