第百六話「幻影の花」
「パラダインが育てていた花ですって!?」
俺は、唐突に聞かされた大昔の大魔王の名前に思わず驚いた声をあげてしまう。
パラダイン・ディマスタといえば、五千年前にイスナールによって封印された大魔王である。
なぜ、その大魔王が育てていたモンスターがこんなところにいるというのだろうか。
「あたしが読んだ本には、パラダインは人を食べる花を飼っていると書いてあったんだ。
綺麗な花畑で人を誘いこんで、油断してる隙に人を捕縛するってね。
あたしもかなり長い間冒険者をやってきたけどこんなモンスター見たことないし、文献の内容と酷似していることも考えると、あれは幻影の花の可能性が高いよ」
そう説明するバリー寮長の表情は明らかに動揺している。
大昔の大魔王が育てていた花のモンスター。
どれほどの強さかは未知数だが、あの巨体のドリアンを一瞬で捕縛したのを見るに、かなり危険なモンスターであることが分かる。
人を食べるという話であるし、このままでは捕らえられたドリアンや黒妖精族達は確実に殺されてしまうだろう。
なんとか攻略せねばならない。
「どうしますか?」
俺は年長者のバリー寮長に判断を仰ぐ。
それに対して難しい顔をするバリー寮長。
「密室じゃなくて人質を取られてなければ火を使うんだけど。
火を使えないとなると……やりにくいね」
どうやら、バリー寮長もあの花畑をどう攻略すればいいのか分からないらしい。
それもそうだろう。
そもそも、あれがモンスターだというのが未だに信じられない。
だって、目の前には綺麗な花畑しかないんだから。
どこにモンスターがいるというのだろうか。
すると、ピグモンが背中から大斧を取り出す。
「俺が盾になるぶひ!
皆は後ろからついてくるぶひ!」
そう言って、バリー寮長の前に出て斧を構えるピグモン。
その目は倒れているドリアンを見つめていて、助ける気満々である。
しかし、無策で挑んで勝てる相手でもないだろう。
まずは、なぜドリアンが急に悲鳴をあげて倒れたのかが分からないと俺達まで同じ目にあってしまう。
そう考えた俺がピグモンを止めようとするより先に、バリー寮長が口を開いた。
「ピグモン。
行くなら、足元の花を斬りながら進みな」
意外にも、バリー寮長はピグモンが進むことを許可した。
「花ぶひか?」
バリー寮長の助言に首をかしげるピグモン。
「ああ、そうだよ。
文献に幻影の花はモンスターだと書かれていた。
モンスターであれば実体がどこかにあるはずだよ。
だとすれば、そいつはこの花畑の中のどこかに潜んでいるだろうね。
だから、花を斬っていくんだ」
なるほど。
確かに、モンスターというからには実体があるだろう。
それに、これだけ綺麗で目を奪われる花畑だ。
人間の目を騙すために、花畑の中にモンスターが潜んでいるという推理もあながち間違っていないかもしれない。
ピグモンもバリー寮長の言葉に納得して頷くと、持っていた大斧を振り上げた。
「はあああ!」
ピグモンは気合いを入れるように雄たけびをあげると、足元に咲く色とりどりの花々に向かって思いっきり大斧を振りかざす。
大斧の刃先が花の茎に当たり、スパッと何本かの花の茎が切断される。
そして、その瞬間。
切断された茎から、真っ赤な血のような液体がブシャーッと飛び散る。
「ぶひっ!?」
飛び散る液体に驚いたピグモンは、一歩身を引きながら自分を守るように大斧を顔の前に持ってくる。
なぜ、植物から血が?
俺は、その光景を見て唖然としていると。
今度は後ろからも叫び声が聞こえた。
「エレイン様!
