第百二話「青巨大蛇」
日が落ちて月が昇り始めた夜。
俺達は、大森林の中を歩いていた。
周りは見たこともないような大きな大木がそこら中に生えており、鳥や虫の鳴き声などがそこら中でこだましている。
薄暗い中、足元がおぼつかない道なき道を歩くのは中々に体力を使う。
サシャが光魔術で明かりを照らしてくれてはいるが、そこまで光の強さも強くないので遠くを見通すことはできない。
普通だったら迷子になってしまうというような状況の中、バリー寮長は休む様子もなくどんどん進んでいくので、俺達はそれに何とかついて行っているという状況だ。
隊列は、バリー寮長、ピグモン、俺、サシャ、ドリアンの順番。
これはバリー寮長が大森林に入る前に指定した隊列である。
バリー寮長は特に指定した理由は言わなかったが、実に理にかなった隊列だと個人的に思う。
バリー寮長は元S級冒険者ということで、こういった探索にも慣れているだろうから先頭なのは当然だ。
それから、二番目のピグモンは大斧を持っていて攻撃力があるから、前方に敵が出たときの壁役として置いているのだろう。
後方にサシャとドリアンを配置しているのは、二人とも魔術を使うからだろう。
特に、ドリアンは身体が大きく、近接戦闘能力も高いため、後ろから攻撃されてもサシャを守れるということで最後列に置いているのではないだろうか。
そう考えるとよく出来た隊列となっており、バリー寮長の経験の深さを物語っている。
「なんだか暗くて怖いですね……」
そう後ろからサシャが不安そうな声で俺に言う。
「はは!
大丈夫ですよ、サシャさん!
モンスターが来たら俺が全部ぶっ飛ばすんで!」
ドリアンはそう元気に言うと、片腕の力こぶを見せてくる。
それを見て少し笑みを浮かべるサシャ。
「ありがとう、ドリアン君。
よろしくね」
「はい、任せてください!」
そう言ってニッコリと笑うドリアン。
サシャに頼られて嬉しそうだな。
そういえば、今までサシャはドリアンに対して敬語だったのに、いつの間にかその敬語もとれて君付けで呼ぶようになったらしい。
サシャもある程度ドリアンを仲間として認めたということだろうか。
なんて思っていると、急に先頭にいるバリー寮長がこちらに向かって手のひらを向けてきた。
「止まりな」
バリー寮長のその低い声を聞いて、全員ピタリと歩を止める。
一体どうしたのかと思って前方を見ると、暗い大森林の中で光を放っている場所があった。
光を放っているのは、木々の周りに置かれた松明だった。
どうしてあんなところに松明が何本も焚かれているのだろうと思って木々をよく見ると、大きな木々の上には木造の家がたくさん建っていた。
木々の間には橋がいくつも掛けられていて、妖精族が数人行き来しているのが見える。
もしや妖精族の住処か?
大自然と共存するかのように建つその集落は、ある種幻想的にも見える。
感心するようにその集落を見上げていると。
「~~~・・・~!
・・・~~~~!?」
前方からこちらに向かって叫ぶ声が聞こえてきた。
俺は目線を下げて、声が聞こえた方に目をむけると。
そこには二人組の妖精族の男が立っていた。
男たちは、二人とも武器をこちらに向かって構えていた。
片方は槍を向け、もう片方は弓矢をこちらに向けている。
「おいおい、やろうってのか?」
そう言いながら、ドリアンは背中の大剣を抜いた。
前にいるピグモンも背中の大斧を構えて警戒態勢。
俺も二人の動きにつられて一応紫闇刀の柄に手をかけると。
それを見た妖精族の男たちの表情が一気に変わった。
明らかに威嚇するように睨みつけてくる妖精族の男たち。
ピリピリとした空気が流れる中、口を開いたのはバリー寮長だった。
「~~~・・・~!
・・~~~~!
・・?」
急にバリー寮長が聞きなれない言語で叫ぶものだから、俺達は皆驚きながらバリー寮長を見る。
バリー寮長の話す言語は、サシャがマリンの部下と話していた言葉に近いものを感じる。
おそらく妖精語なのだろう。
すると、妖精族の男たちは警戒を解かずに武器を構えながらも口を開く。
「~~~?」
「~・・~~~・」
「・・・~~~・?」
「~~・・~~~~・」
「・~~・~~~!
