転生王子の情報戦略

第四章 少年期 ジュリア救出編

第百二十三話「決死の祝福」

　パラダインの手刀がエクスバーンの胸から抜けると、エクスバーンは口から大量の血を吐いた。

　それと同時にゆっくりと原っぱに倒れるのだった。

　これでエクスバーンとバリー寮長がパラダインの手刀にやられた。

　しかも、今の攻撃は完全にエクスバーンの心臓を貫いたのが遠目にも分かった。

　明らかに即死である。

　それを理解した瞬間、俺は怒りに我を忘れていた。

「パラダイイィィィィン！！！！

　お前、よくも！！！

　よくもおぉぉぉ！！！！」

　エクスバーンが倒れるのを見たのと同時に俺はパラダインに向かって一直線に走り出した。

　紫闇刀を上段に構えながらとにかく走る。

「む。

　なんだその刀剣？

　相当魔力が溜まっているな」

　叫びながら走る俺が持つ紫闇刀をじっと眺めながら冷静に分析をするパラダイン。

　だが、俺にはパラダインが何を言っているかなんてもはや理解できなかった。

　ただパラダインを斬ることだけを考えながら走り寄る。

「はああああああああ！」

　あと一歩でパラダインに届く距離まで来たとき俺は跳んだ。

　空中で身体を地面と水平にしながら、横に一回転して斬撃の勢いをつけてパラダインを狙う。

　素早く回転を終え、遠心力でパラダインの左肩を狙うように紫闇刀を振り下ろしたとき、俺は急に我に返った。

　しまった。

　あまりに言動が違いすぎて忘れていたが、こいつはパラダインではあるが身体はジュリアなのだった。

　今この攻撃を当ててしまったらパラダインを殺すと同時にジュリアまで殺してしまう。

　気づいたときには遅かった。

　ジュリアの左肩まであともうわずかだ。

　ほんの数瞬後にはジュリアを傷つけてしまうだろう。

　俺は思わず目をつむった。

　スカッ！

　予想と反して振り下ろした紫闇刀には何もぶつからなかった。

　空中を空振りした勢いのまま俺はそのまま原っぱに横転するようにして転んだ。

「ぐっ……いたた……」

　俺は原っぱで横転したあと、なんとか受け身をとって起き上がると。

　俺を見下ろすように、そして紫闇刀を観察するようにジュリアの顔をしたパラダインが目の前に立っていた。

　どうやら俺が紫闇刀を振り下ろしたと同時に影法師で俺の背後に転移したらしい。

　影剣流の使い手でもないくせにここまで影法師を使いこなしているとは、流石大魔王といったところか。

「ふむ。

　何も起きないのか。

　それだけの魔力が溜まっていれば、この草むらくらい吹き飛ばすかと思っていたが。

　それともまだ魔力が足りないのか……？」

　顎に手を当てながら何か考えるような仕草をするパラダイン。

　俺はこれを隙と捉えて、近くに倒れ伏せるエクスバーンの元へと走り寄った。

「エクスバーン！

　大丈夫か！」

　倒れるエクスバーンに駆け寄り身体を持ち上げる。

　俺はその瞬間、背筋が凍った。

　エクスバーンの胸には心臓を突き破るかのような大穴が空いていたのである。

　そして、大穴から垂れ流れる血の量はバリー寮長の脇腹の傷の比ではない。

　そのうえエクスバーンの身体を持ってみれば全く微動すらしない。

「メテオバーンの息子なら死んだぞ。

　馬鹿息子らしい最期だったな」

　エクスバーンを抱えて震える俺を見下ろしながら、面白そうに言ってくるパラダイン。

　悔しいが、パラダインの言う通りエクスバーンは死んでいる。

　遠目でパラダインがエクスバーンの胸に手刀を刺したとき、死んだかもしれないとは確かに思った。

　だが、近くに来て実際に仲間の死を目の当たりにしたショックは予想以上に大きかった。

　俺の目からは自然と涙がこぼれる。

「お前、ふざけんなよ……」

　俺は後ろにいるパラダインの方を振り返り、睨みあげた。

　ゆっくりとエクスバーンの死体を原っぱに置き、紫闇刀を力強く握る。

「お前は！！

　ジュリアの身体を乗っ取り！！

　バリー寮長の腹を刺し！！

　エクスバーンを殺し！！

　一体何がしたいんだ！！！！」

　涙を流しながらパラダインを睨みあげると、パラダインは再び顎に手を持っていき何かを考える仕草をとる。

　そして、考えがまとまったのか俺の方を再び見る。

