第九十八話「ジュリアの行方」
「エレイン様。
足元に気をつけて下さいね」
サシャはそう言って、俺の手を持ってくれる。
後ろには、俺の手を羨ましそうに見つめるドリアン。
そんなドリアンを隣でピグモンが白い眼で見ている。
俺達は、マロンに誘導されてべネセクト城の地下へと降りていた。
前方にはランタンを持つマロンと大きなリュックを背負ったバリー寮長。
二人がべネセクト城の地下へと続く長い階段を黙々と降りて行くので、俺達は急いでついて行く。
地下へ行くにつれて明かりは無くなり、周りは暗闇に覆われていく。
マロンが持っているランタンの光だけが頼りである。
心なしか、サシャが俺の手を強く握っている気がする。
サシャは俺を心配するように俺の手を持ってくれたが、サシャもサシャで周りが暗くて不安なのだろう。
すると、先頭を行くマロンがこちらを振り返った。
「申し訳ありませんね。
神器を盗まれたりしたら困りますので、千里鏡はべネセクト城の地下深くに保管されているんです。
もう少ししたら着きますので、頑張ってついてきてくださいね」
そう言って、マロンは再び先を行く。
俺達もまたマロンについて行く。
ーーー
しばらく歩くと、ようやく大きな扉の前に辿りついた。
鉄で出来た頑丈そうな扉で、真ん中にはいくつか鍵穴が付いていた。
マロンは扉の前に立ち、懐から取り出した鍵束で、それぞれの鍵穴に鍵を差し込んでは開錠していく。
ガチャリ。
最後の鍵穴に差し込んだ鍵を回しきると、扉は大きな開錠音を鳴らした。
「それでは皆さん、お待たせいたしました。
こちらがべネセクト城地下、千里鏡保管庫でございます」
そう言いながらマロンは扉を開け、俺達を誘導するように部屋の中を指で指し示す。
意外なことに部屋の中は明るかった。
ここに来るまで真っ暗だったため、部屋の中も真っ暗なのかと思いきや、部屋の真ん中から強い光がこちらに向かって発光しているのが見える。
「なんだありゃ?」
ドリアンがそんな声をあげると、後ろからマロンが説明するように口を開きながら部屋に入ってきた。
「あれが、べネセクト王国が持つ神器『千里鏡』でございます」
マロンはそう言いながら、部屋の中にある燭台に火をつけていく。
段々と部屋全体が照らされていき、しっかり見えるようになってきた。
部屋の中は家具などが何もない石壁で囲まれた空間。
そして、部屋の真ん中には大きな鏡があった。
大柄のバリー寮長の身長を優に超すほど大きな鏡で、思わず見上げてしまう。
「お、大きな鏡ぶひ……」
後ろでピグモンとドリアンが手で目を覆いながら見上げている。
二人が手で目を覆っているのは、鏡が強い光をこちらに向かって放っているからだ。
一体、これは何の光だろうか?
すると、マロンが鏡が置かれた台座の前に行き、俺達の方を見ながら説明するように口を開いた。
「こちらがイスナール様の神器のうちの一つ、『千里鏡』になります。
どうぞ皆さん、こちらまで来ていただいてよろしいでしょうか?」
俺達は腕で顔を覆って光を遮るようにして、マロンがいる千里鏡のところまでゆっくりと近づく。
「あれ?」
千里鏡に近づくと、隣のサシャが首を傾けながらそんな声を上げる。
そして、俺もサシャと同様に鏡を見て違和感に気づいた。
「太陽だな……」
そう。
鏡には太陽が映っていたのである。
普通、鏡という物は目の前の物を左右対称にして映す。
今なら鏡の目の前にいる俺達や後ろの部屋の壁とかが本来映るはずなのだが、この大きな鏡には、どこかの岩場の風景が映っていたのである。
そして、上空には太陽が照っている。
先ほどからこちらに向かって放っていた光は、どうやら太陽だったらしい。
「これが、千里鏡の能力でございます」
俺が鏡の景色に驚いていると、マロンが説明を始めた。
「能力?」
「はい。
千里鏡は、見たい場所をどこでも見せてくれる鏡でございます。
この場所は、前回千里鏡を使った方の見た場所をそのまま映しています」
普通に説明してくれているが、やはりとてつもない能力である。
どういった手順で、見たい場所を映してくれるのだろうか。
すると、マロンが俺の方を見る。
「それでは、エレインさん。
鏡の前に立って、あなたの護衛を見つけたいという気持ちを込めながら鏡を見つめてもらってよろしいですか?」
「へ?
