第五十五話「護衛増員」
「ポプラは、なんで俺を捨てたんぶひか?」
ピグモンが最初に口にしたのは、そんな質問だった。
縄で縛られたポプラは、真っ青な顔で身体を震わせながらピグモンを見る。
「ま、待って……。
私、キースに脅されてたの!
捨ててないわ!
だから、ね?
殺さないで……」
涙を流しながら、ピグモンを見上げて懇願するポプラ。
キースは、驚いた表情でポプラを見るが、何も言わない。
今日初めて会った俺でも分かるが、「キースに脅されていた」というのは全くの嘘だろう。
もし、脅されていたというなら、キースの隣にいるとき、あんなに楽しそうな表情をしていたのはおかしい。
それに、ピグモンがキースに腹を刺されたとき、この女は、「キースと付き合ってる」と言ってピグモンを冷たい目で見下ろしながら振ったと聞いている。
平然とそんな畜生発言をしているこの女が、キースに脅されていたわけがないだろう。
そして、それはピグモンも理解している様子だ。
「……ポプラ。
本当のことを言わなきゃ、俺はお前を殺すぶひ。
次はない」
そのピグモンの声は、至極落ち着いていた。
冷ややかに見下ろしながら言うピグモンの声に、ポプラとキースは生唾を飲む。
そして、ポプラは諦めたように目を瞑り、ピグモンの方を向いて口を開いた。
「さ、寂しかったのよ!
一月に一回しかピグモンは帰ってこないし!
そんなときに、キースさんが家を訪ねてきて……。
最初は怪しんでたけど、色々買ってくれるし優しいキースさんに、少しずつ惹かれちゃったの。
しょうがないでしょ!」
と、開き直るようにして全てを離すポプラ。
ピグモンは、それを無表情で聞いているようだったが、少し眉間に皺が寄っていた。
すると、隣にいたキースも震えながら口を開く。
「ぴ、ピグモン!
すまなかった!
金ならいくらでも払う!
だから、命だけは……」
急に命乞いを始めたキースを、ピグモンは殺気を放ちながら睨みつける。
「お前は黙れぶひ」
ピグモンの表情を見て、キースは口に手を当てて押し黙る。
どうやら、ピグモンはキースを許すつもりはないようだ。
ポプラに関しては、情緒酌量の余地があるというところだろうか。
いまいち、どうなるかが読めないな。
と思っていたら、ピグモンはポプラを見て呟いた。
「ポプラは、まだキースが好きぶひか?」
無表情で聞くピグモンに、ポプラは顔を歪める。
そして、少し間が空いた後、ポプラは言う。
「もう好きじゃない!
今気づいた!
私はやっぱりピグモンが好きなの!」
少し都合が良すぎるんじゃないか?
キースの盗賊団が壊滅して腕を斬られたからと言って、ピグモンに乗り換えるとでもいうのか?
などと思っていたら、ピグモンは悲痛な目でポプラを見下ろす。
「俺がポプラと何年一緒に過ごしてきたと思ってぶひか?
ポプラが嘘をつくときの顔ぐらい分かるぶひよ?」
言いながら悲しい表情をするピグモンに、ポプラの表情も崩れる。
「ぴ、ピグモン……。
でも……わたし……」
ポプラは泣きながら何かを言おうとしているが、ピグモンのあまりの悲しそうな表情に、言葉が詰まっている様子。
正直、泣きたいのはピグモンだろう。
すると、ピグモンは重い口を開いて、最後に告げた。
「ポプラ。
俺は君たちを殺さないぶひ。
どうか、幸せに生きてほしいぶひ」
ピグモンは、それだけ言うと踵を返す。
俺達の方に戻って行くピグモンを見て、ポプラが口を開く。
「待って、ピグモン!
やっぱり、私はあなたが好き!
