第四十五話「フレアの選択」
「うおおおおお!」
俺は、紫闇刀を振り上げながら、全力でオリバーに向かって駆ける。
先手必勝である。
これでオリバーが大剣で防御をする姿勢を取ってくれれば、隙が生まれる。
その隙に、ジュリアが影法師で背後から不死殺しで刺せば勝てる。
だが、そう上手くいくはずもない。
オリバーは俺の突撃を見ても防御の姿勢をとらず、大剣を左上段から俺の脳天目がけて斜めに斬りこんできた。
実際に目の前で見ると、大剣の威圧感がすごい。
俺の体三つ分はありそうな巨大な大剣が、頭上からもの凄い勢いで振り下ろされる。
俺は咄嗟に走る勢いを殺しながら、紫闇刀を上段で斜めに構え、防御の姿勢に入った。
本来であれば、大剣を避けながら斬りこむのがベストだっただろう。
しかし、俺には出来なかった。
あの大剣の威圧感を目の前にして、避けきれる気がまったくしなかったのだ。
それならば俺がこの大剣を受けようと思い、出来るだけ大剣の威力を殺せるように斜めに構え、右に反らすように防御をする構えを取る。
だが、俺のこの判断は間違いだったと即座に理解した。
近づくにつれて大きくなる、大剣の威圧感。
そして振り下ろされながら聞こえる風の切れる音から分かる、大剣の威力。
これは反らせない。
俺は、潰されると思った。
その瞬間。
「メェェェェ!」
獣のような叫び声が屋敷内をこだまする。
パンダのトラだった。
オリバーの右脇に残像のように現れたトラ。
姿がはっきり見えたときには、オリバーの脇腹に向かって回し蹴りをいれていた。
トラの回し蹴りはオリバーの脇腹に直撃し、オリバーは体勢は崩さないながら、左側にスライドするように押し込まれる。
その結果、俺の頭上の紫闇刀に当たる剣筋だったオリバーの大剣は、ズレて俺の左脇の地面に振り下ろされ、屋敷の絨毯とその下の床に穴を空ける。
なんという威力だ。
だが、ナイスパンダ、もといナイストラである。
おかげで、オリバーに大きな隙が生まれた。
この隙を逃す俺とジュリアではない。
俺は即座にオリバーの左肩を狙って右上段から、斜めに紫闇刀を走らせる。
そして俺の動きに合わせて影法師でオリバーの背後を取ったジュリアが、オリバーの右肩を狙って左上段から斜めに斬りこむ。
「うおおおお!」
「はああああ!」
俺とジュリアが同時に叫びながら、魔剣をオリバーの両肩めがけて振り下ろす。
オリバーは大剣を抜こうとしているが、動作が一つ遅れて反応できていない。
その結果、俺とジュリアの魔剣は同時にオリバーの両肩に直撃した。
甲冑に触れた瞬間、木の枝を斬ったかのように簡単に鎧が割れた。
「ぐああああ!」
俺とジュリアの魔剣は、オリバーの鎧を貫通し、両腕を斬り落とした。
それと同時に、オリバーは落とした大剣に覆いかぶさるように倒れた。
その衝撃で頭部の甲冑が取れて、再びいびつな顔が露わになる。
オリバーの顔は、痛みに悶絶しながら俺達を睨んでいた。
「お前ら!!!
俺の腕を……俺の腕をおおおお!」
倒れながら叫ぶオリバー。
その声は憎悪で溢れている。
よし。
なんとか、勝てた。
俺はオリバーの声聞いて、そう確信した。
それにしても、かなり手強い敵だった。
ジャリーを戦闘不能にしたということは、かなりの実力者であったことは間違いない。
あの大きな大剣や黒龍の甲冑にはとても苦しめられた。
俺達に魔剣が無ければ確実に勝てなかっただろう。
本当に、魔剣をくれたシリウスとデリバには感謝しかない。
倒れるオリバーを見ながら安堵の息を漏らすと、後方から叫び声が聞こえた。
「な、な、なんということだ!
俺の使用人達を!
オリバーもか!
まさか、お前が負けるとは……」
後ろに振り返ると、壊れた肖像画の前で、胸に例の再生の剣を突き刺したディーンが悲痛な顔で立っていた。
「ディーン様!
お逃げください!」
すぐに反応したのは、倒れているオリバーだった。
倒れながらも、必死に声を出して主の逃亡を示唆するとは、その忠実さには敵ながら感服する。
だが、それが逆にディーンの闘志を刺激したのだろう。
「俺が逃げる?
そんなことするはずなかろう!
今、助けてやる!
