第二話「城内探索」
サシャは、城内の大まかな構造を説明してくれた。
まずこのお城は、「メリカ城」というらしい。
メリカ城は非常に大きく、五階建てだという。
一階は、衛兵の控室と使用人が寝泊りする部屋で構成された区画。
二階は、城に来場した賓客が寝泊りする部屋で構成された区画。
三階は、会食堂、大浴場、医務室、書庫などで構成された区画。
四階は、謁見の間とその他複数の大広間で構成された区画。
五階は、王の血筋であるアレキサンダー家が居住する区画。
となっているらしい。
つまるところ、俺は二年もの間、五階で生活をしていたらしい。
生前も、そんな高いところで生活をしたことがなかったので驚きだ。
話を聞きながら城内を歩いていると、本当に大きな城だということを実感する。
部屋数も千を超えているという話なので、大層立派な城なのだろう。
さて、この五区画の中で気になる場所がいくつかある。
三階にあると言っていた、書庫と医務室と大浴場である。
書庫が気になるのは、言わずもがなである。
俺はまだこの国に生まれたばかりで情報が足りない。
本を読むことができるようになれば、様々な情報を得ることが出来る可能性がある。
生前は本が貴重だったため、国のお城でさえ三十冊程度しか本はなかった。
羊皮紙、羽ペン、インクの値段が高価だったためである。
おそらくこの国でも本は貴重であり、書庫とはいってもそれほど本を保有してはいないと思う。
とはいえ、書庫というからには何かしらの資料はあるはず。
文字の習得と貴重な資料の閲覧のためにも、すぐにでも行かなければならない部屋である。
それから医務室に行くことも重要だ。
生前、俺が戦いや鍛錬で受けた傷は、仲間の魔術師が治癒魔法で回復させてくれた。
この世界にも、おそらく治癒魔術師はいるだろう。
もし医務室に熟練の治癒魔術師がいれば、俺のこれからの鍛錬が捗るというものだ。
なにせ、俺の体はまだ幼い。
生前に行っていたような剣術鍛錬をやっていたら体が壊れてしまうだろう。
だが体が壊れる前に治癒魔術師に治してもらえるのであれば、話は別だ。
そのため、治癒魔術師の有無の確認は必須だった。
最後に大浴場も気になっている。
なぜなら、身を清潔にできるからだ。
大浴場なんてほんとに高級なもので、王家か大貴族しか保有していない代物だ。
生前勇者だった俺でさえ、二、三回しか入ったことがないのである。
大浴場の気持ちよさは覚えているが、身が温まり清められる、心地のよい空間だった。
自由に入れるというのであれば、毎日だって入りたい。
そんな空間なのだ。
今日の夜にでも大浴場に行こう。
「エレイン様!
どこに行ってみたいですか?」
そう決心したところで、丁度良くサシャに聞かれた。
「まずは、書庫に行ってみたい!」
俺は、とりあえず一番気になる書庫に行くことにした。
ーーー
書庫の入口は厳重で、巨大で堅固な壁の前に門番の衛兵が二人立っていた。
やはり、それほど書庫には貴重な資料が保管されているのだろう。
衛兵は、サシャとその手に引かれた俺の顔を見て、頭を下げながら「どうぞ、お入りください」とやや緊張した声で言う。
こういうのを見ると、俺は王子なんだな、と実感する。
書庫に入ってみると、驚いた。
思ったより、というか想像の百倍は大きな書庫だったのだ。
大人の背丈以上ある大きな棚が十個以上並んでいて、その中に隙間なく本が保管されている。
また、羊皮紙の巻物が保管されている木箱もちらほら。
俺はこれほど本や巻物が保管された場所を生前でも見たことがなかった。
本というのは一冊で、金貨何十枚もとられるくらい高価な物のはずだ。
それなのにこれだけたくさんの本を揃えているということは、この国は裕福で大きな国なのだろうか。
「わ~。
本がいっぱいですね、エレイン様!」
興奮したように、書庫を見回すサシャ。
サシャも入るのは初めてなのだろうか。
「ねえ、サシャ。
君は字は読めるの?」
「ええ、読み書き程度ならできますよ」
そう言って、自慢げに小さな胸を張る。
サシャの見た目は十五歳ほどのように見える。
メイドにしては幼いが、なるほど。
このメイドは優秀なのかもしれない。
生前は、どこの国でも民衆の識字率は低かった。
本を読めるレベルに達しているのは貴族以上がほとんどで、平民の中で読めるのはごく一部だった。
サシャは貴族の出なのだろうか。
「じゃあサシャ。
俺に読み書きを教えて」
「も、も、も、もちろんです!
