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第2話 隠された才能と仕事の依頼

 血と汗と砂埃が付き、べたつく肌に張り付く髪を無造作にかき上げて少女は走り続ける。


「ギャァァ」


「ギシィィィィ」


「邪魔。退け」


 先に進むことを妨害しようと襲い掛かってくる異形を切り伏せ、少女は歩みを進める。


 そして、ついに目的の場所へ到着する。


「見つけたわよ玄吾」


「よく此処が解ったな。火宮灯理。でもお前一人か?他の奴が来るのを待ってから突入すべきだろう?軽率な判断は寿命を縮めるぜ。特に俺達陰陽師はな」


 玄吾と呼ばれた男は侮るような笑みを浮かべて、余裕の態度を崩さない。


「アンタなんか私1人で十分って事よ。て言うかアンタが陰陽師を名乗るな。この裏切り者」


「裏切りもね。果たしてどっちが裏切り者だ?俺が陰陽寮を裏切ったのか?それとも」


 男の表情から笑みが消えていき、憤怒の形相を作る。


「陰陽寮が俺を裏切ったのか。あ?」


「被害妄想も甚だしわね。上は常に公正に各人の功績を評価しているわ。貴方が評価されなかったのは貴方のやり方と思想があまりにも危険すぎたからよ」


「ははは。流石は純粋培養された五大守護家のお嬢様。口を開けばキレイ事ばかりだな」


 男の周りに砂が集まり始める。


「苦労したこともねえ世間知らずのお嬢様が、上がどんだけ汚えかも知らないで偉そうなことほざいてんじゃねえ。虫唾が走る」


 砂を固めた弾丸が少女に向かって無数に発射される。


「こんなもの」


 少女が手を振ると、彼女の手前の地面から炎が上がり、壁の様に成る。


「そんなもんで防げるか」


「なっ!この」


 砂の弾丸は炎の壁を貫き、物凄い速度で少女に迫る。


 少女は手に持った日本刀で撃ち落とそうとするが、いかんせん数が多すぎた。


「がふ、あぐぅ」


 全身に砂の弾丸を受けた少女は弾き飛ばされ、そのまま地面に這いつくばる。


「はは、いい気味だな。そうだな上への仕返しも兼ねて、この場でテメエを犯してから殺してやろうか?そうすりゃ他人のことなんぞ考えない、利権への欲と自己保身に固まったあの老害達も、少しは俺の怒りを理解するだろう」


 男は少女の頭を踏みつけて続ける。


「ぐちゃぐちゃになったテメエの死体は後から来るお仲間たちに返しといてやるよ。そうすりゃちゃあ〜んと報告してくれるはずだぜ。上の爺様方の保身のために必死に戦ったてな」


「い、言わせておけば。やってみなさいよ。ここで私相手に勝ち誇ったって、アンタの未来には破滅しか無い」


「あ?」


「7つもの宝具を盗んだアンタは陰陽師だけじゃない、日本中の異能者を敵に回したのよ。せいぜい今の内に有頂天になっておきなさい」


 少女の言葉を聴き、男は一層笑みを深める。


「日本中の異能者を敵に回した?必ず報いを受ける?ははは、おもしれえ。神薙刈?十二士?その他の古臭い旧家ども。ドイツもコイツも俺を倒すことなんて出来ねえぜ。いや、俺の所に、たどり着くことさえ出来なくなる」


