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転生王子の情報戦略  作者: エモアフロ
第四章 少年期 ジュリア救出編
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第百十四話「蜘蛛と再戦」

「ハァ……ハァ……ハァ……」


 後ろから、そんなエクスバーンの息切れした声が聞こえる。

 俺達は蜘蛛の巣を抜けるために狭くて足場の悪い通路を全力で走っているため、体力の無いエクスバーンにはかなり(こた)えるらしい。


「よし!

 出口が見えてきたよ!」


 先頭のバリー寮長が、俺達に伝える様に叫んだ。

 俺もバリー寮長に言われて前を見ると、通路の出口が見えていた。

 ようやく蜘蛛の巣の無い草原の広間に戻ってきて一安心である。


 広間に戻ると、汗を額に流すエクスバーンが通路の方を睨むようにして振り返った。


「ここまで来れば我の勝ちじゃ!

 我の魔術で蜘蛛共を一掃してやるわい!」


 エクスバーンはそう叫びながら地面に手を置いて、魔術を発動する準備をする。

 俺とサシャとバリー寮長とサラとラミノラと救出した黒妖精族(ダークエルフ)の男は、エクスバーンの後ろに下がり見守っていると。


「来ませんね……」


 一向に蜘蛛達が通路から出てこない様子を見て、ポツリとサシャがそう呟いた。


 サシャが言ったように、通路からこの広間まで蜘蛛達が追ってくることは無かった。

 通路を走っているときは何匹か蜘蛛達が追ってきてはいたものの、広間までくるとその追跡も途絶えたようである。


「ふんっ!

 我の魔術に恐れをなしたか、蜘蛛風情が!」


 意気揚々と魔術を放とうとしたら、蜘蛛達が追ってこなかったため機嫌が悪そうなエクスバーン。

 その様子を見てバリー寮長が口を開く。


「ここまで追ってこないとなると、厄介だね……」


 バリー寮長の言う通りである。


 俺達の作戦は、この蜘蛛の糸が無いエリアまで蜘蛛達をおびき寄せて、そこをエクスバーンの魔術によって一網打尽にしようというものだった。

 しかし、ここのエリアまで蜘蛛達が深追いしないとなると話は変わってくる。


 ここで蜘蛛達を一網打尽に出来ないということは、捕まっている黒妖精族(ダークエルフ)達を救出するためには、再びあの蜘蛛の大軍と蜘蛛の巣で戦わなければならないということを意味する。

 エクスバーンが魔術を蜘蛛の巣内で使えないため、かなり救出難度が高いことは間違いない。


「どうしますか……?」


 一先ず、バリー寮長に判断を仰ぐと。


「ちょっと待ちな。

 まずは、この黒妖精族(ダークエルフ)に状況を説明しなきゃね」


 そう言って、バリー寮長は黒妖精族(ダークエルフ)の男と妖精語で話し始めた。

 バリー寮長の妖精語を聞いて、黒妖精族(ダークエルフ)の男はホッとした顔をしながら話し始めた。



ーーー



「~~・~~・」

「・・・・~~~~~」


 エクスバーンが通路を見張る中、バリー寮長と救出した黒妖精族(ダークエルフ)が妖精語でしばらく話し込んでいた。

 そして、頷きながら話し終えたバリー寮長はこちらを向いて口を開いた。


「こいつの話では、上の層に行くためにはあの蜘蛛の巣を上るしかないみたいだよ」


 その言葉を聞いて俺は首を傾げた。


「蜘蛛の巣を上る?