すぐに本を探してきますね!」
やや興奮気味に受け答えるサシャ。
どうやら、俺に教えを乞われるのが相当嬉しかったらしい。
必要な本を探しに、俺を置いて部屋を回り始めてしまった。
まあ、サシャは俺に害はなさそうだな。
クリスティーナのような裏切りはもう起こさせまい。
そのうち、俺の周りの者の経歴も調べた方がいいかもしれんな。
なんて思考していると、サシャは戻ってきた。
「見つけましたエレイン様!
こちら、字の読み書き初心者にオススメの、アーマルド・アレック著『字の読み方書き方 ユードリヒア語編』です!」
「お~!」
俺が欲しい物を素早く見つけてきたサシャに、思わず感歎の声が漏れる。
やはり、このメイドは優秀なのかもしれない。
「ありがとう、サシャ!」
俺は感謝の気持ちを上目遣いでサシャに述べると、サシャはキラキラした目で「ああ、エレイン様はなんて可愛いの!」と言って俺を勢いよく抱きかかえた。
やや歩くのに疲れていた俺は、そのままサシャに抱っこしてもらいながら、五階の部屋へと本を持って帰るのだった。
ーーー
部屋に戻ったら、さっそくサシャに字の読み方と書き方を教えてもらった。
サシャは俺を膝の上に乗せて、分かりやすく解説してくれる。
すでに話せる言語ではあるので、覚えやすかった。
半年もすれば、読み書きできるようになるではないだろうか。
それから、サシャは言語の名前や由来、他の言語などについても教えてくれた。
「そもそも、私達が話している言語はユードリヒア語と言います。
名前の由来は、北にあるユードリヒア帝国からきています。
ユードリヒア語はユードリヒア帝国や私達が住んでるメリカ王国を含めた、バビロン大陸全土の人族が使用していると言われています。
他の言語ですと、バビロン大陸の南に位置するポルデクク大陸の人族はイスナール語という言語を扱います。
名前の由来は、ポルデクク大陸に住む者が信仰するイスナール神からきています。
あとは、西の魔大陸に住む魔族達は魔族語。
東のキナリス大陸に住む獣人族は獣人語。
南東のトゥクレア大陸に住む妖精族は妖精語。
大陸間の海の底で生きる海人族は海人語。
それから、この世界の最北端と最南端にある孤島それぞれに龍神族の縄張りがあり、そこらでは龍神語という言語が扱われているという噂は聞いたことがあります」
サシャが言ったことは、俺のまったく知らない話だった。
一つも聞いたことがある大陸や国がなかったのだ。
この世界にはドラゴンがいるというのも驚きだ。
つまり、俺は生前とは違う世界に転生してしまった、ということなのだろうか。
そうだとすると、俺を罠にはめた憎き魔王に復讐をすることができない可能性が高い。
この世界に、あの憎き魔王やクリスティーナはいないのかもしれない。
そう思うと少しだけ情報収集のやる気が落ちる。
いやいや。
魔王がいようがいなかろうが、せっかくもらえた二度目の生。
前世の反省を生かして情報収集に徹しよう。
俺が首を振って自分の中にある信念を再確認していると、急に部屋の扉がガチャリと鳴った。
「あら?
