第3話 転移
「はぁ〜」
憎らしいほど澄み渡った空を見上げながら大きなため息をつく。
「どこだよ此処。」
見渡す限りの荒れ地が広がっており、俺以外は誰も居ない。ついでに言うと食べ物どころか水も無い。
悲報、異世界転移したら早速遭難の危機です。
「まあこうなるわな。冷静に考えて身一つだもんな」
一応リュックの中に包丁とソ○ジョイ、あと水は入れてきたが、この程度の装備では無いのと一緒だ。
「食料はソ○ジョイが大量に有るから暫く持つ。でも水はな」
持っている水はスポーツドリンクのペットボトルが1つだけ、2Lのペットボトルだが安心できる量ではない。
「とりあえず水を探そう。まずはそれだ」
水が有れば暫く生きられる。暫くはだが。
水を求めて荒れ地を歩き回っていると、ようやくこちらの生物とエンカウント出来た。ただし、人間ではない。
「ギギィ」
今、目の前には10人(匹?)程の緑色の小人が居る。
「どうにも現実味がないが、結構ピンチだったりするのか?」
小人たちは木の棒に尖った石を取り付けたお手製の槍を構えて、此方を睨みつけている。
「ギギギィ」
槍を構えたまま先頭の1匹がまた鳴く。
「どうするかな?」
こちらは1人で素手、一応リュックの中に包丁は有るが、即座に取り出すことは出来ない。対する小人は10人である。身長が120〜130程度とは言え、粗末だが槍が有るのは大きいだろう。
「まず勝てないよな」
どうやって逃げるか考えていると、小人たちををかき分けて、杖をつきながらシワシワの顔をした1人が前に出る。
「人間の方、こんな所で何をしておいでかな?」
「喋った?」
「そこまで驚かれずとも」
「イヤイヤ、喋れたなら、なんでさっきまで喋らなかったんだよ」
「そこのものはあなたに話しかけていましたよ。たださっきまで通じなかっただけ」
「その通りです」
さっきまで俺に槍を向けて『ギィギィ』鳴いてた個体も喋りだす。
「先程までは、お互いに言語が理解できませんでしたからな。今はワシが翻訳の魔術を掛けております」
翻訳の『魔術』と言う言葉に少し引っかかりを覚えたが、黙って続きを聞く。
「して、話を戻しますが、この先には我らゴブリンの集落しかありません。生物が住むことも難しい。人間のあなたがこんな所に何用ですかな?」
「あ〜実はな」
とりあえずコレまでの経緯と目的をゴブリンの老人に説明する。ついでに玄吾について心当たりが無いかも尋ねる。
「ふむ」
こちらの事情をすべて聴き終えると、老人ゴブリンは考え込む。
「我々はこの荒野でずっと生活していますが、人間が来ることは滅多にありません。特に異世界から転移してきた者など、貴方が始めてですよ」
「そうかぁ〜」
思わずため息が漏れる。
「まあ、転移したからと言って同じ場所に着くとは限りませんし、我らも別にこの荒れ地を監視している訳ではございません。此処で情報を得られなかったからと言って落ち込むことではないでしょう」
慰めるように言った後、老人ゴブリンは何か思いついたように此方を見る。
「まあ、立ち話も何ですしな。我らの集落へご案内しましょう」
「な、村長」
「何だ?」
「人間を集落へ入れるなど、反対です。コイツラは我らを殺そうとする」
槍を持つゴブリン達が声を上げる。
「しかし、こんな所に置き去りにすれば、人間は餓死してしまう」
「我らの知ったことじゃない」
槍を持ったゴブリンは凄い剣幕で反対する。
「魔術師がこんな所で死ねば十中八九高位のアンデッドになる。それに襲われる方が厄介だろう」
その後も何匹か反対意見を出すが、村長と呼ばれた老人ゴブリンはその全てを論破してしまう。
「お待たせしましたな。では参りましょう」
「ああ」
他に当てもないので、とりあえず彼等に追て行くことにする。どうにかして水だけはゲットしないといけないし。
