王女のもとに
ある1人の女性の元にも通達が来た。
「殿下、ビルヌ公爵より通達が参りました」
「あら、そう。分かったわ。あとで読んでおくから、そこのテーブルに置いてちょうだい」
「かしこまりました」
マルゼビア王女は国王の娘である。マルゼビア王女には二人の兄がいる。しかし、姉妹はいない。国王は一人だけの娘を可愛がり、慎重に育てた。その結果、聡明で優しく、まさに王女の呼び名にふさわしく成長した。ただ、その聡明さが起因して好奇心旺盛でもあったが。年齢は二十一歳であったが、まだ許嫁にもなつていなかった。国王が手放すのを惜しんだ結果てあり、また王女が運命的な出会いをしてこなかった結果でもある。そこで国王は最近、近くの国々の王子の中から結婚相手にふさわしい者を選ぼうと画策していた。そして、万が一にもマルゼビア王女がならず者に欲情しないよう、晩餐会にはよほど重要な客人や、あるいはどこかの国の王子が来賓しない限りは王女を出席させなかった。まして、舞踏会に招くことはなかった。舞踏会はしばしば若い男女の出会いの場ともなっており、国王にとってはそんなところでマルゼビア王女が恋に落ちられてはたまったものではない。
当然、このことはビルヌ公爵の元にも伝えられており、マルゼビア王女に限っては国王以外が招待することは無かったのだ。
ところがこの時、仮面舞踏会を知ったビルヌ公爵は半ば興奮状態にあった。招待状は召使い達に書かせたが、招待状を送る人のリストに、うっかりマルゼビア王女の名前を入れてしまったのだった。召使い達もマルゼビア王女の扱いについてもちろん知っている。しかし、この舞踏会への招待客の数は過去最高。そんなことを気にしている暇などなかった。ひたすら機械的に文を書き、名前を書き……とやっていたのだから、マルゼビア王女の名前を書いたところで、全く気付かなかったのだ。
部屋に一人、マルゼビア王女は本を読んだ。やがてそれを読み終わると、本を棚へ戻し、先程運ばれてきた通達とやらを読んだ。
「まあ、舞踏会の招待状じゃない!今までこんなものが届いたことはなかったわ!」
マルゼビア王女は喜んだ。ようやく自分が大人になったと周りから認められたような気分になった。何度も何度もその通達を読み返し、そして文頭に書かれた自らの名前を見る度に心を躍らせた。
「仮面舞踏会には仮面が必要なのね。ええと……仮面は会場でも貸してくれるのね。でもせっかくなら自分のが欲しいわ……買ってきてもらおうかしら」
マルゼビア王女は部屋の扉を開けた。そして、偶然前を通りかかった召使いに買い付けを頼んだ。
この時はまだ何のことやら分からぬ召使い。言われるがまま、仮面の注文へ行った。
「おい、仮面屋だな。仮面を一枚売りたまえ」
「また仮面かい。ダメダメ。もうウチじゃ無理だよ」
「なんだと?」
「既にウン百と注文があるんだ。また今度だな」
「いや、それこそダメだ。こっちは王女殿下の命令だ」
「お、王女だって?困ったな公爵とどっち偉いんだ」
「愚問だ。当然殿下に決まってあろう」
「仕方ない、特別だぞ。さっき完成したこれをやる」
仮面屋は公爵の注文用に造ったものから一枚を適当に取って召使いに渡した。
帰ってきた召使いから仮面を受け取った王女はそれを本棚の上に置いた。
「これで仮面の準備は万端ね。舞踏会は……一週間後か。待ち遠しいわ。ドレスは何にしようかしら。今日中に決めてしまいましょう」
マルゼビア王女は抑えきれぬ興奮に、身を包ませた。何十着とあるドレスの中から、特に気に入っている鮮色のドレスを数着取り出し、付き人を呼んで着付けさせたのだった。