足元の花が!」
サシャの叫び声だった。
俺はその声を聞いて、足元の花々に目をやると。
明らかに花々はザワザワと蠢いていた。
通路から部屋にかけて咲いているたくさんの花々全てが激しく蠢いている。
花々が擦れる心地の悪い音で充満した部屋で、一体何が起きているのか分からずに立ち尽くしていると。
急に花々は一斉に動き出した。
足元くらいまでしかなかった花々が一気に伸び、中央のドリアンや黒妖精族が倒れているところに集まる。
そして、中央の花々は天井付近まで伸びあがり、地面の土の中から何かが盛り上がってくる。
「なんだいあれは……」
それには流石のバリー寮長も呆気にとられたように声をあげた。
俺とサシャとピグモンは、驚きすぎてもはや声が出なかった。
地面から出てきたのは、身体全体に色とりどりの花々を覆った大木のように太い緑色の茎の化け物だった。
そして、化け物の身体には一つの大きな目がギョロリとこちらを見ていた。
なんだこいつは。
今まで見たこともないような気持ちの悪いモンスターである。
どうやら、俺達が花畑だと思っていた色とりどりの花々は実はあいつの身体の一部であって、本体は地中に埋まっていたあの化け物であったようだ。
部屋を埋め尽くすほどの巨体に、思わず圧倒されてしまう。
よく見れば、ドリアンと黒妖精族の三人は昏睡した状態で化け物の身体に巻きつけられていた。
あの化け物にとって、既にドリアンと黒妖精族は捕食対象ということなのだろう。
「え、エレイン様!
逃げてください!」
サシャは俺の前に出て、震え声でそう叫んだ。
見れば、あの化け物に向かって手を伸ばして狙いをつけている。
おそらく、サシャが唯一使える攻撃魔術火射矢を放つつもりなのだろう。
「落ち着きな、サシャ。
最初にも言ったけど、この迷宮内での火は厳禁だよ」
サシャのモーションを見て、バリー寮長もサシャがやろうとしたことに気づいた様子。
すぐに冷静な声でサシャを止めた。
すると、サシャは泣きそうな目でバリー寮長を見る。
「じゃ、じゃあどうしたら良いっていうんですか!
あんな大きなモンスター、普通に戦っても勝てませんよ!」
必死な声でそう叫ぶサシャ。
サシャの言っていることは分かる。
あれだけ大きなモンスター相手に、俺達が勝つ手段というのはほぼ無いだろう。
俺とピグモンとバリー寮長の武器は刀剣と大斧と拳。
正直、あれだけ大きなモンスター相手だと、いくら斬ってもいくら殴っても意味がない気がする。
そうなると有効打として考えられるのは、植物に有効であるサシャの火射矢なのであるが、この迷宮内が木で囲まれた密閉空間というのもあり火射矢に関しては絶対に使用してはならない禁じ手となってしまっている。
もし火を迷宮内で使えば、一気に巨大樹の迷宮が燃え上がり、俺達も危険な目に合うし、ジュリアを助けられなくなることは確実だろう。
しかし、火が使えないとなると、いよいよ有効打が無い。
俺の紫闇刀の魔力解放を使えば、あの巨体のモンスターであっても消し炭に出来るだろうが、今は紫闇刀に魔力解放出来るほどの魔力は溜まっていないし、そもそもドリアンと黒妖精族が捕縛されている以上、紫闇刀の魔力解放を使えば捕まっているドリアンと黒妖精族ごと消し炭にしてしまう可能性まであるので魔力解放を放つことは当然出来ない。
やはり、有効打はない。
万事休すか?
俺がそこまで考えたところで、バリー寮長がサシャを見た。
「いや、まだやれることはあるよ」
そう力強い声で言うバリー寮長。
その言葉に俺とサシャとピグモンは一斉にバリー寮長の方を見る。
「もちろん、あたしたちじゃあのモンスターを倒すことは出来ないだろうけどね」
「じゃあ!」
「でも、あたしたちがやるべきことはあいつを倒すことじゃないだろう?」
サシャが反論しようとするのをバリー寮長は言葉を覆い被せるようにして黙らせる。
俺達がやるべきこと?
その言葉の意味を考えたときに俺は気づいた。
「倒さずに捕まったドリアンと黒妖精族だけを助けようということですか?」
俺がそう言うと、バリー寮長は頷いた。
「そうだよ。
あたしたちが今やるべきことは、幻影の花を倒すことじゃない。
捕まったドリアンと黒妖精族達を助けることだよ。
それに、幻影の花の根っこの本体が姿を現したしね。
おそらく、あの綺麗な花畑で人間を誘いこんで地中に潜伏する本体が攻撃するモンスターだったんだろうけど、もう本体は地上に出てきたんだ。
攻撃が目視できるなら避けやすいだろう?
