第四十六話「ダマヒヒト城入城」
「ふざけるなあああ!」
叫んだのは、オリバーだった。
オリバーは、うつ伏せ状態でジュリアに上から抑えつけられながらも、こちらを睨んで大声で叫ぶ。
「なぜ、ディーン様が捕まらなければならない!
俺達は、メリカの王族を捕まえようとしただけだ!
俺達に非はないだろうが!
捕まえるべきは、そこにいるメリカの王子だ!!」
オリバーは顔を真っ赤にして怒り狂っている。
だが、フレアは冷酷な目でオリバーを見下ろした。
「あなたは、ディーンの護衛のオリバー・ネルソニアでしたわね。
イスナール国際軍事大学を首席で卒業したとして有名でしたから、知っています。
確かダマヒヒト王家からの誘いもあったはずですが、ディーンの護衛になったと聞いて少し残念でしたが。
ディーンの方が給金が良かったのでしょうか?
その結果、腕が無くなってしまったとは。
不憫でならないですね」
侮蔑するかのような皮肉言葉。
それを聞いて、怒りが頂点に達した様子のディーン。
オリバーはジュリアが手で頭を押さえつけているのを、身体を揺らして振りほどき、足だけで立ち上がろうとする。
「このクソアマあああああ!」
「あっ、こら!」
ジュリアの拘束が完全に解けた。
そして、オリバーがフレアに向かって駆け出そうとした瞬間。
「メェ!」
「ぐはっ!」
オリバーの頭上に現れたパンダのかかと落としが、オリバーの頸椎に向かって振り下ろされる。
オリバーは胸から勢いよく地面に倒れた。
倒れたオリバーは、動かなくなっていた。
意識を失ったか、死んだかしたのだろう。
まあ、この際どちらでもいい。
ナイスパンダ、もといナイストラである。
フレアはもはやオリバーに興味はないという様子でディーンの方に振り返り、ツカツカと歩く。
青ざめた表情のディーンをフレアは睨みつけた。
そして、俺が持っていた再生の剣をチラリと横目で見ながら口を開く。
「ディーン。
あなたは、我が王家で代々管理していたイスナール様の神器、再生の剣を奪いましたね?」
それを聞いて、ディーンの顔色がどんどん悪くなる。
聞かれたくないことを聞かれてしまった、という表情だ。
「ち、違う!
俺じゃない!
そ、そうだ、こいつら!
メリカの王族のこいつらが、持っていたんだ!
だから、俺がこいつらから取り返すために、閉じ込めたんだ!」
はあ?
何を言っているんだこいつは。
先ほどまで、自分の胸に再生の剣を刺して、意気揚々と俺に剣のことを説明していたのを忘れたのだろうか。
それに、俺はダマヒヒト王国に来るのは初めてだ。
俺が再生の剣など、持っているわけないだろう。
すると、フレアはフンと鼻を鳴らした。
「あなたは分かっていないようなので、教えてあげますわね。
私はこの十日間、ずっとエレイン様と一緒の馬車でメリカ王国からダマヒヒト王国まで旅をしておりました。
エレイン様一行の中に、再生の剣を持っている方などおりませんでしたし、馬車の中にもありませんでしたわ。
それに、エレイン様は移動中、ダマヒヒト王国には初めて行くと仰っていました。
そんな方が、再生の剣を持っているはずがないですわ」
それを聞いて、一瞬ディーンはポカンと口を開ける。
そして、わなわなと唇が震えだした。
「そ、そんなわけないだろう!
そもそも、ダマヒヒト王国の第一王女が、メリカ王国にいるという事態がおかしいではないか!
俺を陥れるために、嘘をついたな!」
そう言ってディーンはフレアを睨むも、冷酷なフレアの視線に一蹴される。
「いえ、嘘などついていませんわ。
私が、わざわざ危険を犯してまでメリカ王国に赴いたのは、二十日前に王家で消えた再生の剣を探すためですのよ?
