第百十二話「蜘蛛の巣で救助」
「エレイン!
あたしが蜘蛛を引き付けるから、今すぐ奥に吊り下げられてる黒妖精族のところに行きな!
それから、サラとサシャはあたしの補助!
エクスバーンとラミノラはエレインの補助だよ!」
蜘蛛の巣に入ると、すぐにバリー寮長は叫んだ。
その叫び声を聞いて、部屋中にいる蜘蛛達の注目がバリー寮長に集まる。
「分かりました!
先輩!
ラミノラ!
行きますよ!」
俺はバリー寮長の指示を聞いて、すぐにエクスバーンとラミノラにそう呼びかけながら動き始めた。
バリー寮長の近くにいては、せっかくバリー寮長が囮を引き受けてくれたのに、蜘蛛達が俺の方へと攻撃しに来てしまうからだ。
だが、エクスバーンとラミノラの反応は鈍かった。
「おい、エレイン。
何を急いでおる」
そう言ってトコトコと歩きながら俺の後を追いかけるエクスバーンとそれに追随するラミノラ。
しかし、俺にはエクスバーンに構ってる暇はなかった。
急いで、黒妖精族達を救出せねば。
その思いで、俺は紫闇刀を片手に部屋の奥にいる、蜘蛛の糸を体中に巻かれて繭のようになって吊り下げられた黒妖精族達の元へと走り出す。
走っている最中、数匹の蜘蛛が俺の方へも来た。
俺はなんとか走って撒こうとするも、中々に素早い蜘蛛のスピードに五歳の俺の走力では勝てそうもない。
そして、俺に追いついた蜘蛛がすかさず俺に向かってとびかかってきた。
「くっ!」
俺は、すぐに紫闇刀を蜘蛛の方へと構えて迎撃態勢を取る。
ギンッ!
蜘蛛の脚が紫闇刀に当たった瞬間、鉄とぶつかったかのような音が鳴る。
音が鳴ると同時に体中に大きな衝撃が走り、吹き飛ばされそうになるのをなんとか足を踏ん張って留まる。
この一撃で、俺はこの蜘蛛に対する考えが変わった。
思っていたよりもずっと蜘蛛の足は硬い。
俺の予想では紫闇刀に当たると同時に蜘蛛の足が斬れると思っていたのだが、斬れないどころか蜘蛛のパワーによってこちらが圧倒されていた。
俺はすぐに蜘蛛から離れる様に後ずさると、側面からも動く影が視界の隅に映る。
ギンッ!
俺は反射的に紫闇刀を左半身を守るように構えた。
それと同時に刀に大きな衝撃が走り、今度は踏ん張りが効かずに吹き飛ばされてしまう。
「ぐあっ!」
俺は咄嗟に地面の蜘蛛の糸に紫闇刀を刺して転倒させられるのを防ぎながら、なんとか地面の上に立つ。
そして、敵から目を離さないようにすぐに目の前にいる蜘蛛を見ると、俺を囲む蜘蛛は増えてきていた。
俺を攻撃した二匹の他にも、後ろから何匹かこちらに寄ってきている。
囮役のバリー寮長は何をやっているのかと思いチラリとバリー寮長の方を見ると、バリー寮長とサラとサシャが部屋の入口付近で数十匹の蜘蛛と戦っているのが視界に入った。
バリー寮長の拳とサシャの烈風刀の破壊力で数匹蹴散らしてはいるものの、そんなに状況は良くなさそうである。
どうやら、この部屋の蜘蛛の数が多すぎて、バリー寮長が囮役をしていても俺の方にも蜘蛛が来てしまうようだ。
至る所に蜘蛛の卵もあるし、これからどんどん増えるかもしれない。
さて、どうするか。
俺が前方の蜘蛛を睨みながら紫闇刀を構えていると。
後ろから叫び声が聞こえた。
「ラミノラ!