あとは、ドリアンと黒妖精族達をあの化け物の身体から引き離して救助するだけだよ。
救助が出来たらすぐに逃げるからね」
そう説明するバリー寮長。
確かに、幻影の花の身体に捕まっているドリアンと黒妖精族を救助するだけであれば、まだ成功する可能性はあるかもしれない。
幻影の花の本体が目視出来るようになったとはいえ、危険であることに変わりはないのだが。
すると、サシャがこちらを見た。
「分かりました。
でも、せめてエレイン様だけでもこの部屋から逃げてください!
あまりにも危険すぎます!」
先ほどから執拗に俺を逃がそうとするサシャ。
まあ、サシャは俺の専属メイドで俺に忠誠を誓っているわけだし、この危険な状況で主を逃がそうとする判断は当然ではあるのだが。
俺は首を横に振った。
「サシャ。
悪いけど、部下が危険なのに俺だけ逃げるわけにはいかないよ。
俺もドリアンと黒妖精族の救助に参加するよ」
「で、でも……!」
俺がそう言っても納得出来ないといった様子のサシャ。
すると、バリー寮長が拳を幻影の花に向けて構えながら、こちらを見ずに呟く。
「男が危険を顧みずに人を助けることを決心したんだ。
その気持ちをくみ取ってやりな、サシャ。
それに、もう話している時間は無いみたいだね」
バリー寮長がそう言うので、幻影の花の方を見ると。
体中に纏っていた花々が、茎を伸ばしてこちらを捕捉している。
攻撃準備完了といった感じだ。
「……分かりました。
でも、危なくなったらすぐに逃げるんですよ!」
サシャは時間が無い状況であることもあり、渋々納得してくれた。
俺が王子である身分でありながら、いつもサシャには無理を言って申し訳ない。
納得してくれたサシャに感謝しながら俺は紫闇刀を構える。
その様子を見て、バリー寮長が口を開いた。
「いいかい!
ピグモンは盾役だ!
大斧で幻影の花の攻撃を出来るだけ防ぎな!
あたしはその間に幻影の花の身体に捕らえられたドリアンと黒妖精族の救助に向かうから、エレインはその補助!
サシャは、後方から回復魔術で支援!
状況をよく見て、危なかったら各自脱出を図りな!」
「「「はい!」」」
バリー寮長の大声の指示に俺達は返事をすると、すぐに動いた。
まずは、先頭のピグモンが幻影の花に向かって走りこむ。
それと同時に、幻影の花の身体にある大きな目がギョロリとピグモンの方に動いた。
幻影の花の目がピグモンを目視すると、すぐに色とりどりの花々が太くて長いツルのような茎を伸ばしながら、ピグモンに巻きつくように囲おうとする。
「はああああああ!」
ピグモンはそれに対して、力の限り大斧をぶんまわした。
それによって、幻影の花が繰り出す太い茎はどんどん切り裂かれ、血しぶきが上がる。
「よし!
エレイン!
あたしたちは側面から行くよ!」
「はい!」
俺はバリー寮長の指示に従って、ピグモンが中央で盾役をしてくれている間にサイドから捕縛されたドリアンと黒妖精族の元を目指す。
俺とバリー寮長が側面を走っていても、幻影の花はピグモンへの攻撃に夢中でこちらに気づいていない様子。
これはいけるな。
そう確信しながら走っていると、突然サシャの悲鳴が聞こえた。
「ピグモンさん!
後ろ!」
俺はサシャの悲鳴に反応して、走りながらも中央にいるピグモンの方を見ると。
ピグモンの後方の地中から、細長いミミズのような物体が地上に姿を露わにしていた。
先端には細い針がくっついていて、その針はピグモンの方を向いていた。
だが、ピグモンは前方の攻撃を防ぐのに集中していて、それに気づいていない様子。
次の瞬間。
その先端の細い針は勢いよくピグモンの背中に向かって一直線に進み、ピグモンの背中に刺さった。
「ぶひいいいいいいい!」
背中に針が刺さると同時にピグモンは悲鳴を上げた。
そして、プルプルと身体を震わせてから、地面に倒れたのだった。




