第百七話「救出と逃亡」
「ピグモン!」
俺は中央でピグモンが倒れたことに気づき、すぐに叫ぶ。
だが、ピグモンは倒れたままで全く動く気配が無い。
俺は、ピグモンの近くでニョロニョロと動くミミズのような物体を注視する。
ピグモンをやったのは間違いなくあの細長い物体である。
急にピグモンの背後を取るように地中から現れ、先端の針をピグモンの背中に刺したことでピグモンが昏睡してしまった。
そういえば、捕まったドリアンも全く同じように昏睡していた。
つまり、あのミミズのような細長い物体がピグモンとドリアンを昏睡させたのだろう。
身体の大きいドリアンや盾役をこなし体力もあるピグモンを一撃で昏睡させるとは、相当な威力である。
おそらく、あの針の先端に一撃必殺の毒が塗られていることは間違いない。
そうなると、ピグモンとドリアンの身が心配である。
毒の中には、早く解毒しないと死に至ってしまう類の毒もある。
急いで二人を救出しなければ。
瞬時にそこまで考えたところで、俺は幻影の花が倒れたピグモンを捕まえようとしていることに気づいた。
幻影の花は何本もあるツルのようにしなる太い茎でピグモンに巻きついてピグモンを捕まえようとしている。
まずい。
急な出来事に驚いて反応が遅れてしまった。
今すぐにピグモンを助けに行きたいが、ここからでは間に合わない。
「ピグモンさああああああああん!」
俺がピグモンの危険を案じていると、後方からそんな叫び声が聞こえた。
後方に目をやると、そこには緑色に輝く烈風刀を振り上げたサシャがいた。
サシャは勢いよくピグモンを囲う幻影の花の茎に向かって振り下ろす。
ズガガガガガガ!
サシャが烈風刀を振り下ろすと、幻影の花目がけて強風が吹き荒れる。
茎の先端に付いている花はいくつか風で吹き飛ばされ、ピグモンを囲っていた茎も後方に押し出される。
「ピグモンさん!
しっかりしてください!」
サシャは、ピグモンを囲う幻影の花の茎を烈風刀で吹き飛ばすと、すぐにピグモンに駆け寄った。
ピグモンを揺らしたりしているが、ピグモンの応答は無い様だ。
すると、そろそろ捕まっているドリアンと黒妖精族のところに辿りつきそうなバリー寮長が叫んだ。
「サシャ!
少しの間、その剣でピグモンを守れるかい!?」
バリー寮長の叫び声を聞いて、サシャは踵を正す。
「は、はい!
でも、ピグモンさんが……!」
サシャがバリー寮長とピグモンを交互に見ながら心配そうに言うと。
「息はしてるだろう!?
おそらく麻痺毒だと思うけど、息してるならしばらく大丈夫だよ!
今はピグモンよりも捕縛されたドリアンと黒妖精族の救助の方が先!
時間を稼げるかい!?」
「わ、分かりました!」
サシャはバリー寮長の納得するように頷くと、烈風刀を持って立ち上がる。
どうやら、ピグモンは昏睡こそしているものの呼吸は出来ているようだ。
サシャは地面に倒れるピグモンの前に立ち、多数の幻影の花の茎と対峙する。
一見、サシャと巨大なモンスターが対峙している光景を見るとモンスターに分がありそうに見えるものだが、サシャが持っている烈風刀の威力がとんでもなさすぎてサシャが押している。
サシャが烈風刀を振るうたびに部屋の側面にいるこちらにまで風が飛んでくるので、その威力に驚いていると。
「エレイン!
何してるんだい!
早くこっちに来な!」
前方からバリー寮長の怒声が聞こえてきた。
サシャとピグモンが気がかりで立ち止まっていたが、俺には俺の任務があるのだった。
「すいません!
今行きます!」
俺は急いでバリー寮長の元へと向かう。
前方のバリー寮長の方に目を向けると、既に幻影の花の懐にまで足を踏み入れていた。
捕縛されているドリアンと黒妖精族達は幻影の花の側面部の太い茎によって巻きつかれていて、今にも幻影の花の身体の中に捕食されそうになっている。
「ちっ!
思ったより高いね!」
バリー寮長が拘束されているドリアンと黒妖精族達を見上げながら悔しそうに叫ぶ。
俺もバリー寮長の元まで駆け寄って幻影の花を見上げた時、同じことを思った。
近くで見ると分かるのだが、幻影の花があまりに巨大すぎて、拘束されているドリアンと黒妖精族達の位置が高すぎるのである。
どうにかしてあそこまで上らなければならないが、幻影の花の太い茎を掴んで登っていては、途中で気づかれて捕まえられてしまいそうである。
さて、どうするか。
俺が考えていると、バリー寮長は急にこちらを見た。
「エレイン。
ドリアン達はあんたが救出するんだ」
真顔でそう呟くバリー寮長。
「え?