俺には再生の剣があるからな!」
階段上で叫ぶディーン。
確かにそれはまずいな。
あの再生の剣とかいう小さな剣は、自傷することでその者の身体を一瞬で再生させる魔法のような剣だ。
もし、あれをオリバーに刺されたら、完全回復されるだろう。
なんとしてもオリバーにディーンを近づかせるわけにはいかない。
すると、サシャの方では、治癒が終わったらしくジャリーが立ち上がっていた。
「わざわざ、主一人でノコノコやってくるとはな。
どうやら、あの黒甲冑を倒す仕事はエレインとジュリアがやってくれたようだ。
ならば、お前の相手は私がするとしよう」
そう呟きながら、剣を持つ。
俺は、ジャリーが突っ込む前に叫ぶ。
「ジャリー!
待ってください!
あの男の胸元に刺さっている剣を見てください!
あれは再生の剣というらしく、傷を負っても一瞬で治癒してしまいます!
なので攻撃が全く通じません!」
俺は、できるだけ短く端的に説明した。
それを聞いて、ジャリーは顔をしかめる。
「ほう……。
再生の剣といえば、昔、レイラが危篤の父を助けるために欲しがってどこかへ取引に行っていたな。
その後、罠にはめられたと言って、暗い顔で帰ってきたのを覚えている。
確かルイシャがメリカに来たのも、そのときだったはずだ」
「なっ……!
じゃあ、あいつはお母様も罠にはめたってことですか!?」
俺とジャリーのユードリヒア語での会話を聞いて、ディーンは何か呟く。
「レイラ……?
レイラ・アレキサンダーのことか。
あの娘は、お前の母親らしいな。
メリカの王子よ。
ここに来たときは、まだ可愛らしい少女だったんだがな。
今では、メリカ王国の王妃か。
あのときはまだ、再生の剣はダマヒヒト王家の物だったが、俺が持っていると嘘をついておびき寄せたんだ。
捕まえようとしたんだが、ぎりぎりで逃げられてしまってな。
だがまさか、息子までここにやってくるとは。
今回は逃がさんぞ!」
そう言いながら、腰元の剣を抜いたディーン。
ディーンは剣を中段に構えて、殺気をこめてこちらを睨む。
そして、こちらにディーンが歩み寄ろうとした瞬間。
ディーンの背後に影が。
ギンッッ!!
音と同時に、ディーンの持っていた剣が空中に吹き飛ぶ。
いつのまにか影法師でディーンの背後に移動したジャリーが、ディーンの持つ剣を空中に弾き飛ばした。
それから、ジャリーは持っていた剣を捨てた。
ディーンは目を丸くしながら振り返るも、もう遅い。
ジャリーは、ディーンを拘束するように羽交い締めにしたのだった。
「な!
なにをする!
お前、どこから来たんだ!」
ディーンは、抵抗するようにジタバタするが、ジャリーの力に勝てない様子。
そして、ジャリーは俺を見て叫んだ。
「エレイン!
こいつの胸の剣を抜け!」
流石の判断力である。
俺が言った情報を聞いて、すぐに斬ることから拘束することに目標を切り替えたようだ。
よく考えてみれば、刺していると治癒される剣なのであれば、抜けばいいのだ。
そんな簡単な結論にも辿りつかなかった、自分が恥ずかしい。
俺は急いで階段を上り、羽交い絞めされているディーンの元まで走る。
その間、ジュリアとトラに拘束されながら腕の治療をサシャから受けていたオリバーが叫んでいた。
「やめろ!
ディーン様に触れるな!
このメリカのネズミ共があああ!」
そんな雑音を無視して俺は走り、ようやくディーンの目の前に辿りついた。
もう、ディーンは拘束から抜けられないことを察したのか、諦めた表情をしている。
それほど、ジャリーの力が強かったということだろう。
微動だすらしていない。
俺は、手を上に上げて背伸びをする。
そして、届いたディーンの胸元にある剣の柄を持つ。
「……やめてくれ」
そうディーンは小さく呟いたが、やめる気は毛頭ない。
そして、一気に引き抜いた。
「ぐっ……」
ディーンは、小さく悲鳴をあげた。
胸からダガーを抜いたというのに、胸に傷がついている様子はないしディーンの息は続いている。
抜いたダガーの小さくて青い刀身にも、まったく血がついていない。
本当に不思議なダガーである。
その様子を見て、羽交い締めをしていたジャリーは頷いた。
「よし、尋問を始めるか」
ジャリーの呟きに何かを悟ったのか、ディーンは顔を青くする。
「や、やめてくれ!
地下に閉じ込めたことは、本当にすまなかった!
剣や金も返す!
金は追加でいくらか払おう!
