第五十一話「盗んだ理由」
俺は、耳を疑った。
「本当に無いのか?」
「はい。
昨日確認したときはあったはずなんですけど……。
今見てみたら、麻袋ごと無くなっていました」
暗い面持ちで報告をするサシャ。
確か、あの麻袋の中には、ダマヒヒト城でもらったイスナール金貨千枚が入っていた。
それが全て無くなったとなると大問題である。
イスナール金貨が無くなったとなれば、今日泊まろうと思っていた宿屋にも泊まれない。
幸い、メリカ金貨の入った麻袋はあるようだが、メリカ金貨はこの大陸では使えない。
換金するアテもない今、イスナール金貨が無くなったのは相当まずい。
そして、まだ口にはだしていないが、無くなった理由は一つしか考えられない。
すると、後ろにいたジャリーが呟いた。
「あの豚に盗られたか」
その言葉を聞いて、全員表情が暗くなる。
そして、ジュリアが口を開いた。
「ママ!
なんてことを言うの!
ピグモンが、お金を盗るわけないじゃない!
どこかにあるに決まってるわよ!」
パンダのトラの手を強く握りながら叫ぶ。
信じたくない、という様子だ。
まあ、ジュリアの気持ちも分かる。
ここに来るまでの旅中で、ジュリアとピグモンはかなり仲良くなっていた。
言葉が分からないなりにコミュニケーションをとり、ピグモンのおかげで話せるイスナール語も増えたジュリアだった。
ジュリアとしては、そんな仲良くなったピグモンが盗みをしただなんて信じたくはないのだろう。
だが、現実は非情である。
「いや。
あの豚は、去り際の様子は少しおかしかった。
それに、最後持っていたナップサックが少し膨らんでいるようにも見えた。
おそらく、あの中に金貨の入った麻袋を入れていたのだろう」
と、冷静に分析するジャリー。
それを聞いて、ムッとするジュリア。
「そんなの、ママの予想じゃない!
きっと良く探せばあるはずよ!
探しましょ!」
そう言って、ジュリアは馬車の荷台の中を探し始めたのだった。
まあ、俺もピグモンが盗みをしただなんて信じたくない気持ちはある。
だが、思い返してみれば、ピグモンの態度には少し引っかかる部分があった。
最初に俺を見つけたときの嬉しそうな表情や、なぜ危篤の母親のそばにいないのかと聞いた時に、一瞬考える素振りをしたこと。
それから、最後にジュリアに「さよなら」と言われたときに、無視をして足早に去って行ってしまったあの態度。
おそらく、自分の盗みに対する罪悪感から、無視をしたのではないだろうか?
とはいえ、これも言ってしまえば憶測にすぎない。
もしかしたら、馬車の荷台の違うところに置いたのかもしれない。
その思いで、俺はジュリアとサシャと共に、荷台の中を探すのだった。
ーーー
結局、荷台の中に、イスナール金貨の入った麻袋は無かった。
そして、誰も口には出さないが、俺達の中で、ある共通認識が出来た。
ピグモンに盗まれた。
全員暗い顔。
ジュリアは、信じられないという様子で、プルプルと震えていた。
そして、口を開く。
「嘘よ!
たぶん、袋ごとどこかに置いてきてしまったんだわ!
