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転生王子の情報戦略  作者: エモアフロ
第二章 少年期 大陸横断編
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第五十二話「ピグモンの懺悔」

 ピグモンは思いのほか、すぐに見つかった。


 俺とサシャとジャリーとジュリア、それとトラは、首都ポリティカの東側にある地区、ワイナ区という貧民街を歩きながら、ピグモンを探していた。

 人通りは少なく、たまにいる人間は小汚い恰好をしていて、俺達を睨むように観察しながら通り過ぎる。

 なんとも、雰囲気の悪いところだった。


 道はかなり入り組んでいて、俺だけでは迷っていたと思う。

 だが、ジャリーは、こういう探索に慣れているらしく、道に迷わずに探すことが出来た。


 そして、入り組んだ道を抜けて、ある大きな通りにでたとき、百ートル前方に大きな斧を背負った、見覚えのある背中が見えた。


「ピグモッ……ぐふっ!」


 隣でジュリアが叫びそうになったところを、急いで手を当てて口をふさぐ。

 それを見て、ジャリーが口を開く。


「どうするんだ?」

「とりあえず、後をつけましょう。

 彼の住所や、彼が何にお金を使うのかを知っておきたいので」

「ふぐぐ……」


 そう指示を出すと、ジャリーとサシャは頷いた。

 ジュリアも、口をもごもごさせながらも、納得はした様子。


 本当は、ここでジャリーにピグモンを強襲してもらい、金貨を取り返すのが正解だったのかもしれない。

 しかし、そうした場合、確実にピグモンは死ぬだろう。

 ジャリーは、殺すことに躊躇をする人間ではないからな。


 正直、後をつけるという判断をした理由は、温情もあった。

 この十日間、一緒に旅してきた中で、ピグモンがそんなに悪いやつには見えなかったからだ。


 最初はオドオドしてはいたものの、話してみればとても気のいいやつで、悪いことを考えているようには見えなかった。

 それに、旅中の雰囲気が悪くならないように、俺達全員とコミュニケーションを図って、心が通じ合ったような気もした。


 もしかしたら、そういう作戦だったのかもしれない。

 ただ、本当に悪い奴なら、あそこまで初めて会った人と仲良くはなれないだろう。

 金貨を盗ったのにだって、何か理由があるのかもしれない。

 それに、俺達の勘違いの可能性だってある。


 これでもし、ピグモンが悪意だけで俺達から金を盗んだのだとしたら、斬っていい。

 それは、許されない行為だからだ。

 しかし、心のどこかで、何か理由があるはずだ、と思う部分もあるのだった。


 そんな思いで、ピグモンの後をつける。

 そして、後をつけはじめてしばらくたったとき。

 ピグモンは、二階建ての大きな屋敷の前に辿りついた。

 ここらは、貧民区でボロい家や廃墟ばかりだったので、あのような大きな屋敷は珍しい。

 

 何か怪しいな。


 そう思った俺達は、出来るだけ近くで見ようと、屋敷の近くにある建物の影を陣取る。

 そして、ピグモンをそこから覗くと、扉をノックしているのが見えた。

 だが、ノック音が聞こえるほどの距離ではない。

 見えるだけで、音までは聞こえないか。


 と思っていると、屋敷の中から大きな身体をした、褐色肌の男が出てきた。

 ピグモンと男は、扉の前で何かを話しているが、その内容までは聞こえない。

 ただ、にらみ合っているし、あまり良い関係のようには見えなかった。


 そんな様子を見ていると、隣でサシャが小さく叫んだ。


「あ、あれ!」


 サシャが指した指先に見えたのは、ピグモンの持っている麻袋。


 あの麻袋には、見覚えがあった。

 ダマヒヒト王国でもらったイスナール金貨を入れていた麻袋である。


 それを見たとき、サシャとジュリアの表情が歪んだ。

 やっぱり、ピグモンが盗っていたのかと確信したからだ。

 俺も、信じたくはなかったが、証拠があるのだから、もう庇いようがない。


 そう思いながらも観察を続けていると、男はピグモンから渡された麻袋の中身を見て驚いている様子だった。

 そして。


「あっ!

 ピグモン!」


 小さく声をあげたのは、ジュリアだった。


 その視線の方向を見ると、ピグモンが男に腹部を剣で刺されていた。

 そして、それを見た瞬間、俺の後ろから駆け出すジュリア。

 完全に、その目はピグモンに向かっている。


 まずい、と思ってジュリアの方に顔を向けると。

 ジャリーがジュリアの手を取って止めていた。


「ママ!

 ピグモンが!」

「分かってる。

 だが、今は落ち着け」


 ジャリーは、ジュリアを落ち着かせるように、冷静な声で言って抱き寄せる。

 しかし、ジュリアの目には涙が流れていて、歯を食いしばって、我慢の限界という様子だ。


 ジュリアの気持ちも分かる。

 仲良くなったピグモンが剣で刺されて、気が気ではないのだろう。

 これは、ピグモンを助けに行くべきか?