 どういうことですか?」


 俺がそう聞くと険しい表情になるバリー寮長。


「こいつは、あたしたちが今いるこの迷宮(ダンジョン)の第二層の部屋をほとんど探索し終えたらしい。

 だけど、上に行けそうな場所はあの蜘蛛の巣の奥にある吹き抜けのところしか無かったらしいよ。

 唯一こいつが見ていない幻影の花(ファントムフラワー)がいた部屋はあたし達が見たけど、上に行けそうなところは無かったからね」


 俺はその説明を聞いて戦慄した。


「つまり、ジュリアを助けるためには、絶対にあの蜘蛛の大軍を攻略しなければならないということですか……」


 俺がそう呟くと、バリー寮長は首を横に振った。


「いや。

 もしかしたら、こいつが見落としている場所があるかもしれないし、迷宮(ダンジョン)には隠し通路ってのもよくある。

 どこかに上の層に行く隠し通路があるかもしれないけど、それを探す手間を考えると危険だけど蜘蛛の巣の方から行った方が早いかもね。

 どうするかい?」


 なるほど。

 確かに、俺も前世で迷宮(ダンジョン)攻略をしたときに隠し通路は何度か見たことがある。

 

 それに、あの蜘蛛の巣で見た吹き抜けの場所には上に登る階段のような物は無かった。

 第一層から第二層に上がるときは階段があったのに、第二層から第三層に登るときには階段が無いのは少々不自然だろう。


 それを考えれば、蜘蛛の巣を登るのは正規のルートではないような気もするが、正直、隠し通路を探している暇は俺達にない。

 とにかく、ジュリアの安否が心配な状況。

 急いで上の層に行きたいところである。


「時間が無いので、出来れば蜘蛛の巣のルートから行きたいですね。

 それに、黒妖精族(ダークエルフ)の方々も助けたいですし」


 俺がそう言うと、バリー寮長は同意するように頷いた。


「そうだね。

 時間もないし、出来れば蜘蛛の巣のルートから行きたいところだけど。

 エクスバーンの魔術がここでしか使えないとなると厄介だね……」


 難しい顔で通路を見張るエクスバーンを見ながら言うバリー寮長。


 確かに、そこが一番のネックである。

 蜘蛛の巣の中でもエクスバーンが魔術を使えれば問題ないのだが……。

 まさか、エクスバーンが呪文を覚えていないとは。


 俺とバリー寮長が、うーんと考え込んでいると。

 唐突にサシャが呟いた。


「エクスバーン君が、蜘蛛の糸に地面や壁を阻まれているせいで魔術を使えないのなら、蜘蛛の糸を私達で取れ除けばいいんじゃないですか?」


 その呟きを聞いて、俺とバリー寮長はポカンとした顔をした。

 俺達は、エクスバーンが魔術を使えない状況でどう蜘蛛達と対抗するのかばかり考えていて、蜘蛛の糸を取り除くという発想を全くもっていなかったのである。


 だが、言われてみればその発想が最も蜘蛛の巣攻略で有効な気がする。

 俺は思わずバリー寮長の方を向くと、バリー寮長も俺の目を見てコクリと頷いた。

 そして、すぐにバリー寮長はサラの方を見る。


「サラ。

 あの蜘蛛の大軍の攻撃から、あんたの祝福でどれくらい時間を稼げるかい?」


 すると、サラは難しい顔をする。


「流石にあの量の蜘蛛と対峙したことがないから分からないねえ。

 でも、あんた達が土を掘る時間くらいは稼いでみせるだわさ」


 その言葉を聞いて、バリー寮長は大きく頷いた。


「よし!

 じゃあ、エクスバーン!

 こっちに来な!