神器が無くなったという大きな失態を国民に知られる前に、神器を見つけるため、探しておりましたの。
王家の間では、奪われた現場の痕跡と、犯行時間に付近にいた人間から、大峡谷付近にいる盗賊団が関わっているのでは、という話がありまして。
私自ら、盗賊団の元へと兵を連れて赴いたというわけです。
そして、私は盗賊団の方とお話をしました。
私がダマヒヒト王国の第一王女だと言ったら、あっさり白状しましたわ。
その盗賊団は、ダマヒヒト王国のとある貴族に金銭で雇われて、再生の剣を盗んだと言っていました。
誰に雇われたのかを聞いても、それは絶対に言えないの一点張りでしたが。
まあ、私たちが大峡谷へ行く道中で盗賊に追われていた時点で、こんなことをするのは強硬派の貴族だろうと察してはいました。
まさか、あなたでしたとわね。
ディーン!」
カッと目を大きく見開いて、ディーンを見下ろすフレア。
ディーンは、それに対して恐れをなす様相。
何も言い返せないということは、フレアの言うことを認めているのに等しい。
その様子を見て、フレアは短く叫んだ。
「アルバ!
連行しなさい!」
「は!」
アルバは、後ろから兵とともに出てきて、ディーンの前に駆け寄る。
俺がジャリーに合図して羽交い締めを解かせると、ディーンはアルバと他の兵士達に縄でグルグル巻きにされて、屋敷の外へと連行された。
俺は呆然としながら連行されるディーンを見送っていると、フレアはこちらを向いた。
「エレイン様。
ディーンに罠にかけられたということでしたが、ご無事で何よりです。
そして、あなたには本当に助けられました。
あなたをダマヒヒト城でもてなしますので、来ていただいてよろしいですか?」
俺の目を真っすぐ見つめながら言うフレア。
俺は迷った。
なぜなら、俺がメリカの王子だとフレアにバレているからだ。
ダマヒヒト城に行って、フレアにいきなり監禁されるというようなことはないだろう。
フレアは平和主義者であることは先ほどのディーンとの舌戦で分かったし、フレアが俺をもてなそうとしてくれていることはその態度から分かる。
しかし、ダマヒヒト城にいるのは、フレアだけではない。
俺を良くは思わない王族もたくさんいるだろう。
何が起きるか分かったものではない。
俺は、フレアにもう一度言った。
「……俺は、メリカ王国の第二王子だぞ?」
正体がバレたとなれば、もう敬語を使う必要はない。
俺は素直に不安を告げた。
すると、フレアはニコリと笑う。
「安心してください。
そのことは、私と私の私兵の中での秘密にしておきます。
王家の方へは、私を守ってくれたメリカ王国の田舎貴族とでも説明しておきますわ!
それに、エレイン様との約束の件もありますしね!」
俺にそう言ってウインクするフレア。
俺は、この瞬間、救われたと思った。
正直、ディーンにメリカ王国の王子だとバレて、絶望していたのだ。
ディーンを口封じするにしても、殺すにしても、何かしらの足がつく。
そして、ポルデクク大陸中に俺の存在が広まれば、イスナール国際軍事大学への留学、ひいては俺の世界情勢を学ぶ計画が、一気に霧散するところだった。
それを、このダマヒヒト王国の王女様は解決してくれたのだ。
感謝してもしきれない。
「ありがとう、フレア。
じゃあ言われた通り、ダマヒヒト城へ行くとしよう」
俺は、そのフレアの厚意に応えるべく、ダマヒヒト城へ行くことにした。
再生の剣をフレアに渡し、俺達はフレアの高級馬車へと乗ることにした。
ーーー
「久しぶりのお風呂は、気持ちいいですね~、エレイン様!」
サシャは俺を抱きながら、ダマヒヒト城内にある大浴場につかっていた。
なぜ俺達がダマヒヒト城内のお風呂につかっているかというと、ダマヒヒト城に到着するやいなや、フレアに「あなたたち、少し汗臭いから、今すぐお風呂に入ってください」と言われたからである。
まあ、この二十日間ほど、まともに水浴びは出来ておらず、濡らした布で身体を吹いていただけだった。
それはもう、汗臭かっただろう。
サシャはギョッとした顔をして、自分の腕を鼻に近づけて嗅いでいた。
まあ、女の子は臭いと言われれば、普通はああいう反応になるだろう。
ジャリーとジュリアがイスナール語を理解できなくてよかったと思った。
とはいえ、この二人に関しては、そういうところを気にするのかは謎だが。
大浴場には、ジャリーとジュリアも入っていた。