それからしばらく歩き、ゴブリンの集落へやって来た。道中槍を持ったゴブリン達にはひどく警戒されていたが、とりあえず何事も無く、集落へたどり着くことが出来た。そして集落を見て驚く。
「これが集落?」
「いやあ、お恥ずかしい」
ゴブリン達の集落は、荒れ地の中にある崖。その壁面に空いた大きな洞窟と、その周辺に置かれた穴の空いた大きな岩が乱立する場所だった。
「ひょっとして、あの岩が家?」
「はい。元は見つけた洞窟の中だけで暮らしていたのですが、数が増えましたので、岩を持ってきて穴を開け、簡易の住居としました」
「よくこんな場所で生きていけるな」
「はは、人間の方にはそう思われるでしょうな。我らは生命力が強く、何でも食べますので」
そう言って村長は俺を洞窟の中へ招き入れる。中では小さなゴブリンやメスっぽいゴブリンがきのこや苔を食べていた。俺に気づいたメスたちはギョッとした顔をして子ども達を抱きかかえて奥へ入っていく。この反応だけで彼等が人間をどう思っているか分かる。
一方子ども達は、メスに抱き上げられながらも俺に向かって手を振ってくれた。珍しいものを見るように此方を見てくるが、その視線に嫌悪感や敵意がないことから人間に何かされたことはないのだろう。
「いや、申し訳ない」
村長が気まずそうに謝る。
「人間が嫌いなんだな」
俺もそこまで鈍くはない。槍を持ったゴブリン達の反応や、この集落へ着てからのゴブリン達の反応でそれはよく分かる。
「まあ、あなた達人間は、我らゴブリンを害虫のように扱いますからな」
「そうなのか?」
村長のこの言葉には少し驚いた。確かにゴブリンはRPGやファンタジーではお約束のザコ敵である。しかし、そういった創作物のモンスターと違い、この村長たちは会話が出来るのだ。見た目も肌は緑だが、小さな人と言った感じで嫌悪感を持つような外見ではない。人間が彼等を害虫の様に扱うと言う言葉にどうも納得できなかったのだが。
「やはり、あなたは他の人間と違って、大分常識が抜けているご様子。異世界から来たというお話は本当のようだ」
村長は納得したようにゆっくりと頷いた後、再び口を開く。
「以前の世界ではゴブリンは居ませんでしたか?」
「俺が住んでた場所は日本という国の東京と言う所だが、ゴブリンはおとぎ話の中の存在で実際に見たことは無かったな」
「そうですか。なるほど。申し訳ありませんが、他にも幾つかお聞きしても?」
「ああ。」
その後も村長から幾つかの国名や地名などを知っているかどうか訊かれ、魔法についても訊かれた。しかし、どれもこれも初耳であり、知っていることは1つもなかった。
「ふむ。此処とは大分常識の違う世界だった様ですな。そして此方の情報も何もない」
「その通りなんだよな」
痛い所を突かれて俺は頭を掻く。実際見切り転移であったことは否定できない。
「それで、これから如何されるおつもりで?」
「とりあえず、玄吾を捕まえて、宝を取り戻して帰ることが目標だが、どうするかな?」
俺は眉をひそめた。正直、何からやれば良いのか、全く思い浮かばないのである。
「最終目標はそれで良いとして、まずは食料の確保でしょうな。我らゴブリンと違い、貴方方人間は苔を食べないようですから。きのこは微妙ですか?」
村長は空中を見ながら呟く。
「確かに苔は食べないな。きのこも洞窟に生えるようなきのこは大丈夫なのか?」
きのこは普通湿気た倒木などに生えるものが多い。苔などに生えているものも有るがそれはほぼ毒キノコである。
「ああ、そこは大丈夫です。洞窟内に置いてある丸太に生えたものなので。これです」
村長が取り出したきのこは椎茸とエリンギだった。もっと毒々しいものが出てくると思っていたが、思いの外まともな物が出てきて驚きを隠せない。
ひょっとしたら違う種類かもしれないと恐る恐る椎茸を手に取り、矛盾に気づく。
「なあ、周りは草木が育たない乾燥した荒れ地が広がってるだろ。栽培のために使った丸太はどっから持ってきたんだ?」
