第百二十四話「イスナール降臨」
視界が一瞬光で真っ白になったが、段々と元の視界に戻ってきた。
前を見ると光を身体からオーラのように放つサラが立っていた。
先ほどまで痛そうに抑えていた紫闇刀が刺さる左手を全く痛がる様子もなく、凛とした表情で周りをキョロキョロと見渡し始めるサラ。
そして、最後に俺の方をじっと見てきた。
俺はその視線から今までのサラとは違う何か強い力を感じた。
その強い力にあてられた緊張感から生唾をゴクリと飲み込む。
「そなたがエレインか」
サラは一言俺の目を見ながらそう言った。
俺はその言葉を聞いた瞬間、この人はサラじゃないとすぐに感じ取った。
表情や声のトーンや雰囲気、全てが先ほどまでのサラとは別人のようである。
「あ、あなたはどなたですか……?」
サラの中に誰がいるのかはほぼ予想できていた。
しかし俺の予想があまりに現実的ではないため、本当にその人かどうか確認したくて名前を聞いた。
「私はポルデクク大陸の神、イスナールだ」
あまりに当然のように神を自称したので俺は呆気に取られてしまう。
やはりというべきか、サラの中には五千年前にポルデクク大陸に存在していたといわれるイスナール神がいるようだ。
サラの唱えていた祝福がイスナールを呼び寄せるような内容なのでまさかとは思っていたが、本当にイスナールをこの世に呼んでしまったらしい。
おそらく、ジュリアの身体を乗っ取ったパラダイン同様、イスナールもサラの身体の中に精神だけが入っている形になっている。
左手に刺さる紫闇刀の光がイスナールに吸収されるように弱まっていくのを見るに、紫闇刀に貯まった魔力を媒介にしてイスナールを召喚したのだろう。
「お前!
イスナールか!?
せっかくお前がいない世界で暴れてやろうと思ったら出てきやがって!
また俺様の邪魔をするつもりか!!!」
俺とサシャがイスナールを見ながら呆然としていると、少し離れたところにいたパラダインがイスナールを睨みながら威嚇するように叫び始めた。
その叫びに反応してサラの顔をしたイスナールは怪訝な目をパラダインに向ける。
「邪魔をするなとはこちらのセリフだ。
そなたがまた人族を虐殺しないよう私がせっかく封印したというのに、幼い少女の身体を使ってまで現世に戻ってくるとは。
本来寿命を迎えているはずのそなたが他の人間の身体を使って無理やり寿命を伸ばす行為は、この世界の法理に反している。
大人しく寿命を受け入れろ、パラダイン」
毅然とした態度でパラダインに説教をするイスナール。
「俺様が何をしようが俺様の勝手だろ!!!!」
イスナールの説教に嫌気が差した様子のパラダインは叫んだと同時に姿を消した。
もう何度も見た技、影法師である。
俺はそれを目視した瞬間に紫闇刀を構えて、近くにいるイスナール、サシャ、そして俺の影を素早く順番に確認していく。
パラダインが姿を現したのは案の定イスナールの影の上だった。
イスナールの背後を取って手刀を作るパラダイン。
しかし、その手刀はイスナールの身体には当たらなかった。
「剣王イカロスが使っていた闇の精霊術『影移動』か。
しかし、未来が見える私にその技は効かない」
背後を全く見ずにパラダインの手刀を躱すイスナール。
喋りながらパラダインの手刀を紫闇刀が刺さっていない右手で掴んだ。
「ちっ!!」
イスナールに手刀を捕まえられたパラダインは舌打ちを鳴らすと、再び姿を消した。
すかさず周りを見渡すと、パラダインは最初に張ったサラの光の防壁の外にスティッピンと共にいた。
おそらく影法師でスティッピンの影の上に転移したのだろう。
「エレイン、よいか?」
光の防壁の外にでたパラダインを余所に、急に俺に話しかけてきたイスナール。
俺はびくっと反応してからぎこちなくイスナールの方を見る。
「は、はい。
どうしましたか?」
相手が神様だと思うと思わず畏まってしまう。
そういえば、なぜイスナールは俺の名前を知っているのだろうか。
「そなたの刀剣をサラの記憶の中で見たが、それは不死殺しと呼ばれているそうだな。
私の時代には無かった代物だから興味深い。
見せてもらってもよいか?」
当然のように「サラの記憶の中で見た」と言うイスナール。
同じ身体なだけあってサラの記憶をイスナールも見ることができるということだろうか。
どうりで俺のことを知っているわけである。
それにしても神様が不死殺しに興味を持つとは。
そういえば、九十九魔剣が作られたのは四千年前の竜戦争のときだったと昔本で読んだ。
五千年前を生きていたイスナールにとっては未来の産物だということか?