 

 と、迷っていると、剣で刺した男の後ろから、茶髪の髪を肩に垂らした、綺麗な女性が出てきた。

 女性は、腹を抑えるピグモンを冷たい目で見下ろしながら何かを言っている。

 そして、ピグモンは何か絶望したような表情をしていた。


 あれ、これはもしや?


 俺は、この光景にやや見覚えがあった。

 それは、生前の記憶。

 あの魔王とクリスティーナに()められたときの記憶だ。


 俺がそのデジャブな光景を見て逡巡している間に、ピグモンを見下ろす男女は屋敷に戻り、屋敷の扉は閉まった。

 それと同時に、腹を抑えながら倒れるピグモン。

 その瞬間。


「ピグモン!」


 ジュリアはそう叫びながら、ジャリーの手を放し、ピグモンの方へと走っていった。


 ジャリーとトラはそれを無言で追う。

 俺とサシャもその後を急いで追うのだった。


 ジュリアは、屋敷の前で倒れたピグモンに駆け寄ると、身体を抱き起こす。

 そして、俺とサシャがピグモンのところに辿りついたあたりで、ピグモンは閉じていた目を薄く開いた。


「じゅ、ジュリア……ちゃん?

 な、なんで、こんなところに……。

 お、お金を盗って……ごめん…ぶひ」


 ピグモンは、それだけ言うと、再び意識を失うように目を閉じた。


「ピグモン!

 ねえ、ピグモン!

 目を開けてよ!」


 それを見たジュリアは、動揺した様子で叫ぶ。


 すると、屋敷の中から怒声が聞こえた。


「誰かいんのか!?

 あの豚の連れかもしれねえ!

 お前ら見てこい!」

「うっす!」

「はーい!」


 複数人の男の声だ。

 おそらく、ジュリアの声が聞こえてしまったのだろう。

 この状態で、この屋敷の者達と鉢合わせるのはまずい。


 そう思った時、判断が早いのは、やはりジャリーだった。


 ジャリーは、ピグモンを一気に持ち上げ、肩に担いだ。


「逃げるぞ!」


 強張った口調で叫んだジャリーの声に、全員我に返った。

 先ほどまで泣いていたジュリアも、我に返ったようにして涙を手で拭きながら頷く。


 そして俺達は、屋敷の者に見つかる前に、ピグモンを連れてその場を急いで離れたのだった。



ーーー



 俺達は、先ほどの屋敷から少し離れた、路上に来た。

 そこで、一旦ピグモンを寝かせ、サシャに治癒魔術をかけてもらう。

 すると、ピグモンの腹の傷は無くなり、出血も止まった。

 だが、ピグモンは目を中々覚まさない。


 おそらくこの気絶は、先ほど腹に剣を刺されたことで出血し、貧血を起こしたというところだろう。

 治癒魔術では、外傷を治すことはできても、血を増やすことはできないので、こればっかりはどうしようもない。


 とはいえ、外傷は塞いだわけだし、待っていればそのうち起きるだろう。

 ジュリアも涙目になりながらピグモンの身体を揺らしているし、時間の問題か。


 それにしても、先ほどの連中はなんだったのだろうか。

 ピグモンが、俺達から盗った金を渡していたところから察するに、取引相手か借金相手か、そんなところだろうか。

 

 だが、剣で人を簡単に刺す上に、あれだけ大きな屋敷に住んでいる男。

 もしかすると、何か大きな組織かもしれない。

 そう考えると、ピグモンを今助けている状況が、かなり危険かもしれないのだが、流石に仲良くなった者が刺されたのを見て放っておけるほど、俺も人の心を失っていない。

 

 俺が、先ほどの件を考察していると、ジュリアの叫び声が聞こえた。


「ピグモン!

 起きたのね!」


 ジュリアは嬉しそうな顔で、ピグモンを見つめる。

 ピグモンは俺達の顔を見回しながら、目を大きく見開いて呆然としていた。


「ここは……どこだ?

 何が起きたんぶひか?」


 目を覚ました直後のピグモンは、やや混乱している様子。

 俺は、できるだけ落ち着いた口調で説明した。


「ピグモン。

 お前は、俺達の金貨を盗んだ。

 だから、俺達はお前を追っていた。

 そしたら、屋敷の前でお前が刺されているのを発見したから、ここまで連れ帰って、サシャに治癒してもらったんだ」


 と、端的に説明すると、ピグモンはすぐに理解した様子。

 そして、身体を震わせながら、頭を土につけた。


「金貨を盗んでしまって、本当に申し訳ないぶひ!

 その上、命まで助けられてしまったぶひ!