「ああそれは、此処から南へ2日程歩いた所に人間たちがカラノ山脈と呼ぶ山脈がありまして、その山脈を超えるとカラノ大森林と呼ばれる大きな森があります。丸太も槍や薪に使う木材もそこから持ってきます」
「なるほど。そう言えば、この辺りの地理って解るのか?」
「ええ、大雑把には。お教えしましょうか?」
「頼む」
こうして村長は忍に近隣の地理について話してくれた。ゴブリンと言うことであまり詳細は知らなかったが大雑把に理解している様で、簡単な地図は描けるらしい。
「つまりまとめると、俺達が今居るのは大陸にくっついてるドーン半島の北部。
南へ2日程歩くとカラノ山脈があり、その山脈を超えると半島中部。
半島中部はカラノ大森林とカラノ平原がある。
カラノ大森林のは大雑把に言うと楕円形になっており、中央に魔物たちが密集した魔物の領域。通称魔境がある。魔境以外の場所も猛獣や少ないが魔物も居り、奥へ進むほど危険。
カラノ平原には人間の国が10個程有る。ただし、古い情報なので増えるか減るかしている可能性あり。
カラノ平原を超えた先にはバル湿地帯があり、此処から南部。
南部には都市国家が多数あり、半島外との貿易が盛ん。
一方俺達の居る場所から北へ10日程歩くと大陸と半島の付け根であるドーン大山脈にたどり着く。その先には大陸が広がっており、人間の国が多数有るはずだが、ドーン大山脈を超えることは出来ないので詳細不明。こんなところか?」
聞いた話を整理して村長に確認を取る。
「ええ、そうですな。付け加えるなら半島南部の都市国家は海上貿易で大陸の国と付き合いが有るはずですから詳しいかと」
「村長たちは元々はカラノ大森林に住んでたんだっけ?」
「ええ、とは言っても3代前の話ですので私が住んでいたわけではありませんが」
「此処まで逃げてきたんだろ。そんなに危険なの?」
「それはもう。中央の魔境にいる魔物には何百名でかかろうとゴブリンでは手も足も出ませんし、魔境を出ても、深層域には魔物も凶悪な猛獣も多く、まだ安全だった外縁部では狼やイノシシ、鹿やポイズンウルフ、ゴブリン、ホーンラビットで溢れかえっておりまして、生存競争に勝てず、逃げ出した次第で」
村長が自嘲気味に笑った。
「村長達以外のゴブリンも逃げてきたのか?」
「そうですね。髪ゴブリンは大体。角ゴブリンは今もあの大森林に居ますよ」
「髪ゴブリンと角ゴブリン?」
「はい。髪ゴブリンとは我らのように角が無く、髪が生えているゴブリンのことです。一方角ゴブリンは額に小さな角が2本生えており、髪が無い者たちです。翻訳魔術を使っても言語は通じず、非常に好戦的で群れの仲間でなければ同じ角ゴブリンでも襲います。髪ゴブリンなら尚更です」
村長は疲れたように笑う。実際に襲われたことが有るのだろう。
「(なるほど、ゴブリンでも話が通じない奴らも居るのか。注意しないといきなり襲われることも有るな)」
「とりあえず話を聞く限り、人里に行くにはカラノ山脈とカラノ大森林を超えてくしか無いのか?」
とにかく人里に着かないと玄吾の情報も探れない。その前にこんな所に居るとそのうち餓死する。
「そうですな。注意点としては、カラノ大森林は遠回りになりますが外縁部を進むことくらいですか。これでも魔物や猛獣には遭遇しますが、魔境を通るよりはずっとマシでしょう」
話をしてから眉根を寄せる。強い魔物を回避する方法はあるとして、弱い魔物や猛獣でも一般人である俺には脅威だ。カラノ大森林の外縁部を進んだ所で人里につく前に死ぬのは目に見えている。
「猛獣に遭遇した時点で死ぬと思うんだけど」
「そうでしょうな。しかし、魔術が使えれば話は変わってきます」
村長が真剣な目で此方を見つめながら言った。
「あなたには魔術師の才能がお有りだ。私は簡単なことしか教えられませんが、試しに練習してみませんか?」
村長の提案に俺は目を見張った。