第二十七話「デリバの頼み」
「ドバーギンの大穴に現れた魔物を討伐して欲しいのじゃ」
デリバは神妙な面持ちで言う。
魔物か。
この世界の魔物は、道中でジャリーが倒したゴブリンしか見たことがない。
他にどのような魔物がいるのだろうか。
とは思うが、その前に聞かなければならないことがある。
「なぜ、俺に頼むんですか?」
当然の疑問だった。
俺は王子ではあるが、まだ五歳だ。
こんな子供に頼む前に、ドバーギン内の衛兵や冒険者などに討伐を依頼した方が早いだろう。
すると、デリバはジャリーに目を向ける。
「それはもちろん。
そちらの護衛が、噂のメリカ王国最強の剣士ジャリー・ローズだからじゃよ」
気づいていたのか。
デリバにはジャリーの紹介はしていなかったが、よく考えてみれば黒妖精族の剣士など、バビロン大陸中を探してもジャリーとジュリアくらいしかおるまい。
メリカ王国王子の護衛をしている黒妖精族を見れば、ジャリー・ローズだと気づく者もいるだろう。
つまり、ジャリーの強さを見込んで、ジュリアに高価な羽ペンをプレゼントまでして俺に頼んできたということか。
この小人族、意外と考えてるな。
そして、ジャリーの方を見ると、まったくの無表情だった。
「ジャリーは、どう思いますか?」
「私はエレインの護衛だ。
エレインが魔物を倒しに行くならついて行くし、行かないなら私も行かない。
エレイン次第だ」
即答である。
あくまで護衛の仕事をこなすということか。
デリバも、ジャリーが俺の護衛であることを察して、ジャリーでなく俺に頼んできたのだろう。
正直、無条件で引き受けたいという気持ちはある。
いつも使っていたお気に入りの羽ペンの製作者である上に、ジュリアにプレゼントまでしてくれたのだ。
頼みがあるなら引き受けたいと思うのは当然だ。
しかし、実際に無条件で頼まれるわけにはいかない。
生前の俺であれば、こういうときに無条件で引き受けたのだろうが、今の俺は違う。
何をするにしても重要なのは情報である。
何かをする前に情報を集めておくことは、自分や周りの死亡リスクを減らすことにも繋がる。
そもそも、どのような魔物がいるのかも分からないのに引き受けることはできない。
まずは、どのような依頼なのかを確認しよう。
「魔物について教えてもらってもいいですか?
どのような魔物がいるのか。
それから、魔物がどれほどいるのか。
あと、ドバーギンの大穴の中のどこに魔物がいるのか。
などを教えてもらえるとありがたいですね。
引き受けるかを決めるのは、話を聞いた後でお願いします」
「そ、そうじゃな……」
デリバは、ペラペラと喋る俺に少し圧倒されている様子。
簡単に引き受けてくれるとでも思っていたのだろうが、そういうわけにはいかない。
決めるのは話を聞いてからだ。
「場所は、ドバーギンの大穴の中でも、儂と儂の部下達で掘っていた洞窟の中じゃ。
その洞窟に突然、やつが現れたのじゃ。
やつのせいで、洞窟に入った儂の部下達や救助しに行った衛兵隊は全滅した。
みんな怖気づいて、その洞窟に入れずにいる」
「やつ?」
部下達か。
そういえば、この工房はとても広いのにデリバ一人しかいない。
ここで働いている人は、全員やられてしまったということか。
それにしても「やつ」という言い方から察するに、魔物は一匹なのだろうか。
一匹であれば、それほど大変ではないかもしれないな。
俺はやや安心するも、デリバの次の一言で絶望する。
「吸血鬼じゃ」
「なっ……!」
俺は思わず言葉を失ってしまう。
吸血鬼はまずい。
生前の世界にも、吸血鬼はいた。
戦闘能力は個体によってまちまちだが、恐ろしいのは吸血能力である。
吸血鬼は、人間の血を吸うことで食事をする上、吸った人間を自分の眷属にすることもできる。
そして、眷属にされた人間は、吸血鬼の命令に従うだけの廃人へと変貌するのだ。
眷属にされた者は、一生自我が戻ることはない。
生前、眷属にされた人物を救おうと試みたことがあったが、ついに叶わなかった。
眷属にされた人間に、いくら治癒魔術をかけようと、いくら話しかけても意味はなかった。
眷属は、吸血した吸血鬼の命令に従い、戦う。
デリバの話によると、工房の部下や衛兵が殺されたということだが、恐らく何人かは眷属にされているだろう。
そうなってくると、洞窟にいるという吸血鬼の戦力は増強されている恐れもあり、なんとも厄介だ。
それに加えて、吸血鬼は不死である。
基本的に、攻撃を与えても意味はない。
不死だから再生してしまうのだ。
弱点は日光で、日光を当ててしまえば体が朽ち果てるのだが、洞窟の中にいるというのであれば、その望みも薄いだろう。
つまりデリバの頼みを引き受ければ、一発吸われたら人間を辞めることになる吸血能力と、攻撃を無効化する不死能力を併せ持った化け物と対峙することになるということだ。
羽ペンをくれたくらいでは割に合っていないことは言うまでもない。
俺が苦々しい表情をしていると、隣でジュリアが口を開く。
「吸血鬼!
