第百二十六話「大切な存在」
数瞬前まで不死殺しで右脚を抑えていたパラダインが姿を消した。
周りを見渡してもパラダインの姿がない。
俺はこの瞬間、全身が緊張感に包まれた。
この技も見たことがある技。
自らが影になるという影剣流の秘技。
影剣流奥義『暗影』である。
パラダインがジュリアの姿をしていたから油断していた。
まさか、パラダインが暗影まで使えるとは。
一体、どこで覚えたのだろうか。
ジュリアですら、まだ使えないというのに。
「ふはは、見えないだろう?」
背後からそんなパラダインの声が聞こえた。
すぐに振り返るも、そこには誰もいない。
そして、俺は嫌な予感がしてすぐに横に跳んだ。
「ぐっ……」
回避が遅れて、パラダインの手刀が脇腹をかすめたようだ。
地面を転がりながら、脇腹から血が流れるのを左手で抑える。
「ちっ、避けたか。
次は、お前の心臓を一突きにしてくれるわ」
全く姿は見えないが、パラダインの声だけが聞こえてくる。
その声に俺は冷や汗が流れる。
現状、かなり不利だ。
パラダインの姿が見えない現状、未来視の力を持ってしてもパラダインがどう動くのか分からない。
どうやら未来視の力は見えているものの数秒後の未来を見せてくれるものらしい。
つまり、姿が見えないパラダインの未来は見えない。
この状況でどうやってパラダインを攻略するか俺は考える。
今まで影剣流奥義『暗影』を見た機会は二度だけあった。
ジャリーが吸血鬼フレディ・ベラトリアムと戦ったときと、ジェラルディアと戦ったときだ。
よく思い出してみれば、どちらの戦いでもジャリーは負けていた。
フレディと戦ったときはジャリーが暗影でフレディの分身を全員倒し、最後のフレディを斬るときに暗影を解いたら隙を突かれて背後から吸血されていた。
ジェラルディアとジャリーが戦ったときは、ジェラルディアの持つ強力な魔剣『爆破刀』による範囲攻撃によって爆破されていた。
フレディとの戦いを参考にするならば、上手くパラダインに暗影を解いてもらって隙を突く形になるが、中々難しいだろう。
一度姿を消したパラダインがそう簡単に再び姿を現すとは思えない。
ジェラルディアとの戦いを参考にするならば、範囲攻撃でどこかにいるパラダインの実体を攻撃するべきだが、これも難しい。
なぜなら、今の俺に範囲攻撃を放つ手段は無いからだ。
俺はジェラルディアのように範囲攻撃を放てる魔剣は持っていないし、魔術師でもない。
不死殺しという不死者を殺せること以外は頑丈であることくらいしか取り柄がない刀剣を一本持っているだけ。
当然、範囲攻撃などできはしないのである。
そうなってくると、もはやパラダインの暗影を攻略する手段がない。
せめてパラダインの姿が見えれば・・・。
歯噛みしながら周囲を警戒していると、近くから叫び声が聞こえてきた。
「な……何をやっているんですか!
相手は二人だけですよ!!」
叫び声をあげているのはスティッピンだった。ボソボソと呟いていただけのスティッピンが焦燥と怒りの入り混じった表情で部下たちを叱咤する。
どうやら、バリー寮長とサシャがかなり奮戦しているようだ。
サシャが烈風刀で突風を起こして相手の体勢を崩した隙にバリー寮長が急接近して手刀を頸椎に当てて気絶させる。
このサシャとバリー寮長の連鎖攻撃によって、十人以上いるスティッピンの部下と黒妖精族たちはどんどん戦闘不能になっていく。
「あの風が厄介です!
あそこの半妖精族を狙いなさい!」
スティッピンはサシャを指さしながら叫ぶ。
すると、スティッピンの部下たちと黒妖精族達は全員サシャの方を向いた。
「させないよ!」
バリー寮長がサシャを守ろうと、大きな体で黒妖精族達にタックルするが間に合いそうにない。
何人かがバリー寮長のタックルを抜けてサシャに近づいた。
「メェ〜!!」
サシャが攻撃されそうになったとき。
スティッピンの部下と虚ろな目をした黒妖精族たちをパンダのトラが蹴り飛ばした。
「トラ!!」
嬉しそうな顔でサシャはトラを呼ぶ。
そのサシャの叫びに呼応してトラは一気に攻勢にでた。
10名ばかりいたスティッピンの部下と黒妖精族たちをどんどん蹴り飛ばすトラ。
流石S級モンスターと評される格闘パンダである。
「くっ……パンダ風情が……」
悔しそうにトラを睨むスティッピン。
そして、右手に持つ本を開きながら呪文を唱え始めた。
「闇をも照らす光輝の化身!