それだけでいいんですか?」
「はい、それだけです」
と、当然のように肯定するマロン。
隣でバリー寮長も俺に向かって頷いている。
どうやら、本当にそれだけでいいらしい。
俺は少し緊張しながらも鏡の前に立つ。
「エレインさん、目を瞑ってください。
そして、より鮮明に探したい相手を頭の中で想像するのです」
マロンの指示に従い、俺は目を瞑る。
そして、頭の中でジュリアの姿を想像する。
頭の中には、木刀で俺のことを散々痛めつけてくるジュリアが思い浮かぶ。
そういえば、最近は毎日朝の稽古でジュリアにボコボコにされていたっけ。
あいつ、ここのところ毎日修練頑張っていたからな。
ジェラルディアに色々言われて何かに気づいたみたいで、メキメキと剣の腕を上げていた。
俺の部下が強くなることは嬉しいことだ。
ジュリアは、これからどんどん強くなるときだったというのに。
一体誰がジュリアを誘拐したんだ。
ジュリアの顔を思い浮かべると同時に、まだ見ぬ敵に怒りが湧いてくる。
その瞬間。
「ジュリア!!!」
後ろからサシャの叫び声が聞こえて、ぱちりと目を開く。
すると、目の前の鏡に映る景色が先ほどとは変わっていた。
目の前の鏡に映っているのは、たくさんの緑だった。
この世界に生まれてからまだ一度も見たことがないような、背の高く葉がたくさん生い茂る木々が多く並ぶ大森林。
その樹齢何千年とありそうな、とんでもなく太くて大きな木々の根元にいくつか人影が映っていた。
何やら、左半身が白、右半身が黒の斬新なデザインの服装を身にまとった十人程度の集団が列を成して木の根元をゆっくりと歩いている。
そして、その列の中央部には見覚えのある少女がいた。
ジュリアである。
ジュリアに表情はなく、ボーッとしながら集団に合わせて歩いているように見える。
なんだか異様な光景だ。
「ここは……テュクレア大陸かい?」
そう呟いたのはバリー寮長だった。
そのバリー寮長の言葉に俺は納得した。
なぜなら、テュクレア大陸は大森林地帯だと昔に本で読んだことがあったからだ。
俺の想像していたテュクレア大陸の土地の感じが、正にこんな感じだったのである。
「なんで、ジュリアがテュクレア大陸にいるぶひか!?」
後ろで驚きながら叫ぶピグモン。
俺もピグモンと全く同じ気持ちである。
なぜ、ジュリアはテュクレア大陸にいるのだろうか。
あの白黒の恰好をした者達に拉致されたにしても、元々ジュリアはポルデクク大陸の砂浜にいたのに一日で海を越えているというのは移動しすぎである。
「船だろうね。
昨日の夜には、第五寮の裏にある港から船で出発したんじゃないかい?
海人族の力を借りれば、大美海くらいなら一晩で移動出来るだろうね。
そうじゃなきゃ、転移するくらいしか一日でポルデクク大陸からテュクレア大陸へ行く方法なんてないよ」
と、冷静に分析するバリー寮長。
なるほど。
確かに、ジュリアが元々いた場所は砂浜であるし、港は近かった。
砂浜で何らかの方法でジュリアを拉致して、そのまま港から船で出発すれば一日でテュクレア大陸にも行けるのかもしれない。
しかし、そうなるとかなり計画的にジュリアを誘拐したように思える。
船をわざわざ港に用意し、海人族の力を借りる交渉をしてまで誘拐したということだ。
ただでさえ強いジュリアをそう簡単に誘拐出来るはずないのに。
そうまでしてジュリアを誘拐した人物は一体誰なのだろうか。
「エレイン様」
俺が思考を進めていると、急に真後ろから声がした。
「あ、あなた、誰ですか!」
その声に反応するようにして叫ぶマロン。
そのマロンの反応は当然だった。
なぜなら、何もない空間に急に人が現れたからである。
「ああ、大丈夫です。
こいつはシュカといって、俺の護衛なので」
俺が庇う様にそう言うと、マロンは少し安心したような顔をするが、警戒はしている様子。
相変わらず、いきなり出てくるこの忍には困ったものだ。
若干呆れながらも、俺はシュカに聞く。
「で?
