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転生王子の情報戦略  作者: エモアフロ
第四章 少年期 ジュリア救出編
124/129

第百二十二話「最悪の魔王」

 突然消えたパラダイン。

 この突然身体が転移したかのように消失する現象に俺は見覚えがあった。

 ジャリーやジュリアと旅をしていた中で何度も見た技。

 影剣流奥義「影法師」である。


「全員、後方注意!!!!」


 俺は紫闇刀を握りしめながら叫んだ。

 それと同時にサラの光の壁の中にいる全員の影を見回す。


 影法師を使ったのであれば、俺達の中の誰かの影の上に転移しているはずだ。

 サラ・エクスバーン・ラミノラと瞬時に皆の影を見回していくと最後に見たサシャの影の上にジュリアの姿をしたパラダインが手刀を作って構えているシルエットが見えた。


「サシャ!

 後ろ!!!!」


 見えたと同時に叫ぶがもう遅い。

 サシャは俺の声に反応して後ろを振り返り始めたものの、パラダインの手刀に全く反応できていない。

 このままではサシャもバリー同様に刺されてしまう。

 まずい。


「メェェェェ!」


 パラダインの手刀がサシャの肩に伸びるとき、サシャの背中におぶさっていたパンダのトラが鳴き声をあげながらサシャの肩越しにパラダインの手刀に向かって真っすぐに右脚を伸ばす。


 ドンッ!!

 

 そんな鈍い音を鳴らしたパラダインの手刀とトラの右脚はぶつかったまま静止する。

 トラの蹴りでパラダインの手刀が止まったということは、パラダインの手刀の威力とトラの蹴りの威力は互角といったところか。


「ほう。

 少女の身体になってしまったとはいえ、俺様の手刀を止めるか。

 流石、格闘パンダといったところか。

 じゃあ、少し本気(・・・・)を出してやろう」


 パラダインは余裕そうな笑みを浮かべながらそう言うと、手刀に力をこめ始める。

 すると、先ほどまでパラダインの手刀と拮抗していたトラの右脚はプルプルと震え始めた。

 そして、段々とパラダインの手刀に押されてくの字に折り曲がるトラの右脚。


「はぁ!」


 トラの右脚が完全に曲がって力が入らなくなったタイミングを見計らってパラダインは吠えた。

 それと同時にパラダインの手刀はトラの身体ごと押し返すように一気に真っすぐに伸び、トラはサシャの背中から後方へと吹き飛ばされた。


「メェェェ」


 トラはそんな弱弱しい鳴き声をあげながら後方の原っぱに吹き飛ばされる。


「と、トラ!」


 背後に吹き飛ばされたトラの方を振り返るサシャ。

 その瞬間、汚い笑みを浮かべたジュリアの見た目をしたパラダイン。

 吹き飛ばされたトラの方を振り返ったことで隙が生まれたサシャの背中に向かって再び手刀を伸ばす。


「我らがポルデクク大陸の神、イスナール様!

 どうか我らに祝福を与え、あらゆる逆境を跳ねのけ、あらゆる敵に対抗する力を授けてください!」


 背後を取られたサシャを守るように、サシャとパラダインの間を割って走りこんできたサラが本を右手に持ちながら祝福を叫ぶ。

 サラの持つ本は光を発し、サシャとパラダインの間に光の防壁が生まれた。


「ふん。

 またこれか」


 サラが作った光の防壁を見て鼻を鳴らすパラダイン。

 光の壁が現れようとも手刀の勢いを殺すことなくそのまま真っすぐに伸ばし、手刀は光の壁に激突した。


 パリンッッッ!!!


 壺が割れたかのような音を鳴らす光の壁。

 パラダインの手刀は光の壁をそのまま貫通する。

 そして、そのまま勢いに任せてサシャの背中を狙うパラダインの手刀。


「ぐっ……!」


 堪えるような小さな悲鳴を漏らしたのはサラだった。

 サシャを庇うようにしてサシャを勢いよく押し倒したサラだったが、完全にはパラダインの手刀から逃れられなかったようで、左腕を(かす)めてしまったようだ。

 サラの左腕から血が流れているのがここからでも見える。


「こんな脆い壁で俺様の手刀を防げるとでも思ったか?

 俺様の攻撃を防ぎたければイスナール本人を連れてくるんだな、イスナールの使徒よ。

 いや、俺様が封印されている間にイスナールは死んだんだったか?