本当に好きなの!」
と、必死の形相で叫んでいるがピグモンは止まらない。
そして、階段前にいた俺達のところに辿りついた。
「殺さなくていいのか?」
「はい。
ポプラは、俺が好きだった女性。
エレイン様たちには悪いが、どうか殺さないで欲しいぶひ」
俺が聞くと、ピグモンはとても悲しそうな表情で俺に懇願した。
ピグモンの気持ちは痛いほど分かる。
俺も、いまだにクリスティーナのことが忘れられない。
あれだけ酷い振られ方をしたのに、どこかクリスティーナへの好意を忘れられない自分がいる。
同じ状況だったら、俺も殺すことはできないだろう。
「……ああ、分かった」
俺は、ピグモンの頼みを承諾した。
そして俺達は、腕の無いキースと泣くじゃっているポプラを残して、屋敷を去ったのだった。
ーーー
俺達は、宿屋の横に停めた馬車のところまで戻ってきた。
馬車は、ジャリーの分身体に見張られていて、俺達が戻ってくるとスッと消えた。
かなりの長時間見張っててもらっていたが、まだ消えていなかったとは便利な技である。
すると、ピグモンが前を歩く俺達に向かって口を開いた。
「エレイン様!
それから、ジュリアちゃん、サシャちゃん、ジャリーさん!
金貨を盗って、本当に申し訳なかったぶひ!
そして、キースの屋敷で、一緒に戦ってくれて本当に助かったぶひ!
ありがとうぶひ!」
そう言って、ピグモンはその場でお辞儀をした。
律儀な奴だ。
ピグモンが行った窃盗に関しては、すでに俺は「許した」と言っている。
それに関しては、もう謝らなくていいのに、改めて謝ってくるあたり、ピグモンの人の良さを感じる。
それに、屋敷での戦いは、俺達だけではあの烈風刀による突風を突破することは難しかっただろう。
ピグモンが命をかけて突撃してくれたおかげで、なんとか生まれたチャンスを物にしただけだ。
そう意味では、こちらこそピグモンに感謝しているくらいだ。
あの戦いでは、金貨を取り戻すだけでなく、マサムネ・キイの九十九魔剣の一刀『烈風刀』まで手に入ったんだ。
今となっては、屋敷に行って良かったなとすら思っている。
「俺の中では、一緒に旅をして、一緒に死闘を潜り抜けたピグモンは、もう仲間だと思っている。
気にするな」
これが俺の本音だった。
それを言うと、ピグモンは目を大きく見開いて、涙を流していた。
「ひっぐ……俺なんかのことを……仲間だなんて……。
ありがとうございます……ぶひ!」
泣きながら、再度感謝の言葉を述べるピグモン。
それを見て、サシャとジュリアも、もらい泣きしたようで涙ぐんでいる。
ジャリーは無表情のままだが。
「それで?
ピグモンはこの後どうするんだ?」
「そ、そうぶひね。
この後は、ポプラと一緒に住んでいた家を売って、荷物をまとめて新しい家を探そうと思うぶひ……」
暗い表情で言うピグモン。
すると、ジュリアはピグモンの言葉が分かったのか、涙を拭きながら口を開く。
「ピグモンもエレインの護衛になればいいじゃない!
イスナール国際軍事大学まで、一緒に行きましょ!」
なんて提案をしたのだった。
ピグモンは、ユードリヒア語が分からず、ジュリアの提案に首をかしげている様子。
だが、俺は少しジュリアの提案について考えてみた。
確かに、ピグモンを護衛として連れて行く価値はある。
大峡谷をすでに越えているため、護衛を増やしたところで特に問題はない。
自分を守る兵が増えれば、俺の危険も減るというものだろう。
それに、ピグモンは強かった。
A級冒険者と自称していただけあって、大斧の破壊力や戦闘勘に優れていた。
もし護衛に入ったら、盾役として機能することだろう。
すでに、旅を始めてから一か月以上経っていることもあり、俺達は折り返し地点に来ている。
確か、ここから東のヒグラカグヤ王国へと渡り、そこから南下することで目的のナルタリア王国に辿りつく。
イスナール国際軍事大学は、その中心部の都市にあるという話だ。
そこまで、ざっと計算してもう一か月ほどかかるだろう。
その一か月で、また次いつ戦闘になるか分からない。
思えば、ここまで来るのにかなりの数の戦闘をしている。
メリカ王国では光剣流の上級剣士と戦い、城塞都市ドバーギンでは吸血鬼フレディ・ベラトリアムと戦い、大峡谷ではダマヒヒト王国の追っ手に追われ、ダマヒヒト王国では貴族ディーンに罠に嵌められ、べネセクト王国では烈風刀を持つ盗賊と戦っている。
