第百二十七話「迷宮崩壊」
僕がパラダインと戦っている間に、スティッピン達と操られた黒妖精族を拘束してしまったバリー寮長とサシャ。
およそ十以上もいる敵を二人で拘束したのは流石としかいいようがない。
近接格闘最強のバリー寮長とサシャが持つ遠距離攻撃最強の烈風刀のコンビネーションはここまで強いのかと驚かされる。
スティッピンとその部下は、手足だけでなく口まで布で縛られて拘束されている。
魔術師を拘束するときは口を拘束しないと呪文詠唱で魔術を発動されるかもしれないので、こうしているのだ。
先ほどからスティッピンがじたばたしているが、しっかり布で縛られているようで全く動けていない。
黒妖精族達に至っては、スティッピンの命令が無いからか虚ろな表情で静かに拘束されながら座っている。
「エレイン。
ジュリアは大丈夫なのかい?」
全員の拘束を終えてこちらにやってきたバリー寮長は、気絶するジュリアを見下ろしながら聞いてくる。
「分かりません。
一度ジュリアの精神が戻ったのですが、再び気絶してしまって……。
パラダインの精神が残っているのかもしれないので、油断できない状況です」
僕がジュリアの脚に刺さる不死殺しの柄を持ちながら説明すると、バリー寮長はすぐに拘束用に持っていた布をジュリアの手足に巻き始める。
「ちょっと、何してるんですか!」
ジュリアの手足を巻くバリー寮長に怒るサシャ。
「何って見ればわかるだろう?
拘束してるんだよ。
見た目はジュリアだけど、中身はあの魔王なんだ。
あんただって魔王の恐ろしさを見ただろう?
目を覚ます前に手足だけでも拘束するよ」
バリー寮長の判断は正しい。
今は気絶しているからいいが、ジュリアが起き上がったときに再び魔王が精神を乗っ取り暴れられても困る。
ジュリアの中にパラダインの精神が残っているのか分からない現状、拘束しておくのがベストだろう。
ジュリアの右脚から流れる血が痛ましいが、それが理由で不死殺しも右脚に刺しっぱなしにしてある。
サシャもジュリアの身体を乗っ取る魔王を今まで嫌というほど見てきたはずだ。
あれだけ暴れるジュリアの姿を見たサシャがバリー寮長に言い返せるわけがなく、ただただ悲しい表情で拘束されるジュリアを見つめるのだった。
俺はサシャとは対照的に、ひとまずジュリアの身柄を確保できたことに一安心している。
ここに来る前は生命の安否すら分からない状態だったから、目の前でジュリアが息をしているというだけでも嬉しかった。
思えば、ここまで来るのに多くの人に助けてもらった。
隣にいるサシャやバリー寮長は俺がパラダインと戦っている間に、スティッピン達と戦ってくれた。
周りで倒れているサラとエクスバーンとラミノラ、それから一度大学に戻ったときに離脱してしまったピグモンやドリアン達もジュリアを助けるために全力で戦ってくれた。
あと忘れてはならないのはシュカだ。
シュカは、僕が幻影の花から逃げきれなくなりそうになったときに、自ら盾となってくれた。
シュカの安否は心配であるが、あの強いシュカであればきっとどこかで生きていることだろう。
それに拘束されている黒妖精族達だって、普段は関わりを持たない異種族であるのに共闘してくれた。
妖精海賊団のマリンアークだって、初めて会った俺たちに対して迷宮までの道を教えてくれた。
誰か一人でも欠けていたらここまで来ることはできなかっただろう。
感謝してもしきれない。
それと同時に、こんな大事件を起こしてくれたスティッピン達に対する怒りはどんどん膨れ上がる。
先ほど一瞬ジュリアの精神が戻った時、ジュリアは泣いていた。
あいつがジュリアを誘拐しなければ、ジュリアの身体をパラダインが乗っ取ることはなかった。
あいつのせいでジュリアは泣いていたのだ。
拘束されているスティッピンを見ると、つい持っている不死殺しで真っ二つにしてやりたい気持ちになるが、我慢しなければならない。
仲間を誘拐したスティッピンをただ殺しても、俺の気持ちは収まらないだろう。
俺も転生前は戦争下で生きてきただけに、拷問のやり方なら多く知っている。
スティッピンには一度、生まれたことを後悔するほどのこの世の地獄というものを見せてやろう。
俺はスティッピンを睨みながらそう決意する。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
突然、地面が揺れだした。
あまりに大きな揺れに、身体がぶるぶると震えだす。
「エレイン様!