ピグモンが盗むはずないじゃない!」
ジュリアは汗を垂らしながら、叫ぶ。
だが、ジャリーはその様子を冷ややかな目で見下ろす。
「ジュリア。
お前は、ピグモンの何を知っている。
十日前に会ったばかりじゃないか。
人の本性というのは、少し一緒にいたくらいじゃ分からないものだ」
静かな口調で諭すように言うジャリー。
それを聞いて、ジュリアは反論出来ずに俯いた。
俺もこのジャリーの意見には同意である。
話すと気さくな奴だったとしても、心の中では何を考えているのか分からない。
もしかしたら、ピグモンは窃盗の常習犯だったのかもしれない。
それも、通行する馬車専門のだ。
あそこで、『助けて』と書かれた板を掲げていたのは、馬車に乗せてもらって、馬車の中にある金を盗むためだったのだろう。
誰も言わないが、今回の責任は俺にある。
俺が、勝手にピグモンを乗せると言ってしまったから、こんなことになってしまった。
馬車に乗せるだけなら何も害はないだろう、と思ったから乗せたのだが。
ふたを開けてみれば、大変な被害を被っている。
反省しかない。
しかし、反省ばかりしていられない。
俺は、ジャリーを見上げる。
「別れてから、かなり時間が経ってしまいましたが、ピグモンを探しましょう」
それを聞いて、サシャは頷く。
ジュリアも、暗い表情だが、一応頷く。
「アテはあるのか?」
ジャリーは、腕を組みながら聞いてくる。
その質問を聞いて、俺も旅中のことを思い出す。
馬車で聞けた情報といえば、ピグモンは今いる首都ポリティカの隣の地区に住んでいる、という話くらいだ。
だが、それすらも今となっては本当か分からない。
「あまり、アテはないですね。
彼の出身はポリティカの隣の地区という話でしたが……。
とりあえず、虱潰しに探していくしかないでしょう」
「……そうか」
すると、ジャリーは、集中するようにしながら目を瞑る。
そして、数秒後。
ジャリーの影からジャリーが出てきた。
これは、ドバーギンで見たことがある。
確か、影剣流奥義『影分身』だったか。
その様子を見て、先ほどまで暗い表情をしていたジュリアが目をキラキラさせて見上げる。
「ママ!
私も『影分身』したい!」
「今は、それどころじゃない。
また今度教える」
といった調子で、ジュリアはジャリーに一蹴されてショボンとしていた。
そして、ジャリーは俺を見る。
「エレイン。
私の分身体三体を、北と南と西にそれぞれ送り込む。
ピグモンが見つかれば、分身体が消えて私の元に情報が入る。
それから、もう一体の分身は、馬車の見張りとして、ここに置いていこう。
残った私とジュリアとエレインとサシャで東の地区を探索、ということでいいか?」
「わ、分かりました」
ジャリーの判断の早さには、いつも驚かされる。
それにしても、影剣流奥義『影分身』は、そういう使い方も出来るのか。
便利な技である。
探索において、人手ほど重要な物はない。
この場において、四人も人手が増えるのはありがたいことだ。
「じゃあ、行きますか」
そう言った瞬間、分身体達はバラバラに消えた。
それぞれの方向に探しに行ったのだろう。
そして、俺とサシャとジュリアとジャリーの本体は、ピグモンを探しに東の地区へと向かうのだった。
ーーーピグモン視点ーーー
エレイン、ジュリアちゃん、サシャちゃん、ジャリーさん。
本当にごめんぶひ。
俺は、心の中でそう呟きながら、べネセクト王国東部のワイナ地区を足早に歩いていた。
向かうのは、ワイナ地区の外れにある、とある盗賊団の元である。
人気の少ない道を進み、何度も入り組んだ路地を行き来する。
そして、ようやく辿りついたのが、とある二階建ての大きな建物の前だった。
廃墟ばかりのこの地区で、その建物は一際異彩を放っている。
俺は、その建物の扉の前に立ち、ノックをする。
二回連続で叩いて、一拍置いて、三回連続叩く。
予め、決められているノックのやり方だ。
すると、扉がガチャリと開いた。
出てきたのは、褐色肌で、目に傷がある、筋肉質の大きな男。
耳にピアスを付けて、少し浮ついたようにも見える見た目だが、腰には剣が携えられている。
「よお、豚ちゃん。
今日の分、ちゃんと持ってきたかな?」
二ヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、おちゃらけた態度で話しかけるこの男の名前は、キース・バロリ。
このワイナ地区一帯を縄張りとした盗賊団「灰鼠」の頭領である。
「あ、ああ。
ちゃんと持ってきたぶひ。
今日はすごい収入があってぶひな……」
と言うと、キースはピクリと反応を示した。
先ほどまでの、ふざけた態度とは一変、急に神妙な顔で俺のことをねめつける。
「すごい収入……?