 ふはははは」


 そう言って高らかに笑うパラダイン。

 サラは負傷した左腕を抑えながら悔しそうに睨む。

 二人の表情を見れば力の差は歴然である。


 そもそもサラの光の壁の防壁を拳一つで簡単に破壊するパラダインの力は一体どうなっているというのだろうか。

 あの光の壁は巨大蜘蛛の一撃すらも余裕で防ぐ強固な壁である。

 そんな強固な壁をジュリアの小さな拳で破壊してしまうなんて信じられない。


 いくら大魔王とはいえ、身体が変われば弱体化するものなのではないだろうか。

 先ほどジュリアの身体になってから魔術は使えないとか言っていたので、それなら拘束するのも難しくなさそうだと頭の隅で一瞬考えたが、全然そんなことないどころか体術だけでここまで圧倒されている現状に驚きを隠せない。


「ジュリア!

 なんでこんな酷いことするの!?」


 サラに押し倒されるようにして原っぱに仰向けに倒れたサシャは、上半身を起こしながらパラダインに向かって叫ぶ。

 その目には涙が貯まっており、明らかに普通の精神状態ではない。


 どうやらサシャはここまでされても、ジュリアがジュリアでないという事実を受け入れられずにいるらしい。

 だが、ジュリアの中にいるのはパラダインだ。

 いくら泣き叫んでもジュリアに言葉が届くことはないだろう。


 くそ。

 今すぐにでもサシャとサラを助けに向かいたいが、ここで倒れる瀕死のバリー寮長を一人にはしておけない。

 この場を動けない状況にもどかしさを感じて歯噛みしていると。

 不意にジュリア(・・・・)が口を開いた。


「サシャ……?

 なんで泣いてるの……?」


 今さっきまで汚らしい笑顔を浮かべていた表情は消え、困惑したような表情でサシャを見下ろすジュリア。

 その女の子らしい声のトーンと汚らしさの抜けた表情には見覚えがあった。


「ジュリア!!!!」


 ジュリアの人格が戻ってきたと瞬時に理解した俺は反射的に叫んだ。

 俺の叫び声に反応して俺の方を見るジュリア。


「エレインもいるの……?

 あ、そうだ。

 さっきまで私変な奴らに捕まってて…………うっ……!」


 俺達を見回して一人言を呟いていたジュリアは唐突に頭を抑えてうめき声をあげた。

 苦しそうに頭を抑えながらしゃがみこむジュリア。


「ジュリア!?

 大丈夫!?」


 サシャは覆いかぶさるサラの身体を支えるように起こしながらジュリアに向かって声をかける。

 すると、頭を抑えていたジュリアは頭から手を降ろして立ち上がった。


「ふう。

 ガキが出しゃばりおって。

 もう人格は渡さん」


 先ほどのジュリアの表情と打って変わった汚らしい表情を浮かべるそいつ。

 明らかにジュリアではないことはすぐに分かった。

 こいつはパラダインだ。


「ジュリアを返して!!!」


 ようやく立ち上がったサシャはサラの肩を支えながらジュリアに向かってそう叫ぶ。

 だが、パラダインはサシャの声を聞いても表情を変えない。


「この身体はもう俺様の物だ。

 あのガキはもう帰ってこない。

 諦めてお前たちは俺様に殺されろ」


 そう言いながら殺気をこめてサシャを睨むジュリア。

 サシャはジュリアに睨まれて悲しい表情をするのだった。


 この場を動けない俺は一連の出来事を観察して考える。

 どうやら、ジュリアはあの身体の中にいるらしい。

 一瞬出てきたジュリアの人格がそれを示していた。

 どういった原理かは分からないが、ジュリアの身体の中には現在ジュリアとパラダインの二つの人格が入っており、二つの人格が身体の主導権を取り合っているということだろう。


 それならば、どうにかしてパラダインの人格を追い出すことはできないだろうか。

 気絶させるか、幻術をかけるか、拷問するか。

 色々考えるが現実的な手だてが思い浮かばない。

 パラダインを見ながら思考だけを進めていると。


「エクスバーン様!

 例の魔装、回収してきました!」

「うむ!

 でかした、ラミノラ!」


 そんな明るい声がパラダインがいる場所よりもさらに奥から聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、返り血をメイド服にびっしょりつけたラミノラが、エクスバーンに例の白黒の服を両手で持って渡しているのが見えた。


「なっ……!

 あれは私どもの魔装じゃないですか……!」


 すると、光の壁の外から俺達を覗いていたスティッピンが狼狽えたような声をあげている。

 俺も何が起こったのかわからずに周りを見渡すと、俺達を囲う光の壁の外にいたスティッピンよりも後方にいるスティッピンの部下達が何人も倒れているのが見えた。


 光の壁の中でパラダイン達が戦っている隙に、密かにラミノラが壁の外にいるスティッピンの部下達を何人か暗殺して例の白黒の魔装を回収してきたらしい。

 流石は凄腕メイドである。


「よし!

 これで我も魔術を使えるぞ!

 パラダインめ!

