プロローグ 夏の始まり
少女達の夏の冒険譚、最初の事件『怪異からのお使い』
此処に開幕します!
ジリジリとした熱気が、上からも下からも襲いかかってくる。
見上げれば、明るく澄んだ夏の空が広がっていて、憎らしいほど太陽が輝いている。
夏になればいつもの事だけど、熱い、凄く熱い。
「帽子、被ってくれば良かったな……」
思わず呟いて、塀に手をついた拍子に三つ編みにした栗色の髪、その左の一房が揺れ、黄色のボンボンがキラリと光を反射した。
Tシャツとキャミソールにキュロットスカート。全体的に可愛らしいけれど、動きやすそうな服装をしていても、汗が次々と流れて行く。
目を伏せた拍子に茶色の瞳が赤くなった様に見えるも、それは一瞬の事だった。
中性的な見た目をした彼女の名は、鳴星 遥香。立花小学校に通う小学五年生だ。
「あっつい……」
汗を拭って、遥香はため息を吐いた。
もう少し早い時間に家を出れば良かったと、若干、後悔しながら。
遥香がこの炎天下に外に出ている理由。それは、夏休みの自由研究のネタを探すためだ。
言うまでも無く立花小学校は夏休みに入っていた。そして、学生の宿命とも言えるもの、それは、いつもより多い宿題だ。
ドリルやらポスターやら、大抵の物はコツコツやっていれば終わるけれど、自由研究だけは早めにテーマか観察対象を決めなくては、夏休み中には終わらない。
故に遥香は夏休みが一週間ほど過ぎるまで悩んだが、これと言って思いつかず、困りに困った結果、学校の図書室にネタを探しに家を出たのだが……
夏の暑さをなめていた。
通学路の途中でへばってしまった、と、言うわけだ。
深くため息を吐いたその時、遥香の目の前が陰った。
「……? どうしたんだ? 嬢ちゃん」
声をかけられ、顔を上げると目の前に知らない男の人が立っていた。
ポニーテールにされた黒髪は彼のうなじを隠し、健康的な肌は不思議なほど焼けていない。白いTシャツに黒い長ズボンとシンプルなコーディネートも、顔が整っているおかげなのか、違和感も無く似合っている。
青味の強いエメラルドグリーンの瞳が不思議そうに、遥香を見ていた。
「……大丈夫、です」
「本当に?」
訝しげな顔をした男は遥香と視線を合わせる様に、しゃがみ込んだ。
伸びて来た手が遥香の額に触れ、首筋に移る。顔をしかめた男は、肩から下げていた鞄から保冷剤を取り出すと、遥香の首元に当てた。
突然感じた冷たさに声を上げると、男は面白そうに笑った。
立ち上がり、遥香の頭を撫でる。
「それ、やるよ」
「え……」
「じゃ、熱中症には気を付けろよ。嬢ちゃん」
言うだけ言って遥香の頭をもう一撫ですると、男は立ち上がり颯爽と去って行く。
ポカンと男の背中を見送っていた遥香の視界に一瞬、ノイズが走った。
男と並んでもう一人、着物姿の男が歩いていた。キラキラと輝く刃物にそっくりな色の髪をショートカットにした、鼠色の羽織を肩にかけている山吹色の着物姿の。
遥香の視線に気が付いたのか、立ち止まりこちらを振り返った。男はとても綺麗で、ひと際目を惹く紅と琥珀の瞳を細めて、形の良い唇に人差し指を当てて微笑む。
だが、それは瞬きをした後にはきれいさっぱり消えていた。
初めから居なかった様に。
「今の……何だ?」
暑さにやられて幻でも見たのだろうか?
首を傾げるも遥香に残されたのは保冷剤と、持った手にゆっくりと広がる冷たさだけだった。
今思えば、この不思議なお兄さんとの出会いから始まっていたんだろう。
オレが不思議なものと関わり、事件を追いかける日常が。まぁ、かなり後になってから気が付いたんだけど。
気が付く前は、この後の『図書室での出会い』からだと思っていたんだ。
こそっと話:もうこの時点で『桜咲町防衛隊日誌』とクロスオーバーしています。