それは、お前の借金を帳消しに出来るほどのか?」
そう。
俺は、このキースという男に借金をしている。
正確には、この男ではなく、街の金貸しにお金を借りたのである。
それを肩代わりしてくれたのが、キースなのだ。
三年前である。
王国の税金が高くなり、生活をするお金が無くなったのだ。
そのときは、金貸しにお金を借りて、その場を凌いだのだが。
その後、いつも組んでいたパーティーから結婚したカップルが出て、パーティーが解散することになったため、冒険者としての収入がほぼゼロになってしまったのである。
俺がどうしようもなくなっていたときに、救いの手を差し伸べてくれたのが、このキースだったのだ。
こいつは、盗賊団という違法な団体の長ではあるのだが、この大きな建物を所有していることから分かる通り、お金は持っていた。
そして、俺の代わりに利子も込みでまとめて支払ってくれて、その分のお金は月一回分割で払うように言ってきたのだ。
正直、キースとはそこまで仲良かったわけではないし、まさか代わりに払ってくれるとは思っていなかったので、少し疑問ではあった。
が、切羽詰まっていた俺を助けてくれた、ということでこのときはとても感謝したのである。
だが、それから半年して、キースは本性を現し始めた。
どうやらキースは、俺の恋人であるポプラのことが気に入っていたらしく、それが理由で俺を助けたらしいのである。
ポプラとは、俺が冒険者時代に同じパーティーで苦楽を共にした、人族の女の子である。
豚人族の俺が人族の女の子に好かれるわけがないと思いつつも、一緒に冒険者としての仕事をする中で段々ポプラに対する好意が抑えられなくなり、勇気をだして告白したら、ポプラも俺のことを受け入れてくれて、付き合うことになったのである。
それから、一緒の家で暮らすようになるほど、仲良くなった。
そして、一緒のパーティーだったもう一組の男女カップルがついに結婚してパーティー解散となった。
お金もキースのおかげでどうにかなったし、俺達も結婚とか考えてみるか、なんて思っていたそんなときである。
キースから、ある提案をされた。
「今後もし、金の返済に一回でも遅れたら、ポプラと別れろ」
というものだった。
俺は、それを言われたとき、頭が真っ白になったのを覚えている。
パーティー解散してから、冒険者としての収入はかなり減っていた。
それに、べネセクト王国の悪政のせいで、どこもお金回りは良くないようで、ギルドから出る報酬も悪かったのである。
キースには、毎月の返済が遅れていたのが現状だった。
このままでは、ポプラと別れさせられてしまうと思った俺は、出来る限り抵抗した。
とはいえ、キースに文句を言っても、聞き入れてもらえない。
それに、キースの盗賊団は、強面の強そうな人が多く、力でも対抗できそうにない。
結局、抵抗もむなしく、その条件を受け入れるしかなかったのだ。
だが、ポプラのことは好きだし、絶対に別れたくはなかった。
その思いで、俺は頑張った。
わざわざ、金回りが良く報酬も良いダマヒヒト王国まで単身で行き、どうにかこうにかお金を稼ぎ、キースに対する借金とポプラの生活費を、毎月一回べネセクト王国に戻っては渡していた。
そして、借金も残り半分となった先月。
キースは言った。
「じゃあ、来月、貸している借金を全額返してくれ。
返せなかったら、ポプラとは別れろ」
と、新しい条件を突き付けてきたのである。
これには、絶望したものだ。
ただでさえ、毎月の返済でもギリギリだったのに、今度は、まとめて返せだなんて横暴である。
だが、お金を借りているのは俺だ。
俺に文句を言える権利はなかった。
俺が絶望していると、「お前も盗賊になれば、金を簡単に稼げたのにな」と言って、俺の肩をポンと叩いて、笑いながらキースはどこかへと行ってしまった。
そして、それを聞いた時、俺の中である案が生まれたのだ。
俺も、人から盗めばいい、と思ったのだ。
それから、貴族の馬車がよく行き交っているイスナール湖周辺の道で、ダマヒヒト王国からやってくる貴族の馬車を狙って、俺は道端で乗せてくれる馬車を探した。
そして、看板を作って道端で掲げていたら、最初に止まってくれたのがエレイン達の馬車だったのだ。
誰も馬車を止めてくれないので、エレインの馬車が止まってくれた時は、嬉しい顔をしていたと思う。
俺は、盗みなんてやったことなかったし不安だったが、最初にエレインを見たときは幸運だと思った。
エレインは貴族風の恰好はしているが、まだ小さな子供。
連れも、子供ばかりである。