パラダインも不死殺しや紫闇刀に異様に反応していたし、そういうことなのかもしれない。
「ど、どうぞ」
この緊急事態に呑気に不死殺しを見せている時間などありはしないのだが、あまりのイスナールの異様な雰囲気と圧に負けて俺は不死殺しをイスナールに手渡した。
イスナールは俺から不死殺しを受け取ると、興味深そうにじっと見つめながら自分の左手に刺さる紫闇刀と見比べる。
「この魔力を貯める紫闇刀という刀剣も興味深いが、この不死殺しもかなり独創的だ。
どのような仕組みかは分からないが、私やパラダインのような不死の者を殺す力があるらしい。
私の未来視にはこのような刀剣は映らなかったが。
……まさか転移者か?」
イスナールはじっと眺めるだけではなく、自分の指に軽く刀剣を刺したりしながらぶつぶつと唱えていた。
そして考えがまとまったのか、急に俺の方を見て不死殺しを差し出してきた。
「エレイン。
この不死殺しでそなたがパラダインを殺せ」
不死殺しを受け取る俺に向かって命令するように言い放つイスナール。
俺はサラの身体にイスナールが現れた時点で、パラダインを封印した経験を持つイスナールがパラダインをどうにかしてくれるのだと期待していたので、いきなり俺を頼るようなことを言われて驚いた。
「え!?
イスナールさんがどうにかしてくれるんじゃないんですか?
それに、パラダインは今ジュリアの身体を乗っ取っています。
刀剣ではパラダインを傷つけることすらできません!」
俺が素直に思っていたことを伝えると、イスナールは首を横に振った。
「私の時代の負の遺産をお前たちに背負わせてしまって申し訳ないが、今の私にあのジュリアという少女を助けることはできない。
私ができるのはパラダインの精神を少女の身体と共にまとめて封印することだけだ。
あの可哀想な少女を助けるためには、その不死殺しという刀剣を使うしかないだろう。
その刀剣ならばパラダインだけを殺せる」
断言するように言うイスナール。
俺はその言葉に違和感を持った。
「不死殺しでジュリアを助けられるってどういうことですか?
不死殺しで斬れば、ジュリアの身体を傷つけてしまうじゃないですか」
すると、再び首を横に振ったイスナール。
「いや。
不死殺しはあらゆる不死者を殺す刀剣のようだ。
パラダインは元々五千年ほどの寿命がある魔族ではあったものの、影の精霊を操ってあの少女の身体を乗っ取り、半不死者となった。
だからパラダインには有効なのだろう。
しかし、ジュリアという少女は黒妖精族で寿命を持つ者だ。
不死殺しの力は少女には及ばない。
少女の致命傷にならない部位を不死殺しで刺してやればパラダインのみを殺せる」
淡々と説明してくれるイスナール。
イスナール曰く、パラダインは不死だから不死殺しの効果で殺せて、ジュリアは不死ではないから不死殺しの効果では殺せないということらしい。
理屈は分からないが、信用できる理由が俺にはあった。
それは、一度パラダインの手刀に不死殺しを刺したときだ。
あのとき、傷は浅かったのにも関わらずパラダインは悲鳴をあげながら大きく動揺し、俺から逃げるように距離をとった。
俺の不死殺しが効いていた証だろう。
「分かりました。
では、俺がパラダインに不死殺しを刺しましょう」
俺はイスナールを見つめながら言うと、イスナールの凛とした表情が少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「五歳の子供にこのような業を背負わせてしまった私を許せ、メリカの王子。
代わりに、私は死んだお前の仲間を救ってやろう」
「へ?」
予想外のイスナールの言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまったが、それを無視してイスナールは遠くで倒れているバリー寮長に向かって右手を向ける。
すると、そのイスナールの右の手の平からうねうねと空気中を漂う様に光線がバリー寮長に向かって放射される。
そして、その光はバリー寮長にぶつかり、バリー寮長の身体を覆った。
「今度はあの二人だな」
続けて、イスナールは反対側で倒れているエクスバーンと壁際で直立不動の状態になっているラミノラに向かって右手を向ける。
バリー寮長のときと同様に右手から光のうねうねが放たれてラミノラとエクスバーンを光が包む。
「ついでにあのパンダも治してやろう」
そして、最後に光の防壁の中央付近で倒れているパンダのトラに向けて右手の平を向けて、トラを光で包むイスナール。
一体、あの光で負傷したみんなを助けるということか?