「そう上手く行くもんか」


 少女は痛みに悲鳴を上げる体に喝を入れ、無理やり動かすと、手に持っている刀で、自分の頭に乗せられている男の足を切り落とそうと試みる。


「おっと危ねえ」


 男は少女の行動に気づいて刀を交わすと、飛び退いて距離を取る。


「油断のスキもねえな」


「はあはあ。惜しい」


 少女は刀を杖にして立ち上がり男と再び対峙する。


「もうちょいおしとやかになれよ。はは」


 男は笑いながら懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。


「おっと、このままテメエを嬲ってやりたいのは山々だが、時間が来ちまった」


「時間?何を?」


「こういうことだ」


 男が地面を軽く2回蹴ると男の影が広がり、その広がった影の領域から巨大な岩の塊が浮き出てきた。


「なっ!これが?」


「そう。コレが 天ノ磐船だ。出航時間に遅れちまうんでな。お遊びはまた今度におあずけだ」


「待て」


「はっ」


「あぐぅ」


 男は駆け寄る少女に再び砂の弾丸を放ち、彼女を吹き飛ばす。


「上の老害どもに伝えておけ。しばらくしたら異世界の魔物軍団を引き連れてお礼参りに行くってよ」


「そんなことさせるか」


「追ってきたければ追ってきて良いぜ。天ノ磐船無しで次元間のエネルギーに耐えきれるんならな」


 男は岩の塊に開いた、丁度人1人が通れるくらいの穴に入っていく。


 そして、岩の塊の前方の空間に大きな穴が開くと、岩の塊はその穴に吸い込まれるように入っていった。


ーーーーー


 日曜日の朝、休日出勤は無し。常日頃こき使われてボロ雑巾の様になっているサラリーマンからすれば、こんな素晴らしい日は昼過ぎくらいまで寝ていたい心境だ。

 しかしそうう訳にはいかない。なぜなら。


「コンコン。ク〜ン」


 先程から小狐『くう』の悲しそうな鳴き声が聞こえているからだ。クイクイ布団も引っ張ってくるし、早く起きて欲しいのだろう。


「んん〜。ふわぁ〜」


 意を決して布団から這い出ると、伸びをしながら大きく息を吸って酸素を体に取り入れ、脳を働かせる。


「おはよう。くう」


「コン」


 俺の挨拶に鳴き声で返してくれるくう。


「コン〜」


 しかしすぐに目を伏せて悲しそうな鳴き声を出す。


「ん?どうした?」


「コ〜ン。コン」


 くうは尻尾を立てると火で文字を作る。『お・な・か・す・い・た』と。


「ああ、飯か?」


「コン」


 くうはその通り、と頷く。


「今何時だ?」


 時計を見てみると午前9時。そりゃあ腹も減るだろう。逆にこの時間までよく我慢したほうだ。


「ちょっと待ってろよ」


「コン」


 頷くくうから離れてキッチンへ行き、冷蔵庫の中をチェックする。


 うん。くうに食べられそうなのは、昨日と同じ牛乳くらいだろう。何も準備してないのだから当たり前だ。


「しゃあねえか」


 俺は温めて牛乳を空の容器に注ぎ、くうの所に持っていく。


「コ〜ン」


 くうは嬉しそうに尻尾を振ると、容器の中の牛乳の飲み始める。


「美味いか?」


「コン」


 くうは元気良く頷く。


「昨日と同じ物で悪いな」


「コ〜ン」


 『気にしないで』とばかりに首を左右に振るくう。本当に賢い奴だ。


「俺もなんか食うか」


 棚からソ○ジョイを取り出し、牛乳を飲みながら食べる。最近の朝食はだいたいコレだ。


「食ったらお前の飼い主に連絡しないとな」


「コン」


 くうと一緒に飯を食い終わった後、スマフォを取り出していざ電話をかけようとした所で、途端に不安になってくる。


「なあくう」


「コン?」


 俺の呼びかけにくうは『何?』と首を傾げる。


「お前の主ってまさか魔女とかか?人間を頭からバリバリ食ったり、薬の材料にしたり、生贄に捧げたりしないか?」


「コン〜!コンコン」


 俺の問いかけを聴いたくうはドン引いた様に後ずさった後、すごい勢いで首を横に振る。


「違うのか。なら良いけど、お前の飼い主ってどんな人なんだ?」


「コン?コン」