エレインを手伝ってやれ!」
この声はエクスバーンの声である。
その声が聞こえると同時に、誰かが俺の隣を物凄いスピードで通り過ぎる。
俺は、急いでその人物を目で追うと、メイド服姿のラミノラだった。
右手に小さなダガーを逆手で持っているのが見える。
当然、蜘蛛達はラミノラの存在にいち早く気づく。
攻撃対象をラミノラに変えたのか、俺を囲む数匹の蜘蛛達は全員ラミノラの方を向き始めた。
俺のときと同様、蜘蛛達は鋼鉄のように硬い脚でラミノラに刺すようにとびかかる。
そのとき、ラミノラは動いた。
二匹の蜘蛛の脚がラミノラ目がけて刺すように伸びるが、すんでのところでヒラリと躱す。
そして、躱すと同時に一匹の腹に向かって思いっきり右手のダガーを刺す。
グチャ。
そんな気持ちの悪い音を鳴らして蜘蛛の腹からビチャビチャと血が吹き出る音が鳴る。
だが、そんなことなど気にしていない様子で勢いよくダガーを抜いて次の蜘蛛を狙うラミノラ。
もう一匹の蜘蛛に向かってダガーを伸ばす。
グチャリ。
今度は蜘蛛の八つある目の一つをダガーで潰した。
そして、その蜘蛛の顔を引き裂く様に、グチャリグチャリと力任せにダガーで顔を引き裂くラミノラ。
ダガーが蜘蛛の顔を縦に切り裂くと、蜘蛛は顔からビチャビチャと血を吹き出しながらバタリとその場で地に伏せるのだった。
「さ、流石ですね……。
ありがとうございます」
俺は、その見事なラミノラに圧倒されながらも、ピンチに駆けつけてくれたラミノラに感謝の言葉を掛けると。
「エクスバーン様の命令でしたので、助けたまでです。
早く黒妖精族を助けに行ったらどうでしょうか?」
と、機械のような単調な声で言う。
ラミノラは言い終わると、懐から出したハンカチで蜘蛛の血まみれのダガーを真顔で拭く。
メイド服や顔に蜘蛛の血がたくさんついているのにも関わらず、それを一切気にせずにダガーだけを拭いているのを見ると、ラミノラが戦い慣れしているのをしているのを感じる。
「ああ、分かった!」
俺はそれだけ言うと、ラミノラが倒した蜘蛛達を避けつつ奥に吊るされた黒妖精族の元まで走る。
だが、それを許す蜘蛛達ではなかった。
奥からワラワラと蜘蛛達が現れ始めた。
どうやらラミノラの戦闘で俺達の存在に気づいたようで、ワラワラと俺達の元まで蜘蛛達が集まり始める。
すると、再びラミノラが動いた。
俺の進む道を空けるように、俊敏な動きでどんどん蜘蛛の腹や目を目がけて倒していくラミノラ。
俺はそれによって開かれた道を走り進む。
部屋の奥に進むにつれて、大きな蜘蛛の卵が増えている。
なぜ、ここにはたくさんの卵が置かれているのだろうか?
視界の端に見える大きな丸い物体に少し疑問を持つが、今はそんな暇はない。
急いで黒妖精族の救出へと向かう。
部屋の奥に近づいて気づいたが、ここは天井が吹き抜けになっているようだ。
かなり高いところまで蜘蛛の糸が張られていて、まるで空中に道が連なっているかのようになっている。
糸の上を歩く蜘蛛が何匹もいるのに気づき、少し腰が引ける。
蜘蛛の総数は部屋の中にいる蜘蛛達だけだと思っていたが、どうやらこの吹き抜けの上にはもっとたくさん蜘蛛がいるようだ。
どうにか、吹き抜けの上にいる蜘蛛達に気づかれない様にしなければ。
上に警戒をしながらも、急いで走る。
吹き抜けに連なる糸の道から太い糸で吊り下げられる黒妖精族。
ようやく、俺はその麓に辿りついた。
「~~・・!」
「~~~・・・!」
「・・・……」
見上げると、大きな繭のような丸い物体が六つほど吊り下げられている。
そして、繭の中から妖精語とおぼしき聞き覚えのある言葉がいくつか聞こえてくる。
本来であれば、すぐに繭を降ろして黒妖精族を救出したいところだが、ここで問題が発生した。
遠目では分からなかったが結構高い位置に吊り下げられている。
俺の身長では、紫闇刀を上に延ばしても全然届きそうにない。
あの高さでは、バリー寮長でも届かないんじゃないかとすら思う。
さて、どうするか。
幻影の花から黒妖精族を救出したときは、バリー寮長に俺ごと身体を投げてもらったが、今バリー寮長は囮役を引き受けてくれているためここにはいないのでその手は使えない。
そのとき俺は思った。
だったら、俺が投げればいい、と。
もちろん、バリー寮長のように人を投げるのではない。
五歳児の俺の身体で投げられるものといえば、この紫闇刀くらいである。
ただ、この紫闇刀は魔剣というだけあり切れ味は相当ある。
あの蜘蛛の糸くらいであれば、簡単に斬ることが出来るだろう。
シリウスから誕生日プレゼントでもらった大事な紫闇刀を投げるという行為は出来ればしたくはないが、人命救助のためなのであるから仕方ない。
それに、早くしなければバリー寮長やラミノラが抑えてくれている蜘蛛達や、頭上の吹き抜けになっている場所にいる蜘蛛達が俺の存在に気づいて押し寄せてきてしまう。
時間の無い中で迅速に救助するためであるのなら仕方ない。
その思い出、俺は繭を吊り下げている蜘蛛の糸目がけて振り被る。
「いけえええ!」
俺は掛け声を上げながら、思いっきり繭を吊るす蜘蛛の糸を目がけて紫闇刀を投げた。
紫闇刀は、クルクルと回転をしながら目標の蜘蛛の糸を目がけて進む。
そして、繭を吊り下げている蜘蛛の糸のうちの一本を斬った。
「よし!」
目標の蜘蛛の糸を一本切断することが出来て喜んだのもつかの間。
糸が斬れると同時に繭が落下し始めた。
まずい。
落下のことを全く考えていなかった。
俺は急いで、落下ポイント目がけて走った。
「ぐへっ!」
なんとか間に合った俺の腹の上に、繭が直撃する。
思ったよりは重くはなかったが、落下した分の衝撃が重なり俺の身体にかなりの負荷がかかる。
これをあと五回もしなくちゃならないとなると骨が折れるな……。
そう思いながらも、急いで俺は繭に手をつけた。
触ってみると、やはりこの繭も蜘蛛の糸で出来ているようで、糸をほぐすように手でガシガシと糸を取ると、段々と中が見えてきた。
中には、予想通り黒妖精族の男が一人入っていた。
手足を蜘蛛の糸で縛られ、身動きの取れない状態になっていた。
男は俺と目が合い、驚いた表情をしている。
「~~!