地面が揺れてます!」
サシャは言いながら僕に抱き着いてくる。
僕を守ろうとしてくれているのかもしれないが、身体がぶるぶる震えているのを見るに怖くなったのだろう。
「これは……迷宮の崩壊かい……?」
周りをきょろきょろ見渡しながら呟くバリー寮長。
僕はその言葉に、ぴんとくるものがあった。
転生する前の世界では何度も迷宮を攻略したものだが、中にはその迷宮で一番強いモンスターを倒すと自動的に崩壊し始める迷宮もあった。
これは、迷宮が魔力を核にして形成されていることが理由とされている。
実は迷宮のでき方には二種類あり、魔力が貯まる土地に自然と迷宮ができるパターンと、物凄く高い魔力を持ったモンスターがその地に魔力を放出することにより迷宮ができあがるパターンがある。
前者の場合はその土地に自然と集まる魔力を核に、後者の場合はモンスターの魔力を核にして迷宮が成り立つのだ。
つまり、モンスターの魔力を核にして迷宮が作られた場合、そのモンスターを倒せば迷宮に放出する魔力が無くなり、迷宮が自動的に崩壊するのである。
そういえば、妖精海賊団のマリンはこの巨大樹の迷宮は一年ほど前にできたと言っていた。
それと同時に、スティッピン達がこの地に現れるようになったのも丁度一年ほど前だったと聞いている。
スティッピン達が現れたのと迷宮ができたのが同時期であることには前から引っかかっていたのだが、ようやく俺はこの迷宮の揺れを見てその謎が解けたような気がした。
この巨大樹の迷宮は、土地に貯まる魔力ではなく、モンスターの魔力を核として作られたと見て間違いない。
では核にしているモンスターは何者なのかという話だが、答えは簡単だ。
そもそも、魔力を放出して迷宮を作るなんてことはほとんど不可能な行為だ。
常識を超えた魔力量を持つ者にしか迷宮を作ることはできず、転生前の世界でもモンスターの魔力を核にして作られた迷宮を見たのは、竜の魔力を核にした迷宮を探索したときだけだった。
つまり、竜に匹敵する伝説レベルの魔力を持っていないと迷宮がモンスターの魔力によって作り上げられることはないわけだ。
そんなことがスティッピンに可能かといわれれば、人族のスティッピンにそんなことはできるはずはない。
だが、一人だけできる者が先ほどまでこの場にいた。
パラダインである。
パラダインは五千年前の伝説の大魔王。
おそらく魔力量でいえば、この世界トップクラスだろう。
パラダインがこの巨大樹の迷宮を作ったと考えれば全ての辻褄が合う。
そして今、この巨大樹の迷宮は崩壊し始めている。
これはパラダインがジュリアの身体の中から消えた、もしくは死んだということになるのだろうか?
パラダインの生死については分からないが、迷宮の崩壊にパラダインが関わっていることは間違いなさそうだ。
とはいえ、今考えるべきはパラダインの生死についてではない。
この場からの脱出である。
いち早く脱出しないと、地上からだいぶかけ離れたこの巨大樹の最上階から全員落下死してしまう。
「バリー寮長!
転移鍵で転移する扉を開けますか!」
「今やってるよ!!」
俺が言う前にすでに転移鍵を取り出していたバリー寮長。
空中で転移鍵を回し、転移の扉を開く。
「エレイン!
サシャ!
今すぐ、ここに倒れているやつらを全員この扉の中にぶちこみな!