 こんな命、助けなくてもよかったところを……うっ……ひっぐ……。

 ご、ごめん……なさいぶひ……ひっぐ……うっ」


 ピグモンは、土下座をしながら謝ったと思ったら、今度は嗚咽交じりに、泣きだしてしまった。


 サシャとジュリアは、ピグモンを心配した様子。

 ピグモンを咎めようとしていたジャリーも、これには呆れてため息を吐いている。


 確かに、ピグモンは俺達の金貨を盗んだ。

 だが、俺の中で、場合によってはピグモンを助けたいという感情が芽生えつつあった。

 それは、ピグモンが、生前の俺と似ているように思えたからかもしれない。


「ピグモン。

 落ち着いて。

 ゆっくり、何があったのか話してみてくれ」


 俺が落ち着いた口調で、ゆっくり言うと、次第にピグモンは泣き止み、何があったのか説明を始めたのだった。



ーーー



「……ということぶひ」


 ピグモンは、涙を拭きながら、顔を上げて説明を終えた。


 どうやら、ピグモンは借金を返すため、それから恋人と別れないために、俺達から金貨を盗んだらしい。

 そして、借金を返しても有り余る額の金貨を手に入れたピグモンは、意気揚々と返しに行ったところ、腹を刺されて金貨を奪われ、おまけに恋人もダマヒヒト王国に行っている間に奪われていた、ということらしい。


 なるほど。

 この件に関しては、盗みを犯したピグモンも悪いが、ピグモンばかりを責められないなと思った。

 悪いのは、恋人を奪うために借金を肩代わりし、ピグモンを追い詰めた、盗賊団の頭領のキースとかいう奴。

 それから、最も悪いのは、このべネセクト王国の政治体制である。


 ピグモンは、いわば政治の犠牲者である。


 正直、この貧民街を見ていて思ったが、やはりこの王国はおかしい。

 王都のすぐ隣に、これだけ大きなスラムのような街が出来ているのは、悪政が働いている証拠である。

 おそらく、上が良い思いをするために、税率を上げたのではないだろうか。

 その結果、生活が回らくなった者が増え、ピグモンはその一人だということか。


「というと?

 母親は大丈夫なのか?」

「すまん。

 母親が危篤というのは嘘ぶひ。

 母親はもう死んでるぶひ。

 物心着いた頃には母親はいなくて、獣人族で成長も早かった俺は、各地で冒険者をして生きてたぶひ。

 そして、恋人のポプラが出来てからは、離れられなくてぶひ。

 いつの間にか、ここに定住していたんぶひが……うっ……ひっぐ」


 恋人のことを思い出したのか、また泣きだしてしまった。


 まあ、気持ちは分からんでもない。

 俺も生前、付き合っていたつもりだったクリスティーナが魔王の女だと分かった時は、絶望で死にたくなったものだ。

 おそらく、先ほどから感じるデジャブで、ピグモンも近い気持ちになっているのだろう。

 心底同情する。


 だが、ジャリーはそうでもないようだ。


「エレイン。

 こいつ、どうする?

 殺すか?

 尋問するか?」


 ジャリーは、腰の剣に手を沿えながら、静かにそんなことを聞く。

 相変わらずの無表情ではあるが、その視線には殺気が籠っている。


「待って、ママ!

 ピグモンは悪くないわ!

 悪いのは、あの盗賊よ!」


 ジャリーの言葉を聞いたジュリアは、ピグモンを守るように間に入って叫ぶ。

 だが、ジャリーはそれを見て、鋭い眼光でジュリアを見下ろす。


「ジュリア。

 お前は分かっているのか?

 そいつは、盗人だ。

 私達の大事な金貨を盗んだ犯罪者なんだぞ?

 そんなやつを庇うのか?」


 殺気が籠り始めたジャリーの言葉を聞いて、ジュリアはたじろぐ。

 そして、その後ろのピグモンまでも、ジャリーを見て震えている。

 恐ろしい殺気で、俺までも背筋が凍る思いだ。


 でも確かに、ジャリーの考えも分からなくはない。

 盗みを犯したピグモンを斬るのは、護衛として当然の考えではある。


 それでも、俺はその考えを許容出来なかった。


「ジャリー。

 あなたの考えは、護衛としては正しい。

 だけど、人とは過ちを侵すものでしょう?

 ピグモンだって、話を聞く限り、やりたくて盗みを犯したのではなく、生活苦と恋人の危機が重なり、仕方なく盗ったのでしょう?

 俺は、許しますよ。

 ピグモンが改心するのであれば、許します」


 それを聞いて、ジャリーは顔をしかめたが、何も言わない。

 ジュリアは嬉しそうに、こちらを見る。

 

 そして、ピグモンにもそれをイスナール語で伝えると。

 ピグモンは、ワナワナと口を震わせていた。


「え、エレイン……いや、エレイン様!

 こんな俺を、許してくれて、ありがとうございますぶひ!

 盗みをやって、本当にごめんぶひ!

 もう、盗みはしないぶひ!」


 再び、地に頭をつけて、俺にそう叫ぶピグモン。

 

 まあ、改心したのなら良かった。

 人は、人を許すことで成長するものだからな。

 俺の選択も間違っていなかっただろう。


 などと浸っていると、ピグモンは立ち上がった。

 そして、背負っていた大きな斧を手に取る。

 その表情は、何か覚悟を決めた男の目である。


「エレイン様!

 俺は今から、あの金貨を取り返しに行ってきます!

 ここで待っていてください!」


 なるほど。

 自分の蒔いた種は自分で刈り取る、ということか。

 その心意気は嫌いではない。


「ピグモン」


 俺は、今すぐにでも屋敷へ駆け出そうとしているピグモンを呼び止めた。


「俺達も加勢しましょう」


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