 父上を馬鹿にした罪を償ってもらうぞ!」


 白黒の魔装を羽織るエクスバーンは意気揚々と叫びながら原っぱに手を置く。

 それと同時に、この部屋の中に生える原っぱの植物や木々が蠢きだした。


「ほう。

 流石はメテオバーンの息子といったところか。

 無詠唱でここまで魔力を動かせるとは、やるじゃないか」


 光の壁の中で直立不動で立つパラダインは、エクスバーンの魔力によって蠢く部屋を見ながら感心するように言う。


「褒めてももう許さん!

 お前を殺す!!!」


 原っぱに手を置きながらパラダインを睨むエクスバーン。

 それと同時に、部屋中の植物や木々が一斉にパラダインの身体を目指す。


「エクスバーン!

 あれはジュリアの身体だ!

 殺しちゃ駄目だぞ!」


 あまりのエクスバーンの魔術の勢いに、パラダインを拘束するどころか存在そのものを消し飛ばしてしまうのではないかと思った俺は焦りながらもエクスバーンにそう忠告すると。


「すまん、エレイン!

 手加減できるような相手じゃないんじゃ!」


 パラダインに集中するようにただ一点を見つめるエクスバーンは、口だけ動かしてそう俺に返事をした。

 その返事を聞いて俺は絶望した。


 最悪だ。

 あんな攻撃をくらえば、いくらパラダインでもどうしようもないし、ジュリアの身体が破壊されてしまうぞ。


 物凄い勢いで蠢く植物や木々を見ながらそう思った。

 しかし、結果は幸いと言っていいものか、俺の予想を裏切る形になるのだった。


『魔術を止めろ(・・・)、エクスバーン』


 唐突に頭の中に人の声とは思えない気味の悪い声が聞こえた。

 

 その瞬間。

 蠢いていた部屋中の植物や木々がピタリと動きを止める。


「なっ……!?

 我の魔術が止まった!?」


 動きを止めた植物や木々を見回しながら驚いた声をあげるエクスバーン。

 どうやらエクスバーンの意図せずして魔術が止まったようだ。

 ではなぜ、エクスバーンの魔術は止まったのだろうか。

 まさか、今の頭の中に響いた声が関係しているのか?


「ふはは。

 メテオバーンから我の力のことは聞いていなかったか、エクスバーンよ」


 俺が今起きたことを思考してるさなか大きな声で笑うパラダイン。

 パラダインは驚いているエクスバーンがおかしかったようで気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 それを見てエクスバーンはパラダインを睨む。


「力?

 なんの力じゃ!

 まさかその力で我の魔術を止めたとでもいうのか!?

 そんなの絶対に認めん! 認めんぞ!!」


 エクスバーンは顔を真っ赤にしながら腕をプルプル震わせて原っぱに手を置く。

 だが、植物や木々は先ほどの蠢きから一転、全く動かない。


「無駄だ、エクスバーン。

 お前は俺様の命令(・・)によって魔術を使えなくなっているのだからな」


 そう言いながらエクスバーンの方へとゆっくりと歩み寄るパラダイン。


「命令?

 なぜ我がお前の命令など聞かなければならんのじゃ!」


 魔術が出ないエクスバーンは悔しそうに歯噛みしながらパラダインに向かって叫ぶ。


「それは俺様が大魔王だからだ」


 そう言ってさらにエクスバーンに近づくパラダイン。

 そのパラダインの歩みを阻むように間に割って入るラミノラ。


「それ以上エクスバーン様に近づくことは許しません!!!!」


 いつも感情の起伏が見えないラミノラが、額に汗を流しながらダガーをパラダインに向けて構える。


『邪魔だ魔族の女、道を開けろ(・・・・・)


 再び頭に聞こえるその不気味な声。

 聞こえたと同時に、ラミノラは構えていたダガーを原っぱに捨て、パラダインに道を譲るかのように端に寄った。

 そして、出来た道を再びゆっくりと歩くパラダイン。


「くっ!

 なんで!」


 端に寄るラミノラは悔しそうにパラダインを目で追いながら、直立不動でそう叫ぶ。

 そんな中、ようやくエクスバーンの目の前に辿りついたパラダイン。


「言い残すことはあるか?

 エクスバーン?」


 エクスバーンの目の前に辿りついたパラダインはジュリアの声でそう聞いた。


「真の魔王はお前じゃない!

 我の父上じゃ!」


 パラダインを目の前にして殊勝に叫ぶエクスバーン。

 そして、それが最期の言葉となってしまった。


 グチャリ。

 エクスバーンの言葉を言い終わると同時に、エクスバーンの胸をパラダインの手刀が貫いた。


「そうか。

 お前もやはり馬鹿者なんだな、エクスバーン」


 それだけ言って、パラダインはエクスバーンの胸から血まみれの腕を抜く。

 そして、エクスバーンは口から血を吐きながら原っぱに倒れた。


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