だから、許してくれ!」
ディーンは、再生の剣を抜かれたことで、身の危険を感じたのだろう。
その必死さを見ていると、なんだか哀れに思えてくるが、尋問を止める気はない。
俺がメリカ王国の王子であることがバレてしまった以上、口封じをするか、それが望めなさそうであれば殺すしかない。
これは俺がポルデクク大陸で生きていく以上、必要事項である。
ジャリーに羽交い締めされたディーンの足を持ち、二人がかりでディーンを階段から降ろしていると。
ガチャリ。
俺達が最初に屋敷に来たときに入ってきた、ロビーの入口のところにある大きな扉が、勢いよく開いた。
外の光が差し込んできて一瞬眩しく感じる。
扉から出てきたのは、後ろに何人か兵士を引き連れたフレアとアルバだった。
ーーー
「屋敷の前で待っていても中々出てこないし、門のところに使用人もいないので、なにかおかしいと思って屋敷まで来てみれば……。
どうなってるんですか、これは!!」
ロビーには十人の使用人が倒れているうえに、両腕の斬られたオリバーに、四肢を拘束されているディーン。
そんなロビーの惨状を見ながら叫ぶフレア。
ここで俺は思い出した。
そういえば、フレアとは屋敷を出たあとにダマヒヒト城まで連れて行くから、屋敷の前で待っていると言われていた。
中々出てこない俺達に痺れを切らして、屋敷の中まで踏み込んできたというところか。
それにしても、ここにフレアが現れるのはかなりまずい。
フレアはダマヒヒト王国の第一王女だという。
王家の者に、俺がメリカ王国の王子だとバレればタダでは済まないだろう。
少なくとも身柄を拘束はされることは間違いない。
俺は急いでフレア達をどうにかする術を考えていると、それより先にジャリーに羽交い締めにされているディーンが叫んだ。
「これは、フレア様!
ご機嫌麗しゅうございます!
なぜこちらにいらしたのか存じ上げませんが、とても良いタイミングで来てくださいました!
こちらの少年を見てください!
こちらのエレイン・アレキサンダーという少年は、我がダマヒヒト王国のみならず、九カ国で結成されたポルデクク連合の敵国でもある、メリカ王国の王子です!
どうか今すぐそこの少年を拘束し、私の拘束を解いてくれませんか!」
急にかしこまった口調で説明し始めるディーン。
そしてディーンの説明を聞いて眉をひそめるフレア。
「エレイン様。
あなたがメリカ王国の王子だというのは、本当ですの?」
さて、どうするか。
ディーンにバラされてしまい、絶対絶命である。
正直、ここで嘘をつくのは愚策だろう。
この場面で、ディーンが嘘を付く必要がないことは誰の目からも明らか。
ディーンが俺を王子と言ったことで、俺が王子であることは、ほぼ確定的なのである。
もはやフレアの質問は、確認作業でしかない。
「はい。
俺は、メリカ王国の第二王子、エレイン・アレキサンダーです」
俺は正直に言った。
それを聞いて、目を丸くするフレア。
「ははは!
素直に吐いたか、エレイン・アレキサンダー!
このお方を誰だかも知らずに!
このお方はダマヒヒト王国の第一王女である、フレア・アキナスフロー様であらせられるぞ!」
勝ち誇った様子で、俺に説明するディーン。
だが、そんなことは知っている。
一緒に旅をしてきたのだ。
知っていても、ここでは正直に言う他ないと考えたのだ。
「黙りなさい、ディーン」
突然、ピシャリと一喝するフレア。
ディーンの顔から笑みが消える。
「私は、エレイン様がディーンの元へ挨拶しに行くと聞いておりましたが。
なぜ、このようなことになっているのですか?
説明して下さい」
冷静にディーンに問いただすフレア。
ディーンはフレアの反応が予想外だったようで、目を丸くしていた。
「い、いえ……。
先程も説明したとおり、そこのエレイン・アレキサンダーはメリカ王国の第二王子ですよ?
つまりは、敵国の王子。
それを知った私は、そこの者達を罠に嵌めて、地下牢に閉じ込めたのです。
しかし目を離している間に脱出されてしまい、戦闘になっていたという次第でして……」
と、ディーンが説明を始めると、フレアはディーンを睨んだ。
「罠に嵌めたですって!?
それに地下牢に閉じ込めた!?
あなたは、何をやっているんですか!!」
「へ?」
あまりに予想外の返答だったのだろう。
ディーンは頓狂な声を上げる。
「メリカ王国は敵国だったとはいえ、今は休戦状態です。
それなのに、メリカ王国の王子を罠にはめて地下に監禁するだなんて。
あなたは戦争でも始めたいんですか!!」
フレアは、激怒していた。
物凄い形相ではあるが、それにはディーンも対抗する。
「お言葉ですが!
休戦状態とはいえ、敵国は敵国!
敵国の王子を人質にできるチャンスをみすみす逃すほうが、おかしいと思いますが!」
ふむ、一理ある。
俺はフレアが言っていることも、ディーンが言っていることも理解できた。
つまるところ、フレアは穏健派で、ディーンが強硬派といったところなのだろう。
どの国にも平和主義者と軍国主義者はいる。
主義の違い故の対立が起こるのはよくある話だが、まさか王女様が平和主義者とは。
中々珍しいな。
両者互いに睨み合う。
そして睨み合いの末、フレアは言った。
「ディーン・ボネズエラ。
あなたを、国家反逆罪の容疑で捕らえます」
それを聞いた瞬間、ディーンの顔は絶望の顔に変わったのだった。
 