一度見てみたいわね!
肌が透き通るように白くて綺麗な人が多いと聞いたことがあるわ!
ママは見たことある?」
目をキラキラさせながら、ジャリーを見上げるジュリア。
おいおい。
目をキラキラさせている場合ではないんだが。
どうやら、ジュリアは吸血鬼の恐ろしさを知らないようだな。
と思ったところで、ジャリーが頷いた。
「ああ、見たことあるぞ」
当たり前のように言うジャリー。
まあ、ジャリーほどの猛者なら、吸血鬼との戦闘経験もあるかもしれない。
実際に戦ったのだろうか?
「吸血鬼どうだった?
綺麗だった?
強かった?」
俺の代わりに、ジュリアがジャリーを質問責めしてくれる。
すると、ジャリーの眉間にしわが寄る。
「ジュリアが言った通り、吸血鬼の肌は白かったぞ。
日光に当たれば死ぬから、いつも暗いところで暮らしていると言っていた。
肌が白いのも、そのせいだろう。
強さは、並だったが、やり辛かったな。
あいつらには、影がないからな」
「え!
影がないの!?」
ジュリアの顔が青ざめる。
そうだった。
別に大したことではないと思って頭から抜けていたが、吸血鬼には影がない。
そして、ジャリーとジュリアは影剣流の使い手だ。
よく考えてみたら、吸血鬼は、相手の影に干渉する影剣流の天敵にあたるのではないだろうか。
「ああ。
影がないから、あいつらの影に干渉する術は使えない。
しかも、あいつらは不死身体質だから、いくら斬っても死なない。
やり辛いこと、この上なかったな」
思い出すかのように憎々しげに語るジャリー。
しかし、ジャリーでも苦戦したのか。
こうなってくると、もはやデリバの頼みを断るほかないように思える。
いくらジュリアが羽ペンをもらったとはいえ、割が合わない。
そう思った時、ジュリアがまたジャリーに聞く。
「じゃあ、どうやってママは吸血鬼に勝ったの……?」
ジュリアの素朴な疑問だった。
だが、それは俺も気になる。
ここにジャリーがいるということは、その吸血鬼を倒すか、もしくは逃亡をしたはずだ。
どうしたのだろうか。
すると、苦い表情を浮かべるジャリー。
「私だけでは、勝つことはできなかっただろう。
あのときは、ルイシャもいたからな。
私が吸血鬼の四肢を分断したと同時に、ルイシャの魔術で氷漬けにして身体の再生を封じた。
その後、氷ごと日光に当てたら吸血鬼は消滅したな」
なるほど。
ルイシャがいるということは、メリカ王国時代の話か。
たしかに、ジャリーとルイシャの二人がかりなら、吸血鬼を倒すことも容易だろう。
逆に言うと、それだけの戦力がないと倒せないということだ。
魔術師としてサシャはいるが、サシャが使える魔術は治癒魔術と他系統の一部の初級魔術だけだ。
ルイシャの代わりをなすとは到底思えない。
「デリバさん、ジュリアに羽ペンをプレゼントしてくれたのはありがたいですが、吸血鬼の討伐はできません。
ジャリーの話を聞く限り、俺たちだけでは吸血鬼を倒すのは厳しそうです。
斬っても死なないのであれば、日光も当てられない洞窟内で倒せる見込みは薄いでしょう」
「ふむう……」
俺は、デリバに結論を伝えた。
いくらなんでも、無策で吸血鬼を相手にするのは危険すぎる。
断るのは、当然だ。
それを聞いて、複雑な表情をするデリバ。
そして、何かを決心したような顔になった。
「確かに、吸血鬼は強い。
お主が断るのも当然じゃ。
じゃが、儂も何の手もなくお主に頼んでいるわけではないぞ」
そう言いながら、デリバは隅にあった箱から何かを取り出した。
デリバが取り出したのは、一本の細い刀剣。
「その刀剣、まさか……」