でも、どうやって……」
俺はあくまでバリー寮長の補助係だと聞いていたので、急にそんなことを言われてもどうすればいいか分からない。
俺が困惑していると、急にバリー寮長にガシッと身体を捕まれ、片手でヒョイと持ち上げられる。
「……へ?」
あまりに急な展開に呆然としていると。
「ドリアン達の元についたら巻きついている茎をその剣で斬って、あたしの方に落としな。
そしたら、あたしがキャッチするからね」
バリー寮長はそれだけ言うと、まるで石でも投擲するかのようなフォームを取る。
「え……まさか……。
ちょっと待ってください!」
そのフォームを見てようやくバリー寮長がやろうとしていることに気づき、焦って止めようとするも遅かった。
バリー寮長は、ドリアン達が拘束されているところを目がけて思いっきり俺を投げたのだった。
「うわあああああああああああ!」
俺は悲鳴をあげながら、ドリアン達が拘束されているところまで一直線上に進む。
そして、すぐに目の前に幻影の花の太い茎が現れたので、急いで紫闇刀を向ける。
グサリ。
紫闇刀を幻影の花の茎に刺すことで、なんとか一命を取り留めた。
全く無茶なことをやってくれる。
着地に失敗してここから落ちてしまったらどうするんだよ。
俺は、バリー寮長の無茶苦茶なやり方に心の中で文句を言いつつも、太い茎にしがみついてドリアンと黒妖精族が拘束されているところまでよじ登る。
落ちないようにするために紫闇刀を茎に刺しながら進む。
茎に刺すと幻影の花の赤い血が出てきて気持ち悪いが、ドリアン達を救助するためと思い、我慢して進む。
「エレイン!
周りをよく見な!
囲まれてるよ!」
すると、地上にいるバリー寮長から声が聞こえた。
その指示に従って周りをよく見ると。
先端に色とりどりの花が付いた何本もの太いツルのような茎が、俺を取り囲もうとしていた。
まずい。
足元に気を取られていて周りを見ていなかった。
よく考えてみれば、進むために刺していたこの太い茎も、いわば幻影の花の身体である。
身体を刺されれば誰だって反撃するというものだろう。
どうにか、この幻影の花の反撃を掻い潜って、ドリアン達の元まで行かなければ。
俺は太い茎にしがみつきながらも、片手で紫闇刀を振り回す。
だが、何本かの茎に当たったりはするものの、それが余計に幻影の花を刺激して、俺を取り囲む茎の本数がうじゃうじゃと増えていく。
茎にしがみついている状態のため、反撃が上手く出来ない。
それに、ここから落ちたら死んでしまう。
幻影の花に捕まっても食べられるのがおちだろう。
絶対絶命である。
俺は、この状況に絶望しながらも、なんとか紫闇刀を振り回して捕まらないようにしていると。
パァン!
急にすぐそばで破裂音が聞こえた。
パァン!
パァン!
パァン!
その破裂音が何度も近くで鳴り響く。
すると、俺を囲っていた茎が何本も吹き飛ばされる。
一体何が起きたのだろうかと、周りを見ていると下から再び声が聞こえた。
「早く行きな!
周りのやつはあたしが処理するよ!」
聞こえたのはバリー寮長の声。
下にいるバリー寮長を見ると、いくつか小石を持っていた。
そして、俺をここまで投げたときのように構えると思いっきりその小石を投げる。
パァン!
小石は目にもとまらぬ速さで俺の近くにある茎に当たり、茎は吹き飛ばされた。
なんという威力だろうか。
俺は、その人間離れしているバリー寮長の投擲能力に驚きながらも太い茎をよじ登る。
「よし」
ようやく捕縛されているドリアンと黒妖精族達の元に辿りついた。
ドリアンも黒妖精族の三人も、全員昏睡状態で目を瞑っていて動かない。
体に何本も巻きついている茎を斬らなければ。
俺はまずドリアンに巻きついている太い茎を紫闇刀で斬る。
紫闇刀の切れ味が良いのか幻影の花が剣に弱いのか、太い茎は簡単に切断できた。
俺は巻きついていた茎が切断されて落ちそうになるドリアンの巨体をなんとか落ちないように支える。
「バリー寮長!
いけますか!」
「あいよ!
いつでもいいよ!」
バリー寮長は両手を広げて、受け止める準備は出来ている様子。
それを見た俺は、ドリアンの巨体をバリー寮長の方へと落とす。
ドリアンの巨体は勢いよく落下したが、バリー寮長は軽々と受け止めた。
「よし!
エレイン!
黒妖精族達もどんどん落としな!」
ドリアンを受け止めたバリー寮長は、ドリアンを一先ず地面に置いてそう叫ぶ。
俺もそれを聞きつつ、なんとか太い茎に捕まりながら黒妖精族の一人の拘束を紫闇刀で斬る。
「バリー寮長!
次行きますよ!」
「あいよ!」
先ほどと同じように昏睡した黒妖精族を落とすと、バリー寮長は再び軽々と受け止める。
ドリアンと違って、細身の黒妖精族を受け止めるのは楽そうだ。
この調子なら全員救出するのも簡単そうだ。
と思った時。
「エレイン様!