 再び尻尾の火で文字を作っていくくう。


「え〜とナニナニ。『お・ん・み・よ・う・じ』おんみようじ?陰陽師か?」


「コン」


 『そうだよ〜』と頷くくう。


「それならまあ安心か?」


 確か魔を祓う側だったはずだしな陰陽師。


 俺はメモの番号に電話を掛ける。


「プルルル。プルルル」


「出ねえな」


「コン」


 冷静に考えて、昨今のケイタイ事情じゃ、知らない番号から電話が掛かってきたらセールスや不審な電話だと思って出ないよな。


「どうするかな?」


「コン〜」


 出てくれそうにないなと思い始めていた時、電話が繋がる。


「もしもし。火宮ですが?どちら様でしょう?」


 可愛らしい女性の声が聞こえてきて一瞬面くらい、言葉が出てこない。高校は工業高専だったし、大学も工業系だったので、クラスメートは男子だばかり、女性と話した経験なんて中学校以来殆ど無い。緊張しても仕方ないだろう。


「もしもし、聞こえてますか?間違い電話かな?」


 相手が電話を切りそうな雰囲気を察してなんとか声を出す。


「もしもし、すいません聞こえてます」


「もしもし、ああ良かった。ちゃんと聞こえてるんですね。どちら様ですか?」


「はじめまして小鳥遊と言います」


「小鳥遊さんですか?どういったご用件でしょう?」


 少女の声に不思議そうな響きが有る。まあ、いきなり知らない相手から電話が掛かって来たら当然か?


「実は貴方の使い魔の『くう』ちゃんを預かっていまして、お返ししたいので連絡させて頂きました」


「どういうことですか?」


 少女の声に先程までと違う剣呑な響きに変わる。


「いえ、ですから」


「貴方は何者ですか?玄吾の仲間ですか?」


「え?」


 俺の言葉を遮っていきなり怒りを含んだ声で質問されて、ついすっとんきょんな声が出てしまう。


「空を攫ったことをこちらに伝えて何が目的ですか?」


 拙い。なんかすごい誤解されてる。


「違いますよ」


「違う?何が?」


「ですから。俺はただ弱っていたくうちゃんを偶々見つけたんで保護しただけで」


「なるほど。はぐれの術師が戦闘後に弱っていた空を偶然見つけて捕獲したということですか。では目的はお金ですか?」


 なんかまだまだ誤解されてる。


「違います。一般人です一般人。普通のサラリーマンですよ」


「一般人な訳無いでしょう。どうして一般人が使い魔なんて知ってるんですか?私のスマフォの番号が分かったのもおかしいでしょ」


「くうちゃんが教えてくれたんですよ」


「嘘つかないで下さい。人間の言葉を話せない空がどうやって一般人に教えるっていうんですか?それともなんですか?貴方は動物の言葉が解るとでも言い出すんですか?」


「筆談ですって」


「筆談?狐の空がどうやってペンを持つっていうんですか?つくならもうちょっとマシな嘘をついてください」


「本当ですって。ペンで書いたんじゃなくて、尻尾から出る火を文字の形にしてくれたんですって」


 相手が黙り、少しの間沈黙が続く。


「あの?」


 その沈黙に耐えられず、俺が声を出そうとすると


「もし、その話が本当なら貴方の居場所を私に教えて下さい。すぐに引き取りに行きます」


「解りました。ええ〜と」


 俺はアパートの住所と名前、それから部屋番号を伝える。


「解りました。そちらへ向かいますので少し待っていて下さい」


 相手の言葉と同時に電話が切られる。


「とりあえず迎えに来てくれるみたいだぞ」


「コン」


 それから暫くくうとゴムボールを使って遊んでいると部屋のインターホンが鳴る。


「お、来たみたいだな」


「コン」


「はいはい」


 鳴り続ける呼び出し音に返事をしながら扉を開けると、そこには可愛らしい少女が立っていた。しかし、その容姿よりも先に目が行くのは、頭や腕に巻かれた痛々しい包帯だ。中2病患者特有のアレということはない。血が滲んでいる。


「小鳥遊さんですか?」


「はい」


「本当に此処にいらっしゃたんですね」


「はい?」


 頷きながら首を傾げる。一体どういう意味だろう。住所を教えたのだから居るのは当たり前なんだが?


