第百三話「黒妖精族の一団」
「あそこでござる」
俺達はシュカを追うようにして暗い森の中を歩いていると、急にシュカが立ち止まって茂みに身をひそめながら指を差す。
シュカが指を差す方向を見ると、黒妖精族の一団がいた。
数は二十人ほど。
全員、白い髪に褐色肌、耳も尖っていてジャリーやジュリアにそっくりである。
剣や弓や杖、それから薄手の防具を全員が装備していて、まるで戦士のような恰好である。
そして、その二十人ほどいる黒妖精族全員がある一点を睨むようにして見上げていた。
俺はそれを見て、黒妖精族達の視線と同じ方を見上げると。
そこには、この大森林の中でも初めて見るレベルの一際大きな巨大樹がそびえ立っていたのである。
「で、でっかいぶひね……」
俺の隣で巨大樹を見上げながら驚愕するようにそう呟くピグモン。
ピグモンの言う通り、巨大樹はとんでもない大きさだった。
まず太さが、そこらへんに生えているような木とは桁違いで、メリカ城くらいはあるのではないかと思わされるくらいには太い。
高さも一際高く、そこらへんに生えている樹ですら大きいのに、その何倍もあるようでどこまで高さが続いているのか見えないほど大きな木である。
これほど大きな木は前世でも見たことがなく、俺達全員が巨大樹を見上げながら唖然としていると。
バリー寮長が呟いた。
「どうやら、あれが迷宮みたいだね」
俺はそのバリー寮長の呟きを聞いてはっとした。
そういえば、マリンは一際でかい大木の中に迷宮があると言っていた。
どう考えても一際でかい大木とは、あの巨大樹のことを指しているだろう。
つまり、あの巨大樹の中に迷宮があるということか?
そう考えながら観察を続けていると。
先頭の黒妖精族が持っている剣を振り上げた。
「~~・・・~・・~~!!!」
先頭の黒妖精族が号令をするようにそう叫ぶと、後ろの黒妖精族達も剣を振り上げる。
「「「「~~~~!!!!」」」」
森の中に一斉に黒妖精族達の叫び声がこだまし、俺はぎょっとする。
それと同時に、二十人いた黒妖精族のうちのおおよそ半数が、隊列を組んで巨大樹に向かって進みだした。
巨大樹の根元には入口のようにも見える大きな穴があり、隊列を組んだ黒妖精族達はその中へと歩を進めるのだった。
そして、残った十人ほどいる黒妖精族は巨大樹の前で何やら作業をし始めた。
たき火を焚いたり、剣や弓矢の手入れをしたり、料理を作ったりしている。
どうやら、隊を半分に分けて迷宮を探索する組と迷宮前で待機する組とに分かれているらしい。
俺も前世で迷宮攻略をしていた頃は、大人数で攻略をする場合はこういうこともしていたのでよく分かる。
迷宮というのは難しいもので、大人数で挑めば簡単に攻略できるというものではない。
大人数で行けば罠にかかりやすくなったり、狭い場所を通れなくなったりと厄介なことになる可能性が高いので、このように攻略組と待機組に分けるのである。
そうすることで、もし途中で疲労やアイテムの不足などで断念して攻略組が引き返したら、その攻略組から貰った攻略情報を元に今度は待機組が万全の状態で攻略出来るという利点があるのだ。
ただ気になるのは、なぜ黒妖精族がこんな夜中に迷宮攻略に挑んでいるのかという点だ。
確か、マリンの話では、迷宮付近は危険なので妖精族も黒妖精族も近づかないようにしているという話だったが。
黒妖精族達が、あのように号令をかけて勇み足で迷宮の中に入って行ったことに少々違和感を感じる。
すると、隣に屈んでいたバリー寮長が立ち上がった。
立ち上がると同時に、身を潜めていた茂みを抜けて待機組の黒妖精族の元へとスタスタと歩く。
「え……ちょっと!