本を読んでいるのエレイン?」
部屋に入ってきたのはレイラだった。
「はい、お母様。
知らないことを知るのは楽しいです」
「その歳で本を読むことが楽しいだなんて。
エレインは本当に天才かもしれないわね!」
俺が出来る限りいい子を演じると、レイラはサシャの膝の上から俺をひったくり、笑顔で抱き寄せた。
やはり、天才と思われてしまうか。
実は俺転生してるんだよね、なんて言うことはできないのでしょうがない。
苦笑いでレイラの巨乳を受け入れる。
「そうだわ、サシャ。
エレインももう二歳なのだし、大浴場に連れて行ったら?」
「是非、行きたいです!」
俺は食い気味に返答した。
今まではこの部屋で、濡れたタオルで体を拭われるだけだった。
ずっと行きたかった大浴場。
あの清らかで心温まる癒しのお湯。
入りたい。
「エレイン様が行きたいと仰るならば、御供しましょう」
そして、俺はサシャと手をつないで大浴場に行くことになった。
ーーー
「エレイン様、バンザイしてくださいね~!」
裸のサシャはそう言いながら、元気よく俺の服を脱がす。
俺のお世話が出来てご満悦、というような感じだ。
本当に俺のことが好きだな。
サシャを後目に、俺は一人大浴場へと向かう。
俺が先を行くと、「この辺は滑りますから」といって俺を捕まえて抱きかかえるサシャ。
サシャの胸部が頭に当たるが、レイラの胸と違い柔らかい感覚はない。
まあ、サシャもこれからだろう。
そうこうしているうちに、きらびやかな大浴場が見えた。
金色の獅子の像などが置かれている。
大浴場には人影がちらほら。
どうやら先客が何人かいるようだ。
とはいえ、この大浴場は広いので、俺が入るスペースくらいはある。
お隣をお邪魔するか。
サシャに抱きかかえられながら大浴場に入ると、その人影がこちらに顔をむける。
そして、その顔は見たことのある仏頂面だった。
「……チッ。
我が気持ちよく入っているところに邪魔をしおって。
第二王子のくせに良いご身分だな、エレイン・アレキサンダー」
そこには茶髪で肥満体型の男子ことジムハルトが、三人の女性とともに入浴していた。
ジムハルトの両隣には、おそらく使用人と思われる女性が座っていて、ジムハルトの肩や腕を揉んでいる。
そして、膝の上には、猫耳の小さな少女がチョコンと座っていた。
おそらく獣人族だろう。
「お久しぶりです、ジムハルトお兄様。
お先に入浴なされていたところ、お邪魔をしてしまい申し訳ありません。
体が温まり次第出ていきますので、どうかお許しください」
ここで、喧嘩腰になってはいけない。
無駄な争いは避けるべきだろうと思い、淡々と謝罪する。
その様子を見て、ジムハルトと両隣の使用人は目を丸くしていた。
二歳の子供にしては、出来すぎた返答だっただろうか。
俺をかかえているサシャは、フフンと行った様子でどや顔しているが。
「お、お前は、言葉が話せるようになったのだな。
少々言葉を話せるようになったからといって、調子にのるのではないぞ?」
ペラペラと話す俺に動揺しながらも、ジムハルトは睨みながら俺に釘をさす。
ジムハルトにとって俺は政敵になり得る存在だから、対立するのは仕方がない。
とはいえ、まだ二歳と六歳の間柄なのだから、もう少し仲良くしても良い気がするが。
少しジムハルトにすり寄ってみるか。
「調子にのっているとは思ったことがありませんでしたが、言われてみればどこか調子に乗っていたのかもしれません。
ご指摘されるまで気づきませんでした。
ジムハルトお兄様のご慧眼、恐れ入ります。
今後とも、何かありましたら何なりとご指摘ください」
できるだけジムハルトをヨイショしたつもりだ。
しかし、ジムハルトの顔はプルプルと真っ赤になって震えていた。
「ふ、ふ、ふざけるな!
そういうところが、調子に乗っているというのだ!
我は…我は認めんぞお前なんか!」
そう言って、ガバッと大浴場を出てスタスタと行ってしまった。
慌てて使用人の女性たちが追いかける。
なにか怒らせるようなことをしてしまっただろうか。
分からない。
俺が首を傾げていると、サシャに頭を撫でられた。
「流石です、エレイン様!」
満面の笑みのサシャ。
いや、笑っている場合じゃないと思うのだが。
まあ、いいや。
気難しい兄のことは一旦置いておこう。
今は久しぶりの大浴場を楽しみたい。
俺はサシャの膝の上で、大浴場を満喫したのだった。