盗人の計画
一人のひげ面の男がいた。彼には名前がない。しかし彼にはそれが好都合だったのだ。なぜならそのおかげでどこへ行っても、その正体がばれることはないのだから。
彼には名前はないが、通り名はある。「ゾク」そう警察は呼んでいた。意味は東洋の言葉で盗人やならず者を表す。よって、この物語においては便宜上、彼のことをゾクと呼ぶことにする。
ゾクは生まれた場所を知らない。少なくとも自我を持つようになってからは盗みを働いていた。最初は朝市のリンゴだった。それが悪いとは思わない。ただ腹が減っただけのことだったから。そうしなければ生きてはいけなかったからだ。ゾクにはその盗みの才能に関して卓越したものを持っていた。それ故、誰も気づかないから注意もしない。だから、それが悪いと教える人間もまた、いなかったのである。
ゾクが大きくなるにつれ獲物もまた大きくなっていった。朝市の主人が数秒目をそらしたうちに、売り上げの金を盗んだ。そうしたら今度は朝市に限らず、人の家にまで忍び込んだ。さすがのゾクもこれが悪いことと自覚するようになった。しかし、今更やめることはできない。これ以外の生きる術を学んでこなかったのだから。ゾクはただ一人、誰と群れることもなく、町の暗闇の中で生きていたのである。
ある日、ゾクはスリで儲けることにした。
スリってのは意外や金持ちのほうが楽だったりする。スーツを着こなすあいつらはみんながみんな同じポケットに財布を突っ込む。
だからすれ違い様にちょいとぶつかって手を入れれば、なんてことはない。簡単に手に入る。
そして中からいくらか抜いて
「そこの紳士さん、何か落としましたよ」
「お、おおこりゃいかん。私の財布だ。ありがとう。危うくなくしてしまうところだった。どれ、褒美をやろう」
「いいえ、結構ですよ」
既にもらってますから。
さて、今しがた抜き取ったもの、コインのほかに紙を一枚手に入れた。小切手だろうか。いいや違う。招待状?なんだこれは。仮面舞踏会だと。場所は・・・公爵邸!これはいい獲物が手に入りそうじゃないか。どれ、ここはひとつ潜り込んでやろう。服装にはちょいと金がかかるが仕方ない。デカイ魚を釣るには小さい魚をエサにしなければならないんだ。稼いだ金で一張羅を作ってもらおうか。
かくして、盗人ゾクによる犯行計画の企てが始まったのであった。