爛々と輝く、光の精霊よ!
光を放て!
光で惑わせ!
我に光の力を貸し、かの者の意識を奪え!
奪心光!」
この呪文は大きな光を放ち、目にした相手の意識を刈り取る大技。
絶対に食らうわけにはいかない。
俺は瞬時にスティッピンの叫び声に合わせて目を閉じ、不死殺しを左側面に構えて目に光が入らないようにする。
光が放たれるのは一瞬だ。
まぶたごしに光が消えるのを待つ。
そして、光が消えた瞬間に目を開いた。
目を開いた瞬間驚いた。
目の前に目を眩しそうに細めるパラダインが現れたのである。
なぜかは分からない。
もしかしたら、影剣流奥義暗影には光魔術が有効なのかもしれない。
だが、俺はそんなことを考える前に体が動いていた。
今が絶好のチャンスだ。
これを逃せばジュリアは救えない。
その思いで、パラダインに向かって一直線に駆け出す。
「はぁぁぁぁぁ!」
俺は不死殺しを持つ右手を伸ばし、パラダインの左脚の太ももに向かって真っ直ぐに突きを放つ。
パラダインは先程の光で動けない様子。
万が一逃げようとしても、俺の未来視の力で突きを外すことは絶対にない。
刺せる確信を持った突き。
予想通り、パラダインの左脚の太ももに不死殺しは刺さった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
パラダインは不死殺しが左脚の太ももに刺さった瞬間絶叫する。
絶叫しながら左脚を振り回すが、俺は今度こそ逃がす気はない。
足を地につけ踏ん張りながら、どんどん深くジュリアの太ももに不死殺しを深く差し込む。
「お前えぇぇぇぇぇ!!!
離せえぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
必死に叫ぶパラダインの絶叫を無視する。
おそらくパラダインは暗影を使ったことにより、ほとんど魔力が残っていないはずだ。
俺の不死殺しから逃れられるはずもない。
「ぱ、パラダイン様がまずい!!
あなたたち!!
今すぐパラダイン様を守りなさい!!」
そんなスティッピンの焦った声が聞こえてきた。
どうやら、俺がパラダインの太ももを不死殺しで刺していることに気づいたらしい。
だが、もう遅い。
「うっ……がっ……」
先程まで叫んでいたパラダインは段々と生気を段々と失い、身体が動かなくなる。
イスナールは不死殺しは不死身となったパラダインにも効くと言っていた。
不死殺しが刺さるパラダインの太ももからは血が垂れ流れているが、その傷口以上に何か別の力がパラダインの精神に働いているのだろう。
それにしても、パラダインの精神はもう消えたのだろうか?
目を瞑っているといつものジュリアの顔なのだが、この身体の中にパラダインの精神が宿っているのかは分からない。
俺は、パラダインが動かなくなったのもあり油断していた。
不用心にも不死殺しを手に持ちながら、パラダインなのかジュリアなのか分からないその顔を覗き込むようにして顔を近づけた。
その瞬間。
パチリと目が開いた。
そして、手が俺の首に真っすぐ伸びる。
「はぁ……はぁ……。
捕まえたぞ……メリカの王子……」
パラダインは、苦しそうな表情でそう言った。
言葉通り、パラダインは左手で俺の首を捕縛していた。
そして、そのまま俺の体ごと宙に浮かす。
「うぐっ……お前……まだ、いき……てたのか……」
首を閉められて声がまともにでない。
そんな俺を見て、パラダインは苦しそうな表情をしながらもほくそ笑むように口角を上げる。
「確かに……お前の刀は……俺様に効くがなあ……。
俺様を消すには……まだ時間がかかる……。
その前に……お前を……殺す」
それだけ言うとパラダインはゆっくりと右腕を上げて手刀を作る。
おそらく、この手刀で俺の心臓を一突きにするつもりだろう。
パラダインに首を掴まれてしまっている今、いくら未来視の力を持っていようとパラダインの手刀を避ける術はない。
パラダインの太ももに刺さる不死殺しの力で、俺が手刀に刺される前にパラダインの精神をジュリアの身体から追い出してもらいたいものだが、精神を追い出すにはまだまだ時間がかかるようだ。
くそ、絶体絶命だ。
今度こそ俺は死ぬのか。
パラダインの手刀が動いた瞬間、死を悟り、目を瞑った。
「エレイン……」
急に先ほどまでの低いうなり声とは違う幼い少女の声が聞こえてきてすぐに目を開く。
すると、目の前には大粒の涙を流す少女の姿があった。
そして、少女は俺の首から手を離し、涙を流しながら俺に抱き着いてきた。
「エレイン!
