第三十五話「ポルデクク大陸の人間」
「な、なんだ、お前たち!」
イスナール語で叫んできたのは、鎧を着た青年だった。
青年は、剣を構えて銀髪の少女の前に立つ。
おそらく、少女の護衛の兵士なのだろう。
少女の服装は煌びやかな白のドレス姿。
こんな高級ドレス、一般市民には身につけられない。
服装から察するに、どこかの貴族とかなのだろう。
少女の見た目年齢はサシャより少し若いくらいに見える。
十五歳くらいだろうか。
そして、青年の方は二十歳くらいに見える。
少女を守るように背に寄せて剣を構えているあたり、青年の少女への忠誠がうかがえる。
まあ、この青年の戸惑い様も理解出来る。
盗賊たちに追い詰められていた最中に、いきなり他の人間が現れて盗賊たちを殲滅してしまったら困惑もするだろう。
正直、せっかく助けてやったのにこの反応かと思う部分もあるが、いきなりやってきた俺達にも否はあるのでそれについて咎める気はない。
「これは、申し遅れました。
俺は、エレイン・アレキサンダーと申します。
この近くで野営をしていたのですが、悲鳴が聞こえたものですから見に来てみたら、あなた方が襲われていましたので助けた次第です」
俺は手のひらを胸に当てて礼をしながら、片言のイスナール語で説明した。
下手にでたのは、相手に敵対心を持たせないのと、俺が王子だと悟らせないためだ。
敵対心を見せていた青年は、俺の挨拶に驚いて言葉を失っている様子。
すると、青年の後ろにいた銀髪の少女が、一歩前に出た。
「エレイン様。
私の護衛が失礼致しました。
私は、フレアと申します。
そして、こちらは護衛のアルバです。
お助けいただき、感謝いたします」
そう言って、フレアは着ているドレスの端をつまんで一礼をした。
やはり、この礼儀作法はどこかの貴族だろう。
しかし名前だけで名字を言わなかったあたり、身元を隠しているように見える。
これは詮索しない方がいいか。
「いえいえ。
間に合ったようで良かったです。
それで?
お二人は、どうして襲われていたのでしょうか?」
身元を隠されるのは構わないが、これは聞いておかねばならない質問である。
偶然遭遇した盗賊に襲われたのであれば別にいいが、もし計画的に何かの組織に狙われていたのだとしたら、助けた俺達まで標的にされる可能性まである。
だから、なぜ襲われたのかは聞いておかねばならないのである。
俺の質問にフレアは押し黙る。
言うか迷っている様子だ。
そして、決心したような顔で口を開こうとしたとき。
「フレア様!
この少年はイスナール語を使ってはおりますが、礼のやり方はバビロン式です!
こんな初めて会ったばかりの怪しい連中に、事情を説明する必要などありません!」
隣の鎧を着た青年アルバが、フレアが喋るのを阻むように割り込んできた。
イスナール語が分からないジャリーとジュリアは、アルバの叫び声に警戒して剣を構える。
が、俺はそれを左手をあげて止める。
アルバの動揺っぷりから察するに、何か事情があるのだろう。
だが、聞かない訳にはいかない。
これは、自衛のためにも必要な情報だからだ。
すると、フレアはアルバを睨んだ。
「アルバ!
助けていただいた者に礼を欠くのは、人として恥じるべき行為ですのよ!
それでもあなたは、ダマヒヒトの人間ですか!」
フレアは背丈は小さいながらも、張りのある大きな声でアルバを叱る。
叱られたアルバは、悔しそうに一歩下がり、俺を睨んでいた。
というか、今ダマヒヒトって言ったか?
ダマヒヒトといえば、これから行く南のポルデクク大陸の国じゃないか。
なるほど。
それなら、彼らがイスナール語を使っている理由も分かった。
彼らは、ポルデクク大陸の人間なのだろう。
フレアはコホンと咳払いをして、こちらに振り返った。
「アルバの度重なる無礼をお許しください。
襲われたときの状況を説明いたします」
このフレアとかいう少女。
こんな状況でも、落ち着いた様子である。
おそらく、これまで何度も修羅場を乗り越えてきたのだろう。
その立ち振る舞いからは、洗練された雰囲気がうかがい知れる。
「イスナール語で話していることから察しているとは思いますが、私達はポルデクク大陸の人間です。
ダマヒヒト王国という、ここから南にある国から大峡谷を越えて来ました。
私は重要な仕事があり、メリカ王国の方へ護衛を引き連れて行ってきたのですが、帰路を馬車で走っていた際に彼らに襲われて、ここまで逃げてきたのです。
護衛は十人いたのですが、彼らの奇襲攻撃のせいでほとんどやられてしまいまして。
残りの護衛はアルバだけという状況なのです」
なるほど。
大方は予想通りではある。
仕事というのは、おそらく貴族同士での何らかの取引などがあったのだろう。
だが、大事なことが聞けていない。
「それで?