いくら神とはいえど、死んでしまったエクスバーンや脇腹に穴を開けられたバリー寮長を助けるのは難しいのではないだろうか。
そんな疑念の目を光に向けていると。
「あっ!」
俺の隣で先ほどまでイスナールに驚いて固まっていたサシャが叫んだ。
それと同時に、光の防壁の中央に倒れているトラのところまで走り寄るサシャ。
「トラ!」
「メェェェ……」
どうやら、パンダのトラが起き上がったらしい。
サシャに抱き上げられて嬉しそうに垂れた目で微笑むトラ。
パラダインに蹴られて気絶状態だったようだが、回復したようでなによりだ。
「全員回復できたようだな」
「……え!?」
トラを見ていたら、イスナールが隣でポツリと呟いたので俺はすぐにエクスバーンの方を見る。
「……む?
我は寝ていたのか?」
遠くでエクスバーンが上半身を起こしてそんな呑気な声を上げているのが聞こえた。
「エクスバーン様!!!!」
起き上がったエクスバーンのところへ走り寄ってエクスバーンに抱き着いたのは、先ほどまでパラダインに動けなくされて直立不動で壁際に立ち尽くしていたラミノラだった。
俺はその光景に開いた口が塞がらなかった。
俺がエクスバーンの身体を見たとき、心臓に大穴が空いていて微動すらしていなかったし確実に死んでいた。
それなのに今エクスバーンは生きている。
まさに魔法でも見させられている気分だった。
「エレイン!
サラ!
状況はどうなってるんだい!?」
驚いている俺の背後からそんな叫び声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには先ほどまで脇腹に大穴を空けて倒れていたバリー寮長が立っていた。
バリー寮長の身体をよく見ると、服にこそ穴は空いているものの脇腹の大穴は無くなっていて、血が一滴も垂れていないほど回復していた。
エクスバーンもバリー寮長も身体に空いた穴は完全に塞がっている。
これが神の力か……。
俺が口をあんぐりと開けている横でイスナールがバリー寮長を見て口を開いた。
「そなたはバリーか。
久しぶりだな」
イスナールがその言葉を発した瞬間、バリー寮長は目を大きく見開いた。
そしてすべてを察した様子でその場に跪いた。
「これは失礼いたしました、イスナール様!
大変お久しぶりでございます!!!」
いつものバリー寮長の態度からは考えられないような畏まった敬語。
流石のバリー寮長も神様相手には畏まるといったところか。
それにしても、「久しぶり」と言ったということは前にも会ったことがあるのだろうか?
ということは、サラがイスナールを召喚するのは二度目……?
二人の会話からなんとなく考察をしていると、イスナールが口を開いた。
「回復したばかりで申し訳ないが、話している時間はない。
今からすぐに最後の決戦になるだろう。
後ろを見ろ、バリー」
パリンッッ!!
そのイスナールの言葉が終わると同時に、壺が割れたような音が聞こえてきた。
音が聞こえた方を見ると、パラダインが拳で光の防壁を割っていた。
そして、その隣には片手に本を持ったスティッピン。
その後ろには、七人の虚ろな目をした黒妖精族と数人の白黒の魔装を着たスティッピンの部下達が並んでいる。
「イスナーーーーーール!!!!!
ここでおまえを殺して、俺様が世界をとる!!!!!!!」
防壁内に侵入したパラダインは高らかにそう叫んだ。