ジャリーの豊満なバストに目を奪われていると、ジュリアがジト目でこちらを睨んでくるので、慌てて目を背ける。
五歳児の身体なので興奮はしないとはいえ、中身は年頃の男なのでついつい見てしまうのだ。
ジト目でこちらを睨むジュリアは、身体を隠すようにパンダのトラを抱っこして大浴場に入浴している。
入浴しているトラは、気持ちよさそうで、一段と目が垂れている。
そういえば召喚されたトラは、魔力が無くなれば消えるんじゃなかったかと思ってサシャに聞いてみると、
「召喚された生物は、魔力によってその場に縛られます。
本来であれば、お母さんが魔法陣に込めた魔力を失えばその縛りも無くなり、トラは元いたところに帰るはずなのですが。
帰らないところから見るに、ジュリアのことが気に入ったんですかね?」
と、先ほど馬車の中で言っていた。
なるほど。
召喚した獣が召喚者を気に入ると、魔力の縛りが無くなっても、その場に留まることがあるのか。
ジュリアもトラのことが気に入っているようだし、それはいいが。
それにしても、トラの戦闘能力には驚かされた。
正直、トラがいなければディーンに今もあの牢獄に閉じ込められていたことだろう。
あの強固な扉を蹴りで破壊したり、オリバーを蹴りで吹き飛ばしたり。
俺達は、強力な味方を手に入れたのかもしれない。
召喚の魔法陣を授けてくれたルイシャには、大感謝である。
などと考えていると、大浴場に入る扉がガチャッと開いた。
「あらあら、みなさん御揃いで」
入ってきたのは、フレアだった。
後ろにメイド服の侍女を二人ほど携えているが、フレアは裸だ。
透き通るような肌とその美しいプロ―ポーションに俺は思わず目が釘付けになるが、またしてもジュリアの視線が痛いので目を反らした。
そしてフレアは大浴場の方まで来ると、サシャに抱っこされている俺の横に入浴する。
連れてきた侍女達は、大浴場の隅で待機していた。
「ふぅ……。
気持ちいいですわね」
笑顔で俺の方を見て言うフレア。
この人は、俺が男であることに気づいていないのだろうか。
確かに俺はまだ五歳児の身体だが、中身は年頃の成人男性である。
この事実に俺しか気づいていないというこの状況に、なんとなく罪悪感が湧く。
だが、もう慣れた状況なので、この際どうでもいい。
おそらく、フレアは何か話をするために、わざわざ俺の隣に入浴しにきたのだろう。
「何か、話したいことでも?」
と、俺が聞くと、フレアはやや不服そうな顔をする。
「私とお話するのは嫌ですか?」
「いや、そんなことは……」
思わぬ返答に、俺が少し苦い顔をすると、フレアは笑った。
「ふふふ。
ちょっと意地の悪い返しでしたわね。
ええ、話したいことがあります」
そう言って、俺をニコニコしながら見つめるフレア。
その表情は可愛らしい。
そして、フレアは言葉を続ける。
「エレイン様と仲良くなりたいな、と思いまして来ましたの」
「仲良くなりたい?」
「はい。
エレイン様はメリカ王国の第二王子、私はダマヒヒト王国の第一王女。
年齢は違えど、似た者同士な訳ですし、仲良くしたいなと思いまして」
俺は後ろの侍女の方をチラッと見る。
ダマヒヒト王家には俺のことを田舎貴族と説明すると言っていたが、ここでそんなことを言って大丈夫なのだろうかと思ったからだ。
だが、フレアも察した様子。
「この子たちなら、大丈夫ですのよ。
私の専属メイドですので、告げ口は絶対にしませんので」
「そうですか、よかったです」
俺が安心して息を吐くと、ニマッと微笑みかけながら見下ろすフレア。
「裸の付き合いという言葉もありますし、私の膝の上に来てもいいんですのよ?」
しかし、それにはサシャも反応する。
「エレイン様を入浴させるのは、専属メイドである私の仕事ですので。
王女様といえど、エレイン様を膝の上に乗せるのはご遠慮ください」
ピシャリと言うサシャに目を丸くするフレア。
王女様相手といえど、ここまでキッパリ言えるサシャは意外と我が強い。
「え、ええと。
サシャさん?
エレイン様をずっと膝の上に乗せて大変でしょう。
私が変わってもいいんですのよ?」
と、フレアが目尻をピクピクさせながら言うも。
「結構です」
ピシャリと断るサシャ。
いや、そんなに俺を膝の上に乗せたいのか?
とも思ったが、俺は口には出さない。
そして、フレアとサシャの間でバチバチとした視線のやり取りがある中で、俺達の入浴が始まったのだった。