あの男たちの正体は分かっているんですか?
まさか、偶然遭遇した盗賊に襲われた、というわけではないでしょう?」
それを聞くと、フレアは少々苦い顔をする。
「誰かに雇われて私を狙った者達です。
正体は分かっておりません。
私は、ダマヒヒト王国である程度地位がある人間であるため、敵はたくさんおりますので……。
ただバビロン大陸の者ではないようです。
彼らはイスナール語を話しておりましたから。
おそらく、ダマヒヒト王国内で私と対立している誰かの手によるものだと思うのですが……」
沈痛な面持ちで言うフレア。
どうやら本心で話しているようだ。
確かに俺も襲っていた男たちがイスナール語を話しているのは聞いたので、男たちがバビロン大陸の人間ではないというのは正しいだろう。
ならばダマヒヒト王国から追ってきた者、ということか。
かなり計画的な犯行のようだ。
とはいえ、そういうことなら追っ手は先ほど殲滅した男たちで全部のはずだ。
なぜなら、大陸間を大人数で行き来するのは難しいからだ。
大陸間を行き来する際は、入国する国の兵士によるチェックが入る。
もし大人数で大陸間を渡ろうものなら、敵国の兵が攻めてきたと思われて、取り締まられる恐れがあるらしい。
フレアたちが護衛十人を連れてきたと言っていたが、それもかなりギリギリの人数だったはずだ。
場合によってはメリカ兵に取り締まられる恐れもあったと思うが、よく通してもらえたものである。
追っ手の男たちも先ほどの十人がやはりギリギリで、それ以上の人数では大陸間を通してもらえなかったはずだ。
そう考えると、先ほど殲滅した男たちで追っ手は全部ということになるのだ。
ひとまずバビロン大陸内ではフレア達の追っ手がさらに襲ってくることはなさそうなので安心した。
「そうですか、分かりました。
それで?
これからどうするんですか?
帰りの馬車はまだあるんでしょうか?」
それを聞くと、さらに表情が暗くなるフレア。
「実は、馬車は襲われたときに馬を殺されてしまいまして。
馬車で帰るのは困難になってしまいました。
命が助かっただけでもありがたいのですが、正直途方に暮れているところです」
そう言って顔を俯けるフレア。
後ろのアルバも、悔し気な顔で歯を食いしばっている。
後ろでは、心配そうな顔でフレアを見つめるサシャ。
それと何を言っているのか分からずに、首をかしげるジュリア。
ジャリーは無言で見下ろしている。
俺は、一旦皆の方に振り返った。
「えーと、イスナール語が分からないジャリーとジュリアのために説明すると。
このお嬢様がフレア、護衛の方がアルバという名前です。
どうやら二人はダマヒヒト王国の人間らしく、仕事でバビロン大陸に来ている際に襲われてしまったようです。
そして、十人いた護衛がアルバだけになり、乗っていた馬車の馬も殺され、帰れなくなっている状態のようです」
俺が、ユードリヒア語で話しているのを見て、フレアとアルバは目を丸くしている。
まあ、それもそうだろう。
五歳児が二つの言語を扱えるのは、かなりおかしいからな。
だが、今は二人は無視だ。
その説明を聞いて、まず反応したのはジャリーだった。
「ほう、ポルデククの人間か。
それなら、助けなければよかったな」
真顔で酷いことを言うジャリー。
だが、予想もしていた。
バビロン大陸とポルデクク大陸の国々は対立関係にある。
なんなら、メリカ王国総隊長のジャリーはポルデククの人間と何度も戦ってきているはず。
それは、メリカ王国総隊長であるからこそ出てくる言葉なのだろうと思った。
すると、ジュリアは首をかしげながらジャリーを見る。
「なんで、ポルデククの人は助けない方が良いの?」
それは、ジュリアの純粋な疑問だった。
なぜ助けない方が良いのか?