 作戦を伝えるよ!」


 バリー寮長は通路を見張るエクスバーンに大きな声でそう呼びかける。


「む?」


 エクスバーンは地面に手を置きながら、チラリとこちらを見る。

 そして、バリー寮長が何か話があるということを察したようで立ち上がる。

 地面に手を置いて汚れたエクスバーンの手を、ラミノラがハンカチで拭う。

 そして、ラミノラに手を引かれながらエクスバーンはこちらにゆっくりとやって来た。


 エクスバーンがこちらに来たのを確認してからバリー寮長が口を開く。


「作戦はこうだ。

 まず蜘蛛の巣内でサラが祝福で防壁を張る。

 その間にあたし達で地面に張られている蜘蛛の糸を取り除くよ。

 取り除けたら、エクスバーンが開けた地面を使って魔術を使いな。

 あの蜘蛛達を一掃するんだ」


 バリー寮長がそう説明すると、エクスバーンは鼻を鳴らした。


「ふん。

 ついに我の魔術の出番じゃな。

 我をあんなに走らせたあの憎き蜘蛛共の目に物をみせてやるぞ」


 先ほど走った通路を睨みながら、憎々し気にそう言うエクスバーン。

 どうやら、先ほど蜘蛛達に追われて息切れするほど疲れたのを根に持っているらしい。

 まあ、理由は何にせよ作戦の要であるエクスバーンがやる気なのは良いことである。


「よし。

 じゃあ行くよ」


 そう言って、バリー寮長が再び蜘蛛の巣へと繋がる通路へと脚を運ぶ。

 俺達はそのバリー寮長の背を追うようにして、再び蜘蛛の巣へと赴くのだった。



ーーー



 蜘蛛の巣の入口手前。

 先頭で息を殺して気配を極力薄くしたバリー寮長が、蜘蛛の巣の中を覗きながら小さな声で呟いた。


「最初に来たときより、蜘蛛が多いね。

 あたしたちを警戒してるようだよ」


 そのバリー寮長の言葉を聞いて、俺もチラリと覗くと。

 蜘蛛の巣の中は子蜘蛛だらけだった。

 女王蜘蛛はここからでは見えないが、天井も壁も地面も至る所に蜘蛛がいる。


 最初に来たときは、入口付近にこの数の蜘蛛はいなかった。

 バリー寮長の言う通り、俺達のことを警戒しているようだ。


 だが、この状況は覚悟の上である。

 あとは、サラの祝福による防壁の強度と、俺達がどれだけ早く地面に張っている蜘蛛の糸を取り除けるか次第だ。


「じゃあ行くよ。

 サラ、準備はいいかい?」


 サラの方を振り返って聞くバリー寮長。


「あいよ。

 いつでもいいよ」


 白いローブに身を包んだサラは、例の本を片手に開きながらいつもの調子でそう言う。

 それを合図に、バリー寮長は静かに蜘蛛の巣へと突入した。


「我らがポルデクク大陸の神、イスナール様。

 どうか我らに祝福を与え、あらゆる逆境をはねのけ、あらゆる敵に対抗する力を授けてください」


 バリー寮長の突入と同時に、バリー寮長の背を負いながらサラは詠唱を開始。

 そして、サラの持つ本は光だし、その光が俺達の隊列を包み込み始めた。


「よし!

 地面を掘るよ!

 全員で蜘蛛の糸を取り除くんだ!」


 蜘蛛の巣内に張られた光の防壁。

 その中で、バリー寮長がそう叫んだ。

 俺達はそのバリー寮長の号令に従って、蜘蛛の糸の除去作業に取り掛かる。


 シャアァァァァァァ!!!


 当然、バリー寮長の叫び声によって、蜘蛛達は俺達の存在に気づいた様子。

 蜘蛛達は一斉に、サラの祝福によって生み出された光の防壁に飛びつき始めた。


 だが、それに構ってる暇はない。

 サラの防壁が破壊される前に除去作業を完了させねばならない。

 その思いで、俺は地面の白い糸の束に手を持っていく。


 俺は地面の蜘蛛の糸を触って驚いた。

 思っていたよりも緻密に張られている上に、糸一本一本が非常に硬い。

 もはや鉄の壁のような強度がある白い地面を、俺の手では当然除去することはできない。


 くそ。

 せめて、紫闇刀があれば……。


 そう思っていると、後ろから叫び声がした。


「~~・・~~~~~!!」


 叫んでいたのは救出した黒妖精族(ダークエルフ)の男である。

 男は、腰から抜いた長剣を物凄い勢いで地面に向かって叩きつける。


 ギンッ!!!