「おもしろいことを聞いてきたな少年。

　褒美に教えてやろう。

　俺様が何をしたいか。

　それは……」

　少し溜める様に間を空けて大きく息を吸うパラダイン。

　そして、大きく口を開いた。

「世界征服だ！！！！！！！！」

　おおよそジュリアの身体からでたとは思えない馬鹿でかい声でそう宣言したパラダイン。

　俺はその言葉にさらに怒りが増して、歯噛みしながらパラダインを睨む。

「じゃあお前は！！

　世界征服のためにエクスバーンを殺したっていうのか！？

　世界征服をするためにエクスバーンを殺す必要は無かっただろう！！

　エクスバーンはお前を尊敬していたんだぞ！！

　それなのに殺しやがって！！

　お前はただの殺戮者だ！！」

　パラダインに向かって噛みつく様に怒声をあげると、そんな俺の態度を見てパラダインは笑った。

「ふはは。

　何を訳の分からぬことを言っているんだ少年。

　世界征服するために殺戮は必要だろう？

　この世界に俺様に従わない者などいらん。

　俺様に従わない者は全員殺す。

　メテオバーンの馬鹿息子も俺様に従わんから殺した。

　それだけだ」

　こいつの論理は全てが自分中心だ。

　世界を自分に従うやつだけにしようなんて、そんな世界が許されるわけないだろう。

　そんな絵空事のためにエクスバーンが殺されたと思うと、俺はこいつが心底許せなかった。

　だが、俺にはこいつをどうすることもできない。

　なぜなら、こいつは今ジュリアの身体を乗っ取っているからだ。

　パラダインを攻撃することはジュリアの身体を傷つけることに直結する。

　ジュリアを傷つけないためにもパラダインを攻撃することは絶対にできない。

　俺はこのじれったい状況に歯噛みしながら紫闇刀を構えていると、パラダインは俺を見下ろしながら二ヤリと笑った。

「なんだ？

　威勢がいいわりに来ないのか？

　来ないなら俺様から行くぞ？」

　言いながら再び手刀を作るパラダイン。

　そして、エクスバーンの胸を刺したときと同様、俺の元までゆっくりと歩み寄ってきた。

「格闘パンダから回収した魔力は温存しておきたいからな。

　お前には命令は使わないでおこう」

　そう呟きながら俺の目の前に来たパラダイン。

　明らかに手刀で俺を刺す気満々だ。

　俺はパラダインの手刀を防げるだろうか。

　正直、先ほどからパラダインの動きを追えていない場面が何度かあった。

　しかし防がねば殺られてしまう。

　どうにか防がねば。

　その思いで紫闇刀を握る手に力を込めながらパラダインの手刀に集中する。

　すると、パラダインの手刀は消えた。

　腕ごと消えるように見えるこの技は見たことがある。

　光剣流奥義「光速剣」である。

　正直、この近距離で光速剣を放たれれば、光速剣を使えない俺には防ぎようがない。

　見えないパラダインの攻撃を感じながら死を悟ったその瞬間。

「エレイン様ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！！！！！」

　右方から叫び声が聞こえた。

　それと同時に視界に台風のような突風が巻き起こる。

「うおあっ！」

　そんな声をあげながら目の前にいたパラダインは突風によって吹き飛ばされる。

　そして右方からドタドタと原っぱを駆ける音が聞こえた。

「エレイン様！

　大丈夫ですか！」

　そこには、烈風刀片手にサラを背負ったサシャが立っていた。

「た、助かった……。

　ありがとう、サシャ」

　命を救われたので素直に礼を言うと、サシャは神妙な面持ちでこちらに向かって叫ぶ。

「エレイン様がご無事でなによりです！

　それよりサラ大学長から大事なお話があるようなので聞いてあげてください！！」

　サシャは言いながら、背中に抱えるサラを俺に向ける。

　すると、サラはサシャの背中からゆっくりと降り、血を流す左腕を痛そうに抑えながらもこちらを強い目で見つめながら口を開く。

「エレイン……。

　その紫闇刀の光……魔力が溜まってるわさね……？」

　掠れるような声で聞いてくるサラ。

　その質問に俺は光る紫闇刀を一度見てから小さく頷いた。

「ええ。

　第一訓練棟で魔力解放したときほどは溜まっていませんが、これだけ光っているということはかなり魔力が溜まっていると思います」

