第8話 恐ろしき鍛冶師
「到着。」
「無事にたどり着けたか!」
「よかったっす!」
「「「「助かった〜!!」」」」
カラノ山脈の麓から100m程離れた場所に降り立ってすぐにゴブリン達は安堵のため息をつく。
全く失礼な奴らである。
「失礼な反応だなお前ら!」
彼らの態度に思わず眉を潜めてしまう。
「折角人が『浮遊』と『飛翔』の魔術で連れてきてやったと言うのに!」
「確かに1日歩く距離を1時間しがみつくだけで移動できたのは良いが、お前の『飛翔』は最初酷かったからな」
11ー6ー2は額の汗を拭いながら答えてくる。そこまで心臓に悪かったか?
「魔術制御の練習はしたし、ドラゴンとの戦いもあって慣れたんだよ」
どうやら俺の『飛翔』の信用は地に落ちているらしい。『飛翔』なのに!
不毛な言い争いをしても仕方がないので、今後の事を考えようと、これから登らなくてはいけない山を見上げる。
「カラノ山脈も飛び越えれば速いんじゃないのか?」
「飛行する前にも言ったが、山頂はドラゴン達の住処だ。地道に低い部分を歩いて反対側に出るしか無い」
答えながらも11ー6ー2は軽い足取りで、歩き始める。
幸い安全なルートは知っているようで、ゴブリン達は迷わず歩いていくので、それについて行く事にする。
山肌はゴツゴツした岩に覆われているが、所々に雑草のような背の低い草が生え、それを大角山羊むしゃむしゃと食べている。
「進むに従って緑が増えてないか?」
「そうだな。山脈の南側は緑に覆われているからな」
しばらく何事もなく進んでいたのだが、ある程度緑が多くなってきた辺りで何かが近づいてくるのを練習兼索敵で発動させていた『風読』で感じ取った。
「何か来る!!」
「魔物か?」
この集団のリーダー格である11ー6ー2の声にも緊張が交じる。
「人間ではないな。背丈は3mくらい有る。でも2即歩行だ!」
言っている間に、件の生物が目の前に姿を表す。
「何だコイツ!!?」
眼前に現れたその生物を見て、思わず絶句してしまう。
それは1言で言えば巨人だった。3mはあろうという背丈と筋肉が盛り上がった体。しかし、それ以上に目を引くのはその容姿だ。
深緑色の皮膚。長く伸びた紫色の爪。耳まで裂けた口にずらりと並ぶ鋭い歯。そして何より目立つのが顔の中心よりやや上に存在する大きな1つの目。手には巨大なハンマーを持ち、衣類は腰蓑だけと言う、まさに化物という出で立ちの巨人だ!
「んん!?」
「ちぃ」
巨人の目がぎょろりと動いて俺達を見る。襲われた時のために、何時でも魔術が放てる様に準備する。 本当は先制攻撃したいが、相手が戦う意思がない場合は藪蛇になる。後の先を取ることにして、俺は緊張しながら身構える。
しかし巨人が発した言葉は予想外のものだった。
「おお〜!数字の爺さん所の若えのじゃねえか!?なんで人間と一緒にいるんだ?」
その化物の様な外見とは裏腹に気さくに声を掛けてくる1つめ巨人。
「久しぶりだなサイクロプス族の」
リーダーは肩の力を抜き、自然に挨拶する。
「知り合いか?」
「ああ!希、警戒しなくて良い。此方は俺達の集落と付き合いが有るサイクロプス族の青年だ」
「がぁははぁ。もう青年って歳じゃねえよ。おっさんで十分だ」
サイクロプス族の男は豪快に笑う。
「サイクロプス族とは昔、まだ俺達の群れがカラノ大森林で住んでいた頃に取引をしていた友人でな。俺達の群れが北の荒れ地に引っ越してからも時々挨拶に来るぐらいの付き合いは有る。」
「まあ、そう言うこったな。で、若えの、なんで人間と一緒にいるんだ?」
「ああ、それは…」
リーダーは今までの経緯をサイクロプスに説明する。
「なるほど、盗人退治に遠い所を態々ねえ!!」
「それで、玄吾って奴に付いて何か知りませんか?噂とかでも良いんで!」
とりあえずダメ元で訊いてみる。こうでもしないと、玄吾の情報が手に入らないからな。
「いや。すまねえが、訊いたことねえな」
やはり知らないらしい。まあ仕方ないか。
「しかし、そうかい。ドラゴンを倒したかい」
俺が若干落胆している傍らで、サイクロプス族は何やら考えている。
「やっぱりそれが良いな!」
サイクロプスはしばらく考えると、此方をギョロッとした目で見つめる。
「人間の若えの!名前は?」
「え!?希だ!」
突然訊かれて、一瞬驚いてしまったが、すぐに居住まいを正して名を名乗る。
「そうかい希ってのかい。じゃあ希、1つ提案が有るんだがよ」
「提案?」
「お前さんが倒したドラゴンの3分の1を俺らにくれねえか?その代わり残りの3分の2でお前さんの武器や防具を作ってやるし、余った材料はちゃんと処理してお前さんに返す。どうだ?」
「ええっと?」
思わぬ提案にどう判断していいか解らず、言葉に詰まる。
どう答えるのが正解だろうか!?