早くしないと迷宮が崩れるよ!!」
「はい!」
「わ、分かりました!」
俺とサシャはバリー寮長の指示に従い、急いで動き始めた。
俺は気絶しているエクスバーンとラミノラの方に向かい、サシャは黒妖精族達の方へと向かう。
ガラガラガラガラ
周りから迷宮の崩壊する音が聞こえて、焦りながらも俺はエクスバーンの肩を持って転移の扉の方へと向かう。
やはり、この世界での俺の身体はまだ五歳児であるだけに、大きな物を運ぶには身体があまりに小さい。
僕と差ほど年も変わらないエクスバーンを運ぶだけでも一苦労である。
「急ぎな、エレイン!
時間が無いよ!」
あまりに移動が遅い僕を見かねて急かしてくるバリー寮長は、右手にジュリアを、左手にサラを持っていた。
ジュリアの脚には不死殺しが、サラの左手には紫闇刀が刺さっていて、なんとも異様な光景である。
ドンッ!
ドンッ!
周りにそびえ立つ木の壁が崩壊し、地面に落ちてきて大きな音を鳴らす。
バリー寮長の言う通り、本当に時間はないようだ。
エクスバーンを転移の扉に放り込み終えた僕は、急いでラミノラを運ぶために走る。
サシャも三人ほど黒妖精族を転移の扉に放り込んだようだが、まだまだ放り込まなくてはいけない人間は残っている。
特にスティッピンだけは絶対に送らなければならない。
スティッピンは今後時間をかけて僕らで裁いていかなければならない相手。
こんなところで死なせるわけにはいかない。
僕はラミノラを転移の扉に放り込み終えると、続いてスティッピンのところへと走る。
スティッピンは拘束されたときはじたばたしていたのにも関わらず、今は身動き一つせず原っぱの上で倒れていた。
逃げられないと悟ったのだろう。
僕はスティッピンを睨みながら近づく。
そしてスティッピンを運ぶためにその細い腕を手に取ろうとしたとき、僕は違和感に気づいた。
スティッピンの腕を拘束している布が、破れているのである。
遠目からは腕に布を巻いているように見えたので拘束されているのだとばかり思っていたが、いつの間にか腕に巻かれた布は切り離されて拘束具としての機能を失っていた。
僕が気づいたと同時に素早くスティッピンは僕の方へと振り返った。
いつの間にか口にしていた拘束具も取れていて、僕を見て汚い笑みを浮かべるスティッピンの顔があらわになる。
まずい。
今の俺は剣を持っていない。
俺は頭を守るように腕を構えると、その腕をスティッピンは掴んで俺の首を腕でホールドしてきた。
「おい!!!!
メリカの王は捕まえた!!!!
こいつを殺されたくなかったら、今すぐパラダイン様を離せ!!!!!」
左手にジュリアを抱えるバリー寮長に向かって、いつになく大声で叫ぶスティッピン。
バリー寮長は拘束された俺を見て苦い顔をしていた。
やってしまった。
油断をしているつもりは無かったが、まさか拘束されるとは。
スティッピンは細身だから力はないだろうと思っていたが、どんなにもがいても俺の首をホールドする腕が取れない。
「おい!!!!
早くしろ!!!!
本当に殺すぞ!!!!」
スティッピンは、俺の首の締める強さをあげながら叫び散らかす。
それによって、首を閉められて息ができなくなってくる。
段々と意識が朦朧としてくる中で、その声が聞こえた。
「その前に、拙者がお前を殺すでござる」
その聞き覚えのある声が聞こえた瞬間。
「ぐへっっ!」
スティッピンは蛙のような声をあげて倒れ、俺の首の拘束が取れた。
俺は反射的に振り返ると、そこには見覚えのある黒装飾を着た……女?