バリー寮長!?」
俺は、急に歩き出すバリー寮長に戸惑いながらも声をかけると、チラリとこちらを見るバリー寮長。
「ちょっと話を聞いてくるだけだ。
あんたたちは、そこで待ってな」
それだけ言って、バリー寮長は待機組の黒妖精族に近づくのだった。
俺達はそのバリー寮長の急な行動に呆気に取られながらも、茂みから見守るしかなかった。
バリー寮長が待機組の黒妖精族達に近づくと、当然黒妖精族達はバリー寮長に気づいて警戒態勢に入った。
何人かはバリー寮長に剣を向け、後方にいる黒妖精族達はバリー寮長に向けて弓矢を構える。
俺は、そんな絶対絶命の状況に息を飲む。
下手をすれば一斉攻撃にあい、バリー寮長といえども生死の危機に直面する可能性が高い場面である。
だが、バリー寮長は全くひるむ様子はなく、敵対する意思が無いことを見せるように両手を上げて見せながら口を開いた。
「~~・・~~~~・~・~!
~~~・・・・・・・~~・~~・~・・・~!」
バリー寮長は両手を上げながらも妖精語でそう叫ぶ。
両手を上げて攻撃の意思がないことを示しているにも関わらず、その森に鳴り響く大声とバリー寮長の膨れ上がった筋肉で出来た巨大な体躯が重なり、物凄い威圧感を感じてしまう。
どうやら、待機組の黒妖精族達もバリー寮長に少し気押されている様子。
黒妖精族達は警戒しながらもバリー寮長と対話を始めた。
「~~・・~?」
「~・~」
「~~~~!」
「~~~~~」
そんなバリー寮長と黒妖精族達の対話の行く末を俺達は茂みから緊張しながら見守るのだった。
ーーー
あれからしばらくバリー寮長と黒妖精族は対話をしていた。
いつの間にか、あれだけ警戒されていたバリー寮長も警戒が解かれていて、焚火を囲んで黒妖精族達と顔を合わせて話していた。
黒妖精族というのは攻撃的な種族だというのを本で読んでいただけに、下手すればバリー寮長は一斉攻撃に遭うのではないかと不安だったが、結果は真逆だった。
今も焚火を囲んで親し気に黒妖精族と話し合っているバリー寮長を見て、驚きを隠せない。
俺が驚きながら茂みに身を隠して見ていると、バリー寮長が急にこちらに向かって振り返って手招きをした。
それに合わせて焚火を囲む黒妖精族達もこちらに視線を向けるので、俺達の中に緊張が走る。
いつの間にかシュカは身をどこかに消していたので、茂みから出たのは俺とサシャとピグモンとドリアンだった。
茂みを抜けた俺達に弓矢や剣を向けられることはないので、黒妖精族達にいきなり攻撃される恐れはなさそうだ。
俺は恐る恐るバリー寮長の方へ向かうと、意外なことに黒妖精族達は俺に笑顔を向けているのだった。
「~~・・~~!」
一人の黒妖精族が妖精語で何かを言いながら握手を求めてくる。
俺はそれを見てやや戸惑いながらも握手をする。
それから一斉に黒妖精族達が俺の方へと来て笑顔で握手を求めてくるのだった。
そして、俺の後ろにいるサシャやピグモンやドリアンにまでも笑顔で握手をする黒妖精族達。
一体何なんだ?
なんでこんなに好意的なんだ?
黒妖精族達の意外な行動に、俺が戸惑っていると。
サシャが後ろで声をあげた。
「エレイン様!
この人たち、皆『人族の王子様、ありがとう』って言ってますよ!」
驚いた顔をしながらそう言うサシャ。
『人族の王子様、ありがとう』だって?