ジャリーは見た瞬間に呟く。
おそらく俺も、ジャリーと同じことを思った。
このやや反っている片刃の刀剣。
形は、俺の紫闇刀にも似ている。
ただ柄や鞘の色や模様がまったく異なっている。
紫闇刀と比べて、やや派手な琥珀色の刀剣。
驚く俺とジャリーを見て、二ヤリと笑うデリバ。
「流石に知っているか。
そう。
かの刀匠マサムネ・キイが打った九十九魔剣の内の一刀『不死殺し』じゃ!」
ドヤ顔で言うデリバ。
なぜ、デリバは九十九魔剣の内の一刀を持っているのだろうか。
九十九魔剣は、バビロン大陸とポルデクク大陸の全土に散りばめられた強力な能力を持つ魔剣で、九十九本しかないことからとてつもなく希少価値は高いはずだが。
俺の訝しむ目を見て察したのか、デリバは説明し始めた。
「この刀剣は、若い頃にもらったものじゃ。
儂は昔、刀鍛冶をしている時代もあってな。
そのときの鍛冶の師匠から譲ってもらったのじゃ。
わしは、この恐ろしく精巧に作りこまれた刀剣を見て、刀鍛冶を引退することを決めたよ。
この刀剣以上の剣を作れる気がしなかったんじゃ」
懐かしそうに語るデリバ。
まあ、気持ちは分かる。
俺も紫闇刀を初めて見たときは、驚いたものだ。
今まで見たどの剣とも違う力強さが、そこにはある。
すると、デリバは真っすぐな目でジャリーを見つめた。
「それから、この魔剣を使う機会もなく、工房の隅に眠らせておいたんじゃが。
売らなくて正解じゃった!
この魔剣は、今この時のためにあると言っても過言でもないじゃろう!
この魔剣『不死殺し』は、不死の者に致命傷を与えることが出来ると言われる魔剣じゃ。
メリカ王国一の剣士と名高いジャリー・ローズが使えば、鬼に金棒。
この魔剣さえあれば、不死の吸血鬼を討伐することもできる!
頼む!
無事に吸血鬼を倒せたら、この魔剣を譲る!
じゃから、どうか!
儂の部下を殺し、仕事場を奪った、憎き吸血鬼を倒してくれ!」
デリバは懇願するように叫んだ。
その言葉からは、デリバの決意を感じる。
ジャリーは無言で俺に視線を寄せる。
これは、俺の答えを待っている視線だ。
おそらく、デリバの言うことに嘘はない。
魔剣『不死殺し』は本物だろう。
あんな形状の刀剣は、九十九魔剣以外で見たことがない。
そして、魔剣『不死殺し』が本当に吸血鬼に対して致命傷を与えることが出来るのであれば、勝てる可能性はグンと上がる。
吸血鬼が影を持たないため影剣流の技が効かないとはいっても、ジャリーは影剣流なしでも恐ろしく強い。
影法師なしでも物凄く速く移動できるし、軽い斬撃で鉄だって斬ることが出来る。
そんなジャリーが魔剣『不死殺し』を手にすれば、吸血鬼にも勝てるだろう。
それに、これは打算的な話だが、もし吸血鬼を倒せば魔剣『不死殺し』を譲ってくれるというのは、かなり魅力的な話だ。
生前、不死の相手とも何度かやり合ったことがある。
そして、いずれの戦いも、かなり苦戦したのを覚えている。
それほど、不死の敵というのは厄介なのだ。
そのため、魔剣『不死殺し』を所持しておくメリットは大きい。
将来的に、不死の敵と戦うこともでてくる可能性はある。
そのときに、魔剣『不死殺し』を持っていれば苦労しなくて済むだろう。
そんな将来性のある武器を貰えるというのだから、吸血鬼討伐を引き受けるほかない。
そう考えた俺は、ジャリーを見ながら頷いた。
すると、ジャリーはデリバを見て口を開く。
「分かった。
私が、ドバーギンの大穴内の洞窟に潜む吸血鬼を倒してみせよう」
それを聞いて、デリバはガッツポーズをして喜んだのだった。