~・~~!」
「・~・」
バリー寮長と妖精族の男たちがしばらく問答を続けると。
急に何かに納得したように妖精族の男達は武器を下ろし、クルリと踵を返した。
俺達がその様子に唖然としていると、バリー寮長がこちらを振り返った。
「交渉したら、ここの通行を許可されたよ
本来、よそ者は妖精族の村に入れないんだけどね。
人命が懸かっていると言ったら許可してくれたよ。
妖精族も話が分かるやつらじゃないか」
ニヤリとした笑みを浮かべながら言うバリー寮長。
「ば、バリー寮長も妖精語を話せたんですね……」
俺が呆気にとられながらそう言うと。
「当たり前じゃないか。
あたしは元冒険者だからね。
妖精語だけじゃなく、獣人語も魔族語もユードリビア語も海人語も覚えてるよ。
各地を旅するなら言語は必須だからね」
特に自慢する様子もなく当然といったように言うバリー寮長。
この発言には全員呆気にとられた。
つまり、バリー寮長はイスナール語も合わせて六言語も扱えるということだ。
俺なんて二言語目を覚えるだけでも苦労していたというのに、凄すぎる。
冒険者だからと言っていたが、冒険者でもそんなに言語を習得してる者は少ないだろう。
流石、元S級冒険者だなと感心すると同時に、なぜこんな凄い人が大学で寮長をしていたのだろうかと余計に疑問が湧いてくるのだった。
しかし、バリー寮長は俺の疑問を余所に踵を返した。
「じゃあ、行くよ。
全員ここからは周囲警戒を崩さないように」
バリー寮長はそう言いながら、妖精族の集落の方へと歩を進める。
言いたいことはいくつかあったが、俺たちはひとまずバリー寮長の後を無言でついていくのだった。
ーーー
「ピグモンとエレインは青巨大蛇の側面から攻撃!
サシャとドリアンは後方から攻撃魔術で支援!
あとは私がやるよ!」
前方で大声でそう叫ぶバリー寮長。
俺達はその指示に従い動く。
前方に現れたモンスターは青色の巨大な大蛇。
全長百メートル以上あるのではないだろうかと思えるほどの巨大な蛇。
丁度、妖精族の集落を抜けたあたりで唐突に現れたのである。
急に現れた未知の敵に俺達は不意を突かれる形になってしまったが、バリー寮長の指示によって全員が即座に動くことが出来るようになった。
不意の攻撃にも冷静に対処と指示が出来るあたり、流石元S級冒険者である。
バリー寮長がパーティーにいてくれることにありがたさを感じつつ、俺は大蛇の側面に走って回り込む。
しかし、大蛇は俺の動きをすぐ感知したようだ。
大蛇は俺の方へと顔を向け、口を大きく開きながら、とてつもない速さで俺に対して顔を近づける。
おそらく、あの口の大きさなら俺の体なんて丸呑みだろう。
俺は全力で大蛇の攻撃を回避しようとするが、予想以上に大蛇の動きが俊敏だったこともあり間に合いそうにない。
絶体絶命か?
全身が危険信号を鳴らす中、身を守るように紫闇刀を構えると。
「火射矢!」
「氷結!」
あと数瞬後には丸呑みされそうだったそのとき、大蛇の側面から火の矢が放たれ大蛇の頭に直撃。
反射的に頭を上げて、俺から離れようとする。
だが、大蛇の逃げ足を封じるかのように腹部のあたりが凍らされ、地面と大蛇の腹部が氷でくっついている。
先ほどの叫び声で、この火の矢と氷がサシャとドリアンの魔術によるものだとすぐに理解した。
俺は二人のアシストに感謝しつつ、紫闇刀を振り上げる。
そして、逃げきれていない大蛇の首のあたりにジャンプしながら剣閃を放つ。
ビャアアァァァ!
森の中に大蛇の鳴き声が響き渡る。
大蛇は俺の一刀により首から血を流している。
しかし、傷は浅く致命傷には至ってい無い様だ。
すると、俺と反対側の側面にピンク色の人影が見えた。
「ぶひいぃぃ!」
追い打ちをかけるようにピグモンが大蛇の尻尾の辺りに大斧を振りかざした。
ビャアアアアァァァァァ!
今度は、俺が首を斬りつけた時よりも大きな鳴き声を上げながら暴れる大蛇。
よく見ると、ピグモンの大斧によって大蛇の尻尾の部分が切断されている。
これはチャンスだ。
大蛇は暴れてはいるものの、ドリアンの氷結によって動けなくなっている。
どうにかこのタイミングで致命傷を与えなければ。
そう思ったとき、叫び声が聞こえてきた。
「はあああああぁぁぁぁぁ!」
声が聞こえた方向を見ると、大蛇の頭上を飛んでいる人影が見える。
大きなリュックと筋肉が膨れ上がった大きな身体のシルエット。
バリー寮長だった。
バリー寮長は、その太い腕の筋肉をパンパンに膨らませながら、大蛇の頭に向かって拳を振り下ろす。
バゴオオオオン!