どうした、シュカ」
「あの鏡に見えている集団の先頭にいる者。
間違いなく、第一階級のスティッピン・エルモアゼル殿でござる」
「なんだって!?」
俺は声をあげながらも、すぐに鏡に映る集団の先頭の男を見る。
ボサボサ頭に無精髭の生えた不潔な男。
細身で不健康そうなその男は、右手に一冊の本を携えている。
あれがスティッピンか。
なぜ、ジュリアと一緒にいるのだろうか。
まさか、派閥への勧誘か?
それにしても、誘拐はやりすぎである。
「なんだい。
ジュリアを連れて行ったのは大学の生徒だってのかい」
シュカの言葉を聞いて、呆れたように言うバリー寮長。
「ええ。
ですが、目的が不明ですね。
ジュリアとスティッピンに関わりは全く無いはずなんですが……」
すると、再びシュカが口を開く。
「スティッピン殿は、魔術の実験のためにジュリア殿を誘拐した可能性が高いでござる」
「実験?」
俺がそう聞くとコクリと頷くシュカ。
「スティッピン殿は、昔から光魔術と闇魔術の研究に没頭していたでござる。
今も研究に没頭しているとすれば、ジュリア殿を誘拐した理由は自分の魔術の向上のためだと推測出来るでござる。
ゆえに、実験でござる」
なるほど。
スティッピンは、メイビスと同じように研究に没頭するタイプの人物だったのか。
「でも、ジュリアを誘拐する理由はなんだ?
別にジュリアは魔術は使えないぞ?」
俺がそう言うと、今度はドリアンが反応した。
「ジュリアは魔術を使えない?
あの転移する技は魔術じゃないんですかい?」
ドリアンは思った疑問をそのまま俺にぶつける。
確かに、言われてみればジュリアの影法師は魔術である。
ジャリーが言うには、正確には精霊と契約することで出すことが出来る精霊術といった話しではあったが。
元々呪文を唱えることで使える魔術を、精霊に魔力を大量に捧げることで呪文いらずの技となるだけなので、魔術と言っても差し障りないだろう。
俺がそうドリアンに返答する前にシュカが答える。
「それでござる。
ジュリア殿の影剣流は魔術ゆえ。
スティッピン殿はそれを狙ったのだと推測出来るでござる」
俺は、そのシュカの答えに妙に納得がいった。
今まで影剣流を狙う者に何度か会っているからである。
一度目は、メリカ王国を出てすぐのところで会った、光剣流の上級剣士。
あの男はジュリアが影剣流を使うと知るや否や、ジュリアを誘拐しようとしていたという。
二度目は、獣人族の王女ガラライカだ。
ガラライカはジュリアが影法師を使うのを見て、すぐに影剣流を教えたジャリーの居場所を聞き出してメリカ王国へと行ってしまった。
それほどに、影剣流というのは希少な技なのだろう。
俺も最初の頃は影剣流の技に驚いてはいたが、ジャリーやジュリアが当たり前のように毎日影剣流の技を放つので、いつしか慣れてしまっていた。
もっと影剣流が希少な技であることを理解し、ジュリアを一人にしないように配慮するべきだった。
頭の中で、俺がそう反省していると。
パンパンとバリー寮長が手を叩いた。
「まあ、ここで考えていても仕方ないよ。
場所は分かったんだ。
すぐにテュクレア大陸へと向かおうじゃないかい」
そう言いながら、バリー寮長は懐から転生鍵を取り出す。
どうやら、今すぐにでも転生鍵を使って転移するつもりのようだ。
「転移鍵を使ってもう行かれるのですね」
「ああ。
世話になったね。
べネセクト王国が良くしてくれたことはサラに良く伝えておくよ」
「お心遣いありがとうございます」
そんな社交辞令のような会話を軽くするマロンとバリー寮長。
マロンとの会話を終えると、バリー寮長は空中に転移鍵を差ながら口を開いた。
「ハーネス港まで」
バリー寮長がそう言いながら転移鍵をクルリと回すと、ガチャリと音が鳴る。
そして、空中の空間が切り裂かれ、大きな扉となって開く。
「よし、扉は出来たよ。
準備はいいかい?」
「は、はい!」
急な展開ではあるが、急いでジュリアの元に行きたい俺達にとってはバリー寮長の判断はありがたい。
俺達は、順番にバリー寮長が作った扉へと足を進めるのだった。
「お気を付けて、いってらっしゃいませ」
そんなマロンの見送る声が後ろから聞こえる。
ジュリアを見つけることに貢献してくれたマロンには感謝しかない。
そう心の中で思いながら、俺は時空の扉を抜けた。