第百二十話「ジュリア?」
「大丈夫ですか!」
原っぱの上に一斉に倒れた黒妖精族達を見て後方から大声で呼びかけるも、黒妖精族達の反応はない。
一体なぜいきなり倒れてしまったというのだろうか。
一斉に倒れた黒妖精族達に呆気に取られていると、玉座に座るジュリアの隣に立つ細身の男がボソリと呟いた。
「おや……。
あなた方は、私の奪心光を防ぎましたか……」
俺は、すぐにその声が聞こえた方向に目を向ける。
「お、お前は……」
その細身の男の顔を見ると見覚えのある顔だった。
それは、べネセクト王国で見た千里鏡に映っていた白黒の集団の先頭を歩いていた男。
あのとき、シュカがその名前を教えてくれた。
「スティッピン!!!!」
俺は、見るからに不健康そうな痩せ細った男の顔を睨みつけながら唸るように叫んだ。
俺の声を聞いてスティッピンは表情を変えずにこちらをチラリと見る。
スティッピンの隣には玉座に座るジュリアも、無表情でこちらをジッと見ている。
なぜ、ジュリアがそちら側にいるのだろうか?
まさか洗脳されたか?
それとも、何か脅されているのか?
そこまで思考が進んだ時、俺の頭の中はジュリアの救出で一杯だった。
どうにかしてあの邪魔なスティッピンを倒して、ジュリアを救いたかった。
その思いで、俺は動いた。
「うおおおおおおお!」
俺は脇を閉めながら紫闇刀を構え、スティッピンに向かって一直線に原っぱを駆けた。
張り直されたサラの光の壁を出ようとしたとき。
「待ちな」
バリー寮長に俺の服の襟を後ろから引っ張られ、勢いづいていた俺の身体はバランスを崩す。
「な、何するんですか!」
俺が転倒しながらもバリー寮長を見上げてそう叫ぶと、バリー寮長はジロリとこちらを見下ろす。
「冷静になりな、エレイン。
さっきの光を見ただろう?
黒妖精族七人を全員倒した上に、サラの光の壁まで割ってるんだ。
今は、この光の壁を出るのは危険だよ」
ゆっくりとした口調で俺に説明するバリー寮長。
バリー寮長が言っていることは至って真っ当だった。
俺だって、先ほどの光が危険であることは分かっているし、黒妖精族が全員転倒した今、俺一人であいつらの元まで突っ込むのがどれほど危険なことなのかも分かっている。
だが、俺は冷静ではいられなかった。
「あそこにジュリアがいるのが見えないんですか!!
今すぐにでも助けに行くべきです!」
服の襟を掴まれながらも、バリー寮長を睨みあげながら叫ぶ。
「ああ、ジュリアがいるのは分かってるよ!
でも、一人で突っ込むのは駄目だよ!
なんのためにあたしらがいると思ってるんだい!!!」
大声で叫ぶ俺に向かって、さらに大きな声で覆いかぶすようにして、俺の目を真っすぐに見ながら怒声を放つバリー寮長。
その大砲の爆発音のようなバリー寮長の大声を聞いて、少しだけ冷静さを取り戻した。
後ろを見れば、サシャが烈風刀を握りしめてジュリアを見つめている。
サラは何やらイスナールの祝福を唱えて光の壁を張りなおしている。
エクスバーンはラミノラに手を握られながら周りをキョロキョロと見回している。
後ろにいる仲間たちの顔を見て、俺は思い直した。
俺はいつも一人で突っ走りがちだ。
ジュリアが目の前にいて今すぐにでも突撃したいという気持ちの大きさが俺と同じくらいあるはずのサシャでさえ光の壁に留まっているというのに、主の俺が一人で突っ込もうとするとは不甲斐ない。
大事なときに仲間を頼らずに一人で突っ込むなら、パーティーを組んでいる意味がない。
俺には仲間がいるんだから、もっと仲間を頼らなければ。
そう考えて、俺はバリー寮長に言われたとおり一度サラの光の壁の中に留まることを選択したのだった。
俺の行動を横目で見て小さく息を吐いて安心した様子のバリー寮長。
そして、バリー寮長はエクスバーンの方を振り返る。
「エクスバーン。
魔術であいつらを拘束できるかい?」
やはりバリー寮長は最善の選択をするな。
この状況で一番の有効打はエクスバーンの魔術だろう。
エクスバーンの魔術を使えば、サラの光の壁で守られながら魔術でスティッピン達を捕らえることができるため、攻守の効いた現状最良の一手である。
だが、エクスバーンは顔をしかめた。
「我もさっきから魔術を使おうとしておるが、全く魔術が使えないのう……」
エクスバーンは足元の原っぱに手を当てて首を傾げながらそう言う。
それはおかしいな。
蜘蛛と戦った時は、壁や地面を覆っていた蜘蛛の糸に魔力が通されていたからエクスバーンの魔力操作が効かなかったが、今は違う。
原っぱは露出しているし、エクスバーンも草花に直接触れている。
これで魔術が発動しないというのは理にかなっていない。
「え、エレイン様……!