こんな戦いづくめの毎日になるとは思っていなかったが、それならば護衛の一人でも増やした方が危険が減るというものだ。
それに、ジャリーは俺がイスナール国際軍事大学へ入学したら、メリカ王国へと帰る。
それは、ジャリーがメリカ王国軍総隊長であるためだ。
本来、軍の総隊長が長い間不在なのはありえない話で、俺が王子であり王国にとって大切だからこそジャリーが例外的に護衛としてついてきているだけなのだ。
ジャリーには、これまでかなり助けられてきたので、いなくなってしまっては心もとない。
おそらく、ジャリーが帰るのであればジュリアも帰るのだろう。
そうなると、イスナール国際軍事大学に辿りついたら、俺の護衛はサシャ以外いなくなることを意味する。
それならば、今のうちに護衛を増やしておくのが得策だろう。
イスナール国際軍事大学は、ナルタリア王国の都市内にあるとはいえ、危険がないとも限らない。
それなのに護衛がいないというのは、まだ五歳の身体の俺にとっては心もとないのである。
そう思った俺は、ピグモンを見つめる。
「ピグモン。
ジュリアは、ピグモンも俺の護衛になればいいじゃないか、と言ったんだ。
俺もそうなってくれると嬉しいと思っているんだが」
そう言うと、ピグモンは予想外のことを言われたというような様子で、目を大きく見開く。
この瞬間にもジャリーが俺に何も言ってこないということは、ジャリーも最初はピグモンを殺そうとはしていたものの、今はピグモンのことを少しは認めているということなのだろう。
まあ、屋敷でのあの奮闘を見ては認めざるを得ないか。
と横目でジャリーの様子を観察していたら、ピグモンは口を震わせながら喋りだした。
「お、俺なんかが、エレイン様の護衛になっていいんでぶひか?」
「ああ、俺はお前になってほしんだ」
そう言うと、ピグモンはまた涙をした。
そして、再びお辞儀をするピグモン。
「エレイン様!
俺、ピグモン・バラライカは!
エレイン様の護衛として!
エレイン様を全力でお守りしたいと思います!
よろしくお願いします……ぶひ!」
気合いの入った叫び声だった。
それに対して、俺も短く返答する。
「ああ、よろしく頼む」
こうして、俺のパーティーにピグモン・バラライカが加わったのだった。
ーーー
次の日の朝。
俺達は、あの後宿屋に一泊をして、旅へ出る準備をしていた。
ピグモンは、昨日中にワイナ地区にある家を売却したあと俺達に合流し、今は馬車での準備を手伝っている。
それにしても、ピグモンに俺がメリカ王国の王子であることを教えたときの驚きようは面白かった。
俺の護衛になるのであれば、まず俺のことを教えなければならないと思い、今朝ピグモンに俺がメリカ王国の王子であることを打ち明けた。
すると、ピグモンは尻もちをついて驚いていた。
「えええ!
エレイン様、王子だったんぶひか!?
しかも、バビロン大陸の!
どこかの貴族かとおもってましたぶひ!」
なんて言っていた。
ピグモンの驚き顔が見れて俺は満足である。
「このことは内密にな」
と、一応口止めをしておくと、ピグモンはゴクリと緊張した様子で生唾を飲んで、何度も頷いていた。
まあ、ピグモンは何やら俺に忠誠を誓っているようだし、裏切るような真似はしないだろう。
一緒に戦った者は仲間なのだ。
それから、サシャは昨日のうちに食料などを買い込んできてくれたようで、馬車の中に荷物を詰め込んでいる。
そんなサシャの着ているメイド服の腰元には、緑色に光る刀剣が差されていた。
烈風刀である。
烈風刀は、使い方が難しい刀だ。
戦闘員ではないサシャに護身用にと持たせているが、暴発したりしたらまずい。
今度、朝の修練のときに、いつも見ているだけのサシャとも訓練をしてみるかと思うのだった。
そんなこんなで準備も終わり、全員馬車に乗り込む。
ジュリアは、パンダのトラを抱えながら、ピグモンの顔を嬉しそうにツンツンしている。
ジュリアは、動物が好きなのだろうか?
もしかしたら、フェロとも仲良くできるかもしれないな。
メリカ王国に帰ったら紹介してやろう。
可愛いフェロのことだ。
ジュリアにも可愛がられるに違いない。
なんてことを思っていたら、馬車が走り出した。
次に行くのは、ここより東にある国、ヒグラカグヤ王国。
辿りつくのに、十日ほどかかるだろうか。
今度は危険がないことを祈りつつ、俺達は馬車に揺られるのだった。