「サイクロプス族の。ドラゴンの素材3分の1はボッタクリすぎるだろ?」
俺が迷っているのを見て、リーダーが話にはいってくる。
「確かにそうだな。普通の人間の鍛冶屋に比べるとボッタクリもボッタクリ、空いた口が塞がらねえだろうさ。だが、俺達はそんだけの代金貰える腕が有ると自負してるぜ」
自信満々な様子でサイクロプス族の男性は答える。
「どうする希?確かに武器がアレばこの先有利になるし、サイクロプス族はドワーフ族に匹敵する鍛冶と工作の名手。ドラゴンの素材を加工してもらうのにこれ以上の鍛冶師は居ないだろう。だが、高すぎるのも事実だ」
リーダーに続けてサイクロプスも言う。
「まあ、どっちにするかはお前さん次第だ。すぐに結論を出さなくても良い。どうせカラノ大森林で狩りをするんだろ?その帰りに住処の洞窟に寄ってくれても良いぜ」
すぐに結論を出さなくて良いか。つまり良く考えた後でもいい返事が貰えるほど腕に自身が有るんだろう。さっきのリーダーの言葉から考えるに、それは間違いない。
「1つ確認なんだが?」
「ん?何だ?」
「魔具は作れるのか?」
魔具は 『魔術学 基礎入門』に書かれていた。1つの魔術が付与された道具である。
俺の質問にサイクロプス族の男性は首を傾げる。
「魔具か〜!どんな魔具かによるな!どんなのが欲しい?」
「大量の荷物を収納して持ち運べる魔具が欲しい」
今1番欲しい魔具がこれであった。玄吾を一瞬で捕まえられるような魔具を作れたらそれだが、そんな魔具や魔術は魔術本にも乗ってないので知らない。
道具に魔術が付与されることで魔具が出来るので基本魔術で出来ないことは魔具にも出来ない。
「なるほど闇属性だな。素材は『ウィンドドラゴン』だろ?ん〜」
しばらく考えた後サイクロプスはポンと手を叩く。
「確か前に食ったシャドーウルフの毛皮が残ってたから!」
暫く虚空を見て考えていたサイクロプス族の男性は此方に向き直る。
「素材を見ないと確かなことは言えないが出来るかもしれん」
「ドラゴン以外の素材とか要るのか?」
さっきの独り言を聴き、他の素材も必要だと思い尋ねてみる。
「貯めてある素材で足りるなら此方から出そう。その代わりドラゴンの3分の1はしっかり貰うぞ!」
「そういうことなら、お願いしたい」
ドラゴンの素材の値段が未だに具体的に分からないから、損か得かは言えないが、此処で武器や魔具を手に入れたらこれからが楽になりそうだ。
「よぅし、商談成立だ」
サイクロプスは嬉しそうに笑った後、俺に問いかける。
「で、どんなのが欲しい!?」
「とりあえず、さっき言った魔具と後は武器と防具だな!」
平和な現代日本で住んでいた俺が、咄嗟に思いついたのはそれだった。
「ふむ、お前は魔術師だな。なら杖は必須だろう。ドラゴンの素材なら魔力補助効果と魔力制御補助効果、階梯補正も掛けれるかもしれん」
「何かすごそうだな!!」
「1つ提案だがお前は風の魔術が使えるのだろう?」
「ああ。」
「なら風属性限定の補助にするか?ウィンドドラゴンの素材なら風属性と相性が良いし、全属性対応にしたら付けれる補助は2つが限度だろうが風限定にすれば3つか4つ、いや上手くいけば5つ付けれるかもしれん。」
「なるほど。確かに風の方が階梯が1個上だし、風をメインで使うか。分かったそうしてくれ。」
此方が了承の意味を込めて頷く。
「後は武器・剣か槍、それと防具だな。よし、俺達のねぐらに案内しよう。」
こうして俺とゴブリン一行はサイクロプス族のねぐらへ向かって歩き出した。