私が魔術で作った光もいつの間にか消えてます!」
エクスバーンの様子を見ていると、今度はサシャが動揺した様子で叫んだ。
言われてみれば、迷宮内に明かりを灯し続けていたサシャの光魔術による宙に浮かぶ光の玉が消えている。
一体どこにいったのだろうか。
「ふふふ……」
エクスバーンとラミノラからの意外な報告を受けて動揺していると、奥にいるスティッピンが急に不気味な笑い声をあげた。
「おい、おまえ!
何笑っておるんじゃ!」
声を上げたのは、魔術が発動しなくて苛立っているエクスバーンだった。
エクスバーンの甲高い怒声に反応してスティッピンは二ヤリとほくそ笑んだ。
「いやね……。
わざわざ高いお金を払ってこの部屋を作ったかいがあったと思いましてねえ……」
この部屋?
何のことを言っているんだ?
周りを見渡しても、この部屋に変なところはない。
木の壁と草花で覆われた地面で囲まれた、巨大樹迷宮の通常風景である。
俺がキョロキョロと周りを見回しているのが面白いのか、不健康そうな顔をしたスティッピンの口角がさらにに上がる。
「分かりませんか……?
まあ、見た目は普通の部屋と変わりませんしねえ……。
実はですね……。
この部屋は罠部屋なんですよ……」
俺は、背筋にヒヤリとした感覚が生まれた。
罠部屋。
その言葉を聞いて、前世で何度も経験した苦い記憶が蘇る。
一歩立ち入れば迷宮攻略者を窮地に陥れる罠の数々。
その中でも最も嫌いだった部屋がある。
魔術封じの部屋だ。
部屋の見た目は変わらないのに、入ると魔術師が魔術を急に打てなくなる。
迷宮を進めば進むほど、魔術師の魔術というのはパーティーにとって貴重な存在になってくる。
そんな中、急に魔術師が魔術を打てなくなると、パーティーは壊滅の危機に陥るのだ。
そして、俺は今の状況にデジャブを感じた。
エクスバーンが魔術を使えない。
サシャも魔術を使えない。
これはつまり……。
「魔術封じの部屋か?」
サラの光の壁の中からスティッピンを睨みながら言うと、スティッピンはニヤニヤと気持ちの悪い笑みでこちらを見る。
「正解です……。
メリカの王子が博識というのは本当のようですね……」
俺を褒めるスティッピンには虫唾が走るが、今はそれどころではない。
ここが魔術封じの部屋であるならば話は変わってくる。
最初にバリー寮長が提案した、エクスバーンの魔術であいつらを捕縛するという案も廃案だ。
魔術が使えないのであればエクスバーンはただの子供だからな。
であれば、どうするか……。
スティッピンを睨みながら思考をしていると、急に玉座に座るジュリアが動いた。
「おい、スティッピン。
メリカの王子はどいつだ?」
ジュリアは玉座から立ち上がり、スティッピンに首を向けてそんな言葉を発した。
すると、すぐにスティッピンはジュリアの前で片膝をついて頭を下げる。
「はい……。
あの光の壁の中で紫の刀剣を手に持つ少年がメリカ王国の王子でございます……」
まだ見た目年齢7~8才くらいのジュリアに頭を下げる明らかに成人している男の図。
なんとも異様な光景である。
ジュリアとスティッピンは初対面のはずだが。
なぜジュリアの方が力関係が上なのだろうか。
二人の会話を聞いて呆気に取られていると。
「ほう。
あの光も懐かしいな」
そう言いながら、こちらを見つめるジュリア。
そして、次の瞬間。
ジュリアはこちらに向かって思いっきり駆け出した。
しかも、物凄い速さである。
ジュリアの身体がまるで視認できない。
「サラ!!」
「分かってるわさ!!」
ジュリアが物凄い速さでこちらに駆け寄るのを見て俺が呆気に取られているのを余所に、バリー寮長はサラに何やら声をかける。
「ははは!