逃げてください!」
中央にいたサシャがこちらに向かって叫ぶ。
その声を聞いて、すぐに中央の方に目を向けると。
中央に集まっていたサシャとピグモンを狙う大量のうじゃうじゃとある太い茎が、俺の方に向かって勢いよく突っ込んでくる。
幻影の花の身体の中央にある大きな目玉も、幻影の花の身体の側面にひっつく俺の方に視線が向けられている。
どうやら、幻影の花は攻撃対象をサシャやピグモンから俺の方に切り替えたようだ。
「エレイン!
今すぐ残りの黒妖精族を解放して、一緒に降りてきな!」
下からそんなバリー寮長の叫び声が聞こえたが、それが聞こえるより先に俺は既に身体が反射的に動いていた。
残り二人の黒妖精族に拘束された太い茎を一気に紫闇刀で切断する。
「バリー寮長!
三人行きますよ!」
「あいよ!」
俺は両手に細身の黒妖精族二人を抱えて、俺の方へと突っ込んでくる大量のツルのようにしなる茎から逃げるようにして、地上にいるバリー寮長の元へと飛び降りる。
バリー寮長は大きな腕を目いっぱいに広げて、俺達を受け止めようとしている。
「ふん。
三人いても、ドリアンよりは軽いね」
落下する俺達をガシリと受け止めたバリー寮長は、鼻で笑いながらそう呟いた。
俺達を受け止めたバリー寮長は、すぐに俺だけ地面に立たせてドリアンを右手に、黒妖精族三人を左手に抱えてサシャの方を見る。
「サシャ!
今すぐ逃げるよ!
あんたもピグモンも背負って通路の方へ走りな!」
「は、はい!」
バリー寮長の号令と同時に、俺達は最初にこの部屋へ来るときに通った狭い通路を目指して全力で走る。
バリー寮長は四人も抱えているというのに普通に走れている。
しかし、サシャはピグモンを背負えてはいるが、背負い慣れていないのか動きが鈍い。
こうしている間にも、地上に降りた俺を目指して幻影の花から大量の茎が俺達を捕まえようと一直線に伸びてくる。
「サシャ!
エレイン!
急ぎな!」
走るのが早いバリー寮長は既にサシャ追い抜いて通路の前に辿りついていて、俺達に向けて声をかける。
だが、サシャはピグモンを背負っているせいか辛そうだ。
すると、幻影の花の目線がサシャに視点を合わせる。
どうやら、一番動きの遅いサシャに狙いを定めたようだ。
ピグモンを背負うサシャに向かって大量の茎が伸びる。
「サシャ!
早く行け!」
俺はその大量の茎を紫闇刀で斬りつけながらサシャに叫ぶ。
「は、はい!」
サシャは急いで通路へと向かう。
幻影の花の攻撃する茎の数が尋常ではないので、俺も長くは持ちそうにない。
後退しながらも必死にサシャとピグモンを守っていると。
「エレイン様!
通路に着きました!
エレイン様も今すぐこっちに!」
サシャがそう叫ぶのを聞いて俺も後ろに踵を返して走る。
その瞬間。
俺は背後に物凄い嫌な感覚を覚えた。
何か刺々しいオーラが俺の背中に迫っているような感覚。
キンッ!
背中に何か嫌な感覚を覚えたその時、俺の背後でそんな音がした。
振り返る余裕はないから、何が起きているのかは分からない。
とにかく俺は、必死にサシャやバリー寮長達がいる通路に向かって走る。
「あっ!」
すると、通路にいるサシャは俺の方を見てそんな声をあげた。
正確には、俺の方というよりは俺の背後を見てだ。
そういえば、先ほどから全く俺の方に幻影の花の攻撃が飛んでこない。
諦めてしまったのだろうか?
そう思って、走りながらも背後に振り返ると。
そこには、超高速で動く黒い影が見えた。
黒装束の恰好で、両手にクナイを持ちながら幻影の花の攻撃をとんでもないスピードで切り伏せている。
「あ、シュカ!」
俺は声をあげた。
幻影の花と対峙していたのはシュカだったのである。
よく見れば、先ほど俺が背後に嫌な感覚を覚えた付近の地面には、ミミズのようにうねうねとして先端に針が付いた物体がクナイで串刺しにされていた。
どうやら、先ほどの音はシュカが俺を守った音だったらしい。
もし、あの針が俺の背中に刺さっていたら俺もドリアンやピグモンと同じように昏睡していただろうと思うとぞっとする。
俺を守って戦ってくれているシュカに感謝しかない。
俺は、その場に立って、戦っているシュカを見ていると。
「エレイン様!
今のうちに行きますよ!」
後ろからサシャに手を引かれた。
「え!
でも、シュカが!」
「彼は強いから大丈夫です!
エレイン様の命の方が大事です!」
そう言って、ピグモンを背負って疲れた様子のサシャは俺の手を無理やり通路の方へと引っ張る。
確かに、部下のシュカより俺の命の方が大事だ。
シュカが命を賭して守ってくれているのだから、俺もそれにこたえるべきだろう。
俺はサシャに引っ張られるままに、シュカを置いて通路へと入った。
そして、俺はシュカに感謝をしながら、幻影の花から何とか逃げ切ったのだった。