 黒妖精族(ダークエルフ)の男の長剣が白い地面にぶつかったとき、まるで鋼鉄にでもぶつかったかのような音をたてる。

 よく見れば、長剣がぶつかったところに全く傷は付いておらず、黒妖精族(ダークエルフ)の男は跳ねのけられていた。


 なんという防御力だろうか。

 どうやら、思った以上にこの地面に何重にも張られた白い糸は硬いらしい。

 さて、どうしようかと思っていると。


 パリンッッッ!!!


 皿が割れたかのような音が近くで聞こえた。

 反射的にそちらを向くと、皿の祝福によって生み出された光の防壁が一部割れていたのだった。


「まずい!」


 俺がそう叫んだとき、近くで詠唱が聞こえた。


「我らがポルデクク大陸の神、イスナール様。

 どうか我らに祝福を与え、あらゆる逆境をはねのけ、あらゆる敵に対抗する力を授けてください」


 サラの詠唱だった。

 詠唱を終えると、再び新しい光の防壁が内側から張られる。


「防壁は何重にも重ねられるからしばらく大丈夫だわさ!

 あんた達は、蜘蛛の糸の除去に集中するだわさ!」


 いつにもなく必死そうな表情で叫ぶサラ。

 その表情が、切羽詰まっていることを物語っている。

 急がなければ。


「はああああああ!」


 すると、今度はバリー寮長がその服がはち切れそうなほど腕に力を込めて、物凄い勢いで白い地面に拳を叩きこむ。


 ドスンッッ!


 もはや、人が出せるパワーを越えているその渾身の正拳突き。

 しかし、白い地面に拳が当たった瞬間、難しい顔をするバリー寮長。


「これは、あたしには除去出来ないね」


 バリー寮長は地面から拳を離すと、手を振りながらそう呟いた。

 殴られた白い地面のところを見てみると、かなり凹んでいるのが見て取れた。

 だが、凹んでいるだけで、強靭な蜘蛛の糸を切断するには至っていなかった。

 

 どうやら、バリー寮長の人外正拳突きでもこの蜘蛛の糸を切断することは出来ないらしい。

 なんという強靭な糸だろうか。


「えいっ!」


 その隣で、唐突に叫び声と共にサシャも烈風刀を地面に叩きつける。

 俺はそれを見て、流石に斬れるだろうと思った。


 なんといっても、烈風刀はあの九十九魔剣である。

 魔剣に斬れない物なんてないだろう。

 そう思いながら、烈風刀によって巻き起こる強風がこちらにまでくるのを腕で防ぎつつ、白い地面を見てみると。


「か、硬いですね……」


 全く糸が斬れていない地面を見てサシャがそう呟くのだった。


 九十九魔剣でも斬れないのか。

 サシャの烈風刀なら流石に斬れるだろうと思っていただけに、絶望感が大きい。

 俺はその様子に呆気に取られていると。


「この蜘蛛の糸には魔力が込められているようです。

 普通の物理的な攻撃では破壊することが出来ませんよ」


 そう単調な声で言ったのは、光の壁の端でエクスバーンと佇んで俺達の除去作業を見守っているラミノラだった。


 そういえば、最初にエクスバーンが魔術を放てないと言った時、蜘蛛の糸に魔力が通っているから操作出来ないと言っていた。

 ということはつまり、この蜘蛛の糸は魔力によって強度を上げているということか。


 そこまで理解したとき俺はピンときた。

 魔力によって強度を上げているのならば、魔力を吸いとる紫闇刀であれば斬れるのでは?


 そう思ったとき、俺は急いで蜘蛛の巣をキョロキョロと見回した。

 すると、天井に紫色に光る一本の線が見えた。


 天井に張りつく女王蜘蛛の背中に刺さる紫闇刀である。


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