わたし……ごめん……ごめんなさい……ひっぐ……ひっぐ……」
泣きじゃくりながら必死に俺に謝る少女。
その声は今まで何度も聞いてきたジュリアの声だった。
泣いて謝っているということは、今回は記憶があるのだろう。
俺の首を掴んだことを謝っているのかもしれないが、おそらく一番大きな理由は別だ。
「ジュリア、落ち着け。
パラダインは、まだいるのか?」
俺は泣きつくジュリアを落ち着かせるように頭を撫でながら、ジュリアに質問をする。
「うん……まだいると思う……。
わたし……怖いよ……。
もう人を殺したくない……ひっぐ……ひっぐ……」
俺の胸でしくしくと泣くジュリア。
やはり、バリー寮長の脇腹やエクスバーンの心臓を刺したときの記憶も持っているのか。
ジュリアは普段は気丈だが、こう見えて優しい子だ。
たとえイスナールの蘇生で生き返ったのだとしても、人を殺しておいて平静を保てるはずがない。
俺はジュリアを強く抱きしめながら、できるだけ落ち着かせるよう心がける。
そして、いつパラダインが出てきてもいいように、抱きしめながらもジュリアの太ももに刺さる不死殺しの柄に手を添える。
「……ねえ、エレイン」
「……なに?」
抱き合った状態でジュリアは俺に話しかけてきた。
「何で来てくれたの?
私なんて見捨ててくれればよかったのに。
そしたら、誰も殺さずにすんだのに」
悲しそうな目で俺に訴えかけるジュリア。
だが、俺はそんなジュリアが許せなかった。
「ふざけんな!!!!」
俺はガシっとジュリアの両肩を両腕で掴む。
「ジュリア!!!!
お前は、俺の仲間だろ!!!!」
俺が叫ぶと、目を大きく見開くジュリア。
その表情を見て、俺は色んな思いがこみあげてくる。
「最初は生意気なガキだと思ったけどなあ!
一緒に旅をして、一緒に飯を食って、一緒に戦って。
いつの間にか、お前は俺にとって大切な存在になってた!
そんな大切な仲間を見捨てられるはずがないだろうが!!!!」
俺の思いをそのままジュリアにぶちまける。
「大切な……存在……」
俺の言葉をゆっくりと復唱するジュリア。
その顔はほのかに赤い。
「ねえ、エレイン。
それってさ、もしかしてエレインは私のこと、す……」
ジュリアは何かを言いかけたところで急に気絶してしまった。
俺は即座にジュリアの太ももに刺さる不死殺しの柄に手をかける。
パラダインの精神が再びジュリアの身体に宿るかもしれないからだ。
しかし、待てども待てどもパラダインは現れない。
ジュリアは気絶したままだ。
「エレイン様~~!」
俺がずっとジュリアの身体を警戒していると、後ろからそんな緊張を切り裂く声が聞こえてきた。
どうやらサシャがこちらに走ってきているようだ。
「どうした、サシャ?
そっちは大丈夫なのか?」
俺は気絶するジュリアの身体から目を離さずにサシャに聞くと、後ろから返事が返ってくる。
「はい!
全員、拘束完了しました!」
返ってきたのは、サシャのそんな元気な返事。
「は?」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげながらも後ろを振り返る。
目に入ったのは、スティッピンの部下と黒妖精族、それから首謀者であるスティッピン。
全員、手と足と口を布で拘束されていたのだった。
最近、転生王子の更新頻度を下げつつ新作書溜めておりまして・・・。
やっと10話分溜まったところなので、あと30話溜めたいななんて思っています。
7月か8月くらいには出そうと思っているので、皆さまそのときは是非読んでください(>_<)