「エレイン様。
ようやく合流できたでござる。
拙者も転移のお手伝いをするゆえ」
そう言いながらスティッピンの脚を持ってひょいと肩に持ち上げるそいつ。
この口調と黒装束は見覚えがある。
かなりの激しい戦闘を重ねたのか黒装束は血だらけのボロボロで顔を覆っていた布はほぼ無いに等しい。
そして、俺は今そいつの顔を見てとても驚いていた。
「お前……女だったのか、シュカ……」
そう。
いつも顔を黒装束で覆っていたので分からなかったが、布がはだけて見えたその顔は色白で目のくりっとした今風の女性。
なんなら美人とまでいえるその顔に、俺は開いた口が塞がらない。
「エレイン殿。
そんなことより、急いでほしいでござる。
もうまもなく迷宮が崩壊するゆえ……」
ドガァァァァン!
ドガァァァァン!
周りで壁が崩壊する音がどんどん大きくなってきている。
シュカの言う通り、もう間もなくこの迷宮は崩壊するのだろう。
「分かった。
シュカ、スティッピンは頼んだ!」
俺はスティッピンをシュカに任せ、転移の扉へと走りこむ。
「エレイン! シュカ!
急ぎな!!
もう時間が無いよ!!!!」
緊迫感のあるバリー寮長の声に俺は焦った。
周りでは地面が崩れ始めている箇所も見える。
とにかく転移の扉へと一直線に走り続ける。
そして、ようやく扉の前まで辿りついた。
「あんた達が最後だよ!
私に続きな!!」
そう言って俺達が扉の前まで来たことを確認したバリ―寮長は、両手で三人の黒妖精族を抱えながら先に扉の中に入る。
よし、俺も後に続こう。
迷宮の崩壊が思ったより早くて焦ったが、なんとか間に合いそうでよかった。
俺がそう安心したとき。
不意に走る俺の隣に黒い影が見えた。
「エレイン殿。
しばらくのお別れでござる。
また会えるときを楽しみにしてるゆえ」
物凄いスピードで脚を振り上げたシュカは、俺の背中を思いっきり蹴った。
「ぐっ……なにを……」
俺は扉の方に蹴られて反射的に振り返ると、そこには気絶するスティッピンを背負いながらその場でたたずむシュカが。
「シュカ……お前何してんだ……?」
扉の前で立ち止まるシュカの姿を見て、俺は一瞬で悟った。
こいつは裏切り者だと。
「シュカ!!
スティッピンを寄越せ!!
シュカ!!!
シュカァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
俺は、その場で俺のことを無感情な目で見つめるシュカの方へ手を伸ばしながらシュカを呼ぶ。
だが先ほどシュカに蹴られたせいで、俺の体はシュカとは逆方向の転移の扉の方へと吸い込まれるように押し込まれる。
そして、俺は転移の扉を通り、目の前の景色は見覚えのある学長室に変わった。
「バリー寮長!!
今すぐ、迷宮に俺を転移させてくれ!!!!」
俺は隣にいたバリー寮長に向かって叫んだ。
「何言ってるんだい?
巨大樹の迷宮は今崩壊してたんだ。
もう戻れないよ。
それより、シュカはどうしたんだい?
あいつはスティッピンを運んでいたはずだけど……」
シュカが来ることはない。
あいつは、スティッピンを抱えたまま迷宮に留まったのである。
シュカの思惑は分からないが、これは完全に主である俺への裏切りである。
まさかあのタイミングで裏切られるとは。
「くそっっっ!!!」
手で床を叩くも、ただ手が痛くなるだけで悔しさは解消されない。
こうして俺は、ジュリアの救出に成功した。
しかし、シュカには裏切られ、誘拐犯であるスティッピンを拘束することには失敗した。
このことを俺は今後何度も後悔することになる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これにて、第四章は終わりとなります。
新作を書いていて更新が一か月も遅れてしまったことをお許しください。
そして、本日より新作の方のアップを始めました。
「元ギルド職員の冒険者ギルド改革~ブラックギルドで十年働いた僕、限界が来たので辞職してホワイトギルドを作ろうと思います~」というタイトルです。
既に第一章完結まで30話分書溜めをしており、三週間ほど毎日更新しているので、こちらも是非チェックしてみてください!