なんとか適当な嘘をついて乗車の許可をもらったのだが、盗むのは容易ではなかった。
まず、護衛である黒妖精族のジャリーが、常に厳しい監視をしていたのだ。
早々に、大量の金貨を所持しているのは発見したのだが、一瞬の隙も見せないジャリーのせいで、中々回収出来なかったのである。
それに、夜に野宿をしたところで、イスナール湖の周りでは珍しくも、巨大昆虫型のモンスターが出たときがあったのだが、ジャリーが常人ならざる動きで、一瞬でモンスターを処理していたのを見て、背筋が凍る思いをしたものだ。
それから、俺は、籠絡する作戦にシフトした。
まずは、サシャやエレインにどんどん話しかけて仲良くなり、ジャリーやジュリアとも、言葉が伝わらないながらも仲良くなったりした。
こうして、仲良くなることで隙を狙ったのである。
ジャリーとは、そこまでコミュニケーションをとることは出来なかったが、ジュリアと仲良くなった俺を見て、少し態度が和らぎ、監視も薄くなったため、成功だったといえるだろう。
まあ、冒険者なら、知らない人と仲良くならなければならない機会など山ほどあるため、こういうことには慣れているのだ。
しかし、問題は、仲良くなりすぎてしまったことである。
特に、ジュリアとは、たくさん笑い合った。
ジュリアは俺のことを気に入ってくれたのか、人懐っこく話しかけてくれたので、俺も調子に乗って仲良く話してしまった。
その結果、罪悪感が生まれてしまったのである。
こいつらは何も悪いことをしていない良い人達なのに、俺なんかが嘘をついてお金を盗んで良いわけないだろう。
そんなことを思って、旅中ずっと苦しんでいた。
だが、俺も生きるため、そして、恋人のポプラを守るために必死だった。
今日盗らなければ、ポプラと別れることになる。
それが脳裏をよぎったとき、俺は、盗ることを決心した。
べネセクト王国に辿りつく前日の夜。
いつものように、ジャリーとジュリアとサシャの女連中が、濡れた布で身体を拭き始めるとき。
エレインがそれを覗いている間に、荷台の中にあったイスナール金貨入り麻袋を俺のナップサックに詰めたのである。
その後、荷台に逃げてきたエレインにも、犯行現場は見られずに済み、無事盗みに成功したのだった。
別れ際に、ジュリアにイスナール語で「さようなら」と言われたときは、罪悪感で胸を締め付けられる思いだったが、どうにか堪えて、ここまできたのである。
エレイン達には申し訳ないが、俺は恋人のポプラを守る。
その思いで、キースを見上げた。
「これが、そのお金ぶひ!」
そう言って、麻袋をキースの前に差し出す。
そして、キースは麻袋の中を見て、目を大きく見開いた。
「お前……これだけの金……。
何をした?」
キースは睨むように俺を見下ろす。
「お前と同じ盗みをしたんぶひよ」
俺がそう言うと、二ヤリと笑うキース。
「そうかそうか。
お前は盗みをしたのか……。
じゃあ、ここで終わりだ!」
そう言って、叫んだ瞬間。
キースは剣を抜刀して、俺の腹に刺していた。
そして、剣の抜かれた腹部から血が流れる。
「ぶひっ!
な…なにを……」
と、俺が腹を抑えたところで、キースの後ろから女の声がした。
「キース~!
まだ終わらないの~?」
そう言って、後ろから出てきた女性を見て、俺は思わず目を疑った。
「ぽ、ポプラ!?」
俺はその女性を見て、痛みに堪えながら叫んだ。
その女性は、俺の最愛の女性。
結婚まで考えていた女性。
俺が、こんな思いをしてまでお金を稼いでいたのは、ずっとこの女性のため。
見間違えるはずもない。
現れたのは、ポプラだった。
「あ……ピグモン」
ポプラは、冷めた目で、腹を抑える俺を見下ろす。
「なんで……お前……ここに」
痛みに堪えながら、必死に声を振り絞った。
すると、ポプラは鼻を鳴らした。
「やっと帰ってきたんだ。
やっぱり、いっつも家に帰ってこないピグモンなんかより、お金も持ってるし、いつも傍にいてくれるキースさんの方が、私に合ってるわ。
ピグモン、別れましょ。
いま私、キースさんと付き合ってるの」
俺は、ポプラが何を言っているのか分からなかった。
何も考えられずに、ただ腹の痛みだけが増していく。
その様子を見て、キースは不敵に笑う。
「ま、そういうことだ。
この金貨は俺がもらっておく。
それと、ポプラも、もらっておくな。
豚は豚と付き合えってことだ。
じゃあな」
それだけ言って、金貨の麻袋を持って、扉を閉められた。
俺は、頭が真っ白になりながら、その場で倒れたのだった。