「解ってないみたいですね。はぐれの術者なら火宮の人間である私に潜伏先を教えたりしませんよ。とりあえず貴方が一般人だというお話、信じます。

 改めまして先程は失礼しました。火宮灯理です」


 そう言って、少女は頭を下げた。


 うん。誤解が解けて何よりだ。でもとりあえず…


「中に入ってもらえますか?」


「え?いえ此処で空を渡してもらえれば?」


「お願いしますから」


「はあ?」


 俺の勢いに押されたのか?少女は首を傾げながら中に入る。


 俺は急いで扉を閉める。こんな痛々しい格好の美少女と玄関先でずっと話していたら、近所でどんな噂に成るか解ったもんじゃない。最悪通報される。


「別に外で良かったのでは?」


「貴方みたいな人と玄関で話してたら他人の目にどんなふうに映るか判りませんから」


 少女は解って無さそうに首を傾げる。


「性犯罪とかと誤解されると困るので」


「ああ、なるほど」


 ようやく分かったのか、少女の顔に納得の色が浮かぶ。


「でも私、貴方が襲い掛かってきても勝てますよ?連れ込んでも意味ないような?」


 前言撤回ヤッパリ全然分かってなかった。


「しませんよ。他人からどう見えるかの問題です」


「は、はあ?」


 分かって無さそうだが、これ以上続けても不毛な会話だ。


「ともかく、くうちゃんの事ですけど」


「そうです。空は無事ですか?」


「ええ、こっちです」


 俺は部屋の中に少女を招き入れる。


「コンコン」


「あ!空」


 少女の姿を見た瞬間くうが駆け寄る。


「良かった元気そうで。心配したんだから」


「コンコン」


 くうは尻尾の火で『ごめんね。ありがとう』と文字を作る。


「空、いつの間にそんなこと覚えたの?」


「コン」


 くうは尻尾で俺の方を指す。


「貴方が教えてくれたんですか?」


「いえ、筆談なら言いたいこと解るのにって言ったら普通にやったから、もとから出来たんだと思いますけど?」


「え?そうなの空?」


「コン」


 驚く少女にくうは頷きで返す。


「そんなこと出来たんだ。私主なのにまだまだ知らないこと多かったんだな」


「コン〜」


 少し落ち込む少女を励ますようにくうが体を擦り付ける。


「ありがとう空。さてと、空を助けてくれてありがとうございます。小鳥遊さん」


 少女は丁寧に頭を下げる。


「い、いやそんな、大したことはしてないんで」


「いえ、本当に助かりました。それで、申し上げにくいのですが」


 少女が伏し目がちに成って言葉を切る。


「な、何ですか?」


「貴方の記憶を消させていただきます」


「え?」


 放たれた言葉に理解が追いつかず、俺はすっとんきょんな声を上げる。


「申し訳ないとは思っています。ですが一般人に異能者や異形の存在を教えてはいけないのは古くからの掟です。万が一、偶然知ってしまった人がいた場合は記憶を消去の措置を取ることは日本政府が定め、陰陽寮と 神薙刈の規則にもあります。申し訳ありませんが」


 そう言うと少女は俺に人差し指を向ける。その先に光で描かれた文様のようなものが浮かび上がる。


「ちょっと待ってくれ。記憶を消すって」


 俺は両手を前に突き出して後ずさる。


「ああ、安心して下さい。記憶を消すと言っても、全ての記憶を消して廃人のようにするわけではありません。昨日空に遭ってから今までの記憶が消えるだけです。術式を掛けた後で目覚めたら昨日お酒を飲みすぎたから記憶が飛んだとでも思うはずですよ」