大蛇の頭に拳が当たった瞬間、とんでもない破裂音が森の中に鳴り響く。
それと同時に、大蛇は鳴き声もださずにグチャリと音をたてながら地面に崩れ落ちた。
俺は恐る恐る大蛇の頭を覗くと。
大蛇の頭があった場所には大穴が空いていて、大蛇の顔が無くなっていた。
俺はその様子に圧倒されていると。
「ふぅ。
案外蛇の頭は脆いもんだね」
バリー寮長は、拳に付着した大蛇の血液をハンカチで拭きながらそう呟くのだった。
ーーー
「お料理出来ましたよ~!」
元気な声で、焚火で暖を取る俺達に向かって声をかけてきたのはサシャだった。
俺達はその声に従ってサシャの方へと集まり、一人一人皿にスープをよそってもらう。
今回サシャが作ってくれたのは、大蛇の肉を煮込んだスープである。
普通なら蛇の臭みが取れずに不味い料理になってしまうであろうところを、サシャの料理技術によって美味しそうな臭いのするスープとなっている。
なぜ俺達が焚火を囲んで料理にありついているかというと。
バリー寮長が食料も手に入ったし一旦休憩しようと言うので、俺達は大蛇の死体の横で焚火を焚いて晩御飯をとることにしたのである。
実際、時間はかなり夜遅くなってきていてお腹も空いてきていた。
腹が減っては戦は出来ないので、ここらで晩食を取るのは良い判断だと思う。
とはいえ、こうしている間にジュリアが危険な目にあってしまうかもしれないと考えると居ても立っても居られない。
その考えは全員同じなようで急ぐようにしてスープを飲んでいると、バリー寮長が口を開いた。
「マリンに見せてもらった地図によると、丁度この辺りが妖精族と黒妖精族の居住区域の狭間なんだけど。
ジュリアもあの変な服を着たやつらも見つからないねえ」
スープを飲みながら、顔をしかめるようにして言うバリー寮長。
バリー寮長の言う通り、俺達はもうマリンが言っていた妖精族と黒妖精族の居住区域の狭間に入っている。
その証拠に、今倒した大蛇のような強いモンスターも出現している。
「そういえば、迷宮が近くにあるから強いモンスターが出るっていう話をマリンさんはしてましたけど、迷宮なんてどこにあるんでしょうね?」
俺がそう聞くと、バリー寮長は食事の手を止めて口を開いた。
「どこにあるかまでは分からないが、おそらくかなり近くにあると思うよ。
この青巨大蛇はB級モンスターの中で上位種に分類されるモンスターだ。
テュクレア大陸の大森林で出現するモンスターの平均ランクがCランクなことも考えると、青大蛇が現れたのは迷宮の影響の可能性が高いからね」
なるほど。
やはり、この大蛇の出現は迷宮の影響か。
迷宮周りは魔力が沢山集まるから出現するモンスターのレベルも高くなるというのは本当らしい。
そういえば、マリンは迷宮にスティッピンが潜伏しているはずもないし、迷宮があったら迂回するべきだと言っていた。
確かに、迷宮周りは強いモンスターが多いので、危険を回避するためにも迂回するのが得策のようにも思える。
ここは一旦この付近から離れるべきか?
と、そこまで思考が進んだところで焚火の前に薄っすらと黒い影が現れた。
そして、その影は段々と濃くなっていて俺の前で跪く。
「シュカか、どうした」
たき火の前に現れたのは黒装束を身に纏ったシュカだった。
いつものように背後に現れず、目の前に現れてくれたのでいつもより驚かずにすんだ。
サシャとピグモンとドリアンは、急に現れたシュカに驚いている様子だったが気にせずにシュカとの会話を試みる。
「ここより東に黒妖精族の一団がいるゆえ。
注意するでござる」
感情の起伏が見えない声でそう言うシュカ。
「近いのか?」
俺がそう聞くと、コクリと頷いた。
すると、バリー寮長が口を開いた。
「ああ、お前は前に私が寝ている間に第五寮の鍵を盗った子だね。
黒妖精族が近くにいるってのは本当かい?
何人くらいいるんだい?」
どうやら、バリー寮長はシュカが第五寮で俺の隣の部屋の鍵を盗んだことを知っていたらしい。
だが、今はそんなことはどうでもいいといった様子で質問攻めにするバリー寮長。
「二十ほどでござる。
何やら捜索をしている様子でござった」
と、今度はバリー寮長の方を見て言うシュカ。
シュカの答えを聞いて、バリー寮長は少し考えるような仕草を取る。
そして、バリー寮長は顔を上げた。
「エレイン。
食事が終わったら、すぐに東に行くよ」
俺はその言葉に驚いた。
「え!?
黒妖精族は危険な種族って話ですけど。
わざわざ近づく必要は無くないですか?」
俺がそう言うとバリー寮長はやれやれといった態度。
「危険な種族かどうかは会ってみなきゃ分からないだろう?
それに、何かを捜索しているというのが気になるから一度見ておきたい。
安心しな。
観察に行くだけだよ」
「は、はぁ……」
俺はバリー寮長のその言葉に不安を覚えたが、バリー寮長の方が年長者で経験も実力も上なだけに上手く丸め込まれるのだった。