　俺がそう答えると、サラは小さく頷いた。

「よし……。

　じゃあ、その紫闇刀……一度あたしに預けな……」

　力弱くか細い声だが、サラの目だけは力強く俺を見つめている。

　サラがなぜ俺の紫闇刀を欲しているかは分からない。

　だが、何かをしようとしていることだけは確かだ。

「分かりました。

　どうぞ！」

　俺は咄嗟の判断でサラの怪我をしていない右手の方に紫闇刀を差し出す。

　それに呼応するようにサラは俺が差し出した紫闇刀の柄を掴んだ。

　そして次の瞬間。

「うぐっ……！」

　痛みを我慢するように奥歯を噛みしめながら小さく呻くサラ。

　なんとサラは紫闇刀で自分の左手の平を串刺しにしたのだった。

「な、な、な、なにしてるんですか、サラ大学長！！」

　急なサラの自傷に驚きの声をあげるサシャ。

　俺もまさか渡した瞬間にサラが自傷するとは思っていなかったので驚きで声がでない。

　だがサラは俺達の驚きなど無視して、ごそごそと胸元から例の教典を取り出して原っぱに置きながら右手で開く。

「我らが……ポルデクク大陸の神……イスナール様…………。

　どうか我の声を……聞いて下さい……」

　サラは痛みに堪えながら、ゆっくりと祝福を唱え始めた。

　紫闇刀を左手に刺しながら一体何を唱えるというのだろうか。

　俺とサシャはサラが血まみれで祝福を唱える異様な光景に気押されながらもじっとサラを見守っていると。

　すると、急にサラの背後で声がした。

「おい使徒。

　その刀剣の魔力を媒介にやつ(・・)を召喚する気だな？

　やらせるわけないだろ馬鹿が」

　影法師で転移したパラダインがサラの背後に転移してきた。

　それと同時に手刀を作るパラダイン。

　俺はその声が聞こえた瞬間には動いていた。

　実はこのタイミングでパラダインは影法師を使うだろうと見計らっていたのだ。

　これは、これまでジュリアやジャリーと共に行動してきたことによって得られた経験則による勘というものだろう。

　紫闇刀はサラに渡してしまったので、腰帯に差していたジュリアの不死殺しを抜いてパラダインが作っている手刀目がけて真っすぐ突きを放つ。

　サラの背後目がけて放つパラダインの手刀目がけて放つ不死殺しの突き。

　パラダインの手刀がサラの背中に直撃するのが先か、不死殺しがパラダインの手刀に直撃するのが先かという勝負だった。

　そして、俺はこの賭けに勝った。

　パラダインが手刀を作り始めたタイミングには既に突きを放っていたので、ギリギリで俺の方が早かったようだ。

　グサリ。

　パラダインの手刀がサラの背中に当たる前に、パラダインの手の甲に不死殺しが思いっきり刺さった。

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！！！！」

　刺さった瞬間。

　今まで聞いたこともないような、とてつもなくでかい悲鳴をパラダインが上げた。

　俺がそれに驚いて一歩引くと、紫闇刀からパラダインの手刀は抜けた。

　そして、パラダインは右手を抑えながら逃げる様に後方へ下がる。

「おまええええええ！

　なんだその刀剣はあああああああ！？」

　パラダインはそう叫びながら俺の不死殺しを睨む。

　俺はこのパラダインの態度に大きな違和感を感じた。

　なんだ？

　たかだか手の甲を刀剣で刺したくらいで何をそんなに狼狽えているんだ？

　それにこの逃げっぷり。

　不死殺しを怖がっているように見えるな。

　逃げるパラダインに俺が違和感を感じている間にも、サラは祝福を唱え続けていた。

「……古(いにしえ)より守られてきた……大魔王の封印が解かれ……ました……。

　再度封印のために……イスナール様の……お力が必要……です……。

　どうか……我の魔力と身体を媒介に……現世に……お越し……ください……」

　サラの呪文が進むに連れて、サラの例の本は光りだす。

　そして、その光に紫闇刀の紫の光は吸収され、大きな光となってサラの身体の周りに纏わりつき始める。

　一体何が起こるというのだろうか。

　すると、サラは目を大きく見開いた。

「顕現してください……イスナール様！！」

　サラがそう叫ぶと。

　サラを纏う光が爆発し、視界は真っ白になった。