・・~~・!」
妖精語で何かを言っているが、俺には妖精語は分からないので、とにかく蜘蛛の糸をはがして男を解放した。
「~!
・・~・・~!
~~~~~~~~!!!」
男は解放されてその場に立ち上がると、俺に妖精語で叫ぶが俺には何を言っているのか分からない。
上を指さして何かを叫んでいるが、頭上にいる他の仲間も助けてくれということだろうか。
言葉が分からない俺は首をかしげるしかない。
というか、この男に構っている暇はなく急いで他の黒妖精族達も助けなければ。
そう思って周りを見渡すも、どこにも紫闇刀は落ちていない。
「あれ?」
こんな白い糸で囲まれた白一色の空間であれば、紫の刀剣が落ちていれば目立つからすぐわかるはずなのであるが、全く見つからないのはおかしい。
よく思い出してみれば、黒妖精族を助けるのに夢中で投げた紫闇刀が蜘蛛の糸を斬った後どこへ行ったのか見ていなかった。
俺はここで一先ず斬った頭上の蜘蛛の糸の方を見て、投げた紫闇刀の軌跡を辿る。
その瞬間、俺は息を飲んだ。
頭上の吹き抜けの壁に何か巨大な黒い影が張りついているのが見えたのである。
その黒い影についた八つの赤い目がこちらをじっと見ている。
俺はその影と目があいながらも、自分の目を疑った。
あまりに巨大な蜘蛛。
これまで対峙してきた蜘蛛達でさえ俺の身長くらいまでの体長があって大きかったのに、あの蜘蛛だけは別格に大きい。
バリー寮長の身長など余裕で超すレベルの超巨大蜘蛛だった。
そして、俺が目を疑ったのは蜘蛛が巨大なことだけではない。
巨大なモンスターであれば、前世でも見慣れているからそこまで驚かないが、俺のことをジッと見つめるその巨大な蜘蛛の身体に紫に光る俺の紫闇刀が刺さっていたのである。
どうやら俺の紫闇刀は、黒妖精族を吊り下げていた糸を斬っただけでは止まらず、そのまま勢い余ってあそこにいた超巨大蜘蛛の身体を刺してしまったらしい。
その事実に冷や汗が止まらない。
あの超巨大蜘蛛はおそらく女王蜘蛛だ。
他の蜘蛛達に比べて明らかに身体が大きすぎるのもそうだし、奥に進むにつれてその辺に点在している卵の数が増えたのもあいつがいるからだろう。
しかし、だとすれば相当まずい。
俺は、巣の女王に刀剣を刺してしまったのだ。
蜘蛛総出で仕返しされるに違いない。
しかも、紫闇刀を取られた状態で。
そんなことをされたら、間違いなく俺はあの世いきだ。
あんな超巨大蜘蛛と素手で対等に戦える気がしない。
その不安から、逃げる態勢を整えながら女王蜘蛛と見つめ合っていると。
突然、女王蜘蛛はこちらに向かってカサカサと音をたてながら壁を降りる様に移動する。
巨体からは考えられないほどの俊敏さで壁移動をして地に降りる女王蜘蛛。
そして、俺の目の前に来た女王蜘蛛は再びジッと俺のことを見つめるのだった。
もしかしたら、俺はこの蜘蛛に食われるかもしれない。