それは、バビロン大陸とポルデクク大陸の国々の間で戦争をした歴史があるからだ。
その結果、休戦中とはいえ今も対立しているから、ジャリーにとっては敵であるのだ。
だがポルデクク大陸の人々と争ったことのないジュリアには、そんなことは関係ない。
ジュリアにとって、ポルデクク大陸の人間も種族は違えど同じ人間。
襲われていたら可哀想に思うし、助けるべきだと思うのである。
「ジュリア。
バビロン大陸とポルデクク大陸の国々は、昔戦争をしていたんだ。
だから、対立している相手国の人間をジャリーはメリカ王国の隊長として、助けなくていいと言っただけだよ」
「ふーん」
「だけど、それは俺達には関係ないことだ。
昔戦争があったらしいけど、俺達は戦ったことなんてない。
それなのにいがみ合うなんて、おかしいだろう?」
「それもそうね」
「だから、俺は彼らを助けようと思うんだ」
「私もそれが良いと思うわ」
ジュリアは、頷きながら言った。
すると、ジャリーは俺を睨んできた。
「エレイン。
お前はポルデククの人間を助けるつもりか?」
「ええ、そのつもりです。
彼らは馬車が無くなって困っています。
幸い、ダマヒヒト王国は俺達の次の目的地でもありますし、俺達の馬車に乗せて送ってあげようと思いますが、どうでしょうか?」
俺の言葉を聞いて、機嫌が悪くなるジャリー。
「私は反対だ。
ポルデククの人間を助ける必要などない。
あいつらは、敵だ。
それに、もしあいつらにエレインがメリカ王国の王子だと知られたら厄介だぞ。
顔がバレて、イスナール軍事大学へ行けなくなるだろう。
下手をすれば、捕まって牢屋に入れられるかもしれない」
これは本気で反対しているな。
しかし、ジャリーが言っていることも分かる。
もし俺がポルデクク大陸の人間にメリカ王国の王子だとバレれば、捕まって人質にされることは免れないだろう。
最悪、殺されてしまう危険性まである。
だが俺は、フレア達を助けようと思う。
「ジャリーが言っていることも分かっているつもりです。
しかしですね。
俺は、イスナール軍事大学へ留学しようとしているんですよ?
フレア達を助けなかったからといって、俺がメリカ王国の王子だと知られる可能性が無くなる訳ではありません。
どの道これから先、ポルデクク大陸の人間と関わることは避けられないのですから。
であれば、まずここでポルデクク大陸の人間と行動を共にすることで、ポルデクク大陸の文化に慣れていくというのも必要だと思いますが?」
それを言うと、ジャリーも押し黙った。
反論の余地もないという顔だ。
それを確認して、俺はフレア達の方へと振り返る。
「お待たせして、すみません」
「いえ」
最初は俺が二言語を操ることに驚いている様子だったが、今は無表情で観察するように俺を見下ろすフレア。
後ろのアルバは、俺を警戒しているようにも見える。
「実は、俺達はポルデクク大陸の東のナルタリア王国にある、イスナール国際軍事大学を目指して馬車を走らせているところなのです。
その途中で、ダマヒヒト王国にも寄ることでしょう。
もしお困りなのでしたら、俺達の馬車に乗ってもいいですが、どうしますか?」
「なっ……!」
すると後ろに控えるアルバが、怪訝な顔をした。
そして、俺を睨む。
「誰がお前らみたいな、得体の知れない輩の馬車になんか乗るか!
フレア様をどなたと心得る!
身の程を知れ!」
怒声をあげながら、捲し立てるアルバ。
いや、俺はフレアが何者かなんて知らないが。
ダマヒヒト王国の貴族なのであれば、別に俺には関係ない。
助けてやると言っているのに、こいつの態度は中々酷いな。
やはり、助けるのは止めにするか?
「アルバ!
少し黙りなさい!」
急なフレアの叫び声にギョッとするアルバ。
アルバは、背筋を伸ばして一歩下がった。
「エレイン様。
私の護衛が粗相をして申し訳ありません。
重ねてお詫び申し上げます。
そして、私共を馬車に乗せてくれるという提案、ありがとうございます。
本当に困っているところでしたので、非常に助かります。
それでは、私共を乗せていただいてよろしいでしょうか?」
深々と頭を下げて、俺に頼むフレア。
アルバは、それを見て悔し気に俺を睨んでいた。
このフレアという少女は護衛と違って、頭は回るようだ。
まあフレアがこの態度なら、問題はないだろう。
「分かりました。
俺達の馬車はあちらにあります。
ついてきてください」
こうして、俺達の旅に、フレアとアルバが加わることになった。