久しぶりに動ける身体は楽しいな!!」
前方からジュリアの声が聞こえた。
聞こえたと同時に俺の目の前にジュリアが現れたのである。
「ジュリア!!」
俺はジュリアの顔を見て、思わず叫んだ。
この二日間ずっと探していた顔である。
その相手が、まさか向こうからこちらに走り寄ってくるとは思わなくて戸惑うと共に、俺はジュリアに向かって手を伸ばした。
俺の手がサラの光の壁を抜けようとしたそのとき。
「エレイン、待ちな!」
後ろからバリー寮長の叫び声が聞こえた。
それと同時に、物凄い勢いで後方に投げ飛ばされる。
急な出来事に頭が働かない。
俺は投げ飛ばされながらも前方を見ると、俺を庇う様に両手を広げて前に立つバリー寮長。
そして、次の瞬間。
パリンと鳴り響くサラの光の壁が割れた音。
それと同時に、バリー寮長の脇腹あたりを突き破るようにして小さな手が出てきた。
「ぐっ……」
バリー寮長のうめき声が聞こえた。
バリー寮長の脇腹を突き破って伸びる手は血まみれだ。
小さな子供の手のように小さいその手のシルエットには見覚えがある。
まさか。
「バリー寮長!!!!」
ようやく地面に着地した俺は、受け身をとりながらもバリー寮長の方を見て叫ぶ。
すると、バリー寮長の背中はピクリと反応した。
「はあああああああああ!」
バリー寮長は唸るように叫びながら脇腹に刺さるその手を掴む。
そして、思いっきり投げ飛ばした。
「うおっ」
投げ飛ばされたそいつは、そんな素っ頓狂な声をあげる。
「ぐっ……」
投げ飛ばして力を使いきったのか、脇腹の大穴を抑えながらしゃがみこむバリー寮長。
「サシャ!
治癒魔術だ!」
俺は急いでサシャの方を振り返って叫ぶが、バリー寮長に向かって両手を伸ばすサシャは泣きそうな目で首を横に振った。
「エレイン様!
魔術が使えません……!」
そうだった。
ここは魔術封じの部屋だ。
当然、魔術は使えない。
であれば、サシャの治癒魔術も使えるはずがない。
「くそ!」
俺はしゃがみこむバリー寮長のところまで駆け寄る。
「バリー寮長!
今、包帯出しますから気を確かに!」
そう叫びながら、ナップサックに一応入れていた包帯を取り出すためにナップサックをガサガサと漁る。
「え……エレイン……。
逃げる……ん……だよ……。
あいつは……大魔王……だ……」
その言葉を言い切ったと同時にバリー寮長は力が抜けたようにして倒れた。
まずい。
パーティーの要であるバリー寮長が倒れるのは相当まずい。
俺はようやく見つけた包帯を片手に、倒れたバリー寮長の巨体を抱きかかえると。
「ほう。
俺様が大魔王だと知っておるか」
目の前からそんな声が聞こえてくる。
顔を上げると、割れた光の壁の前に腕を組んで立っている、右腕を血まみれに染めた褐色肌の少女がいた。
「お前……ジュリアか?」
白い髪に褐色肌に成長中の小さな胸。
目鼻立ちもくっきりしたジャリーそっくりの顔立ちは、どこからどう見てもジュリアだ。
だが、俺はそれが信じられなかった。
その表情、その声のトーン、その立ち振る舞い。
全てが俺の記憶に残っているジュリアとは違う。
そして、極めつけは血に染まった右腕だ。
右腕から原っぱに垂れる赤い血はバリー寮長の血である。
ジュリアは他人をそう簡単に傷つける子ではない。
であれば、こいつはジュリアではない。
違う人物である。
そう思って、目の前に立つ少女を睨みあげると。
少女は口角を上げて、気持ちの悪い笑みを見せた。
「俺様は、パラダイン・ディマスタだ」
資格のテストがあったり研修があったりで忙しかったので、一週間以上更新してなかったです。ようやく安定してきたので、ぽつぽつ更新しようかと思います( ;∀;)