なぜ、俺が王子であることを知っているのだろうか。
それに、俺はこの人たちに感謝されることなんて何もしていないが。
サシャの言葉に首をかしげていると。
その様子を見て、フッと笑いながらバリー寮長が口を開いた。
「あんたがメリカ王国の王子だってことはあたしが言ったんだよ。
人族の王子であるあんたが黒妖精族のジュリアを助けようとしている話をしたら、それに感動したみたいでね。
皆、あんたに感謝しているみたいだよ」
バリー寮長の言う通り、この黒妖精族達は俺に感謝をするように頭を下げている。
だが、俺はその理由がよく分からなかった。
俺としては、仲間であるジュリアを助けるなんて当たり前のことだし、別にこの人たちに感謝されるようなことはしていない。
当然のこととしてやっていることにここまで感謝されてしまうと、逆に違和感を感じてしまう。
そんな俺の気持ちを悟ったのか、バリー寮長は諭すように言葉を続ける。
「まあ、こいつらの気持ちは素直に受け取ってやりなよ。
黒妖精族っていうのは特殊な種族でね。
妖精族と対立してテュクレア大陸のこんな端に住んでる種族だから、他種族との交流もあまり無いんだ。
自分達の種族を人族が助けようとしてくれるというのが、こいつらにとってそれほど新鮮だったてことだよ」
そのバリー寮長の説明を受けて、俺はそういうことかと納得した。
つまり、黒妖精族であるジュリアを人族の王子である俺が助けようとしていることが嬉しいということなのだろう。
俺も親であるシリウスやレイラが他の種族の者に助けられていたら、その種族に対する印象が良くなるだろうし、その気持ちは分からなくもない。
黒妖精族達の行動にもそれなりの理由があるようだし、気持ちは受け取っておこう。
「さて、ここからが本題だ」
俺が黒妖精族達の行動に納得したところで、空気を切り替えるかのようにバリー寮長が呟いた。
バリー寮長の顔はいたって真剣で、それを見た俺達も自然と身が引き締まる。
「今、こいつらに話を聞いたんだけど。
どうやら、巨大樹の迷宮に黒妖精族の少女が白黒の服を着た奴らに連れてかれるのを目撃したみたいだね。
それで、その少女を奪還するために村の強い奴を集めて迷宮を攻略しようとしているって話だよ」
「なんですって!?」
バリー寮長の説明を聞いてすぐに叫んだのはサシャだった。
正直、俺も声には出さなかったがサシャと同じくらい驚いている。
黒妖精族の少女と白黒の服を着た奴らというのは、おそらくジュリアとスティッピン達のことだろう。
あんなに特徴的な服装をしている集団は他にいないと思うのでまず間違いない。
マリンは、スティッピン達が迷宮に潜伏していることはまず無いだろうから、巨大樹の迷宮があったら迂回するように提案していた。
しかし、まさかスティッピン達が迷宮の中に潜伏しているとは。
迷宮の中はモンスターが無限に湧く上に、罠が張り巡らされているので危険極まりない場所である。
そんな場所にジュリアを連れて行って何をするつもりなのだろうか。
頭の中に不安が巡り、ジュリアのことがより心配になってくる。
すると、今度はピグモンが口を開いた。
「今すぐ俺達も迷宮に行くぶひ!」
鼻を荒げながらそう叫ぶピグモン。
それを見てサシャもドリアンも大きく頷く。
どうやら、ジュリアを助けるためなら迷宮に潜む危険を顧みぬ覚悟は出来ているらしい。
それを見てバリー寮長は立ち上がった。
そして、俺達を威圧するように見下ろす。
「先に言っておくけどね。
迷宮というのは、本当に危険なんだ。
モンスターは強く、罠もたくさん張り巡らされている。
いくら私でも、あんた達を全員助けている余裕はないかもしれない。
下手をすれば、誰か死ぬ可能性だってある。
それでも行くかい?」
その俺達の勢いをつんざくような冷酷な言葉に、思わず息を飲む。
俺達がバリー寮長の威圧に気押され無言になる中、サシャが口を開いた。
「もちろん行きます!
ジュリアを助けるためなら、私は命を懸けます!」
バリー寮長を見上げながらそう叫ぶサシャ。
その言葉に迷いの色は一切見えない。
それを見てバリー寮長は頷く。
「どうやら、覚悟は出来ているようだね。
あんた達は大丈夫なのかい?」
そう言ってサシャの後ろで無言になっていた俺とピグモンとドリアンを見るバリー寮長。
「も、もちろんぶひ!
俺だってジュリアを助けるためなら命を懸ける覚悟は出来てるぶひ!」
「サシャさんが命を懸けるなら、俺だって命を懸けてサシャさんを守ります!」
そう叫ぶピグモンとドリアン。
それを見て頷きながら、バリー寮長は今度は俺の方を見る。
「俺は、ジュリアの母親のジャリーと別れるときに、ジュリアを俺が守ることを誓いました。
その誓いを守るために、俺も命を懸けてジュリアを助けに行きたいと思います!」
俺がそう叫ぶとバリー寮長は二ヤリと笑った。
「ふん、そうかい。
全員覚悟は出来ているみたいだね」
そう言うと、バリー寮長は巨大樹の迷宮の入口に向かって歩き出す。
「あんた達!
最初の隊列で私に付いてきな!
迷宮での動き方については歩きながら説明するよ!」
バリー寮長の叫びを聞いて、俺達は急ぎ足でバリー寮長について行く。
それを頭を下げながら見送る黒妖精族達。
俺達は巨大樹の迷宮へと挑むことになるのだった。