「いや、ちょっと待って」


 俺の言葉は聴かれること無く、光が大きくなり、俺を包み込んだ。


「ふう。記憶消去完了。本当にありがとうございました。そしてすみませんでした」


 申し訳無さそうに頭を下げる少女。一方俺は反応に困っていた。だって普通に覚えてるから。


「あの?」


「え?普通記憶消去を受けると暫く気絶するはずなのにもう目が覚めたんですか?どうしよう?ええ〜とあなたの部屋に不法侵入してますけど、私は怪しいものではなくてですね」


 わたわたしながら言い訳を始める少女。多分俺の記憶が消えたと思っているのだろう。


「いや覚えてるから、分かってるぞ。火宮灯理」


「え?」


 名前まで呼ばれて少女は絶句する。


「そんななんで?はっ、ヤッパリ貴方術者だったんですか?自分の術で記憶消去を防いで」


「違うよ俺は何もしてない」


 また誤解が起こりそうだったのでそこはしっかり否定しておく。


「確かに、貴方から術式の気配は感じなかった。てことは術を失敗しちゃった。また?」


 今度はなんか落ち込み始めた。


「しょうがないもう1回」


「てちょっと待て」


 止める間もなく、再び光りに包まれる。


「今度こそ」


 期待を込めてこちらを見る少女。しかし……


「火宮灯理」


「なっ」


 覚えているという意味を込めて名前を呼ぶと絶句された。


「そ、そんな馬鹿な」


 それから何度か少女は俺に光を当てるが、一向に記憶が消える気配はない。


「ど、どうして、こんな事って」


 とうとう少女は崩れ落ちて、落ち込み始める。


「ど、どうしよう。こんな事今まで無かったのに、誰かに相談しようかな?でも誰に?水月さん?駄目だ絶対怒られる」


 少女が頭を抱えていると、『プルルルル』と彼女のスマフォが鳴り始める。


「誰よこんな時に、げっ、水月さん」


 スマフォの画面を見て美少女に似つかわしくない声を上げた。よっぽど嫌な相手からの電話なのだろうか?


「も、もしもし?」


「ああ、灯理。貴方今何処に居るの?玄吾の件で陰陽寮は大童なのよ。何処で油を売ってるか知らないけど、早く帰って来なさい」


 スマフォから鈴の音の様な綺麗な声が聞こえる。どうやら電話の相手は女性のようだ。会話からして同僚だろうか?


「あの〜水月さん。お聴きしたいことが有るんですけど?」


「何?この大変な時に」


「一般人に記憶消去が効かない場合って有るんですか?」


「藪から棒にどおしたの?」


「いえその…」


 言いづらそうに言葉に詰まる灯理


「まさか貴方、一般人に異形の存在を漏らしたの?」


「ち、違うんです。偶々一般人が戦闘で弱った空を保護してたみたいで、空が色々教えちゃってたんです」


「狐の空がどうやって教えるのよ?」


「それはその、筆談で」


「狐がペン持てると貴方本気で思ってるの?つくならもうちょっとマシな嘘をつきなさい」


「本当なんです〜」


 涙目で電話相手に弁解する灯理。なんか側で見てると気の毒に成ってくる。


「まあ良いわ。落ち着いたらお話しなきゃだけど」


「そんなぁ〜」


「それで、一般人に記憶消去が効かない場合だったわね。2つ有るわよ」


「2つも有るんですか?どんな時です?」


「まずはその人が『反神威体質』と呼ばれる特異体質だった場合」


「反神威体質?聞いたこと無いんですけど?」


 灯理は首を傾げる。


「1000万人に1人の特異体質だから。でも確かに居るわよ。神威や妖気を皮膚と筋肉が打ち消すから術が一切効かないって人間」


「なんですかそれ?無敵じゃないですか」


「無敵じゃないわよ。神威と妖気を散らす能力の反動で自身も神威が一切無いもの。妖魔の爪や牙に掛かったり、身体強化の術式使った術者に刀剣類で切られたら死んじゃうわ」


「な、なるほど。それなんですかね?」


「これなら霊薬は有効だから忘却の霊薬を使えば記憶は消せるわね」


「なるほどじゃあ忘却の霊薬で」


 灯理が顔を輝かせる。


「でももう1つの場合は無理よ。本当に 反神威体質かどうか確かめる必要が有るわ」


「確かめる?どうやってですか?」


「そのぐらい自分で考えなさい」


「す、すいません」


「はぁ〜。『飛撃』の術式が有るでしょ?アレを害がない程度に掛けてみれば分かりやすいわ」


「なるほどやってみます」


 電話相手に返事をしてすぐに灯理は俺の方に右手を向けると中指と親指をつけてデコピンをする動作をする。その時、中指の所に先程とは違う光の文様が浮かび上がった。


 因みに俺と彼女の距離はそこそこ離れているので当然デコピンは届かない。だが、


「うおっ、なんだ?」


 額に何かが当たる感触が有った。


「あ、感じました?デコピン」


「ああ、今の何だ?」


「『飛撃』自分が出した運動エネルギーを遠方に飛ばす術式です。本当は斬撃とかを飛ばすのに使うんですけど。でもこれが効いたんなら反神威体質じゃ無いですね」


 灯理は再び電話相手に相談する。


「『飛撃』は効きました。反神威体質じゃありません」


「だとすればもう1つの方ね。でもありえないと思うのだけど」


「何なんですか。そのもう1つって?」


「物理系の術式はどんな相手にも訊くんだけど、精神系の術式は自分の倍以上の魂強度が有る相手には効かないの」


「魂強度?何ですかそれ?」


 灯理は首を傾げる。


「何で貴方が知らなのよ。魂強度はどれだけ神威が有るかの指標よ」


「え?でも神威って修行したら増えません?」


「でも限界が有るでしょ?その限界を決めるのが魂強度。魂強度は生まれ持ったもので、それ以上の神威はどれだけ修行しても得られないの。言わば器の強さよ」


 灯理は驚いた顔をする。


「そ、そんなの有るんですか。鍛えられないんですか?」


「鍛えられたら玄吾を追えるわよ」


「え?どういうことですか?」


「異世界に対称を転移させる術が有るのは知ってるでしょ?」


「はい。上級指南書の禁術欄に載ってました」


「そう、異世界に行く方法は有る。なのに玄吾を追えない。理由は簡単で、移動するすべは有っても、道中耐えるすべがないからよ」


「どういうことですか?」


「世界と世界の間に有る次元間は高エネルギーが渦巻いてる。中に入ったものはそのエネルギーに押しつぶされるわ。 天ノ磐船クラスの強度がないとね。でも魂強度がその位高ければ耐えられるのよ」


「そ、そうなんですか?」


「ええ、でも貴方で歴代五大守護家最高の魂強度だから、その2倍以上なんて、ありえないと思うけど」


「え、私って五大守護家、歴代最強なんですか?水月さんより強いってことですよね?」


「素質はね。しっかり修行しないと今の貴方の神威量と術式の腕じゃあ私には逆立ちしても敵わないわよ」


「そ、そんな〜」


「とにかく忙しいの。その一般人の件は私から上に報告しておくから、貴方は早く戻ってきなさい」


「あっ、ちょっと。切れちゃった」


 スマフォを仕舞った灯理が俺の方を見る。


「でも、そうなんだ。そんなにすごい人なんだ。よし」


「ん?何だ?」


 灯理はニッコリと笑って、口を開く。


「小鳥遊さん。良いお仕事を紹介したいんですけど」


「いい仕事?」


 嫌な予感しかしない。


「はい、ちょっと異世界に行って、黒木 玄吾(くろき げんご)って泥棒から宝具を7つ取り返すだけの簡単なお仕事なんですけど?」


「それ簡単か?て言うか、帰りどうするんだ?」


「泥棒が持ってる宝具の中に天ノ磐船って最上位の宝具があります。最上位の宝具は神器って言うんですけど、それ使えばすぐに帰ってこれます」


 嫌な予感的中。


「俺一般人だぞ無理だろ」


「報酬は10億円なんですけど。駄目ですか?」


「は?十億円?」


 待て。なんだその途方もない額。


「冗談も休み休み言え。そんな金額お前が払えるのか?」


「ありますよ。ほら」


 灯理は預金通帳を俺に見せる。何故通帳を持ち歩いている?それはともかくそこに書かれていた預金額は…


「11億3452万2783円」


「ね。有るでしょ」


 ニッコリと微笑む灯理。


「君高校生ぐらいだろ?何で通帳持ち歩いてるのかも疑問だが、何でこんな大金有るんだ?」


「通帳持ち歩いてるのは置いといて盗まれないためです。私から奪える人は殆どいないから持ち歩くのが一番安全だと思って」


 そうだろうか?さっきから見てて思ったがこの娘ちょっと抜けてる気がする。力ずくは無理でもスリとかには弱そうだが?


「で、大金が有る理由は陰陽師の仕事柄ゆえです」


「陰陽師ってそんなに儲かるのか?」


「腕が良ければ。一度討伐隊が返り討ちに有った強力な妖魔とか、凶悪犯罪に手を染めてるはぐれ術師には懸賞金が付きます。凶悪なら凶悪なほど高くて億とか付く場合もありますからね。そういうのを倒せる腕が有れば大金を得られます」


 なるほど、腕によりけりか。


「で、どうしますか?10億円ですよ」


 10億円かなり気持ちが揺れる。それだけの大金が有れば人生遊んで暮らせる上にバラ色だ。あのブラックに片足突っ込んでる会社も辞めて好きな事して生きられる。


「ああ、今思いましたけど、多分玄吾にも懸賞金が付くはずなんで、私からの報酬は10億ですけど、玄吾を捕まえたらもっと大金が手に入りますよ。玄吾の仕出かしたことを考えると懸賞金は10億なんかじゃ利かないし」


 さ、更に金額が増える可能性まで有るのか。本当に人生バラ色じゃないか。


「更に今なら、仕事を引き受けてくれたら成功失敗問わず、前金として1億円お支払します」


 前金に1億?


「分かった。やる」


「コンコン」


 俺が返事をすると同時にくうが近寄ってきて体を擦りつけてきた。くうが体をこすりつけるたびに体がポカポカと暖かくなってくる。


「ん?くう、なんかしたか?」


「コン」


 くうは元気良く鳴く。


 何かしたようだが詳細は分からない。まあ、こいつのことだ。悪いものではないだろう。


 そんなふうに考えていると、俺の返事を受けて灯理が口を開く。


「ありがとうございます。じゃあ早速振込と異世界転移の術式を行いますね」




 こうして俺は異世界で盗人を捕まえることとなったが、俺は後でこの選択をすぐに後悔することと成る。

 金額のデカさに惑わされたんだ。普通の精神状態なら絶対受けない。

 だって考えても見ろ。何の武器も無い、何も特殊な力を持っていない一般人が、どんな環境かも分からない、おそらく現地住民と言葉も通じない異世界に行って、ガチの異能バトルを繰り広げる超能力者、しかも凶悪犯を捕まえる。


 字面で理解して頂けるだろう。成功するビジョンが全く思い浮かばない。無理ゲーだ。更に、コレは後で知った事だが、安全に異世界に転移する保証もなかった。


 教訓:いくら大金を得られても、死ねば金は使えません。命のほうが大事です。


 ついでに異世界に行くのに、日本の銀行口座に1億振り込まれても使い道がねえ。


 何事もうまい話には裏が有るのであった。


 上手く切れる所が見つからず少々長くなりました。でも、異世界行く前の所はさっさと